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 トップ会議等一覧皇室典範に関する有識者会議開催状況


(大原國學院大学教授入室)

○大原教授 御紹介いただきました大原でございます。
 このような機会を与えられましたこと、大変ありがたく光栄に思っている次第でございます。限られた時間でございますので、早速このメモに従いまして、お話をしてまいりたいと思います。
 2枚ありますが、その都度、「参考」というところにも話が及びますものですから、両方広げて見ていただければと思います。
 この皇室典範の改正につきましては、まず我が国の皇位継承の歴史というものをやはりきちんと押さえる必要がある。そこで、私自身は「参考」の5項目に分けて我が国の皇位継承の歴史を考えてまいりました。
 まず第1は、男系主義で一貫しており、そのことが皇室による国民統合の権威の源泉となっているという認識が広く我が国において共有されてきたこと。これは顕著な第1の特色でございます。
 しかしながら、直系かつ嫡系が理想でありますけれども、この「参考」にもありますように、124 代のうち41方、3分の1しか直系かつ嫡系はございません。それが困難になった場合には、傍系、庶系によって補ってきたことが顕著な事実であります。そのためには、いわゆる猶子制度が活用されたり、世襲親王家が創建されたり、傍系から継承された天皇に直系の皇女を皇后ないしは中宮として配されたりするなど、さまざまな工夫がなされてまいりました。
 その例といたしましては、「参考」の2にありますけれども、第26代の継体天皇、最も古い皇統の危機の際の皇后は第24代の仁賢天皇の皇女であられ、また最も近い皇統の危機に際して即位された第119代光格天皇の中宮は、同じく先代の後桃園天皇の皇女であったということで、おわかりであると思います。
 3番目に、過去に10代8方おられた女帝は極めて例外的な存在で、すべて男系であったこと。そして、御在位中は独身で、外国に見られる皇配殿下のような御存在は皆無であったこと。女帝即位の事由はもう既に皆様方も御存じのことだろうと思いますので、省略いたしますが、そのような皇位継承の歴史を経て、明治22年に皇室典範が制定されるわけです。その意義を申しますと、それはまず成文による皇位継承のルールが確立していなかったため、皇位継承に混乱、対立、不安定が生ずる要因が常に内在しておりまして、時にはそのための流血の内乱、悲史が彩られたことにかんがみて、確固とした皇位継承法を初めて明文で制定したということでございます。これが極めて画期的な意義を持つことは、今さら申すまでもないことでしょう。
 その明治皇室典範の起草の中心となった井上毅がこの典範を起草するに当たって考えた3つの原則は以下のようなものであったと思われます。
 1、我が国の歴史・伝統を踏まえたものであること。
 2、当時の国情や人情に照らして妥当なものであること。
 3、当時のヨーロッパ先進諸国にも通じる普遍性を有するものであること。
 このような条件を自らに課しながら、さまざまな点に配慮して、皇室典範の起草に入ったということでございます。
 この会議におかれても、いろんな資料が提供されて、こうした井上毅の考え、例えば、女帝を設けない理由なども御調査なさったと承っておりますが、こういうこともあります。
 女帝は認めないという原則を立てましたのに、なぜ女性皇族が摂政になり得るのか。井上毅はそういうことを歴史の中から探究したわけでして、要するに、女帝は皇位継承者の成長を待つための一時的な中継ぎである場合が多いものですから、言わば摂政のようなお地位に就いておられたということから、こういう規定が入っている。
 したがいまして、井上毅につきましては、ここでの資料の説明の際におきましても、女帝を断固として排するということがかなり強調されているようですが、決して井上は自分の考えだけを貫徹しようとしたことではなく、むしろさきほどの3つの条件をいろいろ勘案しながら、典範案を起草したということが言えるだろうと思います。
 その意味では、井上毅の考えた事柄は決して井上だけの個人的な思想によるのではない。その当時も女帝容認論もありましたが、最終的には女帝を設けないという考えが固まったのは、井上がそのような周到な準備をしたということでの説得力もあったということを、私は十分に認識せねばならないだろうと思います。
 その原則は今日まで、おおよそ踏襲されているといっても差し支えないと思いますが、その結果、明治皇室典範の主たる内容は、男系の男子に限定する。直系・長系・嫡系・近親を優先し、そして退位が禁止されている。と申しますのは、皇位継承の原因は天皇の崩御に限るということがここにうたわれているわけです。これも大切なポイントです。
 それから、皇族の養子の禁止。天皇・皇族以外の者と結婚した皇族女子の皇籍離脱。そして、皇籍離脱した者が再び皇籍復帰することの禁止でありますが、これは明治22年のこの典範の際ではなく、40年の典範の増補において付け加えられたものです。
 そして、現在の典範もこのBの庶系による皇位継承の容認というところと、Dに天皇の養子の禁止が加えられたこと以外は旧典範をほぼ踏襲している。皇位継承法における原則としては変わりないと言っても差し支えないだろうと思います。
 このように井上毅が皇室典範を構想するに当たってさまざまな配慮を示した、そうした学術的研究が既にもう公になっております。私が奉職しております國學院大学に在職された小林宏先生が、その点を克明に論証しておりますので、できれば御参考にしていただければと思います。
 そこで現在の課題である皇位継承規定の改正ということですが、それは新たな皇統の危機に今直面していると言われていることからです。言うまでもなく、皇太子殿下の次の世代には女性の皇族しかおられない。典範の規定がこのままでは皇統が途絶えるのではないかという、そうした深刻な懸念から、今こうした議論がなされているわけでございます。
 しかし、5回にわたるこの会議におかれましては、どうも第5回目の会議で配布された資料を見ましても、現状の男系男子か女帝の容認かというような問題の立て方のように感じたわけでございますが、むしろそうではなくて、皇位継承を安定的に確保するために、男系を維持するのか、女系をも容認するのか、つまり、男系対女系という対立軸であるはずです。皇室典範の改正の方向も男系を維持するのか、あるいは女系をも容認するのか。その対立軸で考えるべきではないか。どうも私の見る限り、旧態依然の男系男子対女帝という立て方ですが、実質は女系の容認でありまして、私はそこに論点がずれているような気がいたします。あくまでも、対立軸は男系か女系かということになるのではないか。
 そこで私自身の考えを申し上げますと、先ほどの我が国における皇位継承の歴史を勘案いたしますと、男系主義の歴史的重みが大変大きいので、その重みを十分認識し、女系を容認する女帝に関する議論に早々に入る前に、まず男系維持のための方策を講じるということが先ではないだろうか。私は女系の容認を安易に考えるべきではないと思います。そのための方策として、次の@とAの組み合わせが考えられます。
 Aは、旧皇族の皇籍復帰可能性を検討すること。臣下の籍におりた者が皇族に戻ったケースは過去に何例もございます。ただ、皇位につかれたのは1例ですが、そこで私が関心を持ちますのは、昭和22年に旧皇族と今では言われておりますけれども、11宮家、51方が皇籍を離脱されたことです。そのことについては、もうここでも御説明があったと思いますが、その中では現行の皇室典範に基づいて離脱したという説明になっております。しかし、そんな簡単なものではなかったんです。
 「参考」にありますように、連合国軍による軍事占領下という異常な状況下にあって、皇室財産の国庫編入、皇族への高額の財産税の課税、あるいは宮内省機構の大幅縮小というGHQの政策に従った異例の措置であった。皇室といたしましても、いろいろ御不満はあられたようですけれども、やむを得ないということでなされたということの御説明があったのかどうか、私はわかりませんが、記録を見ている限りでは、そういうようなお話しはなかったようでございます。
 それから、もう一つ、これらの宮家は500 年ほども前の伏見宮家から分かれた遠い血統の方々であるという説明です。しかし、そのうち、竹田宮、北白川宮、朝香宮、東久邇宮の4宮家は明治天皇の4人の内親王様が嫁がれておられます。つまり、明治天皇のお血筋を引いておられるわけです。これが先ほど申し上げました、継体天皇や光格天皇のように傍系から入られた方に直系の皇女を配されたということを歴史の教訓として、こういう形で生かしておられるわけですので、旧皇族の皇籍復帰についても、そのような目で見ていただかないと困るのではないか。
 そして、皇族の養子制度につきましては過去にもさまざまなタイプがあり、ここでの御研究でも明らかにされております。この旧皇族の皇籍復帰の可能性、それから皇族の養子制度の検討ということの組み合わせで男系主義を維持するという、そうした研究がまずあってしかるべきではないかというのが私の基本的な考えでありまして、とりわけ我が国にとっていまだかつてない女系を採用するということの重大な意味を、もう一度皆様方にも正しく認識していただければと、かように考えるわけでございます。
 次に、各紙の世論調査では70%、80%が女性天皇を支持するといわれていますが、そのような世論調査に出ております一般国民の考え方の中味はいかようでございましょうか。恐らく、過去にも女帝がおられた、あるいは男女平等論の見地から、あるいは外国にもあるからいいではないか、あるいはあのかわいい愛子様を女性天皇にといったような感覚で、このような高率の支持があるように私は受けとめるわけです。 
 そのようなことですので、こうした世論調査を受けた方々は、女系を採用するということに対する認識がどこまであるのか、大変疑わしい。そのあたりのことが次第にわかっていきますと、支持率もまた変わってくるのではないかと思います。
 更に一部の女系容認論の中には、実は女系を採用することによって皇室の正統性が壊れる。これこそが皇統断絶のためのチャンスである。そのための有効な一打となるという、天皇制廃止論の考え方が一部にあるということ。これはどなたとは申しませんが、そういう考え方があること自体も御認識を深めていただきたいと思うわけでございます。
 そして、まず皇位継承の問題以前に、それと直接関係あることですが、喫緊の課題は現在の宮家の存続であります。
 宮家は、もちろん、傍系から皇位継承を安定的に支える存在でありますが、現在の宮家はお子様がおられないか、女性しかおられないかのいずれかです。このままではすべての宮家は断絶することになる。それを防止するために、宮家の存続を早急に考えねばならない。宮家の女性皇族の方の方が年齢も高うございますし、こちらの方を急ぐべきでありましょう。
 そのためには、最初に申し上げました1のAとBを組み合わせたような形の男系維持の観点から宮家の存続を確実なものとする、そうした考えをやっていくべきではないか。この方策を先にした後に皇位継承の問題に入っていくべきではないだろうかと私は考えます。
 最後に、私自身が申し上げたいことは、この皇室典範の改正規定の問題であります。
 御存じのように、明治皇室典範は憲法と対等の法でありまして、その改正・増補については議会は関与せず、皇族会議と枢密顧問の諮詢によるものとされていました。これの是非についてここで論じようというわけではございません。それに比べて、現典範の改正は一法律に過ぎず、国会の単純な議決によることになっております。
 となりますと、皇室典範の改正は皇室にとって最も関心である事項にもかかわらず、皇室の御意向がこの改正に反映されるべき回路がないわけでございます。私はこのような言葉をこの文脈で使うのは適当とは思いませんが、これは極めて非民主的なことだと思います。御自分に関することについて何らかの御意向も反映できない、そしてそのまま立法化がなされていくということは、よろしくないことだと思います。
 もちろん、憲法の「国政に関する権能」云々のことがあるにいたしましても、私はこれは大変重要なことだと思います。その意味で、まず何よりも現行皇室典範の改正に関しては、皇室の何らかの御意向が反映されるような回路をつくる。そのような改正をまず行うべきであると考えます。
 一案といたしますれば、現在、皇室会議というものがございます。その議員に皇族の代表が2人いらっしゃいます。しかし、皇室会議は実に限られた権限しか規定されておりませんので、その中に皇室典範の改正についての、どのような形でどのような手順でやるかどうかは別といたしまして、最低でもそうした権限を皇室会議に持たせることも一案ではないかと私は考えます。
 もちろん、立法権の侵害とかにならないような配慮は必要であることは言うまでもありませんが、皇室の御意向が反映されないような形で、皇室典範が一法律ということだけで国会の議決によって単純に改正されるということについては、やはり考えるべき余地が多分にあるのではないか。このような典範自体の改正規定についてまず一つの改正を行ってから、例えば女帝問題を含む皇位継承問題など具体的な改正の議論に入っていくべきではないだろうか、手順的にはかようにすべきだと思います。
 これまで、るる大急ぎで、限られた時間で私見を述べてきました。この新しい皇統の危機に際しまして盛んな議論が行われ、今日お集まりの委員の先生方も御多忙の中、何度も何度も会合を重ねていらっしゃることに対しまして深甚なる敬意を表する次第でございます。
 しかし、私は最後に先生方にお願いしたいと思うのは、少なくとも2000年もの皇位継承の歴史というものをやはりきちんと踏まえていただきたい。そのことは重々御承知であろうと私は存じておりますが、あえてここで重ねて申し上げたい。 それは、過去の皇位継承の危機に対して、我々の父祖たちは大変苦労しながらさまざまな方策を講じてきました。その父祖たちに対する大きな責任が我々にあるわけでございます。
 そして、責任は更に子孫に対してもあります。先ほど言いましたように、女系をそのまま容認するといういまだかつてないことは、この父祖に対する責任、そして子孫に対する責任を考えますと、そう簡単に決めてよいものであろうか。
 事柄は、安易に拙速に決定すべきことではございません。そして、深刻な対立点を残したままで結論を急ぐべきではない。ましてや今秋までに報告書をおまとめになって、来年の通常国会で法改正を行うというようなことは、私は大きな危惧と強い不満を覚えるところでございます。
 先生方には、そうした重大な責任をお持ちでございます。過去、我々の父祖たちがさまざまな危機を乗り越えてきた輝かしい実績があります。それぞれの時代の人々が叡智を出し合って切り抜け、そして落ちつくべきところに落ちついてきたということが、これから先、現在の皇統の危機につきましても私は可能であろうと確信しています。
 その意味では、何度も繰り返しますけれども、父祖に対する重大な責任、子孫に対する重大な責任を踏まえた上で慎重に御検討をしていただきたいと切に思う次第でございます。
 おおよそ時間が経ちましたものですので、まとまらない話でございましたが、私見を述べさせていただきました。
 御清聴ありがとうございました。

○吉川座長 大原先生、どうもありがとうございました。委員の方から何か御質問ございますか。
 どうぞ。

○園部委員 園部でございます。本日はどうもありがとうございます。貴重な御意見、大変ありがたいと思います。
 2つ御意見を伺いたいんですが、御意見といいますか、私の理解が間違っているかもしれませんのでお願いしたいんですが、旧皇族の皇籍復帰と養子の制度は典範の改正でできないことはないんですけれども、御承知のように旧典範は明治の初期から約60年続きました。それから、戦後の新しい皇室典範も実は60年続いております。したがって、私は青年期までは旧宮家の人たちのお姿というものをいろんな形で存じております。
 しかし、その後、戦後は全く外へ出られたものですから、国民は旧皇族についてはほとんど認識がない。調べればわかりますけれども、イメージが浮いて上がってこない。そういう状況の下で、もし旧皇族を、もちろん、御本人の意思もありますし、皇室の方の御意向も聞かなければいけません。仮に復帰させたとして、もしその方が天皇になられた場合に、国民の感情として、これは天皇として、国民の象徴として支持できるというふうに国民が思うかどうか。これが第1でございます。
 それから、皇族の養子制度につきましては、やはり御養子になられる旧皇族の御意思もさることながら、皇室の方での受け入れということが果たしてできるかどうか。また、そういう人を養子にしたときに、先ほどと同じように、養子として迎えるのがいいのか、あるいは女性天皇の相手方として、お婿さんとして迎えるのがいいかは別としまして、そういう言わばかなり国民から遠ざかっていた方々を今の段階で復帰させて、国民感情というのはそれをどのように受け入れるであろうかということがございます。
 制度としてはもちろん改正は可能だと私は思いますが、その点は先生はどのようにお考えでございましょうか。

○大原教授 時間が限られていますから簡単に申し上げます。まず大前提は、女系という前代未聞の制度を採用することに対するものすごい大きな危惧というものがあるわけです。それが前提でありますがゆえに、男系を維持するために旧皇族復帰だとか養子制度とかになれば、今おっしゃられたような御懸念とかはよくわかりますが、こちらの方が相対的に危険が少ないであろうというのが第1点です。
 それから、これは私自身のまだ個人的な思いつきになるかもしれませんが、要するに、旧皇族が復帰されてそのまま天皇につかれるということよりも、例えば廃絶する可能性がある宮家を継がれる場合もあれば、あるいは旧宮家の名前で復帰されることもある。これらの場合、新たにお妃ももらわれるわけですから、そこに男子が生まれる可能性もありますので、その方が皇位継承の候補者になることもあり得れば、今、女性皇族がいらっしゃるところにいわゆる婿養子の形で入られて、そこで男子がお生まれになるならば、これはすべて男系に属するわけでございます。
 そういうようないろんなバリエーションがあります。現実にどの程度の可能性があるかどうかという問題はもちろんおっしゃるとおりでございますけれども、そのように考えていきますならば、今日の世論は女系の天皇ということの重大性にあまり気付かずに女性天皇でもいいのではないかと簡単に考えているようですが、一部かもしれませんが、皇室の権威そのものも否定するような論が一方で出ているということもある。これは杞憂のことではない。そういったようなことから、私はこのような説を申し上げているわけでございます。
 ただし、すべての手段を尽くした後にどうしてもという時になって来れば、その時には国民が叡智を出せば、私は落ち着くところに落ち着くだろうと思います。しかし、今の時点で軽々にそのような結論を出すのはいかがなものであろうかということであります。
 その意味で、この会議の先生方にお願いしたいのは、時間をかけて慎重にこうした点までも御配慮して検討していただければと思うところでございます。

○園部委員 どうもありがとうございました。

○吉川座長 どうもありがとうございました。
 大変貴重な御意見、また一貫したお話で大変勉強になりました。本当にどうもありがとうございました。

(大原國學院大学教授退室)