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 トップ会議等一覧皇室典範に関する有識者会議開催状況


(八木秀次高崎経済大学助教授 入室)

○吉川座長 それでは、御紹介します。
 高崎経済大学助教授の八木秀次先生です。御専門は憲法学です。
 それでは、先生、よろしくお願いします。

○八木助教授 御紹介いただきました八木でございます。
 レジュメに従いまして、話を進めてまいりたいと存じます。
 当有識者会議では、今後は男女平等論に立った議論はしないということを確認されたようでございますので、その点については、ここでは触れません。
 それ以外の論点として、まず、皇位継承に関する重要論点といたしまして、7点ほど挙げさせていただいております。
 大原康男先生の資料を拝見いたしましたが、一部重複するところもございますが、私なりの立場で報告をさせていただきたいと存じます。
 まず「A『万世一系』とされる『皇統』は一貫して『男系』による継承である」。
 「B 過去8人10代の女性天皇はいずれも『男系の女子』である」ということで、これらの女性天皇がいらっしゃるということでございます。
 この女性天皇は、2つの類型に分かれるということでございますが、皇后もしくは皇后に準ずる地位であられたが、御夫君が崩御されましたので即位をされたという例。
 次に、配偶者なしで生涯独身であるという例。この2つのタイプがございます。 「C 女性天皇は本命の『男系の男子』が成長するまでの『中継ぎ役』であった」。
 女性天皇の職務自体が中継ぎ役であったかどうかについては議論があるところでございますが、少なくとも皇位継承に関しては中継ぎ役であったことは確かでございます。
 D、ここは少し言葉足らずございますので補ってまいりたいと思いますが、女性天皇が即位後に男系の男子以外と結婚され、その間にお生まれなったお子様が天皇になられた例はないということでございます。
 「E 女性天皇のお産みになったお子様が皇位に就かれれば、皇統が『女系』に移ることになる」。このことによって、万世一系という原理を壊す。したがって、これまで女系天皇は存在しない。
 以上まとめますと「女性は『皇位』の継承者にはなり得ても、『皇統』の継承者たり得ない」。すなわち、天皇の位には就けるけれども、その後、血はつながっていかないということが、皇統すなわち歴代天皇の系図を見ますと確認できます。
 このように皇統が一貫して男系で継承されているということについて、一部で異論が提出されております。
 すなわち、皇統は男系女系の双系主義という見解でございます。その際に根拠とされるものが『養老令』の「凡皇兄弟皇子、皆為親王。女帝子亦同」という規定でございます。 しかしながら、ここで言う女帝の子は、具体的に想定された人物がおります。すなわち、第35代皇極天皇の前夫、高向王との間の皇子、漢皇子のことでありまして、後に母宮が高向王の没後、舒明天皇の皇后になり、舒明天皇崩御後、皇極天皇として即位したので、そのお子さんであります漢皇子は女帝の子、すなわち皇極天皇の子どもではありますけれども、もともと男系の男子でありますので親王ということになります。したがって、この規定は双系主義の根拠になり得ません。
 この点、江戸時代から河村秀根、小中村清矩、池辺義象ら国学者、国文学者が繰り返し指摘しているところでございます。
 「F 過去にも天皇の近親に直系の男子(庶系を含む)が恵まれず、皇統断絶の危機はあった。その際、皇統が『女系』に移ることは厳しく排除し、男系の『傍系』」すなわち遠縁から皇位継承者を得ております。
 これまで、男系継承を維持するために、歴史を振り返ってみますと、2つの安全装置が設けられていたように思われます。
 1つは庶系継承、すなわち正妃、皇后、皇太子妃から生まれた皇子でなくても、側室から生まれた皇子にも皇位継承権を認めるということでございます。歴代天皇の約六十代は庶系の出身でございます。
 2)といたしまして「傍系継承」というものがございます。この点、後ほど詳しく触れます。
 「G 皇統は単純な『直系』による継承ではなく、あくまで『男系』による継承である」ということが確認できます。
 2.といたしまして、傍系継承に関することですが「過去の皇統断絶危機の際、男系の『傍系』から皇位に就かれた例」として3例ございます。
 それぞれ系図で確認していただきたいと思いますが、既に先生方には御承知のことと思われますので、この系図の確認は省略させていただきたいと存じます。
 第1例として、第26代の継体天皇は、先代の武烈天皇とは10親等の隔たりがございます。 第102 代の後花園天皇は、先代の称光天皇とは8親等の隔りがある。
 第119 代光格天皇は、先代の後桃園天皇と7親等の隔りがございます。
 いずれも大変な遠縁であります。一般人の感覚から見れば、ほぼ他人と申し上げてよいという間柄になるかと思います。
 レジュメの2ページ目をごらんいただきますと、この3例の中で、特に注目したいのは光格天皇でございます。
 光格天皇は今上天皇の直系の御祖先に当たります。光格天皇から今上天皇まで、このように結ばれております。
 光格天皇は、閑院宮家の第6男としてお生まれになりました。この閑院宮家ですが、新井白石の進言によって創設されたものです。当時3宮家ございましたが、新井白石は徳川将軍家のお世継ぎ問題を考えまして、将軍家でもなかなか世継ぎの問題は難しい。そこで、御三卿という分家を設けている。
 同じく皇室、朝廷もお世継ぎ問題、なかなか難しかろうということで、閑院宮家の創設を進言いたしました。
 新井白石の進言から70年経って光格天皇が出ております。もし、このとき新井白石がこのような進言をしなかったならば、光格天皇という御存在はおられませんし、それを考えますと、明治天皇も大正天皇も昭和天皇も今上天皇もいらっしゃらないということであります。
 このように、今上天皇の直接の御祖先に当たる光格天皇が傍系の御出身であるという点は、非常に興味深いかと存じます。
 光格天皇は、先代の後桃園天皇が21歳で崩御された後に、先代の猶子、すなわち身内の養子という形で迎えられております。ただし、手続としては、生前養子という形を取りました。
 光格天皇の皇后は、先代の皇女、欣子内親王でございます。これは継体天皇の皇后の例にも見られることでありますが、傍系と直系との血を近づける工夫がここにございます。 光格天皇でありますが、近年、研究が随分進んでいるようでございまして、近代天皇制度の基礎を築いた立派な天皇であるという評価がなされております。
 そして、傍系出身であったがゆえに、また生母が、言わば当時としては非常に身分の低い方であったということもございまして、周りの公家から軽く扱われたということが言われております。
 しかしながら、それゆえに天皇らしく意識的になさったということでございまして、この点を考えますと、帝王学というものが、果たして幼いころから必要なのかどうかということについては、いささか留保が必要ではないかと思われます。
 図らずも途中から天皇になられたがゆえに意識をされた。それで立派な天皇となられたということもあるわけでございます。
 それから、傍系ではございませんが、遠縁から皇位を継承した例といたしまして、2例確認できます。
 1つは、第49代光仁天皇、先代と8親等の隔たりがございます。そして、何より南北朝の合一というものを説明しようとするならば、遠縁・傍系から皇位が継承されるということを説明しないでは、この南北朝の合一が整合的に説明できないのではないかと存じます。 第100 代の後小松天皇は、先代の後亀山天皇とは11親等の隔たりがございます。ほぼ他人でございます。
 こういったことを見ますと、皇統という概念はその時々の、これは言葉が適切ではございませんが、なかなかぴったりくる言葉がございませんので、ロイヤルファミリーという言葉を使いますが、ロイヤルファミリーの独占物ではないということが確認できます。もっと広い概念ではないかということです。
 ロイヤルファミリーの男系の血筋が途絶えれば、さかのぼって別系統の男系の血筋から次の皇位継承者を得ているということでございます。
 孫娘がかわいいからといって、孫娘に皇位を継承させ、更にはその子どもへということは、これまでの歴史の中にはございません。男系継承はアクロバティックなまでのものであります。
 これは論点7の再確認でございますが、皇統は単純な直系による継承ではなく、あくまでも男系による継承であるということをここで確認しておきたいと思います。
 3といたしまして、それではなぜ男系継承を行ってきたのか。そして、ここからは私の主張も交えますが、私は可能な限り男系継承を行っていくべきだという立場でございます。なぜ、男系継承を続けていくべきなのかということについてもここで申し述べさせていただきます。
 1つの理由は、125 代一貫して男系継承であった事実の重みでございます。これまで一度の例外もなく、一貫して男系で継承されてきた。そのこと自体、もはや確立した原理というべきではないかと思います。苦労に苦労を重ねながら男系で継承をしてきたということでございます。これを現代人の判断で簡単に変えていいものかという疑問が生じます。 2番目といたしまして、これも理由として果たして適切なものかどうかは、私はいささか自信がございませんが、遺伝学の見地からも説明が可能だということが指摘されております。私は素人ながらこのようなことを以前から申してまいりましたが、最近になりまして、生物学者の中から、あなたの言っていることは全く正しいという意見をいただくようになっております。
 すなわち、仮に神武天皇を初代といたしますと、初代の性染色体、男の場合XとYのうちのY、Y1 は男系男子でなければ継承ができません。生物学者の中に、その点を「Y染色体の刻印」というふうに表現なさっている方もおられます。
 男系男子であれば、遠縁であっても同じY1 を確実に継承しているということが、お配りをした資料の、遺伝の系図で確認ができます。確認している時間がございませんので、それは後ほどたどっていただければと存じます。
 もちろん、我々の祖先は遺伝学の知識はありません。しかしながら、農耕民族としての経験から「種」さえ確実なものであれば、血は継承できると考えていたのではないかと、このように思うわけであります。
 次に4.といたしまして「女帝容認論者の深謀遠慮」と書きましたが、正確に表現いたしますと、天皇制廃絶論者の深謀遠慮と言ってよろしいかと存じます。
 我が国には、一定の割合で天皇制廃絶論者が存在いたします。彼らが最近になって女性天皇、そして女系天皇の容認というところに傾いているということが確認できます。
 そのことの背景にあるものは何なのかということでありまして、そのあたりをはっきり書いてくださったのが奥平康弘氏の以下の論文の文章でございます。
 読んでいる時間もございませんので、内容だけ確認させていただきますと、女帝容認策、この女帝を容認した際に、このことによって女系天皇が誕生すると。そうなった暁に「天皇制のそもそもの正当性根拠であるところの『萬世一系』イデオロギーを内において浸蝕する因子を含んでいる」という指摘がございます。
 3ページ目をごらんいただきますと、そのような女系天皇が誕生した場合に「『萬世一系』から外れた制度を容認する施策は、いかなる『伝統的』根拠も持ち得ない」と指摘しています。優れて伝統的な存在である天皇という存在を伝統が支えられなくなるということでございます。 「『女帝』容認論者は、こうして『伝統』に反し『萬世一系』イデオロギーと外れたところで、かく新装なった天皇制を、従来とまったく違うやり方で正当化して見せなければならないのである」という指摘がございます。
 女系天皇が誕生した際には、天皇としての歴史的正統性の問題が浮上するという指摘であります。女系は皇統か、女系天皇は天皇たり得るのかという指摘でございます。
 このことで天皇としての正統性の根拠を疑わせることによって、天皇制廃絶への第一歩となるというのが、ここでの奥平氏の指摘であります。
 もちろん、奥平氏は、だから女性天皇、女系天皇をやめなさいということではなくて、だから進めなさいということでございます。
 要は歴史上確立した原理である男系継承を今後も続けるのか、これまで例のない未踏の女系継承への道を開くのかということであります。この2つの選択肢が提示されているということでございます。
 それでは、男系継承の道はふさがれているのかということでございますが、この点、十分その検討をする必要があるかと存じます。
 ここで、私の考えでありますが、昭和22年10月に臣籍降下した旧11宮家に注目が集まらざるを得ないと存じます。
 旧11宮家でありますが、男系の血筋を持っている方々であります。もちろん、民間の中にも男系の血筋を持っている人々が大勢おります。私もあるいはここにお集まりの先生方にもそういう血が何らかの形で継承されているかもしれません。しかし確実に神武天皇以来の男系の血筋が継承されているということが確認できるのは、この旧宮家だけであります。そこで、3案ほど示してみました。
 旧宮家の男系男子が皇籍に戻る、宮家復活案ということでございます。臣籍降下後、皇籍復帰の例は過去に多数あります。下の参考というところをごらんいただきたいと思いますが、(1)から(5)までのパターンがございます。
 一般に臣籍降下後、皇籍に復帰した例として専ら取り上げられるのは、第59代の宇多天皇でございますが、それ以外にも多くの例があるということが『皇室制度史料』の中で確認できます。こちらの事務局がお作りになったものだと思われますが、そこにこれらの例が出ておりませんので、あえてこれをここで提示させていただきたいと存じます。 中でも注目すべきは、(4)の「皇孫以下が復帰した例」といたしまして、その中のBの忠房親王でございます。
 この方は、父も臣籍、臣下の子として皇籍に復帰した唯一の例でございます。先例として注目に値すると思います。
 第1案にもう一度戻っていただきますと、旧11宮家は、現在、7家が存続し、5家に次世代の男系男子がいらっしゃることが『文藝春秋』の今年の3月号で確認されております。 ただ、この文春の調査も直系を重視した調査でありますので、さらにほかにも男系の男子がいらっしゃると思われます。
 その中から、御本人の意思を尊重しつつ、これは多ければ多いほど私はいいと思いますけれども、3人から7人が復帰をなさるという案はいかがでしょうかということでございます。
 第2案は、皇族の養子を認め、その際には、皇室典範第9条の改正の必要がありますが、旧宮家の男系男子を皇族とする。養子による宮家存続案ということであります。できればここに内親王・女王が妃殿下として嫁がれることが望ましいと存じます。傍系と直系との血を近づける措置であります。
 第3案は、過去には例はありませんので、できれば私はこれを避けたいと思いますけれども、女性宮家を立てる。ただし、内親王・女王が旧宮家の男系男子と婚姻された場合に限るとするということでございます。
 4枚目をごらんいただきますと、このようにいずれにしても旧宮家の男系男子を活用した形での男系継承という道を探ってみたわけでありますが、旧宮家の復活は時代錯誤であるという指摘もございます。臣籍降下から約六十年経っているということでありますが、この60年を長いと見るか、短いと見るかは主観的なことだと思います。皇統の歴史から見れば、60年は短いとも言えます。
 それに遠縁ではありますが、昭和22年10月まで皇族として存続されました。しかも世襲親王家として存続をしたわけです。
 更に、皇籍離脱は占領下の特別の事情によるものです。そして、現在もさまざまな名誉職をなさっています。
 それから、現在の皇室とは「菊栄親睦会」として交流もあります。
 このように宮家を復活するということ、このことによって皇族方の御公務の軽減に一役買えるのではないか。
 そして、何より、皇太子妃殿下のお世継ぎ御出産の御負担も軽減できるのではないかと存じます。
 また、財政負担の問題を指摘する向きもありますが、1宮家維持に必要な経費は年間5,000 万であります。3宮家から7宮家といたしましても、大した金額ではございません。
 結論でございますが、我々が今行うべきことといたしまして、実は皇位継承はそれほど差し迫った問題ではありません。皇太子殿下も秋篠宮殿下もまだお若くございます。恐らく20年後か30年後に本格的になります。
 であれば、今、行うべきは女性に皇位継承権を認めたり、皇位継承順位を付けることではありません。概して4つの案が示されたようでありますが、どなたを皇位継承順位の上位に持っていくのかということにおいて、混乱や内紛が生じる懸念があります。
 今、必要なのは、将来の皇位継承に備えて皇位継承の基盤を充実させることではないかと存じます。すなわち、神武天皇以来の男系の血筋を引いた宮家の数を増やしておくことということであります。このままでは皇族自体が絶滅いたします。
 そこで、新井白石の事績に学ぶ必要があると存じます。「『平成の新井白石』出でよ!」ということでございます。帝王学の問題は先ほど触れました。
 要は優先順位の問題ではないかと思います。男系継承の道をはたして探っているのかということでございます。また、男系継承の道は本当にふさがれているのかということであります。女性天皇、女系天皇の容認はその後でも十分ではないかと存じます。
 「一系の天子」というものは、日本のかけがえのない文化であります。それを維持するのか、変えるのかという選択を迫られております。
 しかしながら、問題は建国以来の国柄の変更にもつながります。前人未到の領域に足を踏み入れることにもなります。「荊の道の始まり」との指摘もあります。有識者会議の先生方の責任は極めて重いと言えます。それだけの覚悟がおありになるかどうかということでございます。慎重にも慎重を期すべきことをお願いいたしまして、私の意見陳述とさせていただきます。
 なお、詳細は『本当に女帝を認めていいのか』(洋泉社新書y)という本を来週出版いたしますので、それを参照いただければと存じます。
 ありがとうございました。

○吉川座長 どうもありがとうございました。それでは、何か御質問がございますでしょうか。

○園部委員 園部ですが、今日は大変貴重なお話を直接お聞きできてありがたく思います。短い時間で簡単に一言二言だけ申しますが、男系継承を護持するための具体的方策として1案から3案、これは既に私どもは拝見してよく存じ上げております。
 ただ、これは言わば選択といいますか、チョイスがこの中にどうしても入ってくる。望ましいということが入ってくる。理念としては望ましいし、ある程度の選択の余地があるという前提なんですが、皇室典範を改正して、このような選択をする、あるいは望ましいことを実現するためには、ある程度の強制的な措置が必要なんですが、具体的にはどういう形でだれがこの選択をして、あるいは典範の規定としてどういうものを置けばいいのか、その点の何かお考えがございますか。

○八木助教授 第1案につきましては、典範の何か所かの改正が必要かと思いますが、第2案については第9条の改正、第3案については第15条の改正で済むかと存じます。私といたしましては、実はここに優先順位が既にございまして、第1案は実際には難しいのではないかと思います。一番ソフトランディングできる案は第2案ではないかと思います。
 それは、このまま放って置きますと、宮家自体が存続いたしません。すべて廃絶されることになります。今の宮家のサイズ、数でやはり残していくということが象徴天皇制度を憲法上維持しているということから考えても必要なことではないかと思います。
 その際に、やはり旧宮家の男系の男子の方にお役に立っていただくということが一番国民としても受け入れやすいのではないかなと考えております。

○園部委員 旧宮家には何人か適格者がいるとして、それを例えば皇室会議で決めるようにということですか。

○八木助教授 そういう手続は必要かと思います。

○吉川座長 ほかにございますか。
 それでは、八木先生どうもありがとうございました。大変貴重なお話をありがとうございました。

(八木高崎経済大学助教授退室)