国際平和協力懇談会(第4回)議事要旨
1 日 時 平成14年9月9日(月) 17:00〜19:00
2 場 所 総理大臣官邸小ホール
3 出席者
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| (政府側) | |
| 福田 康夫 | 内閣官房長官 |
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| (委員) | |
| 明石 康 | 元国連事務次長 |
| 草野 厚 | 慶応大学総合政策学部教授 |
| 小林 陽太郎 | 富士ゼロックス株式会社代表取締役会長 |
| 嶌 信彦 | ジャーナリスト |
| 志村 尚子 | 津田塾大学学長 |
| 田中 明彦 | 東京大学東洋文化研究所教授 |
| 千野 境子 | 産経新聞社大阪本社編集局特別記者兼論説委員 |
| 西元 徹也 | 元防衛庁統合幕僚会議議長 |
| 新田 勇 | 元大阪府警察本部長 |
| 星野 昌子 | 特定非営利活動法人日本NPOセンター代表理事 |
| 山中 Y子 | 国際連合大学・北海道大学大学院国際広報メディア研究科客員教授 |
| 弓削 昭子 | 国連開発計画(UNDP)駐日代表 |
4 議事内容
(1)「平和構築協力のあり方」について基調報告(草野委員)
最初に結論めいたことを4点申し上げたい。 第1は、平和構築を時間的概念でとらえることを確認しておきたい。今までは、緊急時はPKO、平時はODAと、余り時間的概念を交えずにとらえてきたが、川上から川下という言い方をしてもよいが、流れの中で日本の協力を含めた平和構築を考える。第2が、緊急時から平時に至る復興期において、JICAによってかなり実績がある。これは通常考えられる平時のODAのみならず、緊急時の援助においてもJICAに実績がある。第3は、PKOを含めて、緊急時、復興期において、日本の協力はまだまだ不十分なところがある。第4に、その不十分なところをどう解決していくのか、どう補っていくのかというところが問題になる。その際に重要なことは、厳しい財政事情もあり、あれもやり、これもやりのデパート方式ではなくて、重点・力点を絞ったブティック方式にしなければいけないのではないか。以上の4点が大体の結論である。
平和構築の時系列について、緊急期は紛争が終わって停戦が合意された直後、復興初期は2年くらい、そして復興の中期は7年くらいまで、開発期は8年以降とJICAではとらえている。今日は、最後の開発期には触れずに、それまでの緊急期、復興初期、復興中期における支援において必要なこと、重要なことについてお話しする。
第1は、それぞれの時期区分でのニーズに応じた支援の在り方を作成する必要がある。実際には後ほど申し上げるように、かなり行なわれている。
第2は、ギャップの解消。いろんなケースがあるが、ルワンダのケースでは、短期ニーズに対応した緊急援助が行われたが、その後の復興開発の援助が集まらなかった。緊急援助は、ドナーにとってみればある種のショーウィンドーであって、緊急時には自分たちをアピールするために物資を含めて支援が集まるが、その国の中長期的な復興開発の観点からすると、必ずしも関心は継続しない。結果的に困るのは、被災した人々であり国である。アフガンのケースでも緊急援助が大半を占めており、早い段階で復興開発支援につなげたいがなかなかつながらないということが国連関係者の証言で明らかになっている。
つまり、緊急援助をソフトランディングさせ、いかに円滑に復興支援へ移行するかということ。
第3に、支援のタイプによって中長期的に実施するものと即効性のあるものと区分ができるが、明確な区別のないままに、とにかく支援をすればいいという傾向がないわけではない。
第4に、「途上国の政府機能の強化」ということで、ガバナンスの問題。
第5に、「地域への融合、周辺国との緊張緩和への施策」を考えなければいけない。日本は平和構築という観点から様々な援助プログラムを持っているが、緊急時においてもできるだけ他国あるいは国連機関と協力する枠組みが必要である。カンボジアを巡る日本とASEANと当事者であるカンボジアの三角協力プロジェクトのような多面的・多角的な支援が必要。
最後に、若干議論のレベルが違うが、派遣される要員の安全の確保は喫緊の課題である。もう一つ重要なことは、犠牲時の補償の問題で、実は官官格差、あるいは官民格差がある。自衛隊と警察、あるいは政府職員とJICAの間に開きがあるという問題。
次に、概念的にどのようなプログラムが緊急期から開発期まで考えられるのかということを整理したい。ただ、平和維持活動では、例えば日本が後方支援活動はやってきたが、パトロール活動などは行われていないので、部分的な参加にとどまっていること、除隊兵士の問題で、武装解除について日本が協力しているわけではないこと、地雷の除去といっても、すべてに日本が参加をしているわけではないという前提付きである。
まず緊急期では、平和維持活動、難民・国内避難民支援、人命救助、食料確保、水の供給、医療、行政制度の整備、地雷除去に、日本政府やJICAは参加をしてきた。
次に、復興初期のメニューとしては、平和維持活動や医療など緊急期と重なるものもあるが、安全保障部門改革、つまり警察機構や軍隊の支援、人権擁護、ジェンダーの問題などがある。残念ながら人権擁護や武器・小型武器の規制については、日本は今までは実績が十分にはない。
復興中期の教育支援、民主化支援、経済・社会基盤の整備については、日本の得意分野ですべての部門に関して実績がある。民主化支援の中には、日本が明治以来経済的な発展を遂げた経験をレクチャーするプログラムも含まれている。
次に、日本の平和構築についての留意点を述べる。平和構築のメニューについては、日本が得意としている部分と、参加はしているが非常に部分的である部分に分けられる。当然、基本的には弱いところは補強し、強いところは更に継続・強化するということであろうが、最初に述べたとおり、財政的な事情もあり、なおかつ限られた資源を有効に活用するためには、支援の中身を改めて見直して、すべてやるという必要はないと思う。特に、現在弱いところ、そして、日本が平和構築を本格的に展開するに当たってここだけは何としてでも解決しておきたいものの例を挙げてお話ししたい。
第1は、警察の平和維持活動を含めた平和構築への積極的な参加をぜひ実現したい。これが弱いのは、実は様々な原因があり、法的枠組みが制約になっている部分と、当事者の意識が十分でないために、協力は、枠組みとしてはできるが、実際はできていない部分がある。東ティモールでも、独立か、併合かを決める選挙の前の段階で警察の方3名が参加されたのは記憶に新しいところだが、これは例外と言うべきで、活動は不十分である。
第2に、国際平和協力法の人道的救援の発動要件を緩和し、自衛隊と民間を活用すべきである。国際平和協力法には3つの柱、いわゆるPKO活動、選挙監視、人道的救援があるが、この人道的救援として、自衛隊が出る場合と民間の医療チームが出る場合の枠組みができあがっているが、自衛隊を含めてほとんど発動実績がない。これは非常にもったいない。どうして自衛隊が人道的救援に出にくいか、これは言うまでもなく、PKO五原則に縛られているために、非常に時間がかかる。つまり、活動の中立性であるとか、当事者の停戦合意であるとか、その縛りがあるために自衛隊が出られない。また、民間の医療チームは、なぜ五原則に縛られる必要があるのかと思うが、国際平和協力法で規定されているために、民間の医療チームも登録はしてあるが一度も出たことはないという状況である。
第3に、JICAの緊急援助隊の紛争起因による被災民、被災地救援を実施すべきである。これも法的な枠組みの解釈がネックとなって実際には出られない。いわゆる緊急援助隊(JDR)は、地震が起こるたび、風水害が起きるたびに出かけている。しかし、いわゆる紛争起因の被災地、被災民支援はできない。実はPKO法ができる前は、紛争起因であるクルド難民を緊急援助隊が助けた実績があるが、PKO法ができてしまったために、それに対する政府の解釈によって、緊急援助隊は自然災害を起因とする被災民救済しかできないことになってしまった。
第4に、基礎インフラ整備をJICAが初期段階から直接行える枠組みを作るべきである。東ティモールのケースでは、外務省がまだ大使館を開いていない段階で上水道を含めた基礎インフラ整備のためにJICAがNGOと協力し、あるいは国際機関と協力して現地で活動したが、これは例外に属する。このようなことを直接行える枠組みを作るべきである。
第5に、日本の強みは、復興中期から開発期にかけての支援であり、既にかなり蓄積がある。カンボジアの三角協力のように地域の融合を図る案件の促進、あるいは、いわゆる南南協力、日本が援助してきた途上国、例えばタイが周辺のバングラデシュ、ベトナム等周辺諸国に援助するという南南協力はやらなければいけない。また、アジアの国々へのこれまでの政府支援を生かして、ガバナンスへの支援を継続・強化する。人材の育成にも実績があることを確認しておきたい。
若干のまとめとして、第1に、繰り返しになるが、文民警察の緊急期での協力実績が不足している。PKO法が警ら活動を認めていないことは承知しているが、しかし、何らかの活動で、いわゆる技術協力という形で、治安を維持するために日本の警察が多面的な方面から協力ができないものか。
第2に、自衛隊の人道援助は、五原則に阻まれて不十分である。
第3に、緊急期については、被災の原因は自然災害だが、既に緊急援助隊の経験が蓄積されている。
第4に、復興初期以降では、JICAを中心に、平時に至ればJBICでも蓄積がある。
最後に、まとめを踏まえて、優先順位を付けた問題提起をしたい。
第1に、意識の改革や政府の解釈の変更で可能な協力から進めるべきである。いきなりPKO五原則の見直しを言うつもりはなく、先ほど申し上げたJDR法の解釈の問題から手がけたい。
第2に、個別的に行われてきた平和構築協力を時間的概念に基づき再構築する必要がある。その際、プロジェクトごとの連携、他の諸国、国際機関との連携を重視する。これを可能にするための体制を整える。体制を整えるに当たっては、研究調査、実務レベルでの蓄積のあるJICAを積極的に活用すべきである。
第3に、要員の安全確保のための体制を整えることが必要である。JICAは積極的にやってきたが、これ以上積極的にやるために、要員の安全確保のためにどうしたらいいのか。例えばセキュリティー・オフィサーを設けるということで十分なのか。やはり現場の実務を行うに当たっては、軍事的な組織による警護が必要になるが、それでは、自衛隊が出る場合においてのみJICAの協力が可能なのかというと、それでは不十分である。自衛隊はPKO五原則が守られた状況でないと出られないとなると、JICAを含めたいわゆる民間レベルでの平和構築の安全確保はどうなるのかという大変なジレンマに陥ってしまう。
最後に、犠牲者に対する補償の官官格差、官民格差の是正を行うべきである。JICA発足以降、病死も含めて126 人の犠牲者がいる。かなりの犠牲者が国際協力で亡くなっているが、賞じゅつ金のレベルが外務省と比べると違うと言われており、こういう状況は改めるべきではないか。
(2)「平和構築分野におけるODAの役割」について基調報告(吉川元偉外務省経済協力局審議官)
国連で勤務した経験もふまえ、私見も交えて話したい。2つのことを冒頭申し上げたい。第1は、ODAという資金の持っている性格について。OECDの下に開発援助委員会(DAC)という機構があり、このDACの仕事は先進国の経済協力資金の流れをモニターして、政策の調整をするところにある。このDACによる合意でODAの定義を決めており、その要素は2つあって、1つは、先進国から途上国に流れる資金で、グラント・エレメントが25%以上(無償協力はグラント・エレメント100 %)であること。したがって、ソフトな借款と無償による資金または技術の提供である。もう1つの要素は、その目的が途上国の経済発展と福祉の向上に資さないといけない。したがって、軍事協力はODAに計上できない。各国が軍事分野で協力をすることは自由で、多くの国がやっているが、それはODAとして計上することはできないというルールである。
第2に、日本政府のODAについての考え方として、10年前に閣議決定されたODA大綱4原則があり、日本はODA資金の使用に当たって独自のルールを作って、それによって実施している。今日の議題の平和構築との関係で問題となり得るのは2番目の「軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避」するという点である。具体的な例を申し上げると、最近では、アフガニスタンの首都カブールの国際空港の整備をODAでできるかできないかが問題になった。もともとアフガニスタンの首都ではカブール空港が民間用で、バグラム空港が軍用だが、去年の末以来、バグラム空港は専ら米軍が対テロ作戦のために使っていて、多国籍軍であるISAFはカブール空港を使っている。したがって、カブール空港はもともとは民間用なのだが、現在は民間機の数は少なく、主体はISAFの軍用機が使っている。そういう空港にODAで支援することができるかどうか、これがまさにODA大綱の第2点、軍事的な用途への使用を回避するという原則とどういう関係になるのか。現在の方針としては、純粋に民生目的の旅客用の施設、例えばターミナル・ビルなどはいいが、軍用施設と共用されている部分、例えば滑走路の整備は、ODA大綱の第2番目に抵触するという仕分けをしている。
次に、時系列に沿って、難民・国内避難民が出て、その後初期の復旧を通じて最終的には復興の段階につながっていく中で、コソボ、東ティモール、アフガニスタンで日本はどういうことができたのか、その経緯を通じてODAのスキームにどういう改善が図られたのかについて、ポイントを簡単に申し上げる。
まず、難民・国内避難民の支援については、コソボと東ティモールにおいては、日本は多額の資金協力をしたが、日本の顔が見えないという評があったと聞く。当時の反省の中には、日本のNGOについて初動の際の資金が不足しているという指摘があった。その反省に基づいて、2000年8月に政府・財界・NGOから成るジャパン・プラットフォームが設立され、その活動資金として日本政府から5.8 億円の無償資金を支出した。その結果、アフガニスタンの問題が発生した際には、ジャパン・プラットフォームが非常にすばやく動くことができた。
その後、初期の復旧支援に移行するわけだが、難民から復旧支援に至る過程での最も重要な点は治安の確保である。治安なしに難民や避難民の支援も、ましてや、復旧支援もできない。この治安確保という任務は、コソボではNATOが主体になったKFOR、東ティモールでは豪州が主体になったINTERFET、アフガニスタンでは当初イギリス、次いでトルコが主導しているISAFという、いずれも安全保障理事会の承認を受けた多国籍軍が担当している。他の事例を見ると、多国籍軍ではなく、国連のPKOが軍と文民警察で担当しているケースもあるし、初期に多国籍軍が出て、その後国連のPKOが引き継ぐ東ティモール型もある。多国籍軍は本日のテーマではないが、90年以来既に11できていて、その多くは湾岸戦争型ではなく、治安を維持することが主目的になっている。私見だが、多国籍軍への日本の対応も考えないといけないテーマかもしれない。また、PKOは軍と警察のいずれについても、難民対策や復旧支援という角度からの複合的な対応も必要ではないか。
復旧支援の本題に戻ると、日本はコソボでは資金は出したが、人はUNMIKの職員の例を除くとほとんど出なかった。東ティモールについては、資金面では東京で第1回支援会議を開催して、大きなプレッジをし、また、十分顔も見えたという気がする。2000年にはODAの調査の中でマスタープランを策定しながら、復旧のための応急措置をするという緊急支援調査のスキームができた。東ティモールでは、そのスキームを使って道路の修復を行い、今年になってからアタガニスタンのカブール、カンダハルに調査を出した際には、そのスキームを使って病院や農場のリハビリテーション(修繕)を行った。
次に、地雷と不発弾の問題。カンボジア以来、需要が非常に大きい分野である。日本の対応はこれまで資金が中心で、その他の面は不十分だった。対人地雷除去機は武器だという日本の定義の問題があったが、近年この分野はかなり変わってきている。武器輸出三原則が見直され、経済協力の中で地雷除去機を取り上げることは可能になっている。人材面でも、自衛隊のOBの方々がJMASというNGOを作り7月からカンボジアで不発弾の処理を中心に始めており、これも新しい動きである。
「武装解除」「動員解除」「社会復帰」は、通称DDRと呼ばれている。PKO、軍縮、開発が関係する非常に複合的な分野である。これは日本だけではなく国連でも比較的新しい分野で、誰がリードをするのかについて国連でもまだ結論は出ておらず、DDRに要する経費をPKO分担金で見るのか、それともODA(開発資金)で見るのか、ケース・バイ・ケースということでまだ結論は出ていない。
その後、選挙の支援、政治・経済・社会的制度の構築という問題が出てくる。この制度の構築段階では、3点指摘したい。第1に、公務員給与の支払い。これは政権を維持する上で大事だということについては合意があるが、どういう形で経費を支払うのか、まだ確たる結論は出ていない。日本政府はこれまで国際機関への拠出の形で対応してきた。ただし、補正予算の有無や予算要求の時期に間に合うかどうかにより、うまく対応ができない事例もあった。アフガニスタンでは、直ちに対応できないので、例外的に無償資金協力で対応した。これは、同じODA資金の中でどこから出すかという問題なので、知恵を出せば解決すると思われる。第2に、警察・司法分野の協力にどうやって応えるのか。第3に、人権やジェンダーの分野でも日本としてはもう少し協力を強化すべきではないか。
最後にこの懇談会で議論していただきたい点として3点申し上げたい。
第1は、軍が主体となっている活動、あるいは軍が使用するインフラの修復にODAを使って協力することの是非である。平和構築の局面では、好むと好まざるとにかかわらず、軍の役割は非常に大きい。その軍が主体となっている活動に対して、どういう協力をするのか。先ほど申し上げたように、ODA大綱の考え方にのっとれば、ODAでできることは限られていると思う。それでは、ODAで対応できない部分について、予備費で手当をするのか、それとも新たな制度を作るのかということは、検討に値すると思う。
第2は、警察・司法制度構築のための協力のあり方である。警察・司法分野への貢献は、そもそも他の支援を行うに当たっての大前提となる治安の維持に資するものであって、いわゆるグッド・ガバナンスの推進につながるので、DACのODA定義でいう経済発展と福祉の向上に資すると考えられ、一概に支援の対象から排除するというのはおかしい。他方で、日本では、この分野の協力は公権力の濫用によって個人の人権侵害につながる可能性があることから、政策判断で抑制的に対応してきた。被援助国政府の人権保障に対する取り組み状況や、司法・治安機関に対する国民、あるいは政府の統制状況、また治安機関の活動状況を踏まえて、具体的な案件ごとに支援の可能性を検討すべきだが、その具体的な基準はまだできていない。部内でもいろんな議論があり、例えば公権力の濫用がされるような場合を想定して、個々人に対する侵害と直接関連性が高い警棒や手錠、機動隊の装備はやめた方がいいだろう、他方で、無線や車両、制服であればいいのではないか、万一濫用されても、個人の身体に対する侵害と直接的関連性が低いものであればいいのではないかと提案する向きもある。反対に、それは余りにも実態に即していないのではないか、刑務所でも少年院でももう少し積極的に考えていいのではないかという考えもあるが、確たる基準はまだできていない。その大きな理由は、今までこの分野についてはできるだけ抑制的に対応してはどうかということがあったからである。
第3は、平和の定着のための人材派遣と養成。人道救援活動、先ほど紹介したDDR(武装解除、動員解除、社会復帰)、また地雷や不発弾の処理などの分野における人材の手当というのが日本にとっての大きな課題である。難民・避難民に関しては、ジャパン・プラットフォームが立ち上がり、日本政府としてもNGOの活動を支援する体制が整ったと思う。まだまだ日本のNGO自身の資金力の強化、人材の育成という課題はあるが、この方向を支持していくことが必要と考える。
これまでのJICAの専門家の派遣について、安全対策が足かせになってきたことは事実である。近年、和平合意を受けて、治安情勢が回復基調に向かっていて、日本政府として協力事業を行うという外交政策が明示されている場合には、派遣するという決定を行い、このような方針の下で、先般緊急支援調査団をアフガニスタンのカンダハルに派遣した。
(3)NGOとの勉強会についての報告(明石座長)
8月21日に行われたNGOとの勉強会について紹介する。
第1に、NGOの人材の育成が極めて重要であるということについては、多くのNGOの意見は一致していた。そういうNGOのメンバーを育成するためには、人道支援活動の現場と、それぞれのNGOの本部、また開発関係の大学院、JICA、外務省、また、国連・国際機関に人を出すJPOの制度などがあるが、そういうところに研修あるいは出向させることが、キャリアアップに役立つのではないかという意見があった。
経営能力、ロジスティクス、組織能力において優れた欧米NGOのノウハウを学ぶために、我が国のNGOから研修生を派遣してはどうかという提案もあった。これに対しては、日本のNGOは小さくても日本のNGOとしてのやり方がある、したがって、外国の大きなNGOで研修することが必ずしもプラスになるわけではない、また、一部欧米のNGOは、我が国からの人を安易に労働力として使う傾向もあるという指摘もあった。
また、経費の見地から、NGOがそれぞれ内部で十分な研修を行うことができない状況があるので、その点政府の支援に期待していいのではないかという意見もあった。
それから、研修のために国内各地のJICAの研修施設を活用したり、大学や大学院での国際関係、国際法の講座を聴講することも役に立つであろうと指摘された。
第2に、NGOと国際機関との関係について、我が国のNGOは、一般的に、UNICEFやUNHCRなどの国際機関との連携が弱いのではないか、我が国のNGOの顔が、国際的なNGOのコンソーシアムのようなところでほとんど見えないという現象が指摘された。これに対して、人道的な活動が必要となる状況では、国際機関間の権限争いの間に落ちてしまうケースが往々にしてある、その点、国際機関との関係に特にこだわる必要はなく、資金調達に関しても、国際機関と提携することによって得られるメリットもあるが、デメリットも考えるべきだという指摘があった。
それから、国連の平和維持活動において、例えば、カンボジアのUNTACのときにはNGOが活発に発動できる仕組みがあったが、東ティモールのUNTAETではNGOの独自の活動が制約される傾向があって、日本のような小規模なNGOは活動が困難であったという指摘があった。
第3に、欧米のNGOについて、行動能力、ロジスティクス能力が非常に高いということに関して異論がなかった。しかし、我が国のNGOは、欧米のNGOをモデルとして同じような活躍ができる力をつけるべきかどうかについては、そうすべきだという意見と、むしろ巨大な欧米のNGOの手が届かない分野で、きめ細かい活動をすべきではないかという意見もあった。援助ゲームに殊さら入らないでいいのではないかという意見もあった。とにかくこれからは、我が国が独自の道を歩むとしても、欧米NGOと伍して活躍するためには、ニューヨークやジュネーヴのような人道救援活動について国際的な決定がなされる場で日本がきちんとしたプレゼンスを確保し、発言することの必要性については異論がなかった。そのためには、財政的にまだ脆弱であること、人的な厚みが欠けていること、また知的な基盤に関してもやや薄手ではないかという指摘があった。
第4に、NGOが活動するための条件として政治的安定や治安の確保という問題があるが、NGOの安全をいかに確保するかに関しては、NGOというのは自己責任において行動するのだという点では筋が通っていた。NGOは、NGOとしての安全を確保するためにいろいろな手を打っていて、例えば、現地にできるだけ溶け込むこと、現地人との信頼関係を保つこと、国際機関との連携を維持することによって情報を得ること、現地人の情報ネットワークを確保することが重要であるし、ときによってはPKOの各国の軍から情報を得ることも必要であろうという指摘もあった。
安全の確保と言っても、治安の意味ではなくて、例えば自動車事故が非常に多いという指摘もあり、海外における傷害保険制度の整備が望ましいという指摘もあった。
我が国政府に望むこととしては、安全面での情報をできるだけNGOにも提供してほしいということに加え、緊急時には、緊急避難の道を提供してほしい、それに関しては、日本人職員のみならず、現地人スタッフも危険に瀕することがあるので配慮が必要ではないかという意見があった。更に、これは余り事例はないと思うが、NGO要員が人質になった場合に、その釈放のための身代金などの資金を確保する道がNGOにはないという指摘もあった。
また、我々は紛争後のいろいろな活動について考えているが、NGOは紛争が終結しない段階でも行動しなくてはいけない。アフガンにおいても、昨年12月ボンにおいて政治的な枠組みがつくられる前から、我が国の一部のNGOはアフガン各地で動いていた。そういう意味での安全の問題は、NGOの場合は、自衛隊、警察、国連の場合とは違ったアングルから考えなくてはいけない面がある。
それから、日本のNGOは比較的中立的な存在であること、日本の外交そのものが比較的党派性が少ない、そのことが安全の一つの保障になっているという指摘があった。旧ユーゴスラビアなどでの日本のイメージは、比較的中立的であったが、どの紛争地域においても中立的な性格が保てるのかということについては、必ずしもそうではないと思う。
最後に、その他の課題として、時系列的な人道支援の局面から復興や開発の局面に至るまでの谷間、ギャップにおいて往々にして生じるNGOの資金不足を挙げる意見があった。欧米のNGOと比較すると、欧米のNGOが比較的潤沢な資金を政府からもらって行動しているが、それだけ取って見るとメリットに見えるかもしれないがデメリットもあるという指摘があった。
NGO間の横の連携の弱さについても指摘があったが、これは日本のNGOがまだ発展の過程にあることが理由ではないかという意見があった。
我が国が人道援助や平和、安全保障についての強いメッセージを国際社会に向けて発信し続ける必要があるということについては一致していたと思う。
(4)意見交換
○ 国際社会に向けて平和的なアプローチを取っている日本としてプレゼンスを国際社会の中で高めるための役割を議論することは、日本のあり方だけでなく他の国にとっても大変有益なことではないか。こういうやり方があるということを示せればいいと思う。
○ 法的な問題あるいは解釈の問題について、この懇談会としてどのぐらいのところまで踏み込むのか。例えば、現在、平和構築に関連している日本の行動指針は、PKO法にしてもODA大綱にしても1990年代の初頭に湾岸戦争直後の状況に対応してできたものが多い。したがって、そろそろ90年代初頭、つまり冷戦が終わった頃にとりあえず作った体制を本格的に見直して、もう一度21世紀にふさわしい国際協力の法体系あるいは政策体系を作り直すということが、意欲的な目標としてあり得る。その中では、PKO法の人道的救援の発動要件等というのは、90年代の初めには余り想定していなかった、あるいはどういうものになるのかよくわからないで作ってしまったところがあるので見直す必要があるだろう。また、JDR法は、80年代後半にできたが、90年代後半あるいは21世紀を見通した場合にやや制約の多い形でできた法律だとすれば、もう一度考え直す必要があるかもしれない。国際平和協力といったときには、PKOだけでなくODAも関係するので、どのぐらい踏み込んでいくのかという議論もあり得る。逆に、別の考え方からは、もっとできることをセレクティブにここだけやりなさいという方が効果的だということもあり得よう。
○ ODA大綱により、アフガニスタンの空港がひょっとしたら軍隊に使われるかもしれないから支援できないというのは相当な慎重論という気がする。アフガニスタンで日本の資金を使って協力するのは、アフガニスタンを軍事政権にしようとしているわけではないのは明々白々である。慎重な解釈というのは、法治国家にとって必要なことではあるが、余りに字義どおりの慎重さというのはいかがなものか。
○ 何ができるかよりも、何をすべきかという問題意識が先に来るべきではないか。とはいえ余りにも困難を伴う、あるいは世論がそこまで熟していないことについては、やはり何ができるのかということにある程度収斂していく必要がある。何ができるかということも、現行の法規の中でできることと、多少それを手直ししてできることがあるし、やや大目にアイデアを提供していただき、コンセンサスがあるかどうかを確かめながら年末までにまとめるということでいかがか。
○ まず日本の話をする前に、平和構築協力について実態としてどういうことが行われてきているのか、あるいは、時代が変わる中で、将来の平和構築協力についてどんなことが考えられるのか、かなり広く整理する必要がある。第2に、当然、その中でできることとできないことがあって、日本の構造を制限している条件があり、その条件にしてもかなり厳しく解釈をした場合と、リーズナブルに解釈をした場合とでかなり幅があるので、整理する。第3に、やるべきかやるべきではないかという意味でのプライオリティーをきちんとしておく必要がある。できることの中でプライオリティーを決めてやっていかなければいけないのではないか。
○ 平和構築協力をどう効率的にやるかという話としてはいいものができるかもしれないが、もう少し大きな状況から見るとちまちまして見えてしまうのではないか。90年代初めと今とでは大きく変わっていて、顔の見える援助、国際的プレゼンスということが湾岸戦争の反省で言われてきた。しかし、国内の不況があって、ODAに対しても国民の中に相当慎重な議論もあるし、もし、近い将来、イラクで攻撃が行われたときの国際的な環境、世界がどう反応するかという問題もある。そういうことを考えると、これからの平和協力あるいは国際協力は、かつて我々が考えていたODAによる協力と全然違ってくるのではないか。しかも、場所によっても随分違うのではないか。日本として国際平和協力について、強弱を付けてもよいのではないか。また、得意な分野でやるということも考えてよいのではないか。
○ 国際平和協力を考える上では、紛争後も大事だが、その前の段階も考慮しなくてはいけない。紛争予防、危機予防のためにどういうことが必要であるかということも全く無視するわけにはいかない。また、紛争時に行うことができる国際協力というのはあるのか、それはオールジャパンであれば、もしかしたら全部のアクターではなく一部のアクターしか行うことができない、または困難であるかもしれない。
○ ギャップの問題だが、紛争後4つの段階がある中で、プロジェクトの準備の時間は、緊急時のものは比較的短く、デリバリーの時間も短い。復興初期または復興中期になると、プロジェクト形成に協議やコンセンサスを要することなどによりリードタイムが長くなる。したがって、緊急期のときに既にプロジェクト形成活動を行って、それが復興の初期や中期にプロジェクトになるということがあるので、ギャップの解消という点では、プロジェクト形成のリードタイムを十分に考慮して緊急期に始めなくてはいけないかもしれない。
○ 緊急人道支援のためにジャパン・プラットフォームが今活動しているが、これをジャパン・プラットフォームという制度またはその連携システムを使いながら、活動の範囲を広げることができるのか。復旧活動にもだんだん動いていると理解しているが、どこまで活動を広げることができるのか。現在の形だけではなく、あるいはシステムを少し変えた形で広げることができる可能性はあるのかないのか、それがいいのか悪いのかも考えたらよいのではないか。
○ 明らかに90年代の初期から、いわゆる行司型の国際平和維持活動は明確に変化をし始めた。そして今日のように新しい国づくり、復興や再建に非常にウェイトがかかった複雑でかつ大規模なものになりつつある。第3条にある国際平和協力業務は、明らかに伝統的な平和維持活動を念頭に置いた業務であり、新しいものに対応するのは非常に難しい。
○ 懇談会が、意欲的な目標を念頭に置きつつ、何かを発出していくことが大切ではないか。起きてから対応して何かを考えるのでは効果も薄い。同じことをやっても、それがより効果をもって国民を含めて内外に受け止められることが必要。顔が見える貢献については、何をするかは別にして、国民的な合意がほぼできていて、顔が見えなくてもいいと思っている世論は余りないのではないか。アフガニスタンの復興支援は、日本は国際的にも評価される形でやったとは思うが、個々の例で見ると、例えば教育支援に随分早くに日本は取り組んだが、できれば日本の先生方が行かれて、実際に日本の教育支援をお伝えすることがより効果があると思う。
○ 今までは決められた法や財源の中でどのような対処をしていくかという発想であったが、今私たちが直面しているのは、想定できないことが起こったときに、それにどう対処できるような国としての理念と、どういう国家であるかという目標と、それを具体化するための組織、人材、財源といったさまざまな要素を、どう組み合わせをしたらどのような対応ができるかということを考えるべきではないか。それに関連して、例えばDDRに関して日本の人材が少ないというが、国際社会ではどんな規模で、どんな訓練内容で、どのような対象者に対して、どういう財源で人材養成が行われているかという情報(例えばPKOの訓練センターもあれば、紛争予防のものもあれば、無数にあると思うが)に基づき、日本が新しく作るだけではなくて、それらをどう使えるかという発想があってもよいのではないか。
○ ODAというのは十分には理解されていないと率直に思う。というのは、平和構築というのは、PKO五原則を古いから見直すとか、80年代、90年代にできた枠組みに沿ってやっているから、それを変えれば平和構築は達成できるという考え方は、かなり単純ではないか。例えば、カンボジアが着々と国づくりに励んでいるのは、復興初期から復興中期にかけての努力があって初めて平和構築はでき上がっているということを認識すべきである。時系列的に言えば、川下も極めて重要で、実はその部分に関しては日本には蓄積があるということを申し上げたい。ODAには逆風が吹いているから、国民の支援が得られないから減らしましょうという話ではない。
○ ODA大綱は90年代初頭の産物であって、平和構築においてODAが果たす役割についての議論は余り十分ではなかったのではないか。最近4〜5年のODA批判の高まりの中で、ODAについて日本国民は何を期待するのかということについても議論がやや十分でなかった面があるのではないか。経済発展と福祉の向上を主目的としてというのがDACによるODAの定義であり、日本人がODAについて思い入れとして持つのは、勿論経済発展と福祉の向上だが、その前提として平和構築があって、その平和構築はODAを使っても達成される。もう少しODAの平和構築に果たす役割を重視すべきではないか。
○ 予防外交に関しては、実は開発期が緊急期に戻る可能性があるのであり、ODAを含めた平時の協力が紛争予防になるのではないか。
○ 日本の場合は、国際的な状況と比べて、日本人の安全感覚や何かあったときの補償についてのセンスというのは、一般的だと言っていいのか、あるいはかなり特異だとすればそういう問題は仕方がないと考えるか、あるいはそれに対して特別な対応を取らないといけないのか。
○ 日本人の安全感覚は、世界でユニークだと思う。これほど安全な国を求めたならば、我々はニューヨークに行くこともできないし、ヨーロッパに行くこともできない。そういう大きな落差があるが、しかしながら、若い人の中には本当に国際的に見てもそんなに特殊ではない、安全でないからこそ、危険があるからこそ我々はこういう国際活動に飛び込むのだという人たちが増えている。問題は、むしろその若い人の親たちの世代ではないかと思うが、そのギャップをもっと小さくするという方向性で提言を行うべきではないか。
○ 平和構築について日本の顔は見せたいが、自分は関係ないと思っている人が最近多いという意見もある。また、戦争世代というのは、絶対に自分たちの過ちは繰り返させないということもあるが、若い人はそうではなくなってきているのかどうか。
○ 世論調査を見る限りにおいて、例えばPKO支持者はかなり増えてきている。その反面、自分は汚い仕事、危険なところには行きたくないという考えもあると思うし、必ずしも論理的な整合性はないと思う。
○ 日本は、事実を見なくて済むところは見ないで来てしまったが、今もう事実を見ざるを得なくなってきたというところに到達して、これは一つの大きな転換期、好機だと思う。平和を構築するためには危険が伴うが、では行く方の安全はどう確保されるのか、補償はどうなのか、そういうところをきちんとしないと本当に機能するものはできないという時代に来ているのではないか。
○ 現状を1つの所与として考えるだけではなくて、ある程度それは変わりつつあるし、また変えていかなければいけないという姿勢を持ってよいのではないか。
○ 今の日本国民の意識、若い人の意識を冷静に判断することは大事だが、若い人たちの中で積極的な役割を果たしたいという人たちがいることは事実。その場合に、国として考えるべきは、不必要に危険になってしまってはいけない。行きたいという人たちが先輩の経験を知らないがゆえに、危険なことをあえてしてしまうということは何としても避けなければいけないわけで、PKO活動に参加していただく人にはベーシックにこういうことをやったら危ないのでこういうことはしないように、今までの平和維持活動における経験の蓄積を伝える必要がある。また、NGOとの勉強会でも保険の問題が提起されていた。通常の旅行保険でアフガニスタンに行くと言ったら、とてつもない額を払うか、そんなもの保険は出してあげませんよと言うか、そういう話になるので、もう少し何か考えられる点がないだろうか。
○ 送る側の論理だけではなくて、送られる側の論理も考えなければいけない。できるだけ安全が確保できるような状況を作っていかなければならない。情報の提供などもまだシステマティックにはできていない。
○ 日本は、これまでPKOの活動で4人犠牲者を出している。秋野豊氏の殺害事件の後、当時の小渕外務大臣が国連総会で、国連という組織が安全問題を真剣にやらないで、どうしてPKOや人道支援をやれるのかという問題提起をし、日本から1億円のお金を出して職員の安全教育を始めた。これがきっかけになって、去年国連では安全問題を担当するアシスタント・セクレタリー・ジェネラル(事務次長補)のポストができた。犠牲者を多く出す組織では長持ちしないのではないか、犠牲は避けられないかもしれないが減らすことはできるのではないかというのが一貫した日本のメッセージであり、国連では安全問題は日本が最も一生懸命旗を振っている案件という認識はできている。
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