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 トップ会議等一覧皇室典範に関する有識者会議開催状況


(高橋静岡福祉大学教授入室)

○吉川座長 それでは、御紹介します。次は、静岡福祉大学教授の高橋紘先生、御専門は現代史であります。
 それでは、高橋先生、よろしくお願いいたします。

○高橋教授 高橋紘でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 私は今から30年ほど前に、共同通信の社会部の記者といたしまして、宮内庁を担当しました。ちょうど昭和天皇の御在位50年、あるいは御訪米のときでございます。そのときは2年半ぐらいしかいなかったんですけれども、それからずっと皇室問題についてウォッチしておりまして、その取材の経験、それらを踏まえまして、私なりに考えている皇位継承のお話をさせていただきたいと思います。
 まず、戦後の皇室典範の改正のときの論議でございますけれども、あの論議を拝見いたしますと、どうも私は初めから皇位継承については男系男子という原則を変えないでいこうと、変えようとする気持ちは余りなかったのではないかという気がします。それで現在の皇室典範に至っているわけですけれども、皇位継承に関しましては、庶子、非嫡出子の継承は削除されました。それ以外は大体以前のとおりということであります。
 現行では男系男子に限るということでございますから、このままでは将来的には皇位継承者もいなくなり、それから皇族の女子は結婚したら宮家を去る、皇族の身分を去るということでございますし、養子も取ってはいけないというような規定でございますから、このままでいきますと皇位を継ぐ人がいなくなるばかりではなくて、宮家もなくなるということで、典範を改正しなければ天皇の制度自体が行き詰るという、大変難しい問題になると思います。
 今日は、皇位継承の在り方について意見を求められているわけですけれども、私はこの問題は象徴天皇にふさわしいもの、象徴天皇の皇位継承はどうあれば良いのかということについて考えてみたいと思います。
 ご承知のように、現在の憲法ですけれども、1946年の2月だったと思いますが、日本側の憲法草案を連合国側に示しました。しかし、日本側の憲法草案は受け入れられないということで、連合国側が草案を示してきた。そこに天皇はシンボルであるというふうに書いてあったわけです。当時の関係者は、天皇はシンボルとは何だということになって、いろいろ議論になったわけでございますが、実はこの天皇がシンボルだという話は、日本の伝統的な考え方でありました。
 例えば、歴史学者の津田左右吉とか、あるいは国体を研究していた里見岸雄とか、あるいは和辻哲郎とか、そういった人たちは、みんな日本の天皇というのは、日本民族の統合の象徴であるというような表現を用いておられます。
 それから、戦前のことでありますけれども、有名な新渡戸稲造とか、あるいは戦後、吉田内閣の国務大臣をやっておられた植原悦二郎という人、この人はイギリス、あるいは米国に留学されていて、この人たちが1910年代、あるいは1920年代ごろから英文の論文で、天皇は民族統合の象徴であるというようなことを書いた。それをアメリカの日本研究者たちは読んでいたということです。
 その日本研究者の考え方が、そのまま連合国側の憲法草案に反映されたかというところの確信はまだ私はないんですけれども、米国のジャパノロジストたちは、そういうことを知っていて、それが通奏低音のようになって現在の憲法に伝わったのかなという気がいたします。
 従いまして、この象徴天皇という考え方は、憲法そのものは押し付け憲法というふうに言われたりしておりますが、考え方として決してアメリカ側から来たものではないんだというふうに理解しております。
 それでは、一体象徴天皇とは何か、どんなようなものかというようなお話でございますが、一番わかりやすいのが、1990年の11月12日の今の陛下の即位礼のお言葉に出ているのではないかと思います。
 ちょっと長くなりますけれども読んでみます。
 「このときに当たり、改めて、御父昭和天皇の六十余年にわたる御在位の間、いかなるときも、国民と苦楽を共にされた御心を心として、常に国民の幸福を願いつつ、日本国憲法を遵守し、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓い、国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与することを切に希望いたします」というふうに書いてあります。
 このお言葉の中に、私は象徴天皇のキーワードが隠されているのではないか。また、このお言葉を作るに当たりまして、天皇陛下、あるいは側近の人たちが相談をして、それでは今度の即位礼にはこんなお言葉でどうだというふうな話をしてできたのではないだろうかという気がいたします。 陛下は歴代天皇のご事績というようなものをずっと研究され、あるいは学ばれてきた。テキストはたくさんあります。例えば『禁秘御抄』とか『誡太子書』と言いますから、皇太子を戒める本とか、歴代の天皇の宸翰とか、そういったものに天皇が常日頃気に留めておくことなどが書かれている。また、歴代天皇のご事績を見ますと、国民のことを案じている姿などいろんなエピソードもあります。
 そういったものを学ばれて、また、歴代天皇のそういった話。それが自然に天皇家の家憲となって、それを現代風に訳されたものがこのお言葉ではないかと、私なりに解釈しております。
 キーワードは、国民と苦楽をともにするとか、あるいは国民の幸福を願うとか、福祉とか、平和とか、こういったものがずっと歴代の天皇が願ってこられた。それが象徴天皇の形ではないかと思うわけです。
 その中で、「国民と苦楽をともにされた昭和天皇の御心を心とする」というくだりがありますけれども、昭和天皇も今の陛下もいつも言っておられたのは、「国民とともに」ということでございます。私は皇位継承について考えるときに、国民とともに、つまり国民に広く支持されているものであるかどうか。これが基本ではないかという気がいたします。
 皇位継承につきましては、まず従来からの男系男子をどうするか。あるいは皇族女子が皇位につく問題、つまり女性天皇を認めるかどうかという問題があります。
 次に、皇位の継承順はどうなのか、そして3番目に、それに伴って宮家の範囲、構成、これがどういうふうになるのかという問題です。結論を先に申し上げますと、私は女性天皇を容認して、皇位継承順位は長子優先、つまり第一子優先ということがいいのではないかと思います。
 なぜ、現在の男系男子を否定するのかという問題でございます。これまでの皇室の伝統と言いますか、皇位継承の伝統を守ろうという立場の方々なのですが、この人たちは1947年に皇籍を離脱した11宮家の末裔の方々を天皇、あるいは皇太子、ほかの皇族との養子にするとか、あるいは女子の皇族が宮家を立てて、そこでその方々と結婚するとかというふうにすれば、男系男子の血は守られる、と主張されています。男系男子による継承は千数百年も続いているのだから、急に変えるべきではないというようなお考えをお持ちのようです。私も伝統は大事にしなければならないと重々存じております。しかし、11宮家の皇籍離脱の理由はきちんとあるわけです。有識者会議の資料を拝見いたしますと、そのような勉強もされたようでありますけれども、現在の天皇家から終戦当時既に550 年前に分かれた宮家、伏見宮家一統の方々なのです。
 昔、宮内庁を取材しておりまして話を聞いたのですけれども、その11宮家の中に香淳皇后のお里の久邇宮家はどうするとか、あるいはご長女の照宮様が嫁がれた東久邇宮家はどうするとか、または昭和天皇の叔母様方、北白川宮家、竹田宮家など、そういった方々をどうするのかというような議論もあったということです。しかし、それほど大きな議論にはならなかった。なぜか。要するに天皇家と遠い血、親等がずっと離れているという問題。この冷厳な事実が基準とされたということです。もちろん、過去の例として、継体天皇とか何人かの天皇は、そういった遠系から即位されたという例はありますけれども、皇籍を離脱いたしまして、もう既に六十年近く経っているという方を、男系男子を存続させるために、わざわざ養子にお迎えするということが、果たして現在の国民感情に合うのかどうかという気がします。
 また、そこまでして象徴天皇を男系男子にしなければいけないのかという反発は出ないか、とも思います。
 女性天皇でもよろしい、女性天皇でも可というのは、今年3月の日本世論調査会での調査を見ますと、81.3%がよろしいと言っているわけです。私は決して世論を援軍にして女性天皇を主張するというわけではありません。ありませんけれども、この数字はやはり意識しなければいけない問題だと思います。
 仮にここで男系男子ということになりますと、一般の国民の中には直系に愛子様という内親王様がおられるのに、どうしてだめなんだと。女性天皇でもよいと多くの人が言っているではないかという議論にもなりますし、それから男子に固執する余りに、象徴天皇に反感を抱かないか、むしろ足を引っ張ることになるのではないかという懸念さえいたします。国民とともにという考え方に合わないのではないか。これが、女性天皇を可とする論拠のうちの1つでございます。
 次に長子相続の点でありますけれども、5月11日の会議では、皇位継承ルールの典型例として5例示されたようであります。全部みるのは時間がかかりますから、最初は男系男子の問題ですね。次に私がいいという長子優先、それ以外の3、4、5ですけれども、なかなかわかりにくくて、一言で申せば、男子優先で女子でもよろしいというような説だと思います。
 長子優先の方が、極めてわかりやすい、シンプルな継承順位であると思います。男女を問わないで、直系に最初に生まれたお子さんが天皇になるんだということ。現在の皇室典範も明治の皇室典範もそうですけれども、直系、それから長系、それから最近親というのが原則になっていますけれども、長子優先はそのとおりでございます。
 天皇あるいは皇太子に子どもが生まれたその瞬間から、国民全体が、次の天皇はこの方だと、男のお子さん、女のお子さん関係なしに将来の天皇はこの方だというような、そういう親近感がやはり一番大事なんではないかと思います。それが男子優先のようなことになりますと、いつまでたってもなかなか決まらないということも考えられます。
 最初のお子さんですと、御両親にしても、あるいは側近の方にしても、お育てする心構えと言いますか、帝王学というんではなくてお躾といいますか、そういったものに対してもお考えができようと思うのです。今の天皇陛下が皇太子時代にこう申されたことがあります。上の方は自由に、下の方は窮屈に、そういった方針で育てるつもりである。上の方という方は、今の皇太子殿下です。下の方というのは、秋篠宮様です。上の方は自由にというのは、将来天皇になるから、若いうちは自由に育てようというお考え。秋篠宮様は、将来天皇よりもいくらか行動も自由な皇族だから、若いうちは厳しく育てようということではないかと思います。 
 それから、紀宮様にしても、結婚するまでは皇族だから、皇族としての育て方をしよう、しかし、結婚すると民間に出るから、その両方のことを考えてということを言っておられます。
 それから、早くして亡くなられた高円宮様ですけれども、この方の口ぐせは面白くて、「私は皇位継承第7番目です。非常に自由な立場にあるので、私の仕事というのは、国民と皇室を結び付けることなんです」といつも言っておられました。そのとおり働かれて、ちょっと働き過ぎだったかなと思いますが、ああいう不幸な痛ましいことになり誠に残念なのですが、とにかく殿下はそういうふうに言っておられました。つまりこれは皇位が早くからきちんと固まるということではないかと思います。
 3番目以下の男子優先、それで男子がなければ女子も可というような問題ですけれども、これは最初に男のお子さん、親王さまが生まれれば問題ない。さっきの話で、今度はこの方だ、よかったなということになるんですけれども、しかしいつまでたっても男のお子さんに恵まれないということだってあります。終戦直後の皇室典範の論議の中で、幣原喜重郎という大臣が、女性天皇という問題についても、今の状態を見るとそんなことを議論しなくてもいいんではないか、というような意味のことを言っておられます。今の状態というのは、今の陛下と常陸宮様とェ仁親王と3人男のお子さんがおられる。だから、これは将来的には大丈夫だと思われたんだと思いますが、この40年来男子が生まれなくて、ずっと女子皇族だけということを考えますと、必ずしもこの男子優先、女子も可というのは、非常にうまく回るシステムではないのではないかというような気がいたします。
 これの問題は、もう一つは前回の資料に入っておりましたけれども、非常にわかりにくいと言いますか、金森さんという憲法担当大臣も、当時順位を決めるのにちょっと難しいところがあるというようなことを言っておられます。そういう点があります。やはり直系の最近親の方が一番わかりやすいというのが私の意見でございます。
 それから、何故こう男子にこだわるのかという問題であります。よく言われるのが、女性の天皇になると、妊娠とか出産とか子育てがあって大変だ。非常に負担が大きいという意見がありますが、しかし、現在の憲法は、第6条、第7条で、国事行為はきちっと決まっている。しかも天皇は政治には関与しないということです。その国事行為も儀礼的な内容になっているということになりますと、それほど負担が多いとは思いません。
 それから、1964年に昭和天皇の外遊なども視野に入れて出来た国事行為の臨時代行に関する法律があります。今の陛下が前立腺がんで入院されたときも適用されました。
 それからこんな例もあります。1987年9月22日に、昭和天皇が入院して手術をされました。そのときに、皇太子殿下、今の陛下に国事行為を託された。ところが、その陛下も皇后様と一緒に10月3日にアメリカに行かれた。そうすると、今度は当時皇孫だった浩宮様に代行を任せるということがありました。ですから、国事行為の問題は代行法で解決がつきます。
 それから、公的行為と言われるものの中に、国内のご視察、あるいは皇室外交があります。これは非常に負担になるので大変だと言われておりますが確かにその通りでございます。昭和天皇のときもそうでしたが、もともと天皇・皇后は共働きでございまして、一緒に外国に行かれたり、あるいは国体や植樹祭にお出になったりしておられます。それで、宮内庁はそれに備えて、お子さんが小さくても、看護婦とか、侍医とかを付けて、お守りしております。ご負担はございましても、いつもお揃いで国民に接しておられるのです。
 宮中祭祀の問題ですけれども、最も重い祭祀と言われるのは、ご承知のとおり新嘗祭、宮中では新嘗祭(しんじょうさい)と言っておりますけれども、その新嘗祭です。即位後初めて行われるのが大嘗祭でありますが、その大嘗祭の祭儀が固まったのは、宮内庁の皇統譜で数えますと、40代の天武天皇からというふうに言われております。その皇后が持統天皇でございますが、持統天皇は大嘗祭をとり行っています。もちろん、途中で中断したときがありますから、そのときにかかった方はされないでしょう。最後の女性天皇になったのは後桜町天皇です。最近、神道宗教学会の会報を見ておりましたら、この方はきちんと祭服を着けて、正式に大嘗祭を親祭されたということが書いてございました。また天皇が病気、あるいは都合の悪いときは、宮中祭祀を司る掌典長が代拝されるということでありまして、こういったことを考えますと、特に宮中の祭祀についても問題はないのではないかということです。
 次に宮家の範囲の問題ですけれども、宮家の将来の後継者は女子ばかりですから、これは12条を改正して、結婚に際して現在の皇族男子がやっているように宮家を立てるということも必要でしょうし、存続させるためには9条を改正して養子をとるようにしなければいけないと思います。ただ現在の永世皇族制の問題ですけれども、これはある程度、11条だけではなくて、ある程度具体的に何世まで皇族とするといったことなどを決めた方がいいんではないかという気がいたします。
 時間がございませんので、はしょりますけれども、私は千数百年の歴史、あるいは伝統のある天皇制度は儀式や行事、あるいは皇位継承の在り方、そういったものは各時代、時代において、やむを得ず中断したり、あるいは手直しをしたりして現在に至ってきた。それぞれ時代の知恵を出し合って乗り越えてきて、その結果現在まで続いてきたんだと思います。
 大嘗祭でも、皇室が式微の極みであった220 年間中断しておりますし、伊勢の神宮の遷宮も130 年ほど中断しております。しかし、現在こうやって永々と続いてきているというのは、日本国民が象徴天皇というものをよく理解して、それから天皇も国民のためによく考えてこられたから続いてきたのではないかと思います。中断して、それがまた復活したという例もございますし、新しい例を開かれたというのもございます。例えば、1959年の、今の天皇陛下と皇后陛下の御結婚。民間から皇后陛下が上がられたわけですけれども、ずっとそれまでの皇太子、あるいは天皇の后というのは、皇族か、あるいは特に定められたる華族から選ばれるというふうになっていました。旧典範の39条でそういうふうに決まっておりまして、ご承知のように香淳皇后は久邇宮家から出ておられますし、大正天皇は九条家から、その前は一条家からというふうに、五摂家、あるいは清華家からずっと出ている。それが明治になって成文化されたものでしょう。
 それを今の陛下の代で変更しまして、39条違反とでも申せましょうか、民間からお后を迎えられた。その結果はどうだったか、それはもう申すまでもないことであります。
 宮中祭祀に関しましても、いろんな変化がある。それから、大嘗祭、遷宮、そういったものの中断はあった。しかし、それがずっと現在でも続いているということは、やはり象徴天皇が支持されて国民統合の中心におられるからだと思います。
 何故がんじがらめに男系男子、あるいは男子優先ということを言う理由は、私はよくわかりません。象徴天皇というものはもっと間口が広くて、しなやかな制度ではないかと思います。それが国民ととともにある象徴天皇を現在、83%という国民が支持している理由ではないかと思います。
 十分意は尽くせませんでしたけれども、象徴天皇の在り方を考えますと、私は女性天皇がよろしい。皇位継承順は長子、第一子がよろしいというのは、以上述べたことに準拠しているわけでございます。
 以上で終わります。ありがとうございました。

○吉川座長 どうもありがとうございました。
 何か御質問ございますか。どうぞ。

○園部委員 園部でございます。今日はどうもありがとうございました。長子優先について、目先の問題としては、長子優先というのはよくわかるんです。ただし、これはある程度安定した皇室典範に改正していくとなると、まだ何代も先があるわけでございますけれども、その場合に男のお子さんがたくさんできて、女性が1人、2人であるというような状況の下でも長子である女性を天皇にすることが、国民感情に合いますでしょうか。

○高橋教授 それは、先生のお考えもちょっと入っているような気もいたしますけれども、私は一向にそれは構わないと思います。よく言われるのは、民間でも最初に長女が生まれて、その次に男の子が生まれると、長女に婿を取って、その婿に家督を継がせるかということを言われますけれども、いったん長子ということを決めれば、それこそ安定したやり方ではないかという気がいたします。

○園部委員 どうもありがとうございました。

○吉川座長 ほかにございませんか。
 それでは、大変貴重なお話ありがとうございました。

(高橋静岡福祉大学教授退室)