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資料

2001年11月21日
首相公選制度を考える懇談会(第五回)
於内閣総理大臣官邸

イスラエルに於ける首相公選制度:導入と蹉跌

東洋英和女学院大学国際社会学部
池田明史

1.イスラエルの国情

  • 小規模国家 総人口620万人(ユダヤ人500万人 アラブ人120万人)
  • 「ユダヤ人国家」→帰還法(1950)・国籍法(1952)→「ユダヤ人」とは誰か?
  • 「移民国家」→国民構成の多様性→社会的分断・断片化
  • 「民主国家」→議会制民主主義→比例代表制
  • 「臨戦国家」→常時動員即応態勢の維持→機動性vs民主性

2.内政的対立軸

  • 中東和平問題 和平積極主義vs和平消極主義
  • 経済政策 労働シオニズム(「大きな国家」)vs修正シオニズム(「小さな国家」)
  • 社会的出自 「アシュケナジ」(欧米系)vs「スファラディ」(アジア・アフリカ系)
  • 聖俗関係 宗教勢力(正統派・保守派・改革派)vs世俗主義勢力

3.80年代後半以降の内外情勢の変動(冷戦崩壊・湾岸戦争による内政課題の変容)

  • 「脅威」概念の変遷 戦争から内戦(インティファーダ)へ
  • 中東和平プロセスの始動
  • 集中豪雨的移民流入
  • 聖俗対立の昂進
  • 二大政党制の動揺と政治制度改革運動の台頭

4.イスラエル政治制度(首相公選制導入以前)の内容と特徴

  • 基本法   議会(1958年) 大統領(1964年) 政府(1968年)
  • 議会(クネセト):定数120名.選挙は普通・直接・平等・秘密.一院制.全国一区・完全比例代表制.議席は有効投票総数の1.5%以上(「足切り率」)を獲得した候補者リストに対してドント・システムにより配分される.選挙権18歳以上・被選挙権21歳以上 候補者リストの合憲性審査あり(人種差別主義・国家否定主義の排除) 任期四年で解散は解散法案採択による.
  • 政府:首相はクネセトのメンバーから選出(議院内閣制) 大統領(国家元首・儀礼職、任期5年で三選禁止【1999年以降任期7年で再選禁止】)が組閣担当者を指名→当該被指名者が閣僚名簿を提出→クネセトで承認→大統領が首相任命  クネセトは首相を直接指名せず、間接的に指名に関わる.首相にクネセト解散権ない.
  • 特徴と問題:
    1. 政党の議席保有率は選挙での得票率をほぼそのまま反映し、しかも全国一区であるため個人政党・少数政党が参入しやすい→小党乱立状態が生まれやすく、一会派による過半数獲得が困難→第一期クネセト以降現在までイスラエルの政権は全て連立内閣(大連立or小連立の違い)→弱小政党が連立参加条件をめぐり交渉力を強める→弱小会派による大会派の恫喝・脅迫が可能→選挙による民意が否定される状況
    2. 有権者は候補者リストに対して投票(特定候補者に対してではない)→候補者リストの順位指定が各候補者の死活問題化→候補者の忠誠は順位指定権者(政党指導者)に向かい、有権者には直接向かわない→党議拘束の絶対化・各党内部の派閥化が進行
      労働党やリクードといった主要政党レベルでは連立政権の構築や維持をはかるために小会派の恫喝・脅迫に屈することが日常化する一方、そのような大政党の所属議員は党の絶対優位の前になすすべがない.
  • 矛盾の顕在化:3に掲げた内外情勢の変動により、国益判断が複雑化する中、クネセト内の弱小会派とりわけ宗教政党の利権渉猟・政治状況操作が剥き出しとなる→1990年、中東和平問題への対応をめぐり大連立内閣崩壊→政治制度改革に向けた国民運動の展開と昂揚→首相公選制導入へ

5.イスラエル首相公選制の内容と特徴

  • 制度改革の狙い:首相の指導力確保・強化 二大政党制の実現・安定 小会派の淘汰・排除
  • 制度改革の方向:クネセト選挙制度の改革(比例代表制の変更、「足切り率」の引き上げなど)はクネセト内の小会派の反対により実現性薄い→政府とクネセトの力関係を見直すことで同様の効果を期待→首相公選制
  • 首相公選の主たる内容(議院内閣制からの変更点):首相選出を直接・平等・秘密公選に変更 有効投票の過半数を獲得した者を当選者とする 被選挙権は30歳以上でクネセト選挙におけるいずれかの候補者リストの第一順位者 首相選挙は原則としてクネセト選挙と同時に施行 クネセトは絶対過半数の賛成を得て首相(ないし内閣)不信任可能だが、その場合はクネセト自身の解散につながる クネセトは定数の三分の二の賛成を得て首相を罷免でき、その場合は首相選挙が単独で行われる.単独選挙の場合の首相被選挙権はクネセトに議席を持つ者に限られる 首相は行政の適正有効な運営に支障があると判断すれば大統領の承認を得てクネセトを解散できる.その場合はクネセト選挙と首相選挙とが同時に行われる
  • 首相公選制導入に際しての期待:
    1. 旧来の議院内閣制に比して、公選首相が独自の政治的正当性を調達し、クネセトに対して相対的優位を獲得できる→こうした優位を背景に小会派の圧力を排除して強力な指導性を発揮できる
    2. 首相公選において絶対過半数を獲得できる候補者を立てられるのは、左右いずれかの大政党に限られる→首相候補への投票とその所属政党への投票は連動すると考えられる→大政党が勢力を伸ばし、弱小政党はいずれクネセトから排出される

6.首相公選制の蹉跌

  • 第14期クネセト選挙(1996年)・第15期クネセト選挙(1999年)の両度にわたり、首相公選を同時実施 2001年2月に単独の首相選挙(バラク首相の便宜的辞意表明による)
  • 首相公選制導入の政治的帰結:@首相指導力の弱体化と機能不全(96年ネタニヤフvsペレスは1ポイント差、99年バラクvsネタニヤフは15ポイント差、2001年シャロンvsバラクは30ポイント差 現職候補に対する失望感の累増傾向)A小党乱立状態の高進と二大政党のさらなる凋落(92年総選挙時には二大政党計84議席、96年総選挙時には66議席、99年総選挙時には45議席)
  • 期待と帰結の背反とその要因:旧制度では有権者は一人一票だったのが、新制度では首相候補への一票とクネセト候補者リストへの一票との合計二票を持った→新制度設計に際しては、有権者の各二票の連動が想定された(ストレート・チケット型投票行動)→現実には有権者は首相とクネセトとを切り離して、票を分割することで最大限の効用を得ようとした(スプリット・チケット型投票行動)→その際、首相選挙では国益に関わる判断を、クネセト選挙では有権者各個の個別利害を優先させた→結果として首相選挙で大政党の選択を済ませ、クネセトでは多様な政党・会派に票が分散した→クネセトにおける小党乱立・大政党溶解現象に拍車がかかった→首相は従前にもまして多くの小会派を連立に取り組む必要に迫られ、より多数の小会派がより強力な交渉力を獲得する事態が出現した→首相の指導力は弱体化の一途をたどった
    新制度は安定した二大政党制の創出に失敗し、そのことによって強力な公選首相の実現にも挫折した
  • 2000年9月末以降のイスラエル/パレスチナ内戦勃発により強力で有効な国家的危機管理が求められる中、バラク内閣は首相公選制度のゆえに機能不全を露呈し、しかもそのバラク内閣の更迭は制度の不備によって困難という事態が歴然となった→二大政党が首相公選制度の廃止に向けて事実上連携
  • 2001年3月、首相公選制度廃止を内容とする基本法政府条項の修正法案が可決・成立 しかしこれは旧制度への完全な回帰を意味せず、新制度(首相公選制)の一部を残置
    具体的には
    1. 首相に付与されたクネセトの解散権
    2. クネセトの首相不信任可決に必要とされる絶対過半数の要件
    3. 大統領の組閣指名者(首相候補者)が組閣に失敗すれば解散・総選挙
    などの措置を通じて、議院内閣制の下での首相権能の強化を期待するものとなった。


(附)イスラエル首相公選制導入・廃止年表
1988年クネセトにおいて基本法政府条項改正案が四案別個に提出される
1990年上記四案の本会議審議開始
1992年上記四案が一本化されて首相公選法案として可決成立
1996年新制度によるクネセト総選挙・首相公選実施 ネタニヤフ政権成立
1999年クネセト総選挙・首相公選実施 バラク政権成立
2001年(2月)首相公選単独実施 シャロン政権成立
2001年(3月)首相公選制度廃止法案可決成立