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 トップ会議等一覧皇室典範に関する有識者会議開催状況


(高森明勅拓殖大学客員教授入室)

○吉川座長 では、御紹介いたします。
 次は、拓殖大学客員教授の高森明勅先生です。御専門は神道学、日本古代史学です。
 では、高森先生、よろしくお願いいたします。

○高森客員教授 おはようございます。
 今日は大変重要な会に意見陳述の機会を与えていただきまして、大変光栄に存じております。
 また、関係の皆様のこれまでの御努力、それから、更に今後続くであろう御努力に対し、心から敬意と感謝の念を表させていただきます。
 まず、お手元にレジュメを1枚用意させていただきました。この種の会議は何かと書類がどんどんかさんでまいりますので、資源節約の折から、1枚だけのレジュメということで用意をさせていただきました。
 今日お話し申し上げますことの全体をあらかじめ申し上げますと、5点ポイントがございます。
 その第1が、皇室、皇位継承をめぐる現状でございます。
 第2点目といたしまして、そのような現状を招いた背景。その背景の中でもとりわけ重要なものは何かという点でございます。
 3点目といたしまして、その背景の分析を踏まえて、どのような打開策が考えられるのか。
 4番目といたしまして、その打開策の採用に関わって検討すべき皇位継承の順序の変更点。
 更に5番目といたしまして、皇族の範囲。
 この4、5は3番目の打開策に関わる検討事項と、このように位置づけることができようかと存じます。
 まず第1点の皇位継承をめぐる現状、皇室をめぐる現状につきましては、改めて申し上げるまでもございません。将来大変な危機が予想されるという現状でございまして、この点につきましては、かねて平成14年『婦人公論』の2月号に先ごろお亡くなりになりました高松宮妃喜久子殿下が、敬宮様の御誕生をお祝いする「めでたさを何にたとへむ」という御文章を寄稿しておられまして、その中でこのような一節を掲げておられます。
 「それにつけても、法律関係の責任者の間で慎重に検討して戴かなくてはならないのは、皇室典範の最初の條項を今後どうするかでしょう。女性の皇族が第127 代の天皇さまとして御即位遊ばす場合のあり得ること、それを考えておくのは、長い日本の歴史に鑑みて決して不自然なことではないと存じます。」
 このような一文をしたためておられます。これは現在の憲法下、現在の制度下において、皇族の立場におられる方がここまで御発言されるというのは異例のことであろうと存じます。これはやはり、この妃殿下お一人ではない、皇室全体が抱いておられる深刻な皇位継承、皇室存続に関わる危機感の表現である。このように受け止めなければらならないのではないかと存ずるわけでございます。
 そのような現状をもたらしたものは、しからば何であるかという点でございます。これは男子の御誕生に恵まれなかった、皇族女子だけの御誕生が相次いだという、偶然的、偶発的な要素というものも、当然これを無視し軽視するわけにはまいりませんけれども、更に根本にさかのぼって考えましたときに、やはりそこには構造的な要因が介在しているのを認めなければならないと思います。
 ここに掲げさせていただきました。「主たる原因は、現制では、皇位継承資格をめぐる制約が、歴史上かつて例を見ない、極めて窮屈なものになっていること」。これこそ私は皇位継承の将来を不安定にさせている根本的な原因であろうと、このように考えているわけであります。
 具体的には、現在A〜Eの制約が設けられている。この取り上げ方については、視点によって多少違いが出てきましょうけれども、実体としては同じことであろうと思います。 まず第1番目は、皇統に属していらっしゃる。これは言うまでもないことであります。 2番目。私は大変この2番目を重視しておるわけでありますけれども、嫡系に限定をしている。ここで過去124 例中、今上陛下、皇統譜に即してお数えして、125 代ということでありますから、神武天皇から次の代への継承が第1例というふうに数えまして、過去124 例と、皇統譜に即した継承例を検出いたしまして、御存知の『帝室制度史』に55例が庶出の継承として掲げられております。
 しかし、55例のほかに実は2例、実子扱いを受けた庶出の例がございますので、この2例を追加をする必要がある。更にプラス2例、微妙なケースがありまして、それを私なりに再調査をいたしますと、1例、白河天皇の例は庶系と数えるべきである。更に『帝室制度史』に入っていません、大正天皇の例を加えて、59例と。
 これは多少数え方に違いが出てくるかもしれませんが、おおよそ半数は庶系継承であった。言い換えるならば、庶系継承という可能性がなかった場合、皇位継承というのは極めて困難なもの、長期存続の難しいものになってしまうという事実は認めなければならないと思います。
 更に3番目といたしまして、男系である。4番目、男子である。この男系を法律をもって限定をしたということもなかったわけでございます。明文の規定で男系に限定をするという規定もございません。それから、男子も明治の典範以来の縛りであります。更に5番目は、皇族でいらっしゃること。
 こういう5つの制約というものは、歴史上例のない窮屈な制約である。したがいまして、このような背景の下に皇位継承の危機が訪れているのであれば、当然ながら、その打開策は論理必然的にこの窮屈な皇位継承資格の制約を緩和することを検討しなければならない。このようになろうかと思います。
 この点について、一つひとつ検討をいたしてみますと、皇統に属する。これに手を触れるということはあり得ないことであろうと存じます。皇統に属さない方が天皇としてその地位につかれたとしても、国民がそれを受け入れ納得するかということを想像いたしました場合に、全くあり得ないことであろうというふうに存じます。もちろん、憲法には皇位は世襲という規定が第2条に入っておりますから、憲法との関わりもあります。
 それから、第2番目の嫡系に限定していると。これについて、庶系でもいいのではないかとかいう御意見、御感想をお持ちの方が個人的には、あるいはおられるかもしれませんが、現在の国内の状況を考えましたときに、また国際的な評価というものも勘案いたしましたときに、この嫡系限定という制約を緩和することは、とても現実的な方策とは言えないというふうに考えております。
 そして、私の提案はこのC、Dが緩和できるのではないかということであります。Cについては、女系も皇統に含まれ得るので緩和が可能であるという考え方に立っております。 Dについては、125 代中10代、お二方は重祚でいらっしゃいますから、8方の女帝の前例がありますので、この点については可であろうと。
 また、現にこれまで皇室典範の改正をめぐる、あるいは女性天皇をめぐるさまざまな議論の中で、女性天皇すらも絶対不可であるという議論は説得力のあるものとしては、ほぼ皆無と申し上げてよろしいのではないかと思います。ただし、この女子を認めた場合、女系を認めなければ、ただ1代皇位継承を先延ばしするに過ぎないわけでありますから、国民男子との御結婚ということが最も確率の高いケースとなりますので、そのBの制約を解除することになしにCだけ単独で解除をしても大きな意味は持ち得ないということであります。
 そして、Dについては、皇室と国民の区別があいまいになるので不可というふうに書かせていただきました。この点について、これまでの議論の中で占領下に皇籍離脱を余儀なくされた、いわゆる旧宮家の系統の男子の方に皇籍に復帰をしていただいて、皇族数を一定程度の規模に確保するという御提案が出されております。その際に男系の維持ということが強調され、果てはDNAだとかというような議論さえも持ち出されてまいっております。DNAだとかY染色体だとかという議論は、私は全く不案内でございますので、コメントする立場にございませんけれども、これまでのDNA、Y染色体をめぐる仮説がもし正しいのであれば、現在の国民男子のかなり広範な部分がそれを共有しているということになるわけです。有名な清和源氏、桓武平氏に限らず皇統に出自を持つ氏族は多く、そこから分かれた家は数多くあります。Y染色体の刻印という議論をしていくと、これは国民と皇室の区別というものをあいまいにするというふうに申し上げざるを得ないわけであります。ですから、境界線をどこに引くかということでDの緩和をもし考えるのであれば、議論が出ている旧宮家、占領下に非常に変則異常の形で皇籍離脱をされた方というのがせいぜいの最大限譲った場合の境界であって、しかし、これは油断をしているとどんどん広がって混乱を招くということを考えなければならないと思います。
 それから、かりにそれらの旧宮家の方々が御同意をなさって、例えば、女性宮家に入られる、あるいは廃絶に瀕している宮家を継承されるというようなことが選択肢として実現した場合でも、私が強調申し上げたいのは、B、その男系限定という条件を緩和しない限り、早晩それらの宮家についても男系のみに頼っている限り、行き詰ってしまう。したがって、この旧宮家の男子復籍論というのは、それが首尾よく運んだ場合でも問題を先延ばしするに過ぎないものであると申し上げざるを得ないわけであります。
 そういたしますと、私が打開策として御提案を申し上げますのは、このBとCです。これを緩和するということを打開策として御提案申し上げたいわけであります。
 その際に検討すべきは、女系による皇位継承がなぜ可能であるのかということであります。例えば、男系尊重の立場を代表しておられる、このヒアリングにも招かれました、八木秀次さんの御本を拝読いたしますと、この方も実は例えば、この『「女性天皇容認論」を排す』という御著書がありますけれども、その72ページを見てみますと、「私とて、女性天皇に絶対反対ということではない。男系継承という道を探して、万策尽きた場合には女性天皇も女系天皇もやむをえないと思う。」という、女性天皇、女系天皇の容認を表明しておられるわけであります。
 しかしながら、この八木氏の場合は、なぜ女系が認められるのか。いかにして女系の天皇を正当化し得るのかということについては全く言及しておられません。これは大変重要な論点ですので、私はここに※を付けておりますけれども、女系も皇統に含まれ得る。したがって可であると。その皇統に含まれ得ると考えられる根拠をとりあえず、私は3点指摘をさせていただいておるわけであります。
 1つは、過去においても、女系も現実に皇統として機能し得た事実があるということであります。これは例えば、皇統断絶の危機が訪れました25代武烈天皇から26代継体天皇への皇位継承の場合、手白香皇女という武烈天皇のお姉様に当たられる方を皇后とすることで、その後の系統を直系、応神天皇5世の孫という大変な傍系であった方ですから、その直系の女子、内親王と御結婚されることで、それ以降の継承をされる方を直系に近づけるという配慮がなされているわけです。この議論について、手白香皇女のケースなどは男系の女子ではないかという、ちょっと見当外れの議論も出てきておりますけれども、その方は確かに男系の女子なんですけれども、問題はその方と結婚されることで、そこから生まれてくる子どもを直系に近づけているということでございまして、その辺りは少し混乱した議論が見られますので、念のために申し添えておきます。
 このほかにも、有名な江戸時代の光格天皇の例でありますとか、明治以降も明治天皇の内親王、あるいは昭和天皇の内親王が傍系の宮家に嫁がれるということで、そこの血筋を直系に近づけていくというような配慮がなされてまいりました。これらは、もし女系が全く皇統でないということであれば、全く無意味ということになるわけでございます。
 したがいまして、過去にも現実に女系も皇統として機能し得たという事実をまず1点、指摘させていただきます。
 それから、第2点目といたしまして、これはさまざまな議論がおありのところかもしれませんが、形式上明治初期まで存続しました養老令に女系の継承を認める規定があった。これは継嗣令、皇兄弟子条。天皇の御兄弟、お子様は親王という称号が与えられるという規定がございまして、その際、女帝の子もやはり親王であるという本注が付いてあるわけでございます。
 これによりまして、女帝と親王ないし王が結婚された場合、その親王ないし王の子どもであれば、その子は王でなければならないわけです。ところが、女帝との間に生まれた場合は王とはしないで親王とするということでありますから、その女帝との血統によって、その子を位置づけているということでございます。「女帝の子」と。
 具体例といたしましては、元明天皇と草壁皇子が御結婚されまして生まれました、氷高内親王。この方は草壁皇子のお子様という位置づけであれば、これは氷高女王でなければならないわけですけれども、内親王とされておるわけで、この方が皇位を継承されまして、元正天皇ということで、女帝の子が過去に皇位を継承した実例をここに1つ指摘することができるわけでございます。
 このように、女系の継承も認められる。そういう制度的な枠組みがあったと。そして、更に明治、昭和の皇室典範においても、現在の典範であると「皇統に属する男系の男子」という表現になっておりまして、皇統イコール男系であれば、こういう二重の表現で縛る必要はないであろうと。皇統には男系、女系両方があるがゆえに、皇統に属する男系という縛りになっている。ですから、明治、昭和典範自体も皇統そのものには女系も含み得るという立場に立っているという、一応これら3点の根拠を挙げまして、女系も皇統に含まれ得るのであれば、今言った庶系継承が困難になった状況下において、そういう庶系継承というものが100 %、私は今後予想し得る将来において、復活することは困難であると考えておりますので、出口としてはこの女系を容認をするという選択しかないと。
 そういたしますと、これまで125 代男系が継承されてきたではないかという御指摘があります。今言った元正天皇の例がありますので、一概にそのように言っていいのかという問題がありますけれども、これまで男系継承が維持されましたのは、※を2つ付けました「姓」という観念が社会を大きく規定していた。姓というのは父系継承の観念でありますから、もし女帝が姓を持つ臣下と結婚をされた場合、その皇子は父親の姓を受け継いでしまう。藤原の男子と結婚をした場合、その子は藤原姓を継承してしまう。父系継承の姓という観念が大きく社会を制約していた。
 しかし、これが現在、社会を縛っているとは到底言い難い。私は、明治4〜5年にかけて、姓というものは制度的根拠を失った。そして、社会的意識としてもその後希薄化をして、例えば、明治の教育勅語を乃木希典が書いた書がありますけれども、それを見ると、署名に源希典というようなことを書いてあるので、明治後半になっても、その観念は生きていた。あるいは大正、昭和前期は生きていたかもしれませんけれども、現代もそれが影響力を保っているとは言い難い。
 したがって、その姓の観念は制度においても社会意識の上でも失われましたので、継承資格を男系に縛っていた最も大きな条件はもはやないと考えてよろしいと思います。
 ちょっともう時間が来ておりますので、少し急ぎますが、4番目の継承順位は直系を優先し、同じ系統では兄弟姉妹の間で男子を優先すべきであろうと。
 それから、もう一点。5番目ですね。皇族の範囲としては、現在の永世皇族制を前提として、3世以下の王、女王については御本人の意思と皇室会議の議決によって皇籍の離脱を認める。そして、女系、女子の皇位継承の可能性に道を開いた場合、皇族女子、内親王、女王も御本人の意思、そして皇室会議の議決によって、婚姻後も皇籍にとどまることができるようにすべきである。このような考えでございます。
 最後、ちょっと端折ってお分かりにくい点があればお許しください。
 以上でございます。

○吉川座長 ありがとうございました。何か御質問は。

○園部委員 歴史的な例証については、いろいろ専門家もおられるわけですから、その議論には立ち入らないことにしておりますので、1点だけ、この継承順序のうちで直系優先はわかるんですが、兄弟姉妹間で男子を優先するという御意見の理由は何でございましょうか。

○高森客員教授 これは2つ根拠を考えておりまして、1点はやはり過去125 代中、女子はわずか10代ということで、やはり圧倒的に男子が多かったということと、もう一点は、天皇という立場の御公務と女子という肉体的、生理的条件との兼ね合いから、可能であれば男子を優先するのがよろしかろうと、このように考えております。

○園部委員 どうもありがとうございました。

○吉川座長 ほかにございますか。よろしいですか。
 それでは、大変わかりやすくお話ししていただきまして、ありがとうございました。

(高森明勅拓殖大学客員教授退室)