(□:座長、○:委員、■:事務局)
□ 所定の時刻になりましたので、第6回法曹養成検討会を開会させていただきます。
まず初めに、先般閣議決定されました司法制度改革推進計画について、事務局から御説明いただきたいと思います。
■ それでは、恐縮ですが、少しだけお時間を頂戴しまして、3月19日に閣議決定されました司法制度改革推進計画について御説明させていただきます。
この司法制度改革推進計画は、司法制度改革推進法に基づき、政府が司法制度改革に関し講ずべき措置につきまして、その全体像を示すとともに、推進本部の設置期限である平成16年11月30日までの間に行うことを予定するものについて、その措置内容、実施時期、法案の立案等を担当する府省等を明らかにするものでございます。
閣議決定までの経過ですが、顧問会議での、2月19日、3月7日の2回にわたる御議論、及び司法制度改革推進本部の本部会合における決定を経まして、3月19日に閣議決定されました。
計画の概略を申し上げますと、1ページの「I はじめに」におきまして、「本計画の趣旨」「司法制度改革推進に当たっての基本的な考え方」等を記載するとともに、2ページ以下でございますが、「II 国民の期待に応える司法制度の構築」以下におきまして、司法制度改革審議会意見の提言内容に即しまして、各課題について記載しているところであります。
法曹養成関係につきましては、この推進計画の10ページから12ページにかけて記載されております。本検討会におきましては、既に法科大学院の第三者評価(適格認定)の在り方、及び新司法試験の在り方を中心に御検討いただいているところであります。
今後もこの推進計画にのっとりまして、着実に改革を実現してまいりたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
以上であります。
□ どうもありがとうございました。
それでは、初めに事務局から本日の配布資料の確認をお願いいたします。
■ それでは、本日の配布資料の確認をお願いいたします。
事務局からの配布資料は、資料1から資料4でございます。
資料1は、第5回法曹養成検討会の議事概要でございます。
資料2から資料4は、本検討会における意見整理の案でございます。内容については、後ほど座長の方から御説明があります。
□ ありがとうございました。
それでは、議事に入りたいと思います。本日は前回予告しましたとおり、これまでの議論を踏まえまして、法科大学院の第三者評価(適格認定)の在り方と、第三者評価(適格認定)基準の在り方、それから、新司法試験の在り方についての意見の整理を行いたいと思います。
(1) 第三者評価(適格認定)の在り方について
□ まず、前回の検討会で議論いただきました法科大学院の第三者評価(適格認定)の在り方について意見の整理を行いたいと思います。資料2を御覧いただきたいと思います。
私の方からごく簡単に要点を説明させていただきたいと思います。この第三者評価のスキームの考え方につきましては、前回文部科学省と法務省の御説明を伺って検討をいただいたわけですけれども、資料2はその検討を基に、現段階において、こういうことになるのではないかという形で整理したものです。
この問題につきましては、第三者評価という仕組みそのものが、まだ全般的に検討中であるため、資料2の冒頭に記載してありますように、今後、法制的、技術的な観点からの検討を更に加えなければならないことが多々あると思いますので、その点はあらかじめ御了承いただきたいと思います。
そういうことを前提にいたしまして、この資料2では、全般的なスキームの話と、法科大学院における教育の質の維持・向上を図る観点からの第三者評価基準、それとミニマム・スタンダードという新司法試験の受験資格との関連について、分けて整理いたしました。前回の議論を聞いていて、少し考え方の出発点を区別して検討を進めないと、先へ進まないと考えたからでございます。
この資料の中の2のスキームの方は、法科大学院の教育の質の維持・向上を図る観点から、いろいろな切り口で第三者評価基準が考えられるわけでして、評価機関が複数あっても構わないし、評価基準は最終的には評価機関において定められるべきものではないかとも思います。
それに対しまして、3の方のスキームにつきましては、評価基準や評価機関の在り方と、新司法試験の受験資格の法制的な結び付きを考えなければならないということであり、少し考え方が違っているわけです。
前回の検討会で、文部科学省から説明いただいたトータル・システムの方は、主として2のスキームを基本にしていたのに対し、法務省から説明のあった方は主として3の新しい司法試験の受験資格と結び付くミニマム・スタンダードを出発点として議論されていたということになると考えられます。
最終的には、この両者をどういうふうに調和させるかということが問題になるわけでして、決して切り離すわけではないのですが、差し当たりは前回もお話ししましたように、新しい司法試験の受験資格の関係で検討しなければならない問題は、やはり3の方ではないかと思われます。
最後の方に記載しましたとおり、3のミニマム・スタンダードに係る件につきましては、所管がまたがっていることもありまして、前回、御了承いただきましたように、推進本部において、関係機関との調整を図りながら、所要の立案作業を行う必要があり、この検討会においても、事務局から適宜報告を受けながら更に検討を進めるということで、差し当たり検討をしていただくための大枠について、できれば今日確認していただきたいと思っております。
また、この2のスキームの方につきましては、これは文部科学省の方においてトータル・システムを検討していらっしゃいますので、その検討状況を踏まえながら、この検討会では主として評価基準の内容面に関する検討を行うことになるのではないかと思います。
内容は、基本的には前回の議論を整理したものでございまして、お読みいただければお分かりいただけると思うのですが、まず、この点について御意見をいただくことから始めたいと思います。
○ 審議会の意見書に第三者評価の問題について書いてあるのは70ページですが、まず、法科大学院で法曹になるにふさわしい教育をきちんと与えられるような水準を維持するために、法科大学院ができた後も継続的に第三者評価を加えて、それで適格と認定されたものが結果として司法試験の受験資格を与えられるという関係なわけで、ここで言う第三者評価は司法試験の受験資格とは密接に関連しつつも、独立した意義と機能と有すると書かれているわけです。
ところが、この取りまとめの原案ですと、この機能について、教育の向上の評価が2で、3の方で受験資格を与えるかどうかという審査、こういう二つに分離しているわけです。そこが一番の問題ではないか。
そもそも第三者評価というのは、大学の教育内容に踏み込んだ審査を行うわけですから、本来は国がその内容を規制するということではなくて、まさに文部科学省のトータル・システムのイメージするように、民間機関が主としてピア・レビューとして行い、それで向上を図っていくべきものであるわけです。ただ、法曹となるべき資格の試験の受験資格と結び付くという意味で、何らかの修正が必要であるというのは確かなわけです。
でも、それが二つの全く分離したものとして行われるということは、全く意見書が予定しないところではないか。実際にアメリカのABAの例を見ても、もともとABAの方がアメリカの弁護士の質を向上させるためには、ロースクールの質を向上させなければいけないということで始めたアクレディテーションが、一方では、学生の学資ローンの関係でアメリカの教育庁からアクレディテーションの機関として認定されましたし、また、その結果、いいロースクールというためには、ABAの認証くらい受けていなければいけませんねということになって、多くの州でそこの卒業生に司法試験の受験資格を与えるという関係になっているわけです。
つまり、まず教育機関としての適格性の認定の制度があって、それを横でにらんで、それが非常にきちんとしたものであるからこそ、司法試験の受験資格も与えるという関係になっている。
要するに、評価そのものは民間機関が行うわけで、したがって、ABAの基準等を、見ていただければお分かりのとおり、非常に詳細な内容で広範で、様々な要素を検討して、より良い教育が行われるような監督を含めて、認証が行われているという関係になる。
しかも、この認定する機関は、法科大学院の関係者、ロースクールの関係者が中心ではあるけれども、過半数にはならない。弁護士や裁判官を含むという意味で、ピア・レビューでありながら、しかしきちんとした第三者システムを確保しているというものになっていて、言わば国家機関が法曹としての資格を与えるにはこういうことをやれというような制度にはなっていないわけです。
□ 途中で申し訳ありませんが、誤解があるのと、もう少し短く話していただけませんか。
○ 分かりました。
それを分けてしまうと、さっき言ったように、この整理のように、2と3が分離したものとして構想されると、まさに3の方は裸の司法試験の受験資格認定制度になってしまうわけです。
□ それは全く誤解ですので、少し説明させていただきます。
その点についてはこの前、委員の間で議論があって、切り離せないという話になったので、ここでも一環として位置付けるということで、ミニマム・スタンダードの話は、第三者評価基準のうちのミニマム・スタンダードの部分だと、全体の中の一部分だという整理をしたのであり、ただいまの委員の話は全く誤解だと思います。説明の仕方としては、二つに分けざるを得ないので、分けて書いてあるだけです。
○ それにしても、第三者評価基準のうちのミニマム・スタンダード部分があって、それが司法試験の受験資格なのだから、言わば公的な裏付けをもって、しかもそれは全国でただ一つの機関がそれを認定するというようなシステムの方向に構成していくというのは、そのミニマム・スタンダード部分というものについて、司法試験の受験資格からしか考えていないということになるのだと思うのです。その関係は逆でなければいけない。
□ それは委員の理解なので、この文章の順序から見てもらっても、そういう理解にはなっていません。これは私の責任でまとめたのですけれども、まず全体のスキームを説明し、全体の関連を説明した上で、全体の第三者評価基準はどうなるかということを説明し、3の最初にきちんと、第三者評価基準のうち、ミニマム・スタンダードの部分というふうに限定した上で説明をしてあるので、全くの誤解です。前回の議論はそういう形でまとまったと思いますので、反論していらっしゃる対象のような構成ではないということです。
○ この文章の趣旨を最初にお聞きするべきだったのかもしれませんが。
□ きちんと説明したつもりなんですけれどもね。
○ そうすると、ここで言われている第三者評価機関、2の方では、当然複数の様々な機関が設立されますね。
□ その予定です。
○ そこがそれぞれの第三者評価基準を持っていて、そのうちのミニマム・スタンダード部分だけは法令で定めると、そして、そのミニマム・スタンダード部分に適合したという場合には、適格認定をして、その適格認定がされた法科大学院の修了者には、司法試験の受験資格が与えられるという制度だと読んでいいんですか。
□ それはそうです。
○ そうすると、ここが一番微妙なところだと思うのですが、全国で一つに限ることが望ましいと書かれているのは、事実上、人的・物的資源の関係から、一つになることが望ましいのではないかというのは我々も考えているのですが、理論上一つに限られるわけではないということを前提にするものですね。
□ それは、法制的な問題を今から詰めるための前提の枠組みをここで議論していただいているわけですから。
○ そこがまさに問題なんですよ。法制上、一つに限られるような機関を構想されているのだとしたら、そういう意味で適格認定を行える機関は、実は一つしかないという構想にほかならなくなってくるわけで、それが一番問題だと言っているのです。
○ そこはいろいろな意見があって、新司法試験の受験資格との結びつきという方から言うと、一つでないとおかしいのではないかという意見もかなりあったわけです。それは、評価がばらばらになっては困る。また、ゼロでは困るので、国の制度としては責任を持って、第三者評価機関が存在するようにしないといけない。ただいまの委員の言われるような形だと、その両方を満たせないんですよ、理論上は。事実上は満たせるかもしれないですけれど。そこは、いろいろ議論があって、法制上詰めないといけないわけです。
したがって、今の段階でのまとめとしては、どちらかに決め打ちするのも問題だし、座長がまとめられたようなまとめ方しかないのではないですか。
□ 望ましいというまとめしかないのではないでしょうか。
○ 複数にした場合に、ミニマム・スタンダードの認定が分かれることがあり得るわけですけれども、それが法制上、許容し難いのかどうかというところが一番の問題で、これはミニマム・スタンダードということで、一つの基準はしっかり決めるわけですから、それをどこかでその基準に合っているという認定を受ければそれでいいんだという形にすれば、単数でなければ、そういう意味での法制上の問題があるということにはならないのではないかというのが議論の核心だったと思うのです。
○ 御意見は分かりますが、そうではないという意見もあって、それはどこかで認定すればいいけれども、認定するのが複数だったら、緩いところ、甘いところが出てくるかもしれない。
○ ミニマム・スタンダードは守らなければいけないわけだから。
○ 認定のばらつきというのはあり得るわけでしょう。それも問題だという意見もあったことは事実なので、ただいまの委員の意見だけでまとめるわけにはいかないわけです。
○ 私の意見でまとめろと言っているわけではなくて、理論的に一つに限るということをここで決めたのではないということを前提にまとめられるなら私はそれでいいと。
○ ですから、「望ましい」と書いてある。
□ 表現はそういう形で、できるだけ皆さんの意見が入るようにして、しかし、今後の作業を進めるために、最小限必要なこととしては、全国で一つの方が望ましいという以上のことは言えないということではないでしょうか。もちろん、一つに限定すべきだという意見もあると思うし、それは事実上でよいのか、法制的にそう決めるべきだという意見もあり得ると思うのですが、今のところは、全体のスキーム自体がまだ検討中なわけでしょう。その段階でこれについて、はっきりああしろ、こうしろということは言わないほうがよくて、方向としては望ましいということ以上は、取りまとめとしては少し不適切な感じがします。
○ では、今の座長の確認を前提として、全国で一つに限ることが望ましいというのは、法制上の問題ではなくて、事実上の問題だということでよろしいですか。
□ 法制上か事実上かは言わないで、望ましいということだけです。
○ 分かりました。そういう確認をされるならば。
○ 今、複数とか一つとか言っておりますけれども、ゼロになることがないのか、つまり、法的関与をなるべくするなという御意見もあったのですが、その場合、法的関与をなるべくしないで、ゼロになったらもう受験資格は適格認定でなくても全部に認めるというような制度でもいいかという問題もあるのではないでしょうか。
○ それはよくないですから、そうはならないように、それこそ法制的な手当というのは何らかの機関を考えればいいだけの話ではないですか。
○ 前も指摘したように、それは違う問題だと思うんです。複数か一つでないといけないかという問題と、必ず一つなければならないかというのは別の問題です。委員の言われる法制上何らかの形で担保するというのはどういうことでしょうか。なかったら国がつくるということを、要するに法律で書くということですか。民間が手を挙げるのはいいけれども、手を挙げなければ国がつくりますということまで書けということになると思うのですが。
○ どういうものが第三者評価機関として適格な機関として認証を受けるのかということ自体が全然分かっていないのですが、いずれにせよ、民間ベースか、指定法人ベースか、あるいは独立行政機関か、いろいろあり得ると思いますが、それがどこかで一つつくられればいいわけですから。
□ つくられない場合どうするかという話ではないですか。
○ 最終的にはこの法科大学院の第三者評価機関については、法制上一つは最低限つくられることが担保されるような仕組みになっていればいいというだけのことでしょう。
□ 先ほど委員がおっしゃったことと矛盾するのではありませんか。でしたら、法制的に必ず一つつくらなければならぬということを規定しておかないと動かないということになると思いますが、そこまで今の段階で決めてしまう必要がありますか。方向として、このミニマムのところについては、設置形態そのものが、全国的に官民の役割の再調整が進んでいる中で検討するわけですから、どこがどういう形で実施するか分からないという段階でして、一つでなければ困るということは大体そういう方向かと思いますが、しかし、一つはなければ困ることも事実です。
○ 御説明があったのではないかと思いますけれども、よく理解できませんでしたのでお伺いします。
仕組みとして、確かにミニマム・スタンダードと質の維持・向上は性質が違うということは分かりますけれども、ミニマム・スタンダードをチェックする機関は、ミニマム・スタンダードも2の維持・向上もできるということですか。
□ もちろんそうです。
○ 私もこれを読んだ限り、2は全く別々で、3と切り離した形のものになるというふうに理解していましたが、それは現実的ではない。
□ そのためにまず1で、その一環だけれども、別途考慮する必要があるということを説明した上で、2と3に分けて書きました。しかも2の方は全体の仕組みであって、3はその一部分だという構成にしていて、最終的には、できるならば全部統合的なシステムで動くのが望ましいというのですが、第三者評価全体のスキームが今検討中ですから、それがどういう方向で固まるかという以前に、余り具体的なことまでここで方向付けするのはいかがなものかということで、一応望ましいという形で整理させていただいたわけです。
○ 今の座長の説明の趣旨を前提として、私の2と3が分離されるという理解は間違いだということであれば、それはそれで結構です。
□ それはこの前議論があったことから、気を付けてまとめたつもりなのですが。
○ 評価を行っている立場から、ミニマム・スタンダードというものは何かということがよく分からないのです。これはどういうふうに解釈したらよろしいのでしょうか。
当初の案では、相当縛りが強いものだったという印象を受けているのですが、回を経るに従って、少しトーンダウンしたかなという印象を個人的には持っています。
最終的には、ミニマム・スタンダードについての議論が相当出てくると思うのですが、一つの方法として、アクレディテーションのミニマム・スタンダードについては、例えば複数つくるということになると非常に難しいので、文部科学省の現在の行き方と少しずれてくるのですが、設置の段階でそれを組み込んでしまう、つまり、設置の段階でミニマム・スタンダードを入れてしまうということも考えられますね。そうすると、後の議論は楽になると思います。後は法科大学院をいかに機能させるかということと、ここに少し出ていますが、専門修士か何か知りませんが、そういうものを要件にする等の方法で、割合意見の統一が図られるのではないかという気がします。
□ ミニマム・スタンダードの部分は設置基準の問題に取り込んだ方が全体のスキームとしてうまく動くということですか。
○ それを言い出そうかどうか迷っていたのですが、文部科学省全体が、御承知のとおり、入り口のところでかなり規制緩和するとしていますので、その辺の流れと合うかどうかということであえて発言できなかったのですが、これだけ議論が細かくなってくると、そういう方法も一つあり得るのかなという感じです。
このミニマム・スタンダードについて、アクレディテーションの組織に任せられるというのは結構しんどいところではあるのです。
○ それも一つ考えられるやり方だと思います。設置の段階でどこまでミニマム・スタンダードにしろ、評価できるのか。そこでは評価できないこともあるわけです、動き出さないと。そうすると、動き出してから、技術的には恐らく評価した後、さかのぼって設置を取り消すというスキームになるだろうと思うのですが、それがやり方としていいのかどうかということはあると思います。
もう一つは、実際面として、質の維持・向上の評価とミニマムの評価というのが、2段階、あるいは全く別個に行われるものかどうか。
□ それは行われないと思います。
○ そういうことを考えると、もう一つのやり方は、評価機関の中で事実上一つに絞られるとすれば、そこでミニマムは満たしていないということで、それを何らかの形に結び付けていく。これまで出た案では、学位授与権に結び付けるという形、これも一つあり得ると思います。どちらも可能なんです。それは法制的、あるいは技術的に更に詰めて検討した方がよいのではないか。
○ それも案ですね。
□ 委員がおっしゃったことも、第三者評価の仕組みの全体の動きの関連で、今おっしゃった方が全体のスキームとしてうまく動くようだったら、それも選択肢として入ると思います。
○ 余りこういう言葉は使いたくありませんが、これは特殊ですから、そういうことを多分世の中は認めると思います。将来また変えていけばいいことです。
□ ゼロから第三者評価の仕組みを立ち上げるのと違って、こちらの方は司法試験という、既に実績のある制度がある前提の上での議論ですから、少し違う検討が要ることは間違いないと思います。
もちろん、これは繰り返しになりますけれども、第三者評価の仕組み自体がまだ具体的な形が見えないので、法制的、技術的に詰めていけば、新しい問題が出てきたり、検討し直していただかなければならないことも出てくると思います。これはあくまでも今の段階で、検討会の意見の整理をしておくということで、これで事務局の方で関係機関と調整していただいて、どうもこれではうまく動かないということがあれば、また、再度御検討していただかざるを得ないという趣旨での整理でございます。
○ 今の整理ですけれども、そうすると、事務局が関係官庁と調整した結果が、いきなり次に出てくるということですか。
□ いきなりというより、この枠組みの中で検討していただいて、できるだけこの枠組みで行くように検討していただいて、どうしても動かないとなれば再度ここで検討しなければならないということになるのではないですか。この検討会の位置付けはそういうものではないですか。ここで、こうしますということは決められない性質のものだと思います。
○ 要するに、今、入り口のところで、はっきりしない状態のままいるわけで、一番肝心な第三者評価機関の構成とか第三者評価の方法、実地調査をやるのかどうかとか、やるとしてどうするのかといったことは、検討会の検討の対象にならないということですか。
□ 第三者評価全体のスキームに関しては、今、中央教育審議会で検討していらっしゃるわけですから、ここで主として検討するのはそのスキームに盛り込まれる内容の面です。ただ、ここで決めた内容が法科大学院に関する第三者評価のスキームの中で全く無視されるということは困るので、それに関してはきちんと制度的な手当てをしていただきたいということは、基準に関しては1ページの一番最後に書いてあるわけです。
○ そうすると、第三者評価のスキーム全体は、むしろ中教審側の問題であるということですか。
□ 第三者評価全体のスキームはそうです。
○ その話はいつも問題になるんですけれども。
□ それは所管がまたがっているからやむを得ないでしょう、今の段階では。
○ 基準がこちらで、外側は向こうということですか、今、言われたのは。
□ 基準は最終的には第三者評価機構でつくるわけで、ここでは、今までの流れの中から、意見書の中で決めなければならないとされていることとか、個々の法科大学院が設立準備をする上で最小限要ることと、新しい司法試験を開始するために必要なことについて、差し当たり決めていくということなので、最終的に具体的な詳しいことは第三者評価機構で、立ち上がったらそこでやるということになるのではありませんか。
○ その第三者評価機構をどういう形で立ち上げるかということは、ここの検討会では踏み込まないということですね。
□ 中央教育審議会の検討の内容次第でして、こちらで議論していることをあちらでも議論しておられるようですから、必要に応じてこちらでも議論するということになると思うのですが。
○ 私の意見は少し違っていて、要するに、ここでやっていることは、法曹養成制度の一環としての問題なわけです。特に司法試験との結び付きがあるので、ここで議論をしている。これは形というかスキームの問題もあれば、中身の問題もある。そういう趣旨でこれまで議論してきたわけです。
中教審の方は大学の評価の問題全体をやっておられるので、そちらの方から検討していって、その中の法科大学院部会でも、当然その一環として議論はしておられるという位置付けだと思います。
だから、どちらで決めるという話ではなくて、最終的に法曹養成制度の一環としてそういうものを組み込んでいくとすれば、それは推進本部の問題でしょう。しかし、それ自体としては大学の評価の問題であるので、そこの調整をしながら決めていくという位置付けでしかない。それ以外あり得ないと思います。
□ それでよろしいでしょうか。
■ 事務局としては、今おっしゃった法曹養成の分野において、所要の立案作業を行うということですが、例えば実地検査は何年に1回が望ましいのかという問題、特に法令に組み込むべきだということになれば、お諮りするしかないと思います。仮に5年に1回くらいがいいと思いますが、どうですかということがあっても、それは御提案にすぎなくて、例えば7年にしろとか3年にしろとかという御検討はいただくと思うんです。ただ、何をどう御検討いただくか、整理しつつ、立案作業もしつつお諮りしないと、白紙で行くといつまでたっても進まないという面もありますので、一緒に作業していただくということで、基本に戻っていただければと思います。
□ そういった調整作業とか立案作業をするためのベースを現時点で御議論いただいたということでして、これからも適宜新しい論点とか、修正すべきことが出れば、ここで検討いただくという趣旨での取りまとめでございます。それでよろしゅうございますでしょうか。
○ 結構ですが、私の意見の具体的な修正部分というものは、今までの議論に何ら矛盾することなく、そのまま適用するようになっているのではないかと思いますので、これはこれで組み込めるものがあるかどうかということを御検討いただきたいのです。
□ それはそれでこれから検討する際の参考として新しいモデルも出していただくことができるわけです。
○ ですから、意見の整理のまとめとしても、こういうふうに変えた方がよいのではないかという意見として、今検討していただきたいのです。
□ 具体的にどういうことですか。
○ 当然のことですが、学問の自由を司法試験の受験資格の認定という形で過度に縛ることにならないように配慮するという必要がありますし、2と3で書かれているのが一つの機関であるとすれば、3の2番目の○を、「第三者評価(適格認定)機関は、その評価(適格認定)基準や評価体制が、前記のミニマム・スタンダードを的確に評定できるものであるとともに、法科大学院における教育の質の維持・向上を図る観点からの第三者評価も的確に行えるものでなければならないものとし、その適格性は主務大臣が認証する。この機関は全国に複数あり得るが、最低限一つの安定して存続する第三者評価(適格認定)機関が設立されなければならないものとする」に改めるべきではないでしょうか。こういう形で一体化された方がはるかに分かりやすいのではないかと思います。もちろん、一番最後の部分は、先ほどの座長の整理に従えばこれではいけないのであって、全国で一つに限ることが望ましいというものでまとめるしかないということになるかとは思いますけれども、しかし、理論的にはそれは複数あり得るということを前提としたまとめであるという意見もまだ完全に否定はされてはいない。もちろん、そうでなければならないという意見もあるということですけれども、そういう了解でまとめるとしても、要するに、第三者評価と資格認定というものは、一体のものとして大学の教育内容の向上とミニマム・スタンダードとしての適格審査というものを行うものだということを前提に書くべきではないかということです。
○ そうなっているというのが座長のスタンスですね。
□ 書き振りの問題だと思うんです。
○ 委員個人の御意見では勝手だと思いますけれども、この検討会の意見ではないわけですから、別に検討する必要はないと。
○ それは少しおかしいですね。検討会というのは委員の意見を検討し合うから検討会なのであって、
○ ですから、今までの議論で委員はこういうふうにまとめられたけれども、そうではないということが先ほど明らかになったわけですから。
○ 要するに、この2と3が分離した機関を想定しているというのは誤解であるというのは座長の説明で分かりました。そうだとしても、一つの機関だとしても、2と3のように、機能を全く別の項に分けて書いていくよりは、それは一つのものだということを前提に書いていった方が、先ほどのような誤解を全く生まないという意味ではより優れているのではないかいうことです。
○ 誤解をしたのは委員だけで、座長がああいうふうにまとめられているのに皆さん賛成しているわけですから。
□ 誤解よりも読み方の問題だと私は思います。その辺りは気を付けながらまとめたつもりなのですが。
○ 法科大学院の教科内容について、委員の中でだれも判例だけを教え、それ以外は教えてはいけないとか、多数説しか教えてはいけないと考えている人は一人もいないわけです。およそ学問の自由に対して十分配慮するということは当然のことであって、法科大学院の第三者評価基準を決めることが、私が申し上げている意味での学問の自由に抵触するとはだれも思っていないのではないでしょうか。
そうすると、言われるところの学問の自由というのは、かなり特殊な意味を込めているということなのでしょうか。
○ 普通の学問の自由です。当然のことであるからといって、書いていけないとは言えません。
○ そうすると、美学の問題になってきますね。
□ 第三者評価という仕組み自体が学問の自由を前提にした仕組みだというのは、少なくとも大学関係者の当然の理解なので、それが学問の自由の侵害になるという理解は、今はそういう議論をする人は、多分いないと思うんです。
○ そういうものになれば問題ないのですが、そうでないものにならないという、そういうことの宣言であるわけです。
○ 委員のおっしゃることも分かるのですけれども、それはやり方だと思います。私どもでやっていますように、できるだけ広い分野から見識の高いピアを集めて、議論をオープンにして行けば、それほど変な結果にはならないということは経験者として申し上げられます。
それから、意外に日本人というのはまじめで、最初はこんなものできるか等と言っていた先生方が非常に真面目にやっておられます。かえってやり過ぎて我々の方が困っているというところがあります。ですから委員の御指摘についてはさほど御心配はないのではないかと思います。
まだ日本では第三者評価機関というのはほとんどない状況です。最近見て驚いたのはJABEEです。あれを一遍御覧いただきたいと思います。JABEEの審査のやり方はなかなかすごいものがあります。是非一度御覧いただきたいと思います。
例えば、先生が採点した試験の答案を全部持って来させて、それを審査員がチェックする。そうすると、だれがげたをはかしているかということなどすぐ分かる。学生にもインタビューしますが、それも大学が準備した学生ではなくて、名簿を持ってこさせて、上から1番、5番、10番というふうに指定して集めて聞くわけですから、隠しごとをしていてもみんな分かってしまう。
工学のカリキュラムをアクレディットして、将来はPE、プロフェッショナル・エンジニアの資格につなげていくのですがアクレディットされたところのコースを修了していなければ駄目だというシステムです。司法試験とは比較になりませんけれども、非常に厳しい、良心的な評価をやっています。要は、システムのつくり方だろうと思います。
○ 委員からお話がありましたのは、そういう厳しい審査をこの中でやりたいというのが皆さんの願いだと思いますので、また機会がありましたら、その辺具体的に、こんなふうにやっているんだという例を何かで御紹介いただけると大変参考になると思います。先ほどの委員の御意見については、これが学問の自由を侵害する恐れが定形的にあるのであれば書けばいいけれども、それはないという理解であれば、書くことに少し違和感があるのではないか。当然のことだということでよろしいのではないでしょうか。
○ そういうような心配は全くないものであるということで一致していれば問題はないです。
□ それでは、この件については、これを整理の案として取り扱わさせていただいて、今後の作業については、先ほどお話ししたような形で進めさせていただきたいと思います。
(2) 第三者評価(適格認定)基準の在り方について
□ それでは、引き続きまして「第三者評価(適格認定)基準の在り方について(意見の整理)」に移りたいと思います。資料3を見ていただきたいと思います。この問題につきましては、既に前回までに文書を配布して、基本的にはその方向で取りまとめているのですけれども、前回、幾つか修正箇所の御指摘がございましたので、それに基づいて修文して、かつ前回別々の長いものになっていました文書を一つにまとめたものでございます。
主な修文箇所は2ページの「(注)」の部分でございまして、解釈指針的な位置付けのものとして、「当分の間、非法学部出身者及び社会人の合計が3割以上となるように努めるものとし、」という記載を加えまして、それから見え消しのとおり、2割以上うんぬんというのは削除しました。そして、「その合計が2割未満である場合には、各法科大学院における入学志願者の動向、選抜方法の実情等に関する説明を聴取した上で評価基準に適合しているかどうかを判断するものとする」という箇所は従来通りです。
そして、次の3ページの一番上の「(参考)」の部分についても、これは同じ趣旨のものでございます。
それともう一か所、6ページの見え消しの部分でございまして、この部分につきましては、前回は、「法科大学院の教育内容・方法等の在り方についての中間まとめ」を基本にすると記載したのですけれども、これはこの前議論がありましたように、単位数だけではなくして、カリキュラム全体が「中間まとめ」に従わなければならないという誤解を与える恐れがあるのではないかということから、この部分は削除いたしまして、その後に修了に必要な単位数についての規定の仕方の枠組みを記載させていただきましたが、趣旨は前回と同じです。
この意見の整理に関しましても、最初に書きましたとおり、現時点における本検討会の意見の整理でございまして、今後、法制的、技術的な観点からの検討を加え、そして、この検討会でも事務局から適宜報告を受けながら、必要に応じて更に検討を進めていくことにしたいと思います。そういった検討作業を進めるための最初の整理としてこういうものでよろしいかどうかということをお諮りしたいと思います。
○ 4ページのところで、「ニに定める授業科目をイからハまでに定める授業科目と併せて単一の授業科目として開設することができる」としておいて、7ページのニで「実務基礎科目 5単位」、将来また増えるのでしょうけれども、単一科目として設けた場合は、単一科目の中の単位をある意味では分離して、例えば4単位科目の場合は1単位だけを実務相当単位に回すとか、そういうことをするわけですか。
□ 理論的にはそういうこともあり得ると思います。
○ 単位の内訳をどのようにするかは、各法科大学院に任せるということですね。
□ 中身がそれにふさわしいものであれば、どちらに回すかというのは各法科大学院に任せていいのではないでしょうか。
○ 4・1か2・2か。
□ その方がいいのではないかと思います。
○ それは私もそう思います。
○ 3の「(注)」の部分、これは「(参考)」にも重なっているかと思いますけれども、この「当分の間」というのは、一体どれくらいなのかという問題が一つです。もともと法学部に進学している人もいるし、通学するつもりで高校のうちから準備している人もいるんだから、当分の間はこの程度の割合、つまり2割とせざるを得ないという話だったのですが、その当分の間というのは、それほど長くは必要なく、5年以内を目途にすれば十分なのではないでしょうか。
○ 今の前提は違うと私は思うのです。誤解とまでは言えないのですけれども、委員の理解であって、私を含む恐らく多くの方が違った理解に立っている。つまり、それは、今、法学部に進んでいる人とか、それを前提に勉強している人に対する関係の問題ではなくて、法学部が存置され、そこから少なくとも当分の間、多くの人が法科大学院に進むでしょうから、そういうことを前提にした場合、余り飛び跳ねた数にするのはいかがなものかということで「当分の間」というのが置かれているので、それは前提がちょっと違うのではないでしょうか。
○ そうすると、それはどのくらいの期間というイメージになるのですか。
○ 「当分の間」としか言えないのではないですか。5年とかいうふうに言えないのではないですか。これはまさに、その後の法科大学院の進学者の状況を見ながら変えていくということしか言えないと思うのです。その場合でも、ある程度定期的に見直すということは言えるとは思いますが。
○ そうすると、「これらの割合は、入学志願者の動向等を見定めつつ、多様性の拡大を図る方向で随時見直す。」という一文を付加してもよろしいのではないでしょうか。ほかの委員からも同じような意見が出ていますが、いかがでしょうか。
○ ほかの委員の言っているのと、ただいまの委員の言っておられるのは少し違います。定期的に拡大する方向でというのは、審議会意見の読み方として少し言い過ぎだと思うのです。委員のおっしゃっているのは、審議会意見書そのものなので、その部分は正確に引用されているのだろうと思うのですが、それもあくまで、「動向等を見定めつつ」方向としては多様性の拡大を図る方向で随時見直すということであって、その両方の要素が連関しているのです。
審議会としてはそういう意見を出したのですが、基準のどこかにそのような文言を入れるべき性質のものかどうか、ということが一つあります。最終的には評価機構なりが、そういうものをお定めになるということですから、それに対して、希望を言うことはできるとして、基準そのものの要件として入れることが適切かどうかという問題があるわけです。
○ 私の意見は審議会意見書のそのままの引用ですけれども、「当分の間」が限定されない趣旨が、委員の言われるとおりだとすると、当分の間は全く見直しなしにずっと行ってしまうという恐れに対する歯止めがないということになってしまうのです。多様化をとにかく図るということが審議会の意見書の一番の根幹で、それはいきなりはできないということも前提にしなければならないとすると、「当分の間」を限定しないのであれば、私の意見のような記載が必要になるのではないでしょうか。
■ 趣旨は恐らく皆さんそれほど違わないと思うのですけれども、要は、随時見直すという趣旨の記述を、法科大学院あての基準に入れた場合、法科大学院が随時見直すというスキームになりますが、それでよろしいのでしょうか。つまり、見直しているかどうかを評価するということになりますが、各法科大学院において割合を定めて見直すというスキームをつくっていいかどうか。
○ これは解釈指針の見直しです。もともとが解釈指針的な位置付けのものとしてこういうものを入れるということで、解釈指針として「(参考)」が載っているのですから。
○ 名あて人が違う。
□ ですから、ここへ入れるのが適切かどうかという問題でして、おっしゃる趣旨は分かるのですけれども、評価基準の問題かどうか。趣旨は意見書でそうなっているわけですから、そのとおりでいいのですけれども、評価基準に組み込む必要があるかどうかという問題だと思うのです。
○ 結局、何割が妥当かというのは、現時点ではよく分かりませんし、推測でかなり議論されている部分が多いと思います。ですから、確かに基準として入れるということは非常に難しいと思うのです。
例えば完成年度の時点で、もう一度検討するということをどこかに、とりあえず現時点ではこれにしたとしても、例えばそのようなことを入れていただくことはできませんか。完成年度でかなりいろいろな部分が見えてくると思いますので。何が妥当かということもあると思います。
○ 先ほどの委員が言われたように、これは大きな大学システム全体のいろいろな状況がどう変わってくるか、ある意味では司法試験が法科大学院を踏まえて出てくるという、かなり長期の傾向を見ないと、社会風土全体の問題であるから、完成年度というと2年制か3年制で、非常に短期なもので、それで見直すということは、社会が2、3年で急激に変化するとは思えないので、ここは抽象的に当分の間としか言いようがないのではないかと思います。
○ 私も、これを「定期的」というのもかなり抽象的でありますが、何も規定しないと、場合によっては既定化してしまう恐れがあると思いますので、むしろ入れる意義があるのではないかと思いますので、賛成です。
□ 何を規定の内容に入れるかという話と、基準をつくるときにどういうポリシーをとるかという話が混じっている感じがします。基準をつくるときにこういうものを念頭に置いてやってください、というのが一つの流れとしてあるわけですけれども、具体的に各法科大学院のパフォーマンスを評価する場合の基準として、これを組み込むことはどうかなという、論理的なことが気になるのです。その辺りはいかがですか。
○ それも確かにほかの委員が質問された、「(注)」との意味合いと関連してくるのではないかと思いますけれども、何らかの形で文章として残してほしいというのが私の意見です。
○ 今言われたのは、それはちょっとディメンションが違うと思います。全体の評価基準なるものは、状況に応じて一つ一つ見直していかないといけないと思うのです。特に当初においては、これはやってみないと分からないところが少なくないと思いますので。そういう性格のものなのです。この中の特に御心配のところは、数字が固定をするということだと思うのですが、それは一般的に見直すんだよということで済むのか、それともそういう心配があったものを、この基準自体に書き込むというのは、注であろうとなんであろうとおかしいと思います。それはどこか違うものとして位置付けざるを得ない。
皆さんそういう御心配があるという御意見の場合にも、ちょっと性格の違うものとして残すということかなと思います。
これは審議会意見書ではっきり言っておりますが、審議会意見書はこういうものが具体的にできれば、皆さんお忘れになって、その精神が活かされないという御心配ならこういう解釈を入れていただいても結構です。
○ 2ページの一番下の○のところで、「当該法科大学院における入学志願者の動向等に照らし」と言っているのですから、そのような趣旨はここに入っているのではないかと思うのですけれども、その上で基準としては、参考として当分の間と言っているので。
○ だから、2割、3割という数字が当分の間にかかっているわけです。その「当分の間」の注釈的なものとして、当分の間なんだから、これは動向を見極めて見直すんだよというのを入れるわけですから、それはちょっと違うと思うのです。志願者の動向うんぬんというのは、2割、3割という定められた数字との関係での話なので、その多様性の努力目標と、多様性を確保していないのではないかという審査の対象となるべき数字そのものを随時見直しますよということは必要なので、それがまさに「当分の間」の意味だということになるのではないですか。
○ 今、理解できなかったのですが、「当該法科大学院における入学志願者の動向等に照らし、法学関係の学部の出身でない者(以下「非法学部出身者」という。)及び社会における活動の実績を有する者(以下「社会人」という。)から一定割合以上を選抜するために必要な方策が講じられていなければならない」とした上での当分の間となっているんですけれども、これでは不十分だということなんですか。これはまさに非法学部とか社会人の割合を見直せと言っていると思うのですけれども、動向に照らしいろいろ変えていくんだということがここで言われているのだと思うのですけれども。これ以上にここでもっと、これを2年ごととか3年ごととか数字を入れろということなのですか。
○ 先生の言われた2ページの一番下の○のところですね。これの解釈基準として、次のページの「(参考)」というものが来るわけですよ。そこに「当分の間」と入っているものの「当分の間」の意味合い、これは本当に当分の間ですよという、2割、3割というのを見直すのですよという、そっち側の方です。
○ だから、一定割合以上ということを言っているわけですから、それが2割、3割ということになるのではないですか。
○ ですから、2割、3割が固定しないように多様性の拡大を図る方向で見直すという解釈基準にすべきではないかということを言っているわけです。
○ 当分の間というのは、本当に当分の間なのだけれども、日本の現状から言えば、当分の間が50年続いたりするというのが皆さんの頭にあって議論になっているのだろうと思うのですが、ここで本当の当分の間とかですね、審議会意見書を受けて書いているのだということで、この当分の間は本当に当分の間なのだという理解だったら、何年というのは書きにくいということだと思うので、本当の当分の間なのですよという了解を付けていいのではないでしょうか。
□ 意見書にもあるわけですから、適当な箇所で組み込む場所があればいいのですけれども、今考えたところでは、すぐには思い付かないのです。
○ 繰り返しの意見になりますが、評価基準そのものを適宜見直すという話は了解できます。しかし、ここに入れておいて、大学が2割、3割を目標にするところを、時間が少し経ったから3割、4割にしようということをしているかどうかを評価基準の中身にするというのは、どう考えても論理的にはおかしいように思います。ですから、先ほどの委員の言われたようなことが相当ではないかと思います。
そもそもこれからつくるものの評価基準は適宜見直してより良い法科大学院をみんなで育てていくということで知恵を出し合わなければいけないということが前提としてあるわけですから、総論的なところにうまく書き込めれば、それでよろしいのではないかという気がします。
□ 最終的に評価基準をつくるときに、どこかにこういう趣旨のことを基準とか解釈指針と違う形で盛り込んでいくということで、基本的には意見書の趣旨を前提にしてその具体化を図っているということですので、どうでしょうかね。
○ そういうものはどこかにきちんと周知されるというのであれば、それはそれで別に問題はないと思います。要するに、これが固定されるのは困る。
○ だれもそう思ってないです。
□ 本文で「(注)」とか「(例)」とか、「(参考)」とかありますが、これは従来の整理から言うと、「(例)」というのは、基本的には第三者評価基準レベルで定めることが望ましいと考えられる内容で、それを具体的に示したものです。「(参考)」というのは、評価基準の解釈レベルで、そのような規定が望ましいと考えられる内容を書いたものですけれども、ここでそれを具体的に書くということは検討会の性質から見て、そこまで詳しくするのは不適当だろうということで、こういう表現にしたわけです。今までの検討の流れを踏まえていただけたら、どういう趣旨でこうなってきているかというのはお分かりいただけると思います。
○ 細かい点になるかもしれませんけれども、最近気が付いた点で、「その他の分野の科目」に関しては、他の大学で、例えば経済学の大学院の授業を受けて、これをカウントしていいかどうかということをお聞きしたい。
■ それは恐らく設置基準で何単位まで認めるという大枠が決まると思うのです。それは中教審で恐らく議論が進むと。その単位数だけの縛りでは駄目であって、中身まで事後的に評価基準で定めて評価しようということになればまた議論をいただく余地があります。
ただ、今、90単位余りと言われている中の何単位までがほかの大学院の単位を利用できるか自体もまだ恐らく中教審では詰められていないので、それをむしろ個々の大学院の判断にお任せすべきかという問題もあるし、中身はある程度限定すべきだということであれば、評価基準に乗ってくると思います。
○ たまたまこの間中教審の骨子を読んでいて、そこで他の大学院の話が出ていたのですけれども、ここでは議論をされていないような気がして、あるいはプランニングの段階で一つの具体的なポイントになるのではないかと思いましたので。
○ 5の二に「責任」とあるのは、「専門職責任」とした方が意味が明確になるのではないでしょうか。このままだと何か法曹としての基礎的な責任になってしまうので、一体何だろうなと。
■ 別に反対ということではないのですが、専門職責任という言葉については、例えば法令レベルでの表現を考えた場合、無定義で使っていいかどうかという問題があります。法令レベルで、日本にその用語例があって、一義的に決まっているのか、それとも、専門職責任というのは、こうこう言うという長い定義を置かないといけないのかという問題が出てくるということだけ少し留保させてください。
□ 事務局としては困るということなのですか。
■ 一応留保を御理解いただいた上で、あえて入れた方がいいとなれば。
○ 原案の文章が説明的な文章なので、それ自体定義になっているように見える。ところが、専門職責任という言葉がぽんと出ると、それの説明をまずどこかでしないといけないという問題です。
○ ついでに6の「(注)」の80という数字ですけれども、50、80というのは、6割増しですから、幾ら何でも幅があり過ぎるのではないでしょうか。
○ 今まで80という数字しか出ていないので、こういうふうにおまとめになったのだろうと思います。70という委員の御意見も、感覚的で理論的根拠があるとは言えないのではないですか。
○ 本当は60と言いたかったのですけれども、それだと今まで80という意見を述べているということから言うと、縮め過ぎかと。
○ 批判されているところと積極的に論証するところがトーンが違っているので、決定的なものではないと思うのです。
□ 80としたのは、具体的に出た数字が80が限度だと思うという意見でしたので。
○ 司法研修所で今1クラス七十数名でやっていて、その経験からすると、80というのが限度だろう。そういうお話があったので、この数字が出てきたのだと思います。
○ だから、研修所の教官にもよりますけれども、1クラスの人数が徐々に増えてきた関係で、70を超えてしまうと非常に苦しいという意見があるのは事実なので、80というのは多いかなと、これも印象だと言われれば印象ですけれども。
□ 75くらいがいいのでしょうか。
○ ここは、これを超えたらアウトという数字なので。
□ 安定すればそれは余り問題はないと思うのですが、最初は入試の仕方もなかなか難しい問題がありまして、これで縛りをかけるというのもどうかと思うので、70でも75でも80でも余り変わらないという気はしますけれども。
○ あえて根拠付けようとすれば。
○ 本当であれば50人を標準とするものとするというところから出発しているからですよ。
○ それはそうなのですけれども。
○ 実際に合否の決定が、本当にどういう基準でやって、例えば300 人発表して、実際の手続率がどれだけになるかというのは、初年度は分からないわけですね。今の学部で入学試験を何回やっていたって、いろいろ今までの統計数字があったって、合否の決定は非常に難しくて、あぶれるときもあるし、全然足りないときもあるしという中で、ロースクールの最初の入試の段階で本来の目標を絞ると言ったって、基準がないわけですね。そういうときにわっと来た場合に、ある程度数を確保しておこうと思って、何割増しで合格発表してわっと来られたら、これは80とか50と狭い数で上限を決められると、教員もいないわけですね。最初の辺りはある程度余裕を見て、本来50人が望ましいとしても、80くらいの幅を認めておいたいただいた方が、これも当分の間で結構ですけれども、将来ある程度入学の発表に関して、手続する率とか履修率とかが分かってくればやれますけれども。少人数の規模を考えているロースクールなどは大変だと思います。大きいところはある程度幅もあるけれども、率としてはそれほど増えることはないでしょうけれども、小さいところで、50人を取るというところは、100 人発表したら、100 人来たり、または全然来ないかもしれない。分からない。
□ 大学にとっては、これは非常に難しくて、できるだけ50人に近い人数でやりたいというところがほとんどで、たくさんでやりたいというところは余りないと思うのです。ただ入学試験の合否発表の問題を考えると、これは非常に難しい。
○ 基本科目のような、複数の教員がいる科目はまだ対応できます。そうではない、その専門の教員が1人しかいないようなところの科目では。
□ 何人かでも超えれば、もう1クラスつくらなければならないということは非常に深刻な問題なのです。
○ 最初のうちは多少余裕を、寛容の精神で。
○ 80の原案でいくのか、どうなるか、さっきどなたかから出たように、5割増しというと75ですが、そのくらいではないかなという感じです。
○ 設立準備をしているロースクールは、大体50人でクラス、教室等の計算をやっています。それでも実際は上回る。実際にどれだけ来るか。
□ しかも、厳しく成績を評価して、最初のクラス編成も学年ごとにキックアウトして減らしていくという話になってくると、最初は少し人数をふくらませたところから始めなければならぬということで、大学の教育方針によりますので、いかがでしょうか。
○ これは私が前にも申しましたけれども、3年であったら、1年次は80でいいけれども、2年次は70で3年次は60とか、その年で年々学生はふるい落とされていくのだという思想をどこかで打ち出すことはできないのでしょうか。
○ それはクラスの規模の問題ではないのではないでしょうか。1年目、2年目というのは、少人数で議論させるということを徹底して、3年目は既に基本ができているはずですから、科目によっては大きいものでも対応できるということだと思うのです。御趣旨のようなことは、むしろ、学年制にして、安易に進級させないとか、そういった形で……。
○ 当分こういうことではないのでしょうか。
□ これは80を超えれば絶対的に駄目だという意味です。80を望んでそうする大学はどこにもないと思うので。
○ おっかなくてやれないです。80でやってそれ以上増えたら大変だから。50人規模で収まるようにやっていても。
□ 一応標準を50としてやっているわけですから。ほかにございますでしょうか。
それでは、これを現時点における意見の整理とさせていただいてよろしいでしょうか。
(3) 新司法試験の在り方について
□ それでは、引き続きまして「新司法試験の在り方について(意見の整理)」に入りたいと思います。資料4を見ていただきたいと思います。
この問題につきましても、前回の検討会で修文の意見をいただきましたので、それに基づいて修文したものが資料4でございます。
前回の検討会におきましては、論文式の試験についても見直す趣旨の記載をしておくべきだという意見が出されましたので、この2ページの「(注)」のところで、これは各委員の意見はいろいろ出されておりますけれども、主として改革審の意見の趣旨を引用するという形でこういう修文をさせていただきました。
それと、2ページと3ページに合計3か所、アンダーラインを引いた部分がありまして、これは前回の案におきましては、受験回数制限などに関して、何々という方向で法制的に検討を加えることにするとありましたが、法制的、技術的に難しい点もあるのではないかと思われることから、趣旨を変えるという意味ではありませんけれども、今後の法制的な検討次第では、若干変更を加えることもあり得るということで、念のために表現を「何々ということについて検討を加えることにする」と修文させていただいたもので、決して方向を変えようとするものではございません。今後の変更のことを考えた上でのものです。この点につきましても、やはり法制的、技術的にいろいろ難しい問題がございまして、この整理はあくまでも本検討会における現時点での意見の整理をしたものでありまして、今後、法制的、技術的な観点からの検討を加えることとしまして、先ほどと同じようにこの検討会におきまして、今後、事務局から、こういうところに問題があるということがありましたら、適宜報告を受けながら、必要に応じて更に検討を進めるということにさせていただけたらと思います。
それ以外の点はこの前と同じですので、御意見のある方は挙手の上、よろしくお願いいたします。
○ やはり一番の問題は予備試験の受験資格だと思うのです。調べましたところ、経済的理由とか実務経験というものを要件にしている法令は現にありますし、当然それに従った、何らかの審査が行われているわけですから、そういう要件を定めることが困難だとか、認定の審査が難しいという理由で外してしまうことによって、審議会意見書の考えた予備試験の性格を変えてしまうような結果になるということはするべきではないというのが、私の意見です。
ここはとりあえずは、このまま審議会意見書のとおり、経済的事情や既に実社会でも十分な経験を積んでいるなどの理由により、法科大学院を経由しない者は予備試験を受けて通れば、新司法試験が受けられるということだけにしておいて、その実質的な決め方というものについては、実例が種々あるのですから、もう少し検討してみるべきではないか。そうでないと、経済的理由や社会経験のない人も、予備試験を経由できるということになりまして、プロセスへの転換という審議会の意見の中核部分というものが損なわれる結果になるのではないかということでございます。
□ 具体的な御提案としてはどうなりますか。
○ 現時点では、経済的事情や既に実社会でも十分な経験を積んでいるなどの理由により、法科大学院を経由しない者ということだけ決めればいいので、2番目の・の1番目の文章だけを全部削除するということでいいのではないかと思います。
□ 今、委員から御提案がございましたけれども、いかがでしょうか。
○ 司法制度改革審議会の意見の中の書き振りというものは、司法試験の受験資格として、まず第一に、法科大学院の修了者、もう一つとして、経済的事情や既に実社会で十分な経験を積んでいるなどの理由によって、法科大学院を経由しない者にも法曹資格取得のための適切な途を確保するべきであると書いてあるので、経済的事情や実社会で経験を積んでいるということを、予備試験の受験資格とすべきだということは全く書いてない。
ですから、司法制度改革審議会の意見で、このような者に予備試験の受験資格を制限するように書いてあるというふうに解釈しておられるのはちょっと違うのではないかなということが第1点です。
もう一つ、委員の方から、社会的経験、いろいろな経験を有する者というのは、ほかの業種についても定められているではないかということですが、それは確かにそうなのですが、具体的に見てみますと、例えば建築基準法などでは、「一級建築士試験に合格した者で、建築行政又は、これこれの確認検査の業務その他これに類する業務で政令で定めるものに関して、2年以上の経験を有するもの」とか、また、食糧法では、「食糧に関して1年以上の実務経験を有する者」ということで、これ自体非常に具体的に分かりやすく書いてあるわけです。
それに対して、「実社会で法律実務の経験がある者」というのは、少し考えただけでも、非常に広いわけです。例えば法律事務所で働いている事務員さんとか、司法書士事務所で働いている事務員さんとか、例えば法律実務の中に債権の取立て業務などもあるわけで、ああいうものを長年やっていた人はどうなのかとか、それから、企業法務関係をやってきた人についても、企業の大きさというのは考えないでいいのか、企業法務の内容も、企業の大きさによって随分違ってくるでしょう。
そういうことで、いろいろ考えただけでも、どこに線を引いていいのかということが、にわかには分からないわけです。これも受験資格とすると、たった2週間くらいで全部それを振り分けなければならないわけで、こういう非常に広がりを持った概念を受験資格とするというのは、やはり問題ではないかと思うわけです。
ですから、審議会の意見書の趣旨は、予備試験の内容それ自体で確認していくということでよいのではないかと思います。
○ 審議会の趣旨は、基本は法科大学院であるが、ただ、全員そこを必ず通れということを言うと、経済的事情、これは財政援助がどのくらいなされるのかとか、奨学金制度がどうかにもよりますけれども、経済的事情や、それから今更この人に法科大学院にわざわざ2年、3年行けと言えないような人も、そこを経なければならなくなって、それだと困るから、そういう人のための別ルートを開くべきだという趣旨だと思うのです。
それは裏返せば、そうではない人は法科大学院に行きなさいということですから、そうではない人も予備試験のルートを取れるような制度にするということは、審議会の意見書のストライクゾーンから外れるということになるのではないでしょうか。
○ 問題は、それを予備試験の受験資格のところで制限しないといけないということなのかどうかということであって、審議会意見書もそこまでは書いていない。まさに先ほどの委員がおっしゃったように、試験の中身でそういうこともチェックできるような機会を設けるべきだというのが、括弧の中の文章の読み方としても、そう読む余地があると思います。
ですから、先ほどの委員の読み方は、趣旨を曲げているということではない。ただいまの委員の言われるようなのも一つの考え方だけれども、それでないといけないということではないと思うのです。
また、いろいろ実例を挙げられている社会での経験と、今回の場合は、大分質として違うのではないか。法文に技術的に書くことはできるかもしれませんが、それでは、具体的にどういうものを取り出し、それに限って受験資格を認めるべきかということは、ものすごく難しい判断だと思うのです。
もう一つ、経済的な事情についても、例に挙げられているのは、困っている人に援助をするとか、そういうものなのです。ところが、今回の場合は、試験の入り口のところでそういう点を審査するとなると、何を審査するのかということになると思うのです。前に出されていたような、納税証明書を審査するということにしても、親に扶養されている人は納税していないわけで、そういうものでは判断できないわけでしょう。そうすると、その人を扶養している人について、そのような審査を本当にしていいものかどうか。また、できるものか。そういう問題になってくるのではないでしょうか。
○ ですから、何らかの方法でと言われるものが、予備試験そのものの中に出てくるような制度も考えられるのかということなんです。この「(意見の整理)(案)」を見ると、「(注)」で挙げられているようなものであれば、全然そういったものが審査されない予備試験ではないですか。まさに経済的に極めて豊かで、社会経験なども何もないという人であっても、法科大学院を経由せずに法曹への途が開かれるということに、この試験の制度ではなってしまうので、それは審議会の意見書の言っていることには反するのではないか。
○ それはこれから中身を考えましょうということであり、この前の座長のまとめですと、試験全体の中でそういうことが問えるような仕組みを考えていきましょうということだったのではないですか。
○ ですから、そういうものとして提案されているならば、私もそれでいいのですけれども、少なくとも今のこのまとめの中の予備試験の具体的な内容として例示されている四つの○、これは何もそういうものは問うてないのです。
□ その前のところで、「その際、「実社会での経験等により、法科大学院における教育と対置しうる資質・能力が備わっているかを適切に審査するような機会を設けること」などの方策についても検討する」ということを前提にした上での「(注)」ですので、委員がおっしゃるようなことはないと思うのですけれども。
○ その場合、「(注)」の中の予備試験の具体的な内容に、今座長の言われたようなものが、どこかに入ってこなければいけないのではないですか。
□ ですから、その方策について検討するということで、その例が四つくらい挙がっているわけです。
○ 例えば、「科目等の幅広い分野」というところに入るのかもしれませんし、「口述試験」という中に入るかもしれない。その辺はこれから考えていきましょうということなのではないですかね。
○ これは恐らく予備試験の運用の方法によっては、こちらが基本になるという可能性があるという部分があると思うのです。たとえ予備試験の範囲が広がったとしても、やさしくしてしまうと、みんなそちらの方へ流れると。そうしますと、法科大学院が中核だということが損なわれる。ですから、私どもの方向としましては、予備試験の運用を法科大学院の制度を損なわない形でということをどこかに入れていただきたい。
□ 具体的には。
○ 「法科大学院を中核とする新たな法曹養成制度の趣旨を損ねることのないよう配慮しつつ制度設計を行うものとする」の部分を、「法科大学院を原則としつつ制度設計および予備試験の運用を行うものとする」へ変更してはいかがでしょうか。
○ それも言い過ぎだと思うのです。「原則」「例外」という言い方はしないというのが審議会での了解でして、なぜかというと、例外と言いますと、そこを通ってきた人は、何か異常な存在のような印象を与える。正統な資格はないのだけれども、といった響きがあって、それはおかしいだろうということなのです。
意見書を読んでいただければ分かりますように、損ねることのないようということは、2か所くらいに書かれていまして、今回の制度設計は、それを受けたもので、それは当然の前提ではないかと思うのです。おっしゃる趣旨はよく分かるのですけれども、「原則」「例外」というふうに書くのは、踏み込み過ぎだと思います。
○ 実務経験などを受験資格には問わないけれども、試験の中身でという枠組みだとしたときに、そのメッセージは受験生に送られるわけですね。
■ 上のところで、実務に関する基礎的素養とか、法曹実務に関する科目とかを入れたらどうかという案もありまして、これの中身は何かというと、もっと説明しないといけないとは思うのですが、例えばこういう表現でどうかということです。もっと具体的に何々という書き方もあります。
ただ、実務の経験そのものを問うかどうかも今後の検討になっているのだと思いますが、経験があるなしというより、その経験に基づくとこういう能力があるはずだという能力面を問うべきではないかという考え方もありますので、どういうふうに法令に書くか、あるいは現に運用としてどういう試験を行うかは、もう少し御検討いただくものなのかなと思います。
○ 当面の問題として、どういうルールにするのがいいのかという目で見ると、予備試験の内容、方法を工夫して、法科大学院を中核とする法曹養成制度の趣旨を損なわないよう制度設計をするということが意見のまとめとしては適切ではないでしょうか。
確かに受験資格を書き込めという御意見もあったわけですが、それはどうも今日、いろいろ例があると出されたものを見ても難しいところがあるように思うのです。そのようなあいまいな受験資格制限は、法令として適切でないのではないかと私は思います。
要するに、技術的な問題も、きちんと押さえておかなければいけません。いやしくも有識者が集まって、法文にもなりませんでしたというものを多数意見ですと言うのは、実体とも違うし、事柄の性質としてもいかがなものかと思います。
○ ですから、まとめとしても、1番目の・で、こういう人のための適切な途を確保すべきであるとの観点から具体的な制度設計を行うこととするということは書かれているわけです。それが2番目の・で直ちに予備試験の受験資格を制限する方法ではなくというふうに限定されてしまうのがおかしいのであって、今、ここまで書き込む必要は何もないのではないか。
○ そういう大原則を受験資格で画一的に実現するのは難しい、だから、試験の中身で工夫しましょうよという流れになっているので、その意味では委員のおっしゃるような趣旨になっていると私は読んでいます。
○ 私もこの予備試験の内容で、1番目の・に書かれているような観点が出ていれば、それはそれで一つの制度設計だなと思いますけれども、今、ここに出ているのはだれでも受けられる予備試験、ある一定の能力があれば、法科大学院は通過しなくていいですよという予備試験になってしまっているのではないかということです。
○ それはこの本文を受けているわけでしょう。方法等を工夫するとなっているわけです。
□ 整理の仕方に意見を言わせていただきますと、もともと予備試験というものは司法試験の受験資格の話として出てくるわけです。その予備試験について、また、受験資格うんぬんというのは、私は個人的に余り適切ではないと考えていますので、予備試験についてうんぬんという箇所は、最初の4行半くらいは削除して、前項の趣旨を実現するために予備試験の内容を工夫するというような形にするのがいいと思います。しかし、議論の流れが、まず予備試験の受験資格うんぬんという形になったから、やむを得ずこれを入れているので、皆さんに御賛同いただけるのであれば、最初の4行半くらいは削除して、全体としてこの趣旨を実現するためというふうな形にした方がよろしいのではないでしょうか。余計な受験資格うんぬんというのは、不毛な議論だと私は個人的には思っているのです。それでもし御了解をいただけるのであれば、4行半くらい削るということでいかがでしょうか。
■ ただ、実際の作業をするときに、受験資格を条文に書けとおっしゃっている趣旨か、それはそうではないという趣旨かは明確にしていただければと思います。
□ 趣旨としては、受験資格だけでこの趣旨を実現するのではなくして、そういう人が適切に選別されて本試験を受けられるためのルートを何かの形で整備する。その場合、受験資格ということだけを突出して議論するよりも、やはり試験の内容、方法全体として工夫するという形で対応することにして、受験資格はある意味では自分がそう思う人は全部受けたらいいのであって、それで受かるか受からないかという問題だというふうな形で処理することにすれば、不毛な議論を避けることができるような気が個人的にはしているのです。やはり受験資格だけをうんぬんしても余り生産的ではなく、受験できてどうなるんだと、経済的困窮者だから法曹に向いているというわけではないので、それについてあれこれ議論してもどうかと思うのです。
○ その趣旨であれば、4行半ではなくて、3行半を削除しておけばすっきりするんではないですか。
□ 3行半ですか。
○ 私も今の意見に賛成で、4行半削除してしまいますと、議論の蒸し返しになるかなと。
○ 現時点ではまだオープンにしておくべきだと思うのです。本当に私としても、一番適切な1番目の・が実現されるような、全体として適切な制度であればいいということには同意いたしますけれども、少なくとも現在の「(注)」で出ているような程度のことでは、全然1番目の・は実現していないわけで、そうなると、受験資格の制限というルートを取らざるを得ない可能性も残っていると思うのです。だから、制度全体として実現するんだということに合意するのであれば、4行半削除すべきではないか。
○ 御意見は分かるのですけれども、この間からの議論の流れをこの段階でまとめるとすれば、やはり3行半だと思うのです。全体の流れとして。
○ もしそうであるならば、予備試験の受験資格を制限する方法ではなくということに同意していない人がいるということは残しておいてください。
○ だから、最初の3行半がある。
□ それだとまた最初からの御意見になると思うのですけれども。
○ 受験資格を制限する方法ではないことを今決める必要は何もないと思うのです。そういう制度が実現されるような方法が考えられるというのであれば考えればいいのであって。
○ それでは前へ進まないでしょう。
□ それは今まで検討して、結局、適切でないということなのではないですかね。
○ でも、この「(注)」で書かれている方法であれば、これは一番目の・は実現していないということにならざるを得ないのではないですか。
□ それはないと思います。
○ 委員のおっしゃることを少しまとめますと、予備試験の受験資格を制限する方法よりも、予備試験の内容と方法とを工夫しとか、そういうふうな書き方であればまとめになるのではないでしょうか。
□ それではどうですか。
○ 方向性としてそのように言って、決定ではないというか。
□ 「予備試験の受験資格を制限する方法ではなく」の代わりに、「よりも」という表現でということでしょうか。
○ 相対的なものも含ませる形で。
□ 今まで議論して、ある程度方向が出ているのですから、それを全く了解せずにもう一遍蒸し返しができるという形で整理すると、先へ進まないので、事務的に詰められる上でも困ると思うので、その点ははっきりさせた上で検討を進めてもらった方がいいと思います。先ほどの委員の趣旨にも一応配慮したのですけれども。
○ それだと私の言っている趣旨が入らないですね。
○ 試験の内容の方で、そういう工夫をこらしましょうということは言っているので、それをもっと明確に書けとおっしゃるのですが、今はどういう内容にするかがまだよく分からないから、ここに書いてある例示では不十分だとおっしゃるのは分かりますけれども、目指しているところは皆さん同じことを言っているのだから、それを今、もっとはっきり書かないと困ると言われても、少し困るのではないですか。
○ もし書くのであれば、予備試験の受験資格を制限しないことを含め、予備試験の内容、方法、の方がまだいいですね。
○ それは皆さんの意見と違ってきてしまう。
□ 今までの議論の流れと違うところがあると思います。余計な提案として議論を混乱させてしまい、申し訳ありませんが、やはり、こういう議論の流れでこう来たのだから、こうなるということを全部残すためには、このままで御了解いただくというのが、余りスマートではないかもしれないけれども、とにかく議論したことは事実ですから、このまま残させていただくという形にしたいと思います。
○ そうですね。それしかないのであれば、すべての議論の経過を残した方がいいのではないでしょうか。
□ ほかの点についていかがでしょうか。
○ 私はここの2の試験科目のところは、趣旨はここに書いてあるとおりで、誠に結構だと思っておるのですが、日弁連から、選択科目を設けないというような御意見が出ているので、それに引きずられては困ると思うものですから、あえて申し上げるのですが、選択科目をつくるということが多様な法曹とか、法科大学院の多様性ということと直結することでありますし、また、試験の範囲から外れたら勉強しなくなるということも事実です。
それから、試験というのがそういう勉学の成果をテストすると同時に、勉強の目標を設定する。目標か単位を設定するという効果もあるわけです。
そういうことからしたら、選択科目をつくるのだと、それが幾つあるか知りませんし、たくさんの中から一つか二つか知りませんが、多分一つでしょうけれども、それをつくるのだということは、もうここで確定したというか、皆さんがそういう御意見だということで決まっているのだと。
もう一つの、法曹倫理なり専門職責任ということを司法試験科目の中に入れるという可能性を否定しないという点では、私は現時点ではそれで有効だと思うのです。私は法曹倫理というものは、教育の対象ではあっても、試験で問うようなものではないということを強く思っておりますので、何かこう書くことが、逆に法曹倫理というものが試験科目に入るのだというような誤解を与えては困るなと思いましたので、あえて申し上げる次第です。
□ 今の点についていかがでしょうか。
○ 私は全く逆で、ミニマム・スタンダードというものを新しい司法試験で定めるのだとしたら、これからの法曹というものは、専門職責任について、しっかりした見識を持っているということが試されるときであると思います。ただ、議論の大勢で御賛同がごく少数の方しかから得られなかったので、新委員会で検討するということなら、それはそれで結構ですけれども、適切な時期というのは余りにも漠然とし過ぎているので、「できるだけ早急に」くらいにしていただきたいと思います。
□ 早急にというと、やるという前提で議論しているという、先ほどの委員の懸念を招く恐れがあるのではないでしょうか。
○ でも、「試験科目とするかどうかについては、早急に検討する」ですから、早急に検討して、科目にしないということになるかもしれない。そのリスクは含みますけれども、それは検討してもらわなければならないということです。「適切な時期に」だといつ検討の対象になるかが全く分からない。
○ 教育内容等を踏まえとなっているので、それを見ないといけないですね。それで「適切な時期」ということになっている。適当にということではないと思うのですよ。検討はする。必ず検討するということではないかと思います。
○ せざるを得ないでしょう。
□ 検討することは前からの懸案でもありますし、ある程度法科大学院が立ち上がって、カリキュラムの内容を見た上で、これならば試験ができるということであればやれると思いますが、各法科大学院ごとに内容がばらばらになった場合とか、あるいは法曹倫理の試験で何を問うかということ自体、なかなか難しいと思うんです。
○ でもアメリカのパフォーマンス・テストで多くの州で倫理的なジレンマというものを試験範囲に決めて問うているわけで、あるいは研修で課されている倫理試験は、多肢選択の短答式ですけれども、そういうものもあるということから言うと、全く見当がつかないということはないのではないかと思うのです。その議論は今してもしようがないのですけれども、新委員会でしていただくということであれば、できるだけ早くしていただきたい。
○ 今の法曹倫理がこれからの法曹にとって極めて大切であるとか、それはこの全体のプロセスの中でしっかり教え込まなくてはいけない。そういうことについては、恐らく皆さん意見が完全に一致していると思うのです。ただ、それを試験としてやるとしますと、今おっしゃったように、非常に限界事例についても知識を問うというような試験になってくるのではないかと思います。その人の本当の生きざまとか、覚悟とか、物の考え方とか、そのようなものを試験で問えるのかというと、それは違うでしょうと。だから、私はそれだけ大事なものであるけれども、それはやはり教育というプロセスの中でやることであって、試験の対象ではないと固く思っているものですから、ここでこう書いたらもう既成事実として、そちらの方へ向いているのだという誤解を与えかねませんが、多分皆さんそうではない御理解だと思います。私のような理解の方が多いのではないかと思いますので、そういう誤解があっては困りますと申し上げているのです。
○ 私の個人的な意見は既に述べたので、この点に関して今日はコメントの必要はないと思っていたのですけれども、今の点に関しまして、法曹倫理は十分試せるとは思っています。しかも、アメリカの場合は、確かに短答式のものもありますけれども、例えばニューヨーク州の場合は、論文式の試験にも、少なくとも2問は法曹倫理の問題も入る。ですから、ほかの民事系のものと一緒に専門職責任の話も入るということですから、そういった短答式のアプローチだけではなくて、ほかのアプローチもあるということは、私として十分可能だと思いますけれども、全体の意見としては、原案どおりには十分含まれているのではないかと思いますので、私の個人的な意見では、もちろん入れるべきだということです。
○ そういうことで結構です。特に固執するつもりはありません。
□ 学問内容として、カリキュラムなどの関係で、可能性としては十分あり得ると考えております。
○ 短答式試験については意見が分かれたのですが、分かれた中で、知識の丸暗記だから反対という意見もありましたけれども、段階的選抜に使うこと、これを通らなければ論文が受けられないというように使うような使い方それ自体を批判する意見もあったので、これは原案では段階的選抜に使うために可能性を持たすという趣旨が強いところでもありますから、そこは意見が分かれているのだということを残しておいてていただきたいと思います。
□ 具体的には、従来の短答式試験の弊害として、段階的選抜のために使用することの弊害も加えるように改めるということでございますか。
○ ええ。
□ 委員の意見はそうだと思いますけれども、議論の流れとしては、これは両方あったので。
○ もちろん、両方ありましたから、これは二つ併記する。短答式を、これは2ページの「最も適した試験であるとの意見があったものの」と、その次の「短答式試験の弊害を指摘する意見もあったことから」が、知識の丸暗記で「等」に含まされているんですけれども、この「等」の中身に、要するに短答をやってもいいけれども、論文と同時に受けられる形での短答にしてほしいと、そうでなければ非常に弊害があるという意見があったことを反映していただきたいというだけのことです。
○ 段階的選抜に使ったときは知識の丸暗記になってしまうという御意見だったのではないですか。もし、おっしゃるような形で書くとすると、段階的選抜には一切使えないという態度決定をしたというふうに読まれてしまう可能性があるのではないかと思います。
○ 私から見て、知識の丸暗記も弊害の一つだと思いますが、むしろ対策を講ずべきは、段階的選抜に使ったときの問題であり、それはむしろより大きな問題なのではないかと思います。
○ 御意見は分かるのですが、もし、ここにそういう形で書いたら、その道を封じたというふうに読まれる可能性があるので、それは行き過ぎだと思うのです。
○ そういう読み方になりますかね。賛成意見、反対意見を並べて、それで実施する可能性は残して、ただ、同じにはやりませんよと言うわけでしょう。
○ 「……あったことから、……従来と同様のものとはせず、その在り方を工夫する」となっているので、「段階的選抜の弊害に対する批判があったことから、従来と同様のものとはせず」と書くと、段階的選抜はしないというふうにも読めるわけでしょう。
□ これ自体が複雑な文章になっているから、入れると、また趣旨がかなりずれてくるところがあります。
○ それも別に特に固執はしません。指摘をしておきたかったということです。むしろ、ここの方がいろいろな読み方があるのではないかと思うのです。一番最後に、そもそも新司法試験について議論した結果、いろいろ意見が出ていますけれども、新司法試験が、そういう意味で法科大学院の課程を経た者の、もちろん、法科大学院の教育がしっかりしていることが前提ですけれども、相当数が合格できるような試験、今までのような競争的に定員で区切って、順番を付けてというような試験とは違う試験になるのだというメッセージが完全に消えているような気がするのです。したがって、「法曹となるべき資質・意欲を持つ者が入学し、厳格な成績評価および修了認定が行われることを不可欠の前提とした上で、法科大学院の課程を修了した者のうち相当程度(例えば7〜8割)が合格できる試験とする。」と書き加えるべきではないでしょうか。しかし、こう書けばもちろん、猛烈な反論があるというのは分かっているのですが、やはりこういうふうに制度が変わるし、新司法試験の位置付けが変わるんですよと、こういう何らかのまとめが入らないと、司法試験は司法試験として相変わらず法科大学院と無関係にとは言いませんけれども、前に3割か5割だということまで言われた関係者がいたので余計心配なのですが、そういう試験として存在してしまうのではないかということの歯止めが欲しいということです。
□ 何か御意見ございますでしょうか。私も調べたのですけれども、司法制度改革審議会意見書の67ページは趣旨が違うと思います。
○ 異論があると言われればそうなのですが、それについては十分自覚しています。
□ 意見書でかなり苦労してああいうふうに持ってこられたものを、また元に戻して、逆に反発を招くのではないかという恐れを個人的には持っています。
○ 審議会の中でもそういう御意見はあったのです。しかし、そう書いてしまうと、逆に7〜8割合格することを保証したみたいになり、それはおかしいので、その意見は採用されませんでした。これはあくまでも教育の目標であって、合格保証としての数字ではないわけです。それに、そういうことを書かなくても、新司法試験というのは、プロセスの一環としてのものであって、法科大学院の教育を受けた者にするということが大前提ですから、御趣旨は十分出ているのではないかと思うのです。
○ そういうことがまとめにならなくても、共通に確認されるのであればいいのですが、何となく新司法試験だけを議論してしまうと、この肝心の趣旨が見えなくなってくるのではないかと思うのです。
○ 委員がおっしゃったように、今、議論していることの趣旨が、司法試験で絞るのではなくて、法科大学院というプロセスがある、それから言えば、6割〜8割くらいが通るような制度にしたいんだと、そこのところは皆さん同じ気持ちだと思いますが、ただし、設置を自由にし、しかも、そこで第三者評価において受験資格を認めないというのはミニマムの問題として、しかも、一回落ちた人が、そのまますぐあきらめてくれるかというと、三回はあきらめずに受けるかもしれない。そういうことを思いますと、現実に大量観察をすれば、6ないし8割が通るような制度に持っていきたいわけだけれども、そのときの浪人を含めた合格者数とか、あるいは一つ一つの大学にとってどうかというと、そんなことはないわけです。それの書き方というのは非常に難しい。やはり司法制度改革審議会意見書そのものにのっとっているのだということしかあり得ないのではないかと思うのです。
□ 審議会で議論されたことの蒸し返しになって、この検討会の性格と違うような気がするので、趣旨はよく分かるのですが、そのままやるというのは、苦しいかなと思うのです。整理は今、ほかの委員がおっしゃったようなことになると思うのですが。
○ その場合、どこかに新司法試験は法科大学院の教育内容を踏まえたものとするとか、つまり法科大学院の教育内容が前提で、司法試験に合わせて法科大学院の教育が行われるのではないという趣旨のことが、司法試験を法科大学院の教育内容を踏まえた新たなものに切り替えるべきであるという、これを生かした文章が在り方全体にかかるものとして必要なのではないでしょうか。
□ それはこの検討の過程でも繰り返し指摘しましたように、やはり法科大学院のカリキュラムはこうなるから、新司法試験はこういうふうに変わるんだという検討の過程になっていると思いますので、新司法試験はこうなるから、それに合わせて法科大学院のカリキュラムとか教育内容をどうするというふうな形での議論はしないように気を付けてきたつもりですし、大体意見書自体がそういうスキームで展開されておりますし、それを前提にした上で、それぞれ文書としては三つに分けて検討していただいたのですけれども。
○ 趣旨としては、まさに今おっしゃったとおりのことなのです。
○ 新司法試験というのは、あくまでこの司法制度改革審議会意見書にいう新司法試験であって、その意見書で新司法試験とはこういうものだと書かれているわけですから、おっしゃるようなことは当然の前提ではないでしょうか。
○ それは当然の前提だと思うのですが。
○ それを言い出すと、全部また、それぞれのところも、前文が必要になってくるのですよ。
□ 時間もかなり過ぎていますので、これでよろしいでしょうか。かなり急いで議論しましたが、一応の区切りとして、この段階での意見の整理をする必要がございましたので、その点はお許しいただきたいと思います。