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(所功京都産業大学教授入室)

○吉川座長 それでは、御紹介します。次は、京都産業大学教授の所功先生です。御専門は日本法制史です。
 それでは、所先生、よろしくお願いいたします。

○所教授 京都産業大学の所と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
 時間が限られておりますので、あらかじめ原稿を用意いたしました。ただ、それも本文と補注を合わせますと十数枚にわたりますので、まず要点を申し上げさせていただきます。その上で幾つかの点について少し説明を加えたいと思います。
 今回は、皇位継承の在り方につきまして意見を述べるようにということでございましたので、まず要旨を10点ほどにまとめて申し上げます。
 1、現在の日本国憲法にも「世襲」と明記されております「皇位」というものが、千数百年以上にわたりまして男系の皇族により継承されてきた、という史実の持つ意味は、誠に大きいと私も思っております。
 2、ただ、その半数近くが側室からお生まれになった庶子による継承でありまして、また時には独身の女性による中継ぎが行われたり、あるいは遠縁の男子による傍系継承なども臨機応変に行われてまいりました。これも事実であります。
 3、しかし、戦後の皇室典範では側室から生まれた庶子による継承を認めなくなりましたし、それは近代的な倫理観からして当然のことであります。けれども、これは大きな変化、切実な変革と言っていいと思います。それでもなお、継承者を男系の男子に限定するということは、やはり無理な規制であろうと思います。
 4、さて、「皇位」とは何かということを考えます場合に、よく万世一系という言葉が使われますけれども、その意味は、それを祖宗以来の皇統に属する皇族在籍の方々のみが継承されてきたということであり、それを一般国民が絶対に覬覦(きゆ)しない、ということであろうと思います。
 5、しかも、その皇位は、可能な限り直系あるいは長系の皇族に継承されるということが望ましいわけでありますが、そのためには該当する方々が確実に存在されなければなりません。
 6、そこで、これから制度を改めるとすれば、皇位継承の資格を、従来のように皇統に属する皇族の男子だけではなくて女子にも広げる。ということは、女性天皇も認め、更には女系継承も容認せざるを得ないと思っております。
 7、また、現在極端に少ないと思われる皇族の総数を増やすためには、女子皇族も結婚により女性宮家を創立できるように改め、その間にお生まれになる子女も皇族とする必要があろうと思われます。
 8、ところで、日本の天皇として、本質的に重要なことは何かと言えば、それは男性か女性かということではなくて、国家・国民統合の象徴として公的な任務を存分に果たされることであろうと思います。
 9、そうであれば、そのような天皇としての重大な任務は、結婚に伴って出産などの大役が予想されます女性皇族よりも、まずは男性皇族が率先して担われるようにすべきであろうと思います。
 10、したがいまして、制度的には万全の措置として女系継承の可能性まで認める必要がある。そして、具体的には男子先行の継承順位を定めて、その的確な運用に関係者で懸命の工夫努力をしていただきたいと思っております。
 以上が要点でございます。このうちの幾つかにつきまして少し説明を加えさせていただきます。本文が7ページほど、補注も続けて7ページほどありますが、その本文の2ページ目をごらんください。
 まず「(一)男系継承を補った中継ぎ女帝」に関してであります。先生方御承知のとおり、過去8人10代にわたる女帝がおられましたことに関して大事だと思われますのは、8世紀初頭に完成した「大宝令」に「継嗣令」という篇目がございます。これは「養老令」もほぼ同文だということが確認されております。それを見ますと、冒頭に「およそ皇兄弟と皇子、皆、親王と為す」とあり、そこにもともと注が付いておりまして、それに「女帝の子も亦同じ」とあります。その後にまた本文がありまして、「以外は並びに諸王と為す」という条文がございます。
 この本文と、それに付けられた原注から、私どもが考えられますことは、天皇たり得るのは、男性を通常の本則としながらも、非常の補則として「女帝」の存在を容認していたということであります。
 この本文と原注との関係を対等に見ることはできません。それゆえに、本則と補則という言い方をしているわけであります。ただこの原注が、中国の「唐令」の「封爵令」には見えませんので、これはやはり日本独自のものであろうと思います。これは、母系血縁あるいは母性というものを尊重する日本古来の風土から生まれた、既に6世紀末の推古天皇に始まる「女帝」を、当時の最高法規である律令が公的に正当化したものとして重要な意味を持つものだと思うわけであります。
 そこで、恐縮ですが、補注の方、9ページの(8)をごらんいただけますでしょうか。この「女帝の子」というものは何を意味するかということです。明治18年(1885年)に小中村清矩という先生が「女帝考」という論文を書かれまして、その中で「女帝未ダ内親王タリシ時、四世以上ノ諸王ニ嫁シテ……生レ玉ヒシ子アラバ、即位ノ後ニ親王ト為スコトノ義」と解釈されております。
 つまり、「女帝の子」と言っても、決して女帝になられてからのお子さんということではなくて、それ以前にお生まれになった方、具体的には皇極天皇が初め内親王として高向王(用明天皇の孫)と結婚されまして、その間に漢皇子という諸王が生まれています。そのような方も母の内親王が即位されることによって親王の扱いを受けるという意味に解しておられます。
 確かに、私も大宝前後の実情と照らし合わせてみれば、女帝が即位後に結婚もしくは再婚して御子をもうけられ、その御子が続いて即位するという、いわゆる女系継承まで容認した、もしくは予想したものとは考え難いと思っております。
 ただ、仮にそうだとしましても、この「継嗣令」の規定では、内親王が結婚できるのは4世以上の諸王、つまり皇族でありますから、それでも男系継承は維持されるということになろうかと思います。
 いずれにしましても、注記であれ、「大宝・養老令」に「女帝」の存在が明記されていることの意味は大きい。ただ、これを根拠にして、「女帝は男帝と何ら変わるところのないものとして日本律令に規定されてきた」とまでみる説は、やはり言い過ぎであろうと存じます。
 恐縮ですが、もう一度元へ戻って、本文の3ページであります。古来の皇位継承は、多くの場合、直系・長系でありましたが、それには庶子の継承も、また養子縁組なども認められてまいりました。時間の関係で説明を省きまして、4ページの真ん中辺りですが、このように明治時代までは、側室とその所生による庶子継承を公認するとともに、皇后との養子縁組や宮家の養子継承も容認して、何とか男系継承を維持してきた、ということが古来の実情であります。
 それを、戦後の皇室典範で両方とも禁止したわけです。そのうち、側室や庶子継承を否定したのは当然でありますし、またこれを復活することは不可能、不適切だと思いますが、これはやはり従来の歴史上の在り方と決定的に異なる点でありますから、この点を十分認識してかかる必要があります。こうなれば、一夫一婦制の下で確実に男子の生まれる保証はないわけでありますから、したがって、その上に養子を認めないとか、あるいは女性宮家を認めない、というふうなことまで規制をしている現在の皇室典範には、やはり無理があると言わざるを得ません。
 そこで、(三)に移ります。一体、「皇位継承」とは何なのかということを改めて考えてみますと、それは「万世一系」ということであり、しかもそれは古来の男系男子による皇位継承だ、と思い込んでいるむきが少なくありません。さらに、それを今後とも何とか維持しなければならないとか、そのためには皇族の養子制度を復活するべきだとか、その前提として、「昭和22年に皇籍を離脱し、臣籍降下された旧宮家の男子が個別に皇籍に復帰できるようにする」べきだということを主張しておられる方が少なくありません。
 そういう方々のお一人が、最近も一見科学的な根拠として、天皇の「血統原理」は「神武天皇の遺伝子を今に継承している……男系男子でしか継承できない」とか、あるいは「大嘗祭を行う資格もそのような血筋を持たれる方に限られる」というようなことを述べておられます。
 しかし、私、遺伝学のことはよくわかりませんけれども、常識的に考えて、これはいかがなものかと思います。もし、神武天皇の男系男子孫に「Y染色体の刻印」が伝わっている、というようなことを皇位継承の資格要件の一つというならば、そのような男子は全国にたくさんいるはずです。既に平安の初めにできた『新撰姓氏録』は、京都と畿内の氏族の記録でありますけれども、それによりますと、神武天皇から嵯峨天皇に至るまでの歴代から分かれた男系男子孫は、これを皇統から分かれた「皇別」と申しますが、「皇別」氏族が335 もあります。また、嵯峨天皇以降、それに続く賜姓源氏とか、あるいは賜姓平氏がたくさんあります。そういう臣籍降下した各氏族の男子孫には、すべて「Y染色体の刻印」が受け継がれておるということにもなりますから、そのこと自体は大きな意味を持たないのではないかと私は思います。
 むしろ根本的に重要なことは、天皇の子孫として「皇族」の範囲内にあり、皇位継承者としての自覚を持っておられるかどうかということであります。旧帝国憲法の第1条に明文化されました「万世一系の天皇」というのも、大事なことは、「天皇位が必ず皇族の籍を有せられる方によって継承され……皇族以外の他姓の者に皇位が移されたことは絶対にないという意味」だと解してよかろうと思います。
 だからこそ、奈良時代の終わりごろ、称徳女帝に寵用されまして「法王」の位まで授かった道鏡が、更に皇位を覬覦(きゆ)したときに、和気清麻呂が「わが国家、開闢より以来、君臣(の分)定まれり。臣をもって君となすこと、未だあらざるなり。天つ日嗣(天皇)は必ず皇儲(皇嗣)を立てよ。……」という宇佐大神の託宣を引いて、道鏡の野望を退けたということが、正史の『続日本紀』に記されております。
 少し間を飛ばしますけれども、こういうことがなぜ大事かといえば、いわゆる「上下ノ名分」、つまり皇族と一般国民の区別というものを厳守することが、国家秩序の維持安定に最も重要だと考えられてきたからであります。ですから、それが戦後の新典範にも受け継がれて法文化されているのだと言ってよいと思います。
 そういう意味で、私は現在の皇室典範も、更に明治の「皇室典範増補」にもありましたように、旧皇族が皇族に復帰されるというようなことを安易に認めるべきではないと思っております。
 さて、後半でありますが、このような歴史を踏まえて現実的な対策を考えようとすれば、おのずと選択肢は狭められてまいります。
 すなわち、千数百年以上にわたる皇位の継承は、皇統に属する皇族であるということを大原則として、それ以外は大まかな慣習と、そのときどきの力関係により行われてきました。しかし、それでは混乱を招くおそれがあるということで、近代に入りましてから皇室制度も法文化され、そして明治の皇室典範も、戦後の皇室典範も、かなり厳格な規則を定めるに至ったのであります。
 そのうち、最前申しましたように、側室所生の庶子継承を否認したことは、当然のことでありますし、今後もそれを復活することは不可であります。そうであれば、その制約下で更に男系男子のみによる皇統の永続ということは、結局困難にならざるを得ません。
 そこで、(四)に入りますが、歴史に学びながらも現実的に我々が取り得る対策は、あまりにも制約の強い皇室典範の規制を緩和するほかないと思われます。そのためには、まず可能な限り男系男子皇族による継承の維持に努める。これは歴史がそうでありましたから、なるべくそうする必要があると思います。けれども、万一に備える措置として、男系女子皇族の即位を認め、更にその子孫による女系継承も、制度的には可能性を開いておく必要があると存じます。
 ただ、従来の女性天皇は、いずれも結婚して御子をもうけられたということがありませんでした。しかし、今後はそうもいきませんので、新たな問題になりますのは、結婚される相手にふさわしい方が果たして得られるかどうかということであります。
 この点に関連しまして、皇室では養子を認められておりませんが、その点を考え直す。また、女性皇族が一般男性と結婚される時に皇族でなくなるというようなことも、早急に考え直す必要があろうかと思います。
 つまり、皇族の総数が現在かなり極端に少なくなってきております。しかも、今後少子化が進み更に減少するおそれがあります。このような皇族の減少を何とかして食い止めるためには、まず女性皇族が結婚後も宮家を立てられることにより、皇族身分にとどまられることができるようにする必要があります。そうすれば、その御子が男女を問わず皇族となることができます。しかも、その御子たち、特に男子が継嗣のない宮家へ養子として入れるようにすれば、絶家を免れるのみならず、そこに生まれる御子も皇族となることができるわけであります。
 このようにして皇族の総数が徐々に増えていけば、やがて傍系の男性皇族が直系の女性皇族の結婚相手になる、というような可能性も出てきます。なお、女性天皇や女性宮家に、旧宮家の男子孫が入婿される、という可能性はあり得るわけで、それを大いに期待したいところであります。
 そこで、ちょっと注の12ページを見てください。(20)の終わりの方でありますが、私は旧宮家の方々が直ちに皇族として復活されることには反対でありますけれども、ただそれらの方々は明らかに皇室から分かれたことが明確な方であります。したがって、そのような旧宮家の方々及び明治以降に養子や結婚を機に臣籍降下をされた元皇族の現存者と、更にその3世辺りまでの御子孫は、皇統より分かれ出たことのハッキリした高貴な名族として、あえて申せば、新しい「皇別」として、皇族に準ずる名誉と役割を認められることにより、そのような自覚を持って生活されることが望ましいと思っております。
 もう時間がありませんので、最後に(五)へ参ります。本文の7ページであります。
 ここで、そもそも天皇とは何なのかということを考えてみますと、本質的に重要なことは、天皇が男性か女性かということではなくて、むしろ天皇は性を超えた特別な存在だと思いますが、大事なことは、まさに国家・国民統合の象徴として、つまり世俗を超えた精神的な権威として、公的な任務を自ら担い存分に果たされることであろうと存じます。
 その公的な任務については、もう御承知のとおりでありますから省きますけれども、このような任務はもちろん、皇族として生まれ育たれた方々であれば、男女を問わず担い得るだろうと思います。
 念のため、注の(26)に書いておきましたが、最近、もし女性天皇になったら、新嘗祭などの宮中祭祀ができないというようなことを言われる方があります。けれども、それは大変な誤解であります。現に、宮中では女性の内掌典などが奉仕しておられますし、また過去、新嘗祭以上に重要な大嘗祭がちゃんと女性天皇の下で行われてまいりました。
 そういう意味で、天皇のお仕事は男性であれ女性であれ、なされ得ると思います。ただ、現実的に考えますと、女性の皇族が結婚されれば、それに伴って懐妊・出産・育児というような大変重要な役割が予想されます。その上に責任の重い多様な天皇の任務をも果たされるということは、あまりにも過酷になるおそれが強い。それゆえ、これから制度的に女系継承の可能性まで広げても、実際上は男性皇族が率先して天皇の任務を引き受けられるようにすることが必要だと思われます。
 したがいまして、結論を改めて申せば、私は女系継承を認めた上で、具体的な継承順位は古来の直系・長系・近親を優先するという原則の下に、男子先行―あえて先行と申しますのは、優先ということよりもむしろ率先してという意味合いを含めてであります―、男子先行の原則を加えて、当事者である皇室内部の方々の御意向を十分に配慮しながら、くれぐれも慎重に運用すべきだと考えております。
 これは、現時点と10年後、20年後、30年後、それぞれ皇族の構成状況により変わっていきます。そのため、それでは不安定だという批判があります。けれども、例えばイギリスでは女系容認・男子先行という原則の下で王位継承順位が決められております。そういうことも一つの参考にしながら真剣に工夫していけば、決して難しいことではないと思っております。
 以上であります。

○吉川座長 ありがとうございました。何か御質問ありますか。
 どうぞ。

○園部委員 園部でございます。今日はありがとうございました。
 少し具体的な話に入るんですけれども、先生の本文6ページに、女性天皇の結婚相手、それから女性皇族の結婚相手は、いずれも高貴な結婚相手と書かれています。これは理念としてはよくわかるんですけれども、例えば制度として、女性天皇の結婚相手や、あるいは女性皇族の結婚相手としてそういう方々が良いということは、制度として決めることなのか、言わば慣行として決めることなのか。その辺はどのようにお考えでございますか。

○所教授 非常に大事な点でありますが、皇位継承に関わることは、基本的なことを決める成文法のみで規定しうるものではなく、それを歴史と現状に照らして工夫しながら運用すべきだと思っております。そういう意味で、私が先ほど申したようなことは、期待であり希望であります。
 長年の歴史・伝統を持たれる皇室に入られる方は、やはりお小さいころからそういうことに理解を持たれ、またそれに十分なじんでいかれやすい方が望ましいと思われます。そういう方として、戦前であれば皇族あるいは華族のような方々が多数おられたわけであります。けれども、現在はそういうわけにいきませんので、そういう可能性を持たれる高貴な方々がより多くいていただきたいし、そういう方にもし入婿していただければありがたいというのが、一般的な国民の素朴な希望・期待だと思っております。

○園部委員 どうもありがとうございました。

○吉川座長 ほかにございますか。よろしいですか。
 それでは、所先生、どうもありがとうございました。

(所功京都産業大学教授退室)