43回配付資料

政治制度としての陪審制−戦前日本の経験に照らして−

三谷太一郎



1 なぜ政治学者(とくに日本政治史の研究者)として陪審制に関心をもったか

 日本において成立した政治制度としての陪審制の意味
 明治憲法制定過程における政府内外の陪審制への関心の増大
 明治末年における検察権力の台頭
 明治42年の日糖事件による原敬の陪審制への強いモティヴェーションの定着
 さらに原の陪審制へのモティヴェーションを強めたのは明治43年の大逆事件「此等の動機にて、此制度を設定することを得ば、真に国民の幸なるべし。」(『原敬日記』明治43年12月7日)
 原による司法部(平沼−鈴木を枢軸とする)の掌握 平沼・鈴木の転向
 戦前日本の政党制(party system)の体制統合機能を補完する機能をもつ制度(sub-system)としての陪審制
 「司法権の独立」のイデオロギーによって守られた一個の反政党的な政治勢力としての司法部を政党制に結びつける制度的紐帯としての陪審制
 陪審制の成立過程=戦前日本の政党制の成立過程
 「それは裁判の民衆化の名の下に、裁判の超然的性質を打破しやうとするのである。それは政党政治を採つた国家の必然に歩み行くべき道である。」(長谷川如是閑『我等』大正10年5月所載論文)

2 欧米の政治学者・政治思想家・政治家は陪審制をどのようにとらえたか

 欧米における政治制度としての陪審制の意味

(1) A. Hamiltonは憲法案を擁護する立場から、The Federalist の第83篇「陪審制の検討」において、陪審制の価値は「自由」の保護にあること、「自由」の保護と直接係わるのは民事裁判ではなく、刑事裁判であること、したがって陪審制を民事裁判にまで及ぼすかどうかの判断は、各州に委ねられるべきことを主張している。Hamiltonのいう「自由」=「専断的な弾劾、犯罪容疑に対する専断的な起訴、専断的な判決にもとづく専断的な処罰」を起動力とする「司法の専制支配」に対する「自由」。
 少なくともHamiltonは、直接に憲法に規定されるべき陪審制の政治制度的側面を重視している。「私は自由の存立と民事訴訟における陪審裁判とは不可欠の関係にあると短絡して認めることはできないでいる。」

(2) 1830年代初頭のアメリカを巡遊したAlexis de Toquevilleの民主制における陪審制の果たす政治制度的役割への着目。「陪審制を単に司法制度として見做すことに止まるならば、思考を甚だしく狭めることになるであろう。なんとなれば、陪審制は訴訟の運命に大きな影響を及ぼす以上に、社会自身の運命に大きな影響を及ぼすからである。それ故陪審制は何よりも政治制度なのである。陪審制は常にこの観点から判断されねばならない。」(De la Democratie en Amerique, 1835)

(3) John S. Mill, Considerations on Representative Government(1861)における陪審制の政治教育制度的役割への着目「人民裁判官や人民会議という慣行が、普通のアテナイ市民の知的水準を古代でも近代でもこれまでの他のどんな人間集団の実例よりも、はるかに高く引き上げたのであった。……程度ははるかに劣るが、同じ種類の恩恵は、下層中産階級のイギリス人に対して、彼らが陪審員の地位に就けられたり、教区の役職を務めたりしなければならないという、負担によってもたらされる。」陪審制=一つの「公共精神の学校」。これが存在しなければ、「すべての思考と感情は、個人と家族に吸収される。……決して……他人と共同して追求されるべきどんな目的についても思考することなく、他人と競争して、ある程度彼らを犠牲にして追求されるべきものしか、思考しないのである。隣人は……したがって競争相手であるにすぎない。」陪審による司法への参加は「国民が彼らの代表者を通じてよりも、直接に自ら行為する方がよいという、政治における数少ない事例の一つである。」

(4) Graham Wallas, Human Nature in Politics(1908)における大規模社会の例外的な実質的討論による「合理的推論」の場としての陪審への着目。議会や内閣における「討論」の衰退と「能率」の要請に適合する官僚制の影響力の拡大に対して、陪審は実質的な政治的コミュニケーションの範型となる。裁判官の指導がそれを助ける。

(5) James Bryce, Modern Democracies(1921)における米国の各州の選挙によって任命された裁判官の質的欠陥を補完する陪審の役割への着目「人々は連邦内の多くの地方では連邦裁判所および若干の州の裁判所を除けば、強い人格者を期待しないようになった。訴訟は高価な贅沢である……陪審の理解力、および弁護士団の学識手腕(おそらくは法学教育にかけては米国のように完全なところはあるまい)は、幾多の点において力量の足らない裁判官を助けている。」

(6) Harold J. Laski, A Grammar of Politics(1925)における「司法権の偏見」に対する防護手段としての陪審制の位置づけ。Laskiの政治学におけるjudicial processの重視。「ルソーが自由の達成の条件について書いているすばらしい文章よりも、訴訟手続上の一見重要と見えない変化の方が自由により密接に関係している。」そして政治学者Henry Sidgwickの次の文章を共感をこめて引用している。「政治構造における司法権の重要性は目立つというよりも、むしろ深いというべきである。一方では、政府の形態と変化についての通常の議論においては司法機関はしばしば視野から脱落するが、ある国民が政治文明において占める位置を決定する際に、法によって定義された正義が私人間および政府・私人間で司法行政において現実にどの程度実現されているのかを見ることほど決定的な試金石はない。」
 「陪審裁判を受ける権利は、時によって、しばしば行政権に左右される司法権の偏見に対する防護手段として非常に多くの政治体の目的になってきている。」

3 経済制度としての陪審制

(1) Adam Smithの場合 陪審制はAdam Smithにとって、「市場」と対をなす重要な経済制度であった。Smithはかねてから「法と統治の一般原理」とその歴史的変化について書くことを課題とし、The Theory of Jurisprudenceという著書を完成することを意図したが、ついに果たさなかった。しかしSmithがグラスゴー大学で行なった講義の学生による筆記ノートが遺されており、これに基づいてLectures on Justice, Police, Revenue, and Arms, delivered in the University of Glasgow by Adam Smith, reported by a student in 1763という書物が1896年に刊行されたのである。この中で英国で育った陪審制の価値が強調されているのである。「イングランドの法律ほど陪審の公平性を確実にするのに周到で精密なものはない。…この制度は臣民の自由の大きな保障であるように思われる。」「我々が刑罰を是認する第一の根拠は通常考えられているような公益の尊重ではない。真の原理は、被害者の憤りに対するわれわれの共感(sympathy)である。 ……イングランドでは羊毛は国民の富裕の源泉であると考えられた。そこでその商品を輸出することは死罪とされた。ところが羊毛は従前のように輸出されたのであり、人々はその慣行が違法だと確信していたが、違法行為者を断罪する陪審はまったく出ず、不利な証拠は出なかった。羊毛の輸出は本来犯罪ではなく、人々はそれを死刑をもって罰し得ると考えるようにはならなかった。」『国富論』では直接には陪審に言及されていないが、その第四篇第八章は羊毛の輸出規制がいかに経済の論理に反するかが論じられている。陪審制は羊毛の輸出自由化を促進することによって、市場の自由化に貢献する経済制度としての機能を果たしているとSmithは見たのである。

(2) Smithに対して対立的・批判的立場にあったFriedrich Listの場合 英国に対する後進国ドイツの経済の近代化(とくに国内市場の形成)にとっての陪審制の重要性に着目する。「司法の公開、陪審裁判 ……は立憲国家の成員にも国家権力にも他の方法ではつくり出すことのむずかしい大量のエネルギーと力とを与える。」「J.B.Sayはその『経済学』で「法律は富をつくり出すことはできない」という。むろん法律にはそれができない。しかし法律は、富すなわち交換価値の所有よりも重要な生産力をつくり出すことができる。」(『政治経済学の国民的体系』1841)

4 今日における政治制度としての陪審制の意味

 軍部に対する(subjective) civilian controlに相当する司法部に対する(subjective) civilian controlとしての陪審制
 professionalismの健全さを保つためのunprofessionalな要素の必要性

5 陪審制と参審制;両者の関係をいかに考えるべきか


 「事案が広い意味で技術的性格のものである場合には、……争点となっている問題に対処するに適した特別な種類の陪審が構成されなければならない。この必要を満たす最も単純な方法は、必要な場合に奉仕する代表的な団体から選ばれた固定的な陪審を設置することである。」(Laski)