配付資料

別紙2

「訴訟手続への新たな参加制度」骨子(案)について(補足説明)

平成13年3月13日
井 上 正 仁


はじめに
 標記の骨子(案)は、中間報告で示された基本的考え方を出発点とし、本年1月9日のヒアリングなどをも踏まえて、同日および1月30日の会議で行った審議を基に、会長および会長代理がご相談のうえ、最終的なまとめに向けた審議のたたき台として用意されたものであります。内容的には、1月30日の審議において用いられた審議用レジュメの各項目ごとに、皆さんの大方のご意見の赴く方向はこの辺りではなかろうかと思われるところを書き出したものですが、以下、その内容をより良く理解し、実りある審議を行っていただくための参考として、その作成のお手伝いをした立場から若干の補足説明をさせていただきます。
 説明にあたりましては、いくつかの箇所で、具体的な数を挙げたり、あるいは、仮に一定の考え方に沿って考えるとこうなるといった説明をすることがありますが,これは、あくまで私の個人的見解によるものでありまして、本日の審議において、各論点につき、なるべく具体的なイメージを持ちながら議論していただけるよう、そのための一素材としてお示しするものに過ぎないことを、ご了解いただければと存じます。

1.裁判員の役割
 先ず第1の「裁判員の役割」という点では、裁判員は犯罪事実の認定ないし有罪・無罪の判定のみにとどまらず、それと同様に国民の関心が高い刑の量定(量刑)にも関与し、そこに健全な社会常識を反映させることが望ましいというのが、皆さんの大方の意見であったように思われますので、その旨を明示しました。
 もっとも、有罪・無罪の判定に関わる事柄でも法律問題や、また訴訟手続上の決定とか処置などについては、専門性・技術性が高いことなどから、専ら裁判官に担当させた方がよいというご意見がどちらかというと多かったように思われます(法律問題についての決定にも裁判員の関与を認める場合にも、法令の合憲性についての審査権限まで認めることができるかは、憲法上疑問とする見方があり得ましょう。)。
 ただ、法令の解釈ーさらには、自白の任意性の有無などの訴訟手続上の問題ーにも国民の健全な常識を反映させることが有意義だという考え方もあることに加え、実際上、事実問題と法律問題とを峻別することが必ずしも容易でなく、諸外国の例を見ても、裁判官と裁判員とが一体として裁判を行う制度を採っているところでは、法律問題を別扱いしていないのが通例であることなどから、この段階で速断することは適切でなく、さらに慎重な検討を重ねるべきだと考えられたため、括弧の中のような留保を置いたのであります。

2.裁判官と裁判員との役割分担
 (1)裁判官と裁判員との一体性
 次の「役割分担」の項に移りますと、以上のような裁判員の関与の意義は、裁判官を排して裁判員が裁判を行うということではなく、両者が裁判の全体について共同責任を負いつつ、法律専門家である裁判官と非法律家である裁判員とが相互のコミュニケーションを通じてそれぞれの知識・経験を共有し、その成果を裁判内容に反映させるという点にあるというのが大方のご意見であったと思われます。裁判官が、事実認定についても裁判員とともに責任をもって評議と評決に携わることは、後述の判決書で事実認定の実質的な理由を示すということのためにも必要といえます。そこで、最初の文章で、有罪・無罪の決定および刑の量定のいずれの面でも、裁判官と裁判員が協議して判断を下すという方式を採るべき旨を明らかにしました。
 ただ、先ほど申しましたように、法律問題や訴訟手続上の問題については、専ら裁判官が担当することになる可能性もありますので、その場合には、それらの事項については裁判官のみの評議によるという、いわば当たり前のことを念のために書いたのが、括弧の中の文章であります。

 しかも、国民が裁判官とともに責任を分担しつつ裁判内容の決定に主体的・実質的に関与するという中間報告の基本的考え方からするならば、裁判内容の決定に当たって裁判員は裁判官と基本的に同一の権限(すなわち評決権)を有するものとするのが、最も直截かつ徹底した考え方であり、それが皆さんのほぼ一致したご意見であったと思われます。
 それに加えて、裁判員の主体的・実質的関与を確保するという観点からは、証拠調べなど審理の過程においても、証人等に対し適宜適切な形で質問することができるなど、適当な権限が与えられる必要があると考えられますが、そのことを明らかにしたのが3番目の文章です。 

 (2)裁判官と裁判員の数
 次の裁判官と裁判員の数がどうあるべきかにつきましては、1月30日の審議では、ご意見が大きく分かれたところであります。本審議会で、具体的な数まで決めることができるか、またそうすることが適切かは疑わしいところがありますけれど、数を決めるに当たっての基本的な考え方は示しておかなければならないでしょうから、更にご議論いただく必要がありますが、一応、これまでのご議論に含まれていた様々な視点のうち、その比重の置き方に意見の違いはあり得るものの、数を決めるに当たって基本的に考慮すべき要因だと考えられるものを現段階でいわば最大公約数的にまとめてみますと、2の第2段落にありますように、「裁判員の主体的・実質的関与を確保するという要請と評議の実効性を確保するという要請とを踏まえ、この制度の対象となる事件の重大性の程度や国民の負担等をも考慮のうえ、適正な数を定める。」ということになるのではないか、ということです(このほか、社会の多様な層を幅広く代表させることが必要だというご意見もありましたが、これに対しては、今回の国民参加の意義は健全な社会常識を裁判に反映させるという点にあり、政治の領域などにおける代表制や民意の反映ということとは趣旨が違うというご意見もあり、考え方の別れるところだろうと思われます。)。


 若干付言しておきますと、最初の主体的・実質的関与の確保ということにつきましては、裁判官と裁判員の数が重要であることは間違いありませんが、しかし、それが決定的な要素であるというわけでは必ずしもなく、職権主義で裁判官が一件記録を予め読んでおり、その主導で審理が進められるという方式であるのか、それとも、当事者主義で裁判官と裁判員のいずれもが事件についての予備知識を持たず、両当事者の主導で審理が進められるという方式であるのかということや、評議の進め方、そして、後述の評決方法の在り方などによっても違ってくるところがありますので、それらの点も合わせてお考えいただく必要があろうかと思われます。また、この数の問題は、評決方法の在り方との組合せによっては、後述のように、憲法上の疑義を生じさせるおそれがあることにも、ご留意いただければと存じます。
 2番目の評議の実効性という点につきましては、全体としてどのくらいの数なら実効的なコミュニケーションないし突っ込んだ議論が可能かという点で意見が分かれたところでありますが、単に議論するということだけでなく、後述のように判決に実質的な理由を示すことを必要とする場合には、十分な判決理由が書ける程度に実質的な内容についての合意が得られるという点も重要でありまして、そのことも含めてお考えいただく必要があるように思われます。 
 更に、対象となる事件の重大性の程度という点では、1月30日の審議会でもご説明申し上げたところですが、仮に死刑・無期刑相当事件あるいは法定合議事件ということにするとした場合、現在3名の裁判官の合議で裁判していることから、裁判官の数は3名くらいを基本に考えていくのが妥当かもしれません。資料1でお分かりのように、外国の一体型の制度の例では、ドイツのような3対2から、3対3、あるいは3対4とするところ、そしてフランスのような3対9(控訴後の第2次第一審では3対12)までかなりのバラツキがありますが、それらをも一つの参考にしつつお考えいただければと存じます。

 (3)評決の方法
 次の段落の評決の方法につきましては、現在の裁判所法が過半数としており、裁判員制度を導入した後も、その対象とならない事件で職業裁判官のみの合議体で裁判するものについては、そのルールが維持されるとしますと、裁判官と裁判員とで合議体を構成して裁判する場合も、それとバランスを余り大きく失するのは適当でなく、多数決とするのが妥当と思われますが、そのことにつき皆さんの間でも特にご異論はなかったように思います。

 しかし、より具体的な多数決の方法ということになりますと、いくつか考えなければならないところが出てきます。
 その一つは、先ほども触れました裁判員の主体的・実質的関与を確保するということでありまして、その点からは、裁判員の意見が評決結果に影響を与え得るような方式でなければならないでしょう。特に、裁判員が全員反対であるのに、裁判官のみの多数で被告人を有罪とするなど、被告人に不利な決定をすることができるのでは、結果として、裁判員が加わっている意味はないことになりますから、それはできないことにすべきではなかろうかと思われます。

 他方、裁判官については、憲法との関係で慎重な考慮が必要となります。
 お手元に、前に配られた憲法問題についての資料を資料2として再度配ってもらっていますので、それを適宜ご覧になりながらお聞き願いますと、現行憲法は、32条で、すべての人に裁判所において裁判を受ける権利を保障し、また37条1項で、刑事事件の被告人に公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を保障しております。明治憲法とは異なり「裁判官による裁判」とはしていないものの、そこで保障されている「裁判」とは、後の方の76条1項という規定で司法権が帰属するとされている「裁判所」による裁判であることは、異論の余地がないでしょう。
 問題は、その「裁判所」でありますが、憲法自身は、最高裁の構成については明文の規定(79条1項)を置いているものの、下級裁判所については、「法律の定めるところによ〔る〕」とするだけで、その構成を明示しておりません。もっとも、それに続くいくつかの規定(78条、80条等)で、身分保障や任期・定年・報酬など、専ら職業裁判官に関係すると考えられる定めが置かれており、かつそれしか置かれていないことから、憲法は裁判体への国民の関与を予定していないとする見方が、これまで有力であったのです。
 しかし、そのような憲法の規定の仕方から、憲法にいう「裁判所」とは職業裁判官を基本的ないし必須の構成要素とするものとして構想されているということは確かだとしても、それに加えて国民がそこに参加することを全く排除しているとまで断定する根拠は必ずしも存在せず、従って、そのような参加を認める解釈も成り立つ余地はあるのではないかと思われます。
 ただ、そのような考え方に立つとしても、職業裁判官が裁判所の基本的ないし必須の構成要素であることは動かし難いわけですから、例えば、職業裁判官を全く除外して国民だけで裁判することや、職業裁判官の存在が実質的に意味を持たないような形で裁判が進められ、裁判内容が決定されるといったことは、憲法上許されるかどうかは疑わしいと言わざるを得ないでしょう。
 その意味から、少なくとも、@裁判官すべてが無罪という意見なのに、裁判員のみの多数で有罪とするとか、裁判官すべてが無期懲役という意見なのに、裁判員のみの多数で死刑とするなど、被告人に不利な裁判をすることはできない、とすることが、先ほどのような憲法解釈が仮に成り立つとしても、最低限必要なことではなかろうかと思われます。
 さらに、前に竹下代理が言われたように、裁判を受ける権利というものが、刑事被告人につき、職業裁判官の裁判によらずに有罪とされ、あるいは不利な刑を言い渡されることはないことを保障していると考えるのであれば、A少なくとも被告人に不利な裁判をするには、職業裁判官のうちの多数の賛成を必要とする、ということになるかもしれません。
 便宜上、憲法問題についてここで言及しましたが、それは独り評決方法のみに限って問題となることではありません。裁判員の選任方法を含む裁判員制度全体において、裁判を受ける権利や、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利、適正手続等を保障する憲法の趣旨を踏まえる必要があることは、言うまでもないでしょう。個人的な意見ではありますが、この骨子案の枠組みを前提に、さらに細部を詰め、憲法に適合する制度を具体的に設計していくことは十分可能であると、私は考えます。
 会長が何度かおっしゃってこられたように、本審議会で憲法問題をこうだと決めるようなことはふさわしくないでしょうが、いま申したような考え方もあり得るということをお示しし、その点をもご考慮のうえ、審議していただければと考える次第です(憲法論としては、裁判官以外の者が評決権を持ち、その意見に裁判官が従わなければならないとすると憲法76条3項に抵触するという見解もありますが、当該条項は個々の裁判官の職権行使における独立を保障したものであるところ、職業裁判官のみにより構成される現行の合議体の裁判においても、少数意見を採る裁判官が多数意見を採る他の裁判官の意見に結果として従わざるを得ない場合があるのでありまして、その場合には何ら前記憲法条項に反するとは考えられていないことから考えましても、合議体であることの必然的な帰結として、最終的に決定される裁判内容が個々の裁判官の意見と異なるものとなることがあるとしても、その裁判官の職権行使における独立性を損なうものではない、ということができるように思われます)。
 なお、有罪とする場合に、裁判員のみの賛成では足りず、裁判官の少なくとも一人が賛同することを必要とすることは、後述の判決に実質的な理由を書くということを実際上容易にするという点からも重要だといえます。

 以上が、2の第3段落全体の趣旨であり、かつ、最後の文章で「少なくとも、裁判官又は裁判員のみによる多数で被告人に不利な決定をすることはできないようにすべきである。」とした理由でありますが、このような要請を適えるためには、具体的には、差し当たり3通りの方法が考えられます。
 その一つは、可決するために必要な数を過半数よりは多く設定することです(特別多数決制)。この場合、裁判官または裁判員のいずれか一方のみによる多数で被告人に不利な決定ができないようにするためには、どちらか多い方の員数より少なくとも一つ多い数を多数決の要件としなければなりません。
 もう一つは、先ほどのあり得る憲法解釈のうちAの考え方を前提として、多数決に必要な数は過半数以上で、裁判員が少なくとも一人は加わった数でよいが、裁判官のうちの多数は必ず賛成していなければならないものとすることです(変型多数決制)。
 そして、第3が、裁判官および裁判員それぞれの多数の賛成を必要とすることです(双方多数決制)
 抽象的に言うだけでは分かり難いかもしれませんので、先ほどの諸外国の例にあるような裁判官3名を基本とする構成を使って例示してみますと、資料3のようになります。
 このうち、特別多数決制は最も平易ですが、裁判体全体の規模が大きくなればなるほど、有罪とする要件が一般の場合と比べて高過ぎることになるきらいがあります。その点では、変型多数決制や双方多数決制の方がバランスがよいように思われますが、他方、やや技巧的なところがあり、そのためか、私の承知する限り、諸外国には実例が見あたりません。
 多数決の方法は、これ以外にも考えられるでしょうから、具体的には実施に移す段階で、専門的・技術的観点をも加味してさらに検討を加え、最もふさわしい方法を選べばよいと思われますが、ここでの基本的な考え方についてのご議論でも、一つの手がかりとしていただければと存じます。

3,裁判員の選任方法・裁判員の権利義務等
 3の「裁判員の選任方法」につきましては、ご承知のように、諸外国では、公募や政党その他の各種団体の推薦に基づき市町村レベルで相当数の候補者予定者を選び、それを母体に何段階かで適任者を選別していくという方式を採るところもありますが、原則として国民すべてが等しく司法に参加する機会を与えられ、かつその責任を負うという考え方に立ちますと、広く国民一般の間から公平に選任が行われるべきだと考えられることや、何らかの選別の基準により良質の候補者を選別しようとしても、実効的な基準を立てることが実際上困難と思われることなどから、基本的に選挙人名簿などを基に無作為抽出するという方法によるべきだというのが、皆さんの大方のご意見であったかと思われます。
 その上で、憲法等で保障された公平な裁判所による公正な裁判を確保するためには、そのように公平に選ばれた人たちを母体にしながらも、適切なプロセスにより、それにふさわしく、かつ当事者も信頼のできる人を具体的な事件を担当する裁判員として選ぶことができるようなシステムを考える必要があります。公正な裁判の確保ということのほかにも、例えば、他の両立し難い公益的な職務を不当に阻害しないようにするなどの配慮から、そのような職務に従事する人を一律に対象から除外するといったことも必要となるでしょう。
 国民参加を認めている諸外国でも例外なく、それらの理由から、一般的に欠格事由や除斥事由を定め、一定の要件に当たる人は裁判員の職務につけないようにしたうえ、担当すべき具体的な事件の当事者による忌避の制度(理由付きの忌避と理由を示さない忌避のいずれか、またはその両方)を設けていますが、我が国の場合も、基本的に同様の仕組みを考えるべきことについては、皆さんご異論はなかったと思います。ただ、制度の具体的内容については、それぞれの国によりかなり多様ですので、それらを参考にしながらも、今後さらに専門的な検討を重ねて、我が国にふさわしいシステムを整備していく必要がありましょう。
 これに加えまして、より実質的に良質な裁判員を選任できるような方策があれば採るべきではないかというご意見もあり、そのような方策はないことがおよそ検討の余地もないほど自明とまではいえませんので、今の段階でその可能性を排除するのは適切でないと考え、いま申した欠格・除斥事由や忌避制度を含む「適切な過程を経て・・・選任する」という表現にしたのであります。

 また、裁判員の選任については、いくつかの国の例に倣えば、任期制とし、その任期中一定数の事件を担当するという方式を採るべきだという考え方もあり得るところですが、なるべく多くの国民が参加する機会を与えられるべきだということや、裁判員となる人の負担を過当なものにしないということなどから、個々の事件毎に選任され、一つの事件を判決に至るまで担当すれば解任されるという方式の方が望ましいとするご意見の方が多かったように思われますので、その旨を明示しました(もっとも、具体的事件毎の選任だとしましても、選任のプロセスの母体となる候補者予定者のリストは、1年とか2年を単位にして作成し、その期間は、同一裁判所の管轄に属する限り、どの事件の選任もそのリストを共通の母体として使うという扱いになると思われますので、予定者として一定期間そのリストに載っていることにはなる一方、例えばイタリアなど、任期制を採っていても、一つの事件を実際に担当し終えた参審員はその任を解かれるという扱いになっているところもあり、その間の実質的な差違は見かけほどは大きくないといえましょう。)。

 次に、このような選定の実効性を確保するためには、裁判員の候補者となった人が裁判所に出てきてくれることが不可欠ですので、出頭義務があることを明示したのが、第2段落の文章です(諸外国の例などに鑑みますと、そのように出頭義務があるとしましても、実際には出頭しない人が少なくないことも考えられますので、その出頭を実効的に確保するためにどのような措置をとるべきかも、実施に向けて検討しなければならない問題だといえます。)。
 ただ、国民すべてが等しくその責任を負うといいましても、裁判員となることが当の個人にとって過当な負担となる場合があることも考えられますので、括弧の中で、一定の場合には義務が免除されることを注記しました。例えば、重い病気であるといった健康上の理由や、幼児がいるとか介護を要する人がいるなどの家庭の事情その他やむを得ない事情がある場合などがその一つです。また、1度裁判員として裁判を担当した人、あるいはさらに、裁判員候補者として裁判所に出頭する義務を果たした人は、その後一定の期間、それらの義務を負わないものとすることなども、考えて然るべきだと思われます。

資料4は、現行の検察審査員の選任や諸外国の例を参考に、以上のような一連の選任プロセスの一つのモデルを示したもので、思いつき程度のものにすぎませんが、参考にしていただければと存じます。

 3の最後の2つの文章で、守秘義務があるということと、裁判員としての職務を果たしたとき(裁判員候補者として召喚を受けて出頭したが、最終的に選任されなかった場合を含む。)は相当額の補償を受けることを明記しましたが、これもご異論のないところだと思います(諸外国の例を見ますと、このほかにも、裁判員に関する賄賂罪や裁判員に対する脅迫・強要などを罰する規定を設けるなど、その職務の公正さを確保し、裁判員の安全を護るための様々な措置が講じられているのが通例ですので、ここに記したことに限らず、実施に至るまでに検討すべき事項は数多いといえます)。

4.参加の対象となる刑事事件
 4のこの制度の「対象とすべき刑事事件」という点につきましては、これまでの審議で、法定刑の重い重大犯罪とすることで、大方の意見の一致があったと思われます。
 しかも、冒頭で述べましたような、有罪・無罪の判定だけでなく刑の量定についても裁判員の参加を通じて健全な社会常識が反映されることが望ましいという基本認識からしますと、被告人が否認しているかどうかで区別を設けるべきではないといえます。また、司法への参加ということは被告人のためというよりは、国民一般にとり、あるいは裁判制度として意義のあることだから導入するのだとしますと、訴訟の一方当事者である被告人に裁判員の参加した裁判体による裁判を受けることを辞退して、裁判官のみによる裁判を選択させるということは認めるべきではないということになるでしょう。これらの点も、皆さんの大方のご意見であったかと思います。
 ただ、事件によっては、例えば暴力団等による組織犯罪など、裁判員に対する危害や脅迫的な働きかけのおそれが考えられる場合や、あるいは、後述のように連日的に公判を開くとしても著しく長期間かかることが最初から明らかであり、裁判員にとっての負担が重すぎると認められるような場合には、例外的に対象から除外することも考えるべきではないかというご意見もありましたので、そのようなことも考慮すべきであるということを付記した次第です(もっとも、前者の例については、例えば犯罪組織によって行われることが多い薬物事犯等を一律に対象から除外するといったことならまだしも、そうでない場合に個別の事件ごとに除外するという扱いを果たして、そしてどのようにして行えるかは難しい問題ですし、後者の長期事件については、まさにそのような事件こそ、裁判員が関与することにより迅速化を図るべきだというご意見もあり得るところだと思われます。)。

 以上のような条件に当てはまる重大事件というのは具体的にどの範囲の事件かにつきましては、さらに検討のうえ特定していくことが必要ですが、ご参考までに、現在法律で法定刑が重いため必ず3名の裁判官の合議体で裁判しなければならないとされている法定合議事件(死刑か、無期又は短期1年以上の懲役・禁固に当たる罪)と、その中でもさらに絞って、死刑か無期刑が法定刑に含まれている事件には、どのような罪種があるかを、資料5に示しておきました。
 その次の資料6は、それらの罪で裁かれる被告人の数が総体として年間どれくらいかを示したものですが、それによりますと、法定合議事件で約4千名程度、薬物事犯等の特別法犯を除くと約3千名強で、死刑・無期事件になりますと、刑法犯だけの数字ですが、約2千名ということです。
 各地方裁判所および地方裁判所支部ごとだとどれくらいあるのかを見るために、その下の表で、多い方と少ない方を拾い出していますが、最も多い東京地裁の本庁で、法定合議事件の被告人が440名くらい、地裁の本庁で最も少ないところが10名足らずであることが分かります。
 例えば、東京地裁を例にとりますと、現在、刑事の合議事件を担当する部が実質で15ヵ部あったかと思いますが、単純にそれで割りますと、1ヵ部当たり法定合議事件の被告人数が年29名くらい、月にしますと2〜3名です。そのうち27%くらいが否認事件ということですので、おおまかに言いまして、月に0.5〜1件の否認事件と2件の自白事件を抱えているということになります。そして、否認事件の平均公判開廷回数が8.5回、自白事件のそれが3.5回ですので、裁判員制度を導入し、連日午前午後通して開廷したとして、裁判員の選任手続に要する時間を入れても、否認事件に5〜10日、自白事件にそれぞれ2〜5日ずつ当てれば、処理できない数ではないように見えます。むろん、はるかに長い期間かかる事件があることを考えますと、このような単純な計算どおりにはいかないだろうとは思われますが、一応の目安にはなるだろうと思われます。
 また、法定合議事件の平均開廷回数が4.9回ということですので、この数字を基に、仮に、先ほどの法定合議事件の総計約4千名近くの被告人がそれぞれ別々の裁判を受けたとし、また、裁判員の数が例えば4名であって、その選任のために初回は裁判員数の3倍の候補者を呼び出すとし、かつ、それらの裁判員及びその候補者に1日当たり1万円の補償を支給すると仮定して、裁判員への補償費用だけでどのくらいのお金がかかるかを試算してみますと、約11億円くらいです。むろん、裁判員が加わった場合、手続がより丁寧になると考えられることから、公判回数は増えるかもしれませんし(逆に、裁判員が加わる場合、なるべく1つの公判期日でできるだけの審理を尽くそうとするでしょうから、公判期日1回当たりの審理時間を長くすることにより、公判回数は減ることも考えられます。)、これ以外にも様々な費用がかかるでしょうが、一つの参考としていただければと存じます。

5.公判手続・判決の在り方等
 5の「公判手続の在り方」につきましては、手続を主宰し、審理の進行役を務めるのは、事柄の性質上、裁判官のうちの裁判長であることは、おそらく異論のないところでしょう。

 手続自体の問題としては、裁判員が関与する以上、公判は可能な限り連日、継続して開廷し、真の争点に集中した充実した審理が行われることが、何よりも必要ですから、刑事司法のところで提示した、適切な範囲の証拠開示を前提にした争点整理に基づいて有効な審理計画を立て得るような公判準備手続の整備ということが、ほとんど不可欠となります。一つの刑事事件に専従できるような弁護体制の整備も、一層急がれることになるでしょう。また、調書類の使用が全くできなくなるというわけでは必ずしもないとしても、裁判員が大量の調書等を時間をかけて検討するということは難しいですから、これも刑事司法のところで強調されている、口頭主義・直接主義の徹底を図ることが一層必要となるなど、いろいろな面で手当てを行わなければならなくなるでしょう。
 そのような意味から、裁判官のみの裁判の場合への波及の可能性をも視野におきながら、運用上様々な工夫をするとともに、必要に応じ、法律の改正をも行うべきだというのが、5の第2段落の趣旨です。

 そして、そのような審理の結果出される判決については、その結論の正当性をそれ自体として示し、また、当事者及び国民一般に説明してその納得や信頼を得るとともに、上訴による救済を可能ないし容易にするために、判決書に実質的な理由が示されることが必要だというのが、皆さんの大方のご意見であったと思われますので、その趣旨を手続上担保するよう、最後の段落のような形で書き表したわけです。

6.上訴
 最後の「上訴」につきましても、裁判員が関与する場合にも誤判や刑の量定についての判断の誤りのおそれは残ることを考えると、裁判官のみによる判決の場合と同様、有罪・無罪の判定や量刑についても控訴の途を開いておくことが必要だというのが、皆さんのほぼ一致したご意見であったと思われます。
 ただ、これも、これまで何度か指摘させていただいたことですが、国民の参加を得た裁判体による判決を、上級審とはいえ職業裁判官のみによる裁判体で、しかも基本的に一審の記録のみに基づいて審査し、場合によっては覆すことが、国民参加の趣旨からみて正当化され得るのかについては疑問とする余地もないわけではありません。現に、そのような問題意識から、ヨーロッパ諸国では、控訴を認めていないか、認める場合も、控訴審裁判所をも国民が参加した裁判体とするところが多いのです。そのことなどをも考えますと、控訴を認めることを前提にするとしても、控訴審裁判所の構成をどういったものにするかや、そこでの審理方式の在り方、控訴理由ないし原判決を破棄する場合の理由や、その場合に控訴審裁判所が自ら新たな判決を言い渡して良いのか、それとも第一審裁判所に差し戻して、新たな裁判員が加わった別の裁判体により裁判をやり直させるべきなのか等について、専門的・技術的見地をも加えて更に慎重に検討する必要があると思われますので、そのことを括弧内で注記した次第です。

 以上、長くなってしまいましたが、これを一つの参考として、ご議論いただければと存じます。