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(横田流通経済大学教授入室)

○吉川座長 それでは、御紹介いたします。流通経済大学教授の横田耕一先生、御専門は憲法学です。
○横田教授 今日はこういう形で話す機会を与えられまして、ありがとうございました。ただ、私のスタンスからしますと、何か若干場違いな感じもしないでもありませんけれども、私が考えるところを申し上げてみたいと思います。
 今日の議論といたしまして、規範論から問題にする、あるいは政策論、あるいは現状分析、それぞれの観点から申し上げられることがあると思いますけれども、レジュメの大きなUの部分で、規範論的な観点から申し上げてみたいと思います。Vでは政策論、IVでは現状分析ないし未来予測ということになりましょう。
 次に、前提にしておきたい問題が幾つかありますけれども、まず憲法の規定の仕方の問題として、憲法の規定というのは、ある事柄を保障している場合、すなわち肯定している場合と、ある事柄を禁止ないし否定している場合と、どちらでもない、すなわち裁量に任されている、こういう問題がございます。 この問題をなぜ問題にしたかといいますと、憲法第2条の世襲の規定をどのように解すべきかということとの関連で、その点を指摘しておきたいからです。 裁量に任されるというのは、例えば外国人の地方選挙への参加。これが最高裁判所の判決では、裁量でどっちでもいいということになっているわけで、そういう問題があるということを御指摘申し上げます。
 そこで、日本国憲法の天皇条項をどう理解するかということが、皇位継承問題を考える場合においても前提になります。その点で、やはり押さえておかなければいけない事柄は、世襲の象徴天皇制度というものが憲法の基本的原理からすると逸脱している、あるいは憲法原理とは矛盾しているということでございます。これは別に私が申し上げているだけの話ではなくて、憲法学界の通説であろうと思われます。
 そこで、どういうところが矛盾しているか、今日はるる述べませんけれども、国民があらゆる事柄を決定していく、国民が最高の存在であるという国民主権主義、ないし民主主義というものをあいまい化する。あるいは、基本的人権尊重主義の観点からするならば、平等原則というものと矛盾する。生まれによる差別というものを認めておりまして、ある意味では、その限りで日本国憲法は差別憲法であるというようにも言えるわけです。
 なぜこうなったかということは、御承知のとおり、占領下における占領軍と日本側との妥協の産物であるわけでございまして、問題はそういった問題を憲法解釈の問題として、どう処理するかということです。1つは、明らかに憲法基本原理と違うものが入ってきた。だから、これを一種の憲法原理の「飛び地」といたしまして、天皇の問題について大幅に憲法原理から外してしまうという解釈態度がございます。もう1つは、やはり憲法は憲法原理が原則でございますので、憲法原理からの逸脱、例外、これを最小限度と考える、そういう解釈態度がございましょう。私は、後者の解釈態度を採っておりまして、憲法原理からの逸脱は必要最小限度にするべきであるというように考え、解釈を行っております。
 次に、天皇の条項につきまして、皆さん方にはちょっと奇異な感じがあるかもわかりませんけれども、憲法学界には大きく「断絶説」、それと「連続説」というものがございます。「連続説」というのは、もうこれは恐らく皆さん方が当然のことと考えられておられることと思いますが、従来の天皇が日本国憲法における天皇に連続している。大幅に形を変えたけれども、天皇というものが続いているというように考える。これが「連続説」でございます。
 それに対しまして、憲法規範を重視いたしますと、戦前の大日本帝国憲法の天皇、あるいはそれ以前の天皇と日本国憲法の規定する天皇とは、言葉は天皇ではあるけれども、全く別物であると、こう考えるのが「断絶説」でございます。この観点を早く打ち出されましたのは、後に最高裁判所長官を務められました横田喜三郎先生でございますが、学界において一定程度この説には支持者もございまして、私はこの考え方を採用しております。これも時間がございませんから、なぜそうかということは申しませんが、天皇の現在の地位、あるいはなぜ天皇がそういう地位にあるのか。例えば、天照大神の神勅が主権者である国民の総意に変わったこと。あるいは天皇の権能、これも根本的に変わっております。そういう意味で、この両者を別物と見るわけでございます。
 さて、問題はなぜそういうことを今、問題にするかということですが、伝統、いわゆる皇室の伝統とか、そういったものをどう評価するかという事柄に関わってくるわけでございます。そこで、「断絶説」を採りました場合には、伝統というものは基本的に考慮する必要はない。横田先生の言い方を借りるならば、むしろ伝統というものは否定すべきものだというようにもなるわけでございます。それに対しまして、「連続説」の場合には、一定程度これまでの天皇の伝統というものを考慮する、こういうことがなされることも許されるわけでございます。ただし、この場合においても、伝統というものを憲法規範を超えて過度に重視する、そういうことは許されないというように考えられます。
 次に、皇位継承の問題を考える場合において、憲法の現在の規範について最低限度押さえておくべき点を幾つか申し上げます。今から申し上げる議論は差し当たり、先ほど言いました「連続説」、「断絶説」には関係ございません。
 まず、象徴というものがありますが、これはちょっと直接関係ございませんから省略します。
 2番目に、天皇は日本国民の統合の象徴であるということになっているのですが、この国民統合ということの規範的意味でございます。憲法学界の通説といたしましては、規範的には国民統合の象徴というのは、統合されている国民を表しているということであって、天皇が積極的に国民を統合するということを意味しているものではないというように理解されております。しかし、御承知のとおり、現実には象徴天皇が存在することによって、国民を統合する、そういう社会的作用を果たしているのは事実でございます。もっとも象徴天皇がどういうような統合の仕方をしているかという問題は、裕仁天皇の場合と現在の明仁天皇の場合は、明らかに異なっておりまして、裕仁天皇が言わば権威によって尊敬を集めていくという統合の仕方をしたのに対して、明仁天皇の場合には、親しみによって国民を何となくまとめているというような違いがあるかと思います。
 次に世襲の問題がありますが、これはまた後に申します。
 次に天皇の権能の問題ですが、現在天皇が行うべき公的に認められている権能は、憲法が定めている13の国事行為に限られております。「この憲法に定める国事に関する行為のみを行う」というように憲法は規定しておりまして、13の国事行為に限定されております。
 しかし、現実には天皇は国体や植樹祭へ出席したり、あるいは外国を公式訪問するなど、憲法に書いていないような、公的な行為を行っています。これを憲法学的にどう判断するかという問題がございますが、私はこれは憲法違反であるというように考えておりますが、憲法学説では、これを象徴である天皇の行為であるとか、象徴という公的立場にある天皇の公人、公の人としての行為であるというようにとらえて、合憲とする説が恐らく多数説でありましょう。いずれにせよ、天皇の行う行為は、形式的、儀礼的行為でありまして、天皇の判断が入る余地はないと言わねばなりません。
 次に皇族の問題ですが、皇族というのは、法律である皇室典範が規定した皇后、皇太后、太皇太后及び皇位継承資格者とその家庭の集団を意味いたします。それだけの話でございまして、皇族には公的立場もなければ、公的権能はもちろんございません。したがって、皇族のいわゆる公務なんていうものは、憲法上存在する余地はございません。したがって、仮に女性天皇を認めた場合であっても、その夫の公務をどうするかといったようなことは、そもそも問題になり得ようはずがありません。天皇の国事行為以外の公的行為の合憲性自体が、憲法学界では争われているわけでありますから、象徴でもない皇族に公的行為があるとか、公務があるとかというのは、全くナンセンスな話でございます。
 そこで、次に規範的観点から見た現在の皇位継承規定の問題でございます。
 この問題は、余り実益がないかもしれません。もうこの辺りの問題は、ある意味ではクリアーされて議論が進んでいるかと思いますけれども、一応申し上げてみたいと思います。 憲法第2条が世襲であると定めていることの射程範囲が問題になります。これは、血のつながりによって、すなわち選挙であったり、別の形で皇位が継承されるのではなくて、単に血のつながりによって皇位が継承されるという意味であって、男系であるとか、男子に限るとかという限定は世襲からは出てこないというように考えます。したがって、女性天皇や女系天皇を認めるとしても、憲法改正の必要はないと考えます。むしろ、皇室典範が男系男子に限定したことの方の合憲性が問題になるかと私は考えております。 そうすると、皇室典範第1条の男系男子規定、これの合・違憲性が問題になりますが、皆さん御存じのとおり、皇室典範は国会の議決した法律でございますから、憲法と矛盾する場合には、皇室典範の当該規定は無効であるということになります。ただし、男系男子主義というのは、明らかに一般的な平等原則に反しておりますが、男女平等に反しているから憲法違反だということには、直ちにはなりません。やはり、憲法の中における天皇制度の問題との対比で考えなければいけない問題かと思います。
 そこで、違憲説というのがまずあるわけでございまして、初めに申し上げておきますと、私は男系男子天皇に限定することは違憲であるという判断をしております。それはなぜかというと、単純に憲法第14条の男女平等原則に違反し、性差別であるから違憲であるという説もございますけれども、私はそうではなくて、私が先に述べました憲法解釈の在り方の観点から違憲と考えております。すなわち憲法の基本原則からの例外は、最小限度であるべきだとの立場をとることは先に申し上げましたけれども、その場合、私は憲法第14条の平等原則というものは、人権に関わる規定であるとともに、国家機構の構成を支配する原則であると考えております。したがって、天皇制度の場合にも平等原則との関係が問題になって、平等原則からの例外は最小限度であるべきだと考えますけれども、女性天皇や女系天皇を認めない理由として、これまで挙げられてきた、例えば女性は政治に向いていないとか、男性に左右されるとかといったたぐいの理由は、平等原則からの例外を認めるにおいて、合理性は全くございません。唯一いわゆる伝統なるものがありますけれども、「断絶説」を採る私には伝統というのは、合理的理由とは認められません。
 したがって、女性天皇や女系天皇の否認は違憲と考えております。しかし、仮に女性天皇や女系天皇を認めたといたしましても、世襲制度そのものが平等原則からの逸脱であることは言うまでもございません。
 なお、仮に私とは違って「連続説」を採っても先に挙げた「飛び地論」、天皇に関わることは憲法原理とは全く関係なく設定できるんだという立場を採れば、男系男子に限ったということも合憲というように判断されるでありましょう。
 直系、長系の違憲の問題、これは非常に面白い問題ですけれども、省略いたします。
 そこで合憲説でございますが、仮に「飛び地論」を採って男系男子に限定したことを合憲だといたしましても、憲法は男系男子に限定していませんので、女系天皇や女性天皇を認めることは立法府の裁量に任せられております。したがって、女系天皇や女性天皇を憲法は保障もしていなければ禁止もしていないということにこの立場からはなりましょう。
 そこで、次はV番、現在の状態を前提として、政策的観点から見た皇位継承について申し上げてみたいと思います。この点、今日差し替えました紙を見ていただければわかりやすいと思います。
 まず、第一の政策として、今までの『男系男子を厳守』するという政策がございます。これは有識者会議第5回会合の資料2の例1に当たるものでございます。これを採れば、少なくとも明治期に伝統とされたものには合致いたします。
 しかし、現在のままで男系男子を続けるということになれば、御承知のとおり、断絶の危険性もある、それを覚悟しなければいけない。あとは男子の生誕を待つということになりましょう。
 次に、皇籍離脱者の皇族籍復帰というやり方がございます。これは皇室典範を改正するとか、あるいは特別法をつくるということになりましょうが、第1に、一旦皇族を離れた者が皇族籍へ復帰するというのは、伝統から考えても極めて例外的なことであります。だから、伝統を重視する立場からも皇籍離脱者が復帰するということには相当問題があります。第2に、当事者本人の意思が問題になることは言うまでもございません。第3に、皇族籍にあえて一旦離脱した人が復帰するということは、何かうさん臭さが漂って受け取られるきらいがあるかと思います。第4として、皇族籍に復帰した男子が皇族の女子と結婚すればいいというような話がありますけれども、こんなことは期待できないことでございます。第5に、もし皇籍離脱者あるいはその子孫が皇位継承するというような状況が出てきた場合、現在の世論を前提とするならば、世論の支持はほとんど期待できません。したがって、国民を統合するという役割は、そうした天皇には期待できないと私は考えております。
 次に養子による継続でございますが、これも皇室典範を変えなければいけませんが、第1に、皇位継承との関連で言えば、皇族の養子というのは、いろいろ今までの歴史にあるようでございますが、皇位継承との関連で養子をするというのは、伝統から見ましても非常におかしい、反するというように論ずる伝統主義者がいらっしゃいます。だから、伝統との関連で伝統に即しているとはちょっと言えません。第2に、当事者すなわち養子になる者と養子をする者の意思がこの場合にも問題になります。第3に、皇室典範を改正するとして、その規定の仕方に一工夫が必要となります。皇籍を離脱した者の子孫のみに養子を限定するというような規定をしなければいけないわけで、一般的に養子制度を採ることになりますと、伝統主義者が嫌う一般国民が養子となって皇族になるという道筋が開かれることになるわけでございます。第4に、このやり方は皇位継承順位の設定をどうするかということで、混乱が起こりますし、不安定になる要素をはらんでおります。第5に、養子となった人が皇族の女子と婚姻するという可能性、これも余り期待できないことでございます。第6に、これも養子となった人が皇位を継承するということになりますと、世論の支持は期待できないということになりましょう。
 次に、非嫡出子の容認、これは全く非現実的で期待できません。
 第二の政策として、『男系女子を容認』するという政策があります。これは現状のままであれば一時しのぎにはなりますが断絶の可能性があります。
 皇籍離脱元皇族子孫の男子と婚姻して断絶を回避するというのも非現実的で世論の支持は期待できません。
 そこで、最後の政策として、『女系天皇を容認』するという政策になりますが、この場合、継承順位をどうするかが最大の問題になります。
 男系男子優先主義、会議の資料2の例4ですが、一番の問題は、やはり継承順位が複雑で不安定となり、直系で天皇家をイメージしている国民世論の支持は難しいだろうということでございます。
 それから、一般的に男子を優先するというやり方、会議の資料2の例5ですが、これは継承順位が極めて複雑、不安定になります。そして、男系男子にこだわるのはともかく、なぜ男子優先の必要があるかという問題が出てきます。だから世論の支持は次のやり方よりも難しいと思われます。
 次は、会議の資料2の例3である、兄弟姉妹間で男子を優先するというやり方ですが、これはある程度継承順位は明確ですが、やや不安定です。この場合も、なぜ男子を優先するか、なぜ優先しなければいけないかということの論拠があいまいです。そして、男子優先に世論の支持があるかどうか疑問でございます。
 したがいまして、会議の資料2の例2である、直系・長系、これが極めてわかりやすく安定しています。ただし、帝王教育が必要であるからというようなことは考えるべきではございません。だれが天皇になるかは実際わかりませんので、帝王教育は資格者みんなにするべきものであって、もしやるとしても特定の人だけにするべきものではないからでございます。この継承順位には現在の世論の支持は比較的あると考えます。
 そこで、女系を認めた場合の諸問題として、皇族の範囲がございます。皇族の範囲に結婚した後の女性皇族を含めることになりますが、これは多くなり過ぎると財政上の問題があると言われております。けれども、私は将来何が起こるかわからず伝統が絶えてしまう危険性がございますので、永久皇族制を前提として、現在であれば皇室典範11条の皇籍離脱規定を弾力的に運用する、その形で処理すべきであると考えております。
 次に、女性天皇の夫や女性皇族の配偶者をどう扱うか。これは、今、天皇の配偶者、皇族男子と婚姻する女性をどう扱うかということが問題になっていないのと同じように、こんなことを問題にする余地はございません。
 時間がないので、大急ぎで、まとめとして、一番申し上げたいことを申し上げます。
 皇位継承の安定性及び世論の支持ということを考えれば、女系天皇を認めて男女にかかわらず直系、長系を採る方式が適合的であります。
 他方、いわゆる伝統なるものに固執することには世論の支持がなく、また安定性の面においても欠けるところが大だと思われます。しかし、あえて安定性や世論の支持に逆らっても、いわゆる伝統なるものに固執しようとするならば、まだ男子出生がどうなるかわかりませんから、今は女系天皇を決断することなく静観するべきだということになりましょう。
 しかし、ここで考えるべきは、皇位継承が自己目的ではないということであります。すなわち、皇位の継承が続けば万事終わりということではないので、何のために皇位を継承するのか、皇位継承によって何を期待するかということを、現在の一時的な感情ではなくて、将来を見越して考慮すべきでございます。
 仮に天皇に国民を積極的に統合するということを期待しない立場からするならば、男系天皇であれ、女系天皇であれどっちでもいいということになります。しかし、この立場からすると、そもそも憲法の基本原理に矛盾する天皇制度を憲法制度として維持する必要があるか。まして養子制度や皇族籍復帰といった大変な無理をしたり、あえていわゆる伝統なるものを変更して女系天皇を認めるまでして天皇制度に固執する必要があるのかという疑問が提起されます。
 2番目に、逆に天皇に国民を積極的に統合することを期待し、国民が日本国民であることを誇りに思い、ある場合には国家のために身を捨てるような覚悟まで抱くことを望む立場からは、そうしたいわゆる「あるべき天皇像」を形成し、いわゆる伝統なるもの、すなわち明治期に井上毅らによって形成された万世一系の男系男子天皇の伝統に固執することが不可欠でございます。それを離れては天皇はあり得ないことになります。しかし、先ほど少し触れましたが、既に聖なる血筋に基づく天皇、権威ある天皇というのは、現に世論の支持を失っております。だから、この立場に固執したとしても、権威ある天皇像は回復されないばかりか、天皇制度自体の存否がかえって問われることになりましょう。
 女系天皇にした場合には、権威ある天皇というものは、恐らく復活しないでありましょう。そして何となく親しみがある天皇という形で国民を統合する形が出てくるのでございましょうが、そうした場合、なぜそこまでして、女系天皇を憲法原理に反してまでして置いておく必要があるかということが将来問われる可能性があります。
 そういう意味で、いずれの方策を採りましても、天皇制度の存続ということにとりまして大変難しい問題をはらんでいるというのが私の結論でございます。
 時間になりましたので終わります。
○吉川座長 ありがとうございました。何か御質問はございますか。
○園部委員 園部です。先ほど八木先生は、奥平教授の論文を引用されて、女性、女系天皇を認めるのは天皇廃絶への道であるということをおっしゃっているんですが、今の御意見は最終的にはどういうことなんですか。女系天皇を認めて、しかも国民からあまり支持されないような状態で、いずれは存続意義が問われると、どちらかというと廃絶に近い考え方なんでしょうか。
○横田教授 廃絶というよりも、今日は私の認識を申し上げましたので、そういうことになる危険性があるだろうということでございます。
 私は、既に憲法調査会でこの見解を述べておりまして、ある方からは私の意見は天皇制を廃止しようとする悪らつな議論だと言われておりますが、そういうつもりは全くないのでございまして、ここでは認識の問題として申し上げたわけでございます。
○園部委員 わかりました。どうもありがとうございました。
○吉川座長 ほかにございますか。それでは、横田先生どうも大変貴重な論理的なお話をいただきまして、ありがとうございました。
○横田教授 どうも早口で失礼いたしました。

(横田流通経済大学教授退室)