(□:座長、○:委員、■:事務局)
□ 所定の時刻になりましたので、第8回法曹養成検討会を始めたいと思います。
今日は、前回に引き続きまして、新しい司法試験の在り方、新しい司法修習の在り方、法科大学院の第三者評価の在り方について、更に検討を加えることにしたいと思います。
検討に先立ちまして、まず、事務局の方から配布資料の確認をお願いしたいと思います。
■ それでは、配布資料の確認をお願いします。
本日の配布資料としましては、第7回法曹養成検討会の議事概要のみでございます。
また、8月以降の法曹養成検討会の開催予定も最後に御説明申し上げたいと思います。
以上でございます。
□ それでは、最初に新司法試験の在り方について、前回に引き続いて検討をしたいと思います。
(1) 新司法試験の在り方について
□ 新しい司法試験の在り方につきましては、3月末に意見の整理を行ったわけですけれども、今日は具体的に立案作業を進めている関係で、この検討会で更に検討を加えるべき事項ができましたので、その点につきまして、事務局から御説明をいただいた上で検討を加えることにしたいと思います。
それでは、この論点につきまして、まず事務局の方から説明をお願いしたいと思います。
a) 新司法試験の試験科目について
■ それでは、まず最初の点について御説明申し上げます。
新司法試験の試験科目についてであります。当検討会の意見整理を踏まえ、短答式試験は公法系科目、民事系科目、刑事系科目とし、論文式試験は、公法系科目、民事系科目、刑事系科目、選択科目(1科目)とするという方向で、検討しているところでございますが、本日、御意見を賜ればありがたいと思います。
なお、どのような科目を選択科目とするかにつきましては、法科大学院における具体的なカリキュラム編成などを待って、新しい委員会の意見を聴いた上で決定すべきことになろうと考えますが、当検討会においても選択科目の在り方について御意見があればお伺いできればありがたいと考えております。
以上です。
□ それでは、まず、ただいまの点につきまして御意見を伺いたいと思います。
まず、今説明がありましたように、選択科目については、法科大学院における具体的なカリキュラム編成などを待たなければ最終的に決定できないという関係にありますので、現時点では、あくまでも参考意見をお伺いするということになりますが、それに関しまして御意見がございましたら、よろしくお願いいたします。
○ 新委員会の意見を聴いて決めるということで、法令の位置付けとしては、法律自体には書き込まないで、それ以下の規範、省令ぐらいですか、あるいは委員会規則ですか、そういうところでお決めになる位置付けですか。
■ これも法制的な検討を加えないといけないところで、最終的な形は留保させていただきたいと思いますが、法科大学院の教育内容を踏まえて、しかも実際に新司法試験が始まっても柔軟に対応することが可能になりますので、できれば法律に個別の法律名を書き込まずに、省令または委員会規則で決めるという形にしたいと考えて検討している段階でございます。
○ 弁護士会の方では、もともと司法試験の科目はミニマムに限るべきだという意見だったのですが、選択科目を設けるとすれば、その選択科目によって多様な法律家の育成という目的が阻害されないように、例えばプライマリー・ケアをするようなジェネラリストから、非常に特殊な領域を扱うスペシャリストまで、多様な法曹が育つように、できるだけたくさん広い範囲で認めるべきだと考えます。もちろんカリキュラムとの関係で試験に適するだけの成熟性というものは求められるでしょうから、余りに特殊なものというのは当然科目にはなり得ないでしょうけれども、多様なカリキュラムが展開されるのを妨げないような選択科目の設定をしていただきたいというふうに思っております。
■ ただいまの御発言に関係する論点になりますが、選択科目は1科目とすることでよろしゅうございますか。
□ 1科目というのは、いろいろなものの中から選択するという意味で、今、委員がおっしゃった趣旨と矛盾するということではないと思います。
○ 我々の意見の趣旨には合うのではないかと思います。多様な科目が設定されていて、そのうち1科目だけ受ければいいということになれば、多様なカリキュラムの展開を妨げるということにはならないと思います。
□ 具体的にどういう科目が適切かについては、いろいろ意見があると思いますが、そういう選択科目のグループの中に入れるのに適切な条件としてどういうものが考えられるかということについて御意見をいただければありがたいと思います。
○ 先ほどの委員がおっしゃったことに、私も全面的に賛成でございます。できるだけ幅広い科目から選べるようにというふうにできればと思います。
もちろん、実際上の限界と言いますか、余り多過ぎてもいけない。あるいは科目としてふさわしいかどうかとか、そういう問題はあろうかと思いますが、そういう事情の許す限りでなるべく広い範囲がいいだろうと思います。
租税法学会や日本経済法学会の先生方から要望が出されていますが、それぞれの分野の学会等から、御意見なり、御意向なり、あるいはカリキュラムの内容なり、司法試験にする場合にどのような出題が可能かという例示とか、そういうものを広く募るというか、来るものは拒まずというか、そういう形で材料を集めてはと思っております。
選択科目が必ず何々法という法で規定されるものではなくて、例えば国際取引というように、事象をとらえて横断的にいろいろな法律が関連するとか、企業法務であるとか、どういう定義をするかが非常に難しいと思いますが、法律で縦割にするのではなく、事象で横割みたいなことも可能であれば検討していただきたいと思います。そういうことから言いますと、機動性を持つ必要があると思いますので、法律に書くよりも省令なりで自由度を持つ方がふさわしいのだろうと思います。
○ 法科大学院における多様な科目展開を妨げないという点は、私も同意見ですが、だからできるだけ何でも入れた方がいいというのは、少し違うかなというふうに思います。
1科目か2科目かは、そういう意味では論理必然的な帰結ではないと思うのですが、受験生の負担ということを考えますと、余り多くなるのもどうかと思いますので、科目としては私も1科目が適切ではないかと思います。ただ、どこまでのものをそこに入れるかということについては、やはりどの科目を選んだかによって不公平になっては困る。出題の範囲とか、難易度とかはある程度偏差値的な調整はできるとしても、やはりどの科目を取るかによってかなりの程度の差が出てくるということでは困ると思うのです。
実際的に言いますと、すぐそういうことは伝わりますので、翌年になると、ある科目に集中する。ひいてはロースクールの教育にも影響してきますので、やはりそういうことを考えますと、ある程度、全国的に授業が展開されているということが必要ではないか。それとある程度の広がりを持った領域であって、非常に特殊で、ごく一部ということではない。そういう意味で、制度化されていると言いますか、そういうことが必要なのではないかと考えます。
○ ただいまの委員のおっしゃったことに賛成ですが、選択科目であるためには、全国の法科大学院がみんなその科目を設置している必要があるということでは必ずしもないのではないでしょうか。選択科目にならないとしても、それに特色を見出す法科大学院があっていいし、将来の専門分野としてそういう分野を選ぶ学生がいてもよいと思います。また、必ずしも幾つ選択科目の母体ができるのか分かりませんけれども、それを全国すべての大学院がつくるというのは、少し無理ではないかと思います。
○ 私が申したのも、あるいはごく少数のところだけでやっているということでは適切でないのではないかなという趣旨です。
○ 選択科目を非常に幅広く置いておくというのは賛成なのですけれども、民事法系の科目の範囲がまだあいまいなので、そこが後でダブったり重なったりして、1つの科目で2科目取れるというようなことが出てくると結構不公平感が出てくるかなと思うので、そこがうまく切り離されるような選択科目の科目設定ができればいいなと思います。
先ほどの委員も企業法務とおっしゃいましたけれども、民事法系の科目の中で企業法務的、経営判断的なことを聞くような事例判断とどう違うのかという問題もあります。その辺りの選択科目の置き方や範囲を、個別の実定法的に法律で絞るというのは、余り面白味がないし、そうすると新しい委員会であらかじめ受験生に範囲を明確に言うことになり、その辺りが非常に難しくなるかなと思います。新しい委員会には是非その困難を乗り越えて幅広くやってほしいですけれども。
□ 商法に関しておっしゃったのと同じような問題が行政法などでも出てきていて、一応公法という形で入っているのですけれども、今、委員がおっしゃったのと同じような問題があるようです。
○ 必須科目の公法系、民事系、刑事系の範囲の定め方ですけれども、これは法典で限定するということですか。
■ 公法系で言いますと、憲法又は行政法に関する分野の科目ということになると思います。「行政法」という名前の法典はありませんが、もともと現行司法試験でも以前に選択科目として「行政法」という名前で入っておりました。
ただ、付け加えて申しますと、規則なり省令なりで範囲を決める、例えば、今の民事訴訟法などでも委員会規則で範囲を定めており、必須と選択の切り分けは、例えば「民事系」と言った場合に商法のここまでと定め、それ以外の例えば証券取引法などは選択科目に入るというようなことを何かに書いて切り分けることはできると思いますが、それ以上の工夫はなかなか難しいかと思います。
○ 前の議論に出た2点についてお聞きしたいんですけれども、まず、融合問題というのは、この試験科目案では可能であるかどうか、あるいは予定されているのかというのが1点目です。
あと、法曹倫理は試験科目に入るかどうかということが2点目です。
■ 融合問題の在り方については、今後御検討をお願いできればと思います。単に規定振りについて言いますと、「公法系」、「民事系」、「刑事系」という規定の仕方でそれぞれの分野で融合できるのはもちろんでございます。
分野を超えてとなると、もう一工夫は要るとは思いますが、一応これまでの御議論を踏まえまして、このように分けました。
法曹倫理、専門職責任については、「意見の整理」では委員会による検討結果を踏まえてということで、もし入れるということになれば、法改正で対応することになろうかと思います。
□ 融合問題については、それぞれの分野での融合問題なのか、全体の融合問題なのかなど、確かに皆さん理解が分かれているようですし、最終的にどこで決める問題なのかについても少し難しいと思いますので、検討する必要はあると思います。
法曹倫理については、前から入れるべきだという意見と、成熟度を見てからという意見が分かれているので、その辺りを見極めながら検討をしていくということになると思います。
○ テクニカルには、司法試験法には、公法系、民事系、刑事系と、これは出題の典拠と数を示しているのか、それとも試験をそういうグループごとにやるということを明示しているのか、どちらなのでしょうか。出題の典拠ならば、分野を超えて融合的なものも考えられるかなと思うのですが、試験がブロックごとで行われるとすると、やはりノーティスの意味で、そこを変えないと適切ではないと思うのです。
■ まず、これはどちらも可能と思われます。もちろん、法制的に少し難しい面もあるのですが、今のところ科目名として公法系、民事系、刑事系ですから、科目数といえば3科目ということで、公法系の問題に民事系の融合問題は入ってこないというイメージです。
ところが、もしそこまでする用意をしておく必要があるということであれば、これらの3つの科目を同一機会に出せるとか、そういう条文を置けば、分野を超えた融合問題を出題することも可能になると思います。これは、要するにそこまで手当てするかどうかという問題だと思います。
○ 話を元の選択科目に戻しますが、先ほどの委員がおっしゃった、単行の法律ごとに出題するのは狭過ぎるのではないかという御意見、実質的には私もそう思うのですが、受験者に対するノーティスの問題で、企業法務なら企業法務とか、国際取引なら国際取引ということで、果してそういう形で書けるのかどうか。
それが、出典と言いますか、これこれの法律から抽出して何らかの問題を出しますということで書けるならば、法律の枠を超えたものがつくれると思うのですが、もしそうでないとすれば、その辺は広げるのは難しいかなという感じがします。
また、私なども含め、いろいろなところから一種の陳情といいますか、実情説明というようなものが来るわけですね。そういうのをもちろん、新委員会などでも広く聞いていただかないといけないとは思うのですが、言ってきたところを全部取り上げるというのもどうか、何かそこにプリンシプルが必要なのではないかという感じがするのです。
先ほど申し上げたのは、ある程度全国的に展開されているということと、もう一つ何かあるとすれば、やはり、ニーズの問題なのでしょうか。その辺のプリンシプルのようなことについて、我々も意見を言っておいた方が、よろしいのではないでしょうか。具体的に、例えば国際取引法がいいかどうかという話になると、この場で議論するのが適切だとは思いません。
□ 国際取引法というよりも、そういうものにニーズがあるとか、これからの法曹にはそういうものが要るんだという前提で、選択科目のカテゴリーにそれが入るとおっしゃっているのだと思いますが、そういう選択の目安というか、基準のようなものについて意見を出していくという問題であり、今、委員もおっしゃったノーティスの仕方に十分配慮していただきたいということもあるのではないかと思います。
■ 今のノーティスの問題で、実定法の名前で示すことはどうかという問題があり、以前の司法試験の法律選択科目に照らしても、要はその科目名を聞くとこの範囲かという理解が得られれば、選択科目として挙げることも不可能ではないとは思っております。
○ 昔の選択科目でも、刑事政策などそうでしたね。やはり一定のディシプリンが確立していて、ある程度教える内容も標準化しているというような基準で区切らざるを得ないと思います。それを単行法で切ってしまうというと、これからの法曹が身に付けるものとしては不十分な感じはしますけれども、そういう大ざっぱな目安で考えていくというような感じではないでしょうか。
□ 専門用語では、ある程度学問領域が制度化されていることが、試験になじむかどうかということの一つの重要な目安になっていますので、特定の法律ではなくても、標準的なテキストとか、教材があって、大体こういう領域を教えるというようなことが決まっていて、それと相関的に出題の範囲がわかるということになれば、選択科目の候補にはなると思うのです。
○ その辺は非常に難しいところがあると思います。個別の領域を選択科目に入れることを希望される方々に、定義だとか、カリキュラムだとか、試験問題の範囲とか、そういうものについて工夫してお出しいただくと、もちろん、それを全部採用するわけではないですし、公募するというのも少しおかしいかもしれませんけれども、そういうことを御主張される方から材料をいただくというようなことはいかがでしょうか。
□ いろいろなところから、現にそういう要請があることも事実ですので、事務局の方で検討していただいて、そういうものについて必要があればやってみるということは考えられると思います。
今のような問題点は残りますが、今日はほかにもたくさん検討しなければならないことがありますので、一応、新しい司法試験の科目としましては、短答式及び論文式試験の必須科目は、公法系科目、民事系科目、刑事系科目の3科目として、更に論文式試験では、今、いろいろおっしゃったことを踏まえながら、選択科目を1科目加える方向で立案していただくということにしてよろしゅうございますでしょうか。
そして、具体的な選択科目につきましては、最初に話しましたように、法科大学院におけるカリキュラムを見て最終的に決定することになりますけれども、先ほどの委員から提案がありましたことを踏まえまして、必要があれば当検討会で御意見を伺う機会を設けるという形にして、次へ進んでよろしゅうございますでしょうか。
○ 1つよろしいでしょうか。短答式試験ですが、公法系科目、民事系科目、刑事系科目ということで、融合的と言いますか、広い範囲という形で考えていらっしゃるのですけれども、確かに論文に関しては融合式というのは必要だと思うのですが、短答式は基礎的な知識の理解を試す試験であれば、もう少し範囲を限定してもいいのかなという気がします。具体的には、公法系科目、民事系科目、刑事系科目という科目名はこのようにしておいて、具体的にはまた御検討いただくということで。
□ 具体的にどうするかということについては、またこれから検討されると思います。
b) 新司法試験のスケジュール等について
□ それでは、次に以前から問題になっております、新しい司法試験のスケジュールなどについて検討していただきたいと思います。
まず、事務局から現在の検討状況について御説明いただきたいと思います。
■ 前回までの検討を踏まえまして、事務局の方で現在検討している段階の案を御説明申し上げます。
新司法試験のスケジュール等については 、毎年8月末ないし9月初めころまでに司法試験の最終合格者を発表し、年内に司法修習を開始することを目指し、@例えば、短答式試験と論文式試験を同時期(5月ころ)に実施し、受験者全員に短答式試験及び論文式試験を受験させることとする。その場合、短答式試験と論文式試験とは、それぞれ異なる能力を判定するものであることから、そのいずれかについて一定の成績に達しなかった者は、最終的に不合格とする。これは短答式試験による、いわゆる段階的選抜について可能な限り回避できないかという観点から考えたものでございます。
こうしますと、受験者全員が、短答式、論文式を受けまして、論文式試験も5月ころに実施するということで、カレンダーの上では5月、6月、7月という採点期間を確保することができるわけでございますが、この場合でも5月から7月にかけて考査委員が実際に論文式試験の答案を採点するのに専念し得る体制を確保することができなければ、5月の前倒し実施も意味がないことになります。
この点は、法務省のみの努力で実現し得るものではないと考えられ、大学関係者や考査委員となる教員や弁護士の一層の御協力を求めることが不可欠となると思われますが、Aこれらの方策を講じた上で、なお受験者が多数に上り、9月初めころまでに最終合格発表を行うことが不可能となるような事態に備えるため、次のような措置を講じる案を考えております。すなわち、新委員会において考査委員の数や採点期間を考慮して、あらかじめ一定人数を定め、受験申込者がその人数を超えた場合には、短答式試験の合格者につき、論文式試験の成績に基づいて最終的な合否を判定することができるものとする、つまり、短答式試験不合格者については、論文式試験の答案を採点しないことができることとするというようなことを定めてはどうかと考えております。
なお、この点は法制的、技術的に難しい点がありますので、最終的な規定振りについては、法制面での検討を踏まえる必要があることを留保していただきたいと思いますが、現在、こういうことを検討しております。お諮りしたいと思います。
□ それでは、ただいまの説明について御意見がございますでしょうか。
○ 年内に司法修習を開始することを目指すというのは、12月という意味ですか。
■ ぎりぎりで言うと12月になるんですが、もちろん少しでも早く、つまり、9月初めころまでに最終合格発表ということになれば、あとは司法修習開始までの準備ということで、この準備をいかに合理化できるか、例えば、今のように修習地を決めるために一人ひとり面接をしていく必要があるかとか、いろいろな要素をいかに合理化できるかということになります。
当方としては、可能であれば11月ころに、更に全体を前倒しできれば、もっと早くできないかとは考えています。
○ スケジュール的な問題で言うと、やはり10月修習開始を何とかして目指していただきたいというのが、私個人だけの意見ではなくて、弁護士会としての意見です。
というのは、修習期間の短縮を検討することになっておりますけれども、そこで多少削っても修習開始そのものが遅れてしまえば、最終的に法曹として仕事を始められる時期が先になってしまって、全体として非常に長い法曹養成期間を要するというそしりを免れないと思うのです。ここの空白期間というのは、仕事ができなくなってしまうわけで、そこが長いと、例えば社会人の人が法曹に転換しようと思っても非常にきつくなってくるという結果にもなりますし、そういう意味で社会的に許されるのは、ぎりぎりで卒業してから半年後の10月かなというところではないかと思うのです。
8月末に発表できるのであれば、10月開始というのは、さまざまな技術的な工夫によって可能ではないかと思うのです。いろいろな修習生の志望も受験者全員からも聞いておいてしまうとか、そういう技術的な措置を採ることも考えられると思います。合格が決まってから配属先の決定について時間をかけるというようなことでは、制度としての社会的相当性がないと言われるのではないかと思うのです。
ですから、ここはやはり10月開始ということを目標にして制度を組み立てるということにしていただきたいと思います。
○ 私も早い方がいいと思いますし、一般論としてはよくわかるのですが、10月でないといけないという理由は何なのですか。6か月が限界ではないかというのはかなりアバウトな話で、1か月ずれたらどうなのか、理由になっていないのではないかという気がするのですが。
○ でも、一応年度で区切るとすれば、4月、3月で、その中間に10月があるわけで、そういう意味で一つの目安で6か月という。
○ それはわかるのですが、例えば裁判所も検察庁も、あるいは弁護士会も、4月しか採用しないというような仕組みになっていれば、それはそれで合理性があると思うのですが、いつでも採用しますということになると、余り合理性がないと思うのです。ある程度はわかるのですが、やはり実現可能性との関係だと思います。
ぎりぎり努力してどこに設定するのが可能かという設定をすべきで、人為的に10月ということで試験の採点期間を縮めるということになりますと、十分な試験はできないと思うのです。そういう趣旨で申し上げたわけです。
○ ですから、逆に言うと、そこの設定をある意味で機械的に切らないと、前の方でどう工夫するか、どう努力するかというのも、全く新しく考え直して工夫するということにはならないのではないかと思うわけです。
今、8月末、あるいは9月初めの合格発表で、それでようやく年内と言われているのは、恐らく、現在、最高裁の方で配属先の決定に3か月かけているということを前提にスケジュールを組まれていると思うのです。
今の制度を前提にスケジュールを立てていくのではなくて、やはり10月というちょうど年度の真ん中の区切りのいいところから修習を開始するという目標を立てて、それが実現できるように頑張ってみることが絶対に必要なのではないかと思います。
というのは、法曹養成期間を全体として短くしなければいけないと、それでどちらを縮めるか、つまり、修習の期間を縮めるか、こういうことに要する期間を縮めるかを選択するのであれば、こういうことにかける時間を縮める方が絶対に正当性がある話ではないかと思うのですが。
■ 御趣旨はごもっともで、全く同意見です。
ただ、例えば8月末発表で10月修習開始が可能かどうかということは、何かを合理化しないといけないと、そこを合理化していいかどうかは、最高裁と協議しまして、お諮りするようなものも出てくるかと思いますので、このような制度設計になりますが、よろしいですかということでまたお諮りすることになると思います。
ですから、現段階でとにかく少しでも早く、最低限でも年内、それからどこまで前倒しが可能かということを検討させていただきたいと思います。
□ なるべく早ければ早いほどいいという御趣旨には異論はないと思うので、あとはどこまで早めることができるかというのは、少しいろいろな制度的な問題を詰めてもらってと思います。
○ 今、座長がおまとめになったとおりで、早ければ早いほどいい、そのために事務的にどれだけ工夫ができるかなのですが、その工夫の一つとして、受験に関する手続とか認証から紙を一切排除し、全部ネット上でやる、卒業の証明もそれでやるというふうなことをやれば、あとの集計など、すべてについて紙が一枚もなくなれば随分早くなるだろうと思いますので、この際、そういうところを思い切ってはいかがかなと思います。
□ 試験の答案についてまで紙をなくすのは少し難しいという気がします。
修習開始時期は早ければ早いほどいいという点は私もそう思いますけれども、それに絡む試験のやり方について、もう一つ重要な論点があります。試験の実施時期、採点方法等について、先ほど事務局から説明がありましたが、一応の案として、遅くとも9月初めごろまでに最終合格者を発表するとなると、こういう仕組みでしかできないのではないかと、事務局の方から案が出てきているわけでございますけれども、こういう仕組みで制度化していくということでやむなしということについて御承認いただけるかどうかというのが、今日主として決めていただきたいことです。修習の開始時期を早くしなければならぬというのは基本的な前提だと思います。
○ 短答式試験と論文式試験のいずれかについて一定の成績に達しなかった者は、最終的に不合格にするとのことですが、この「一定の成績」というのはどういうふうに決めるのでしょうか。
■ 司法試験の合格者は、現行法では「考査委員の合議によって定める」ということになっていまして、今後どうするかということですが、いずれにせよ、委員会か、あるいは考査委員の合議ということで「一定」というものが決められることになると思います。
○ 短答式と論文式の試験の採点というのは、多分短答式の採点の方がはるかに早くできるのではないかと思うので、この「一定の成績に達しなかった者」というものの決め方によっては、受験生の人数で区別するかどうかはほとんど変わりはないことにならないのかなという気がしたのですが、その辺はどうなのでしょうか。
■ これは、この場でお諮りしたいのですが、一つの考え方としまして、受験生の人数にかかわらず、採点が早い方が短答ですから、短答で一定の成績に達しなかった者は、短答で落ちるのだという考えを原則としてもよいのではないかと思います。
あるいは、そうではなくて、受験生の人数で区別して考える方法もあると思いますので、そこはもう少しお諮りをしたいと思います。
□ いずれにしても、どちらも合格しなければならぬという仕組みになっていて、あとはかなり技術的な問題で、両方とも合否の判定の対象として残すのだという意味で、段階的選抜ではないと言えないことはないし、大学ではそういう形で現実にやっているところが多いのですが、ただ実際的にどうすればリーズナブルな期間にきちんと処理できるかという問題だと思います。
○ 論文と短答は、それぞれ機能と判定するところが違うという振り分けをするべきだと思いますから、それぞれで見るということは合理的だと思います。
また、「一定の成績」の水準によっては余り変わらないことになるのではないかという先ほどの委員の指摘はごもっともだと思うのですが、恐らく段階的選抜をなくして、論文を採点できる範囲であれば見てやろうということで、チャンスをできるだけ広く受験生に与えるという考え方だと思うのです。
そうなってくると、受験者の人数が多くなってきたときの成績と、人数が少ないときの「一定の成績」というのは多少上下するということがあっても、やり方の精神としては合致するという運用なのかなと説明を聞いて想像しましたけれども、そういう理解でよろしいのでしょうか。
○ ですから、そういう理解だと、受験生の人数で分ける意味がほとんどないということで、例えば、絶対水準で70点あるいは60点などと決めておいて毎年そこは変えないと、それで達しなかった人は落としてしまうというのであれば、まさに今、委員が言われたように、2つの能力をそれぞれ別々に見て、両方通らなければ駄目だという制度の趣旨にかなうと思うのです。
これを人数に合わせて、今年はどうも受験者が多いから、絶対水準を高くしようとか、今年は少ないから低くしようというようなことをやるのであれば、結局、段階的選抜をしているだけではないかということだと思うのです。
○ 絶対水準というのを決められればいいのですが、その年の問題の難易度等によっても随分上下するのです。
そういう意味では、絶対水準自体は相対的なものなのです。あらかじめ60点なら60点と決められないということなので、問題とそれに対する答案の質で、絶対水準といっても、その年の絶対水準ということになってくると思うのです。その意味ではあらかじめ決めにくいということです。
もう一つ可能性としては、せっかく違う角度から聞くわけですから、短答と論文の成績を組み合わせて評価するということも可能性としてはあると思うのです。
要するに、どちらも絶対水準があって、切れたらもう駄目ですというのではなくて、どちらかに比重をかけるとか、そういうことは可能だと思うのです。考査委員会の判断でそのようなことができる余地も残しておいた方がいいような気はするのですが。
○ 毎年変わるという意味ではないですね。
○ そういうことではなくて、もちろん合理的にやらないといけないと思うのです。
○ 先ほどの委員の言われたことは大変合理的で、私はむしろそちらの方がすっきりしていると思うのですが、そうすると短答を先に採点しまして、一定水準に達しない者は落として、論文の方は全く見ないということがあってもよいということまでいくわけですね。
○ そうでしょうね。
○ それなら、その方がすっきりしていると思います。
■ そういうことを前提にした上で、私どもの考えとしては、余裕があれば、たとえ短答式不合格で最終不合格が決定している者の答案も採点してあげるという考え方です。
○ 一定水準に達していない人を落とすというのは、確かに合理的だと思いますけれども、そのためには短答式試験の内容も問題になってくるのではないかと思います。私が段階的選抜で一番気にしている点は、むしろパズル的な問題で人を落とすために試験がつくられているという点でありまして、もしもこれが知識などを試すもので、本当に能力の試験であれば、もちろん一定水準以下の人をそこで落とすというのは合理的だと思いますけれども。
□ そういう一定水準に達していない人を落とすという話と、両方受けたんだから、できるだけ両方採点してやろうと、しかし、その量にも限度があるから、ある程度トータルを見て決めざるを得ないというところと両方あるので、その辺りを何らかの形でリーズナブルな期間内に採点が終わるという仕組みにしていただかないと、少し期間の短縮は難しいと思います。
○ 全体としてのメッセージ性という意味では、両方をちゃんと勉強してくださいということであって、それが大事ではないかと思います。
ところで、御説明の中で、今以上に大学関係者とか、弁護士が努力せよというのは、どういう趣旨ですか。今でも最大限努力していると思うのですが。
■ これは、顧問会議の席上で、顧問の1人から発言があった点なのですが、やはり司法修習開始までの期間を短縮すべきだと。その点については、大学も最大限協力をするから、ほかの採点委員にもそれに合わせて協力してほしいというような趣旨の御発言がございました。
学校ですと、学期を半分に分けて、半分は採点に集中し、後半の別の期のところは授業をするというようなイメージを語られましたけれども、そういうようなことで実務家も協力できないのかという御趣旨でございました。
○ これからロースクールをつくっていくのに、現場の教員は、今以上の教育負担を覚悟していて精一杯なのです。そういうときに、例えば3か月なら3か月、かなりの人数、しかもかなり力のある人が試験委員になるのだろうと思うので、そういう人が授業を免除されるというのは、これはしてくれる方はありがたいのですが、授業を提供しなければならない大学としてはかなり厳しいところがあるように思います。考査委員としての経験からいうと、3か月なら3か月あるということが大事なのではなくて、集中して採点できる期間が、もっと短くてもいいけれども、あるということが大事だと思うのです。
ですから、そういう意味で、例えば2週間とか3週間とか、どこかでブレイクがつくれればそれが一番いいと思うのですが、そういうことが教育現場で可能かどうかということは、大学側も検討しないといけないと思います。
■ 司法試験の採点において一番重要なのは、長い間採点の期間を取るのではなくて、短い間で集中してやらないと、例えば1つの問題点について仮に5点なら5点の配点ということで基準ができても、長くやると採点の基準がずれてくる可能性がある。やはり、短い間に、その基準が変わらないように集中してやってしまう。本当を言えば1か月の勝負かなと。そういう体制は、どこかでほかの仕事を全部オミットできて、集中できる期間が取れれば一月でも足りるだろうと、その方がかえっていいということを一応感想として申し述べさせていただきます。
□ いろいろ意見があると思いますけれども、一応皆さんの意見を伺っていますと、1つはスケジュールの点についていろいろなことを考えますと、司法修習の開始時期についてできるだけ早く、先ほど委員がおっしゃったように10月というふうに特定できるかどうかはともかく、遅くとも年内、もっと早く、できるだけ早くということについては御異論がないと思います。そのためには司法試験の最終合格者の発表を、事務局の方では9月初めごろまでにする必要があるとしていますけれども、それもできるだけ早くすることが望ましいと思われます。
第2は、ほかの委員から御指摘がありましたけれども、法務省だけの努力でできるわけはないので、大学関係者も、考査委員は、今までも十分努力していらっしゃるということですけれども、また格段の努力をしていただくということについても異論はないと思います。
いろいろ工夫し努力しても、なおかつ論文式の試験の採点に支障が生じるような場合に備えて、これは非常に慎重にやっていただかないと困るのですが、事務局から説明がありましたように、採点体制の整備、期間などを考慮して、あらかじめ一定の人数を定めて、それを超えた場合には、短答式の試験の合格者について論文式試験の答案の採点をしないということもやむを得ないということを含んだ形で立案作業を進めるということでいかがでしょうか。
○ 今、先ほどの説明の二点目も容認するという趣旨で座長がおまとめになったように聞こえたのですが、「あらかじめ一定人数を定め」の方は、できるだけ避けていただきたいと思います。
□ 避けたいということは、多分皆さんもそうだと思います。
○ ですから、先ほど委員の言われた短答式のクイズ的なものは困るというのも非常に重要だと思うのですが、要するに短答式は短答式で、性格をある意味で基礎的な法知識の習得度を試すというふうにすっきりさせた上で、ある一定水準を要求して、それに達しない人はそこで落第というのはやむを得ないと私も思います。そういうこととは関係なく、人数でこれ以上絞ってしまうということになると、また今の司法試験の弊害が残るということになりはしないかと思いますので、二点目の方については、非常に慎重にしていただきたい。
特に「あらかじめ一定人数を定め」というのをどのぐらいの水準にするのかでも随分違ってくると思うのですが、段階的選抜がきつく効くというような形には、絶対していただきたくないと思います。
■ 法制的な作業をしている関係で、少しクリアーにさせていただきたいと思いますが、今の委員の御趣旨を踏まえると、例えばですけれども、条文を考えた場合に、同時実施のような条文を置くとして、短答式試験及び論文式試験、そのいずれにも合格したことをもって最終合格にするという規定になると思いますが、あえて条文にすると、そういう趣旨でございます。
ということならば、それも恐らく法制的に可能で、理屈としてはそちらがいいということであれば、そちらも可能かなとは考えております。
□ なるべくはやらない方が望ましいということについては、多分皆さんそう思っていらっしゃると思いますので、いろいろ考えた上で立案作業を進めるということで。
■ ただその場合に、やはり一定の場合に論文式試験の答案の採点をしないということが許容されないと、また書き振りに少し工夫が要ると思います。いずれも合格したとだけ書くと、いずれも採点しないといけないということになりますので、そこはいろいろ留保いただいた上で、もう一度詰めたいと思います。
□ 今の皆さんの御意見も踏まえて詰めていただいて、もう少し皆さんの御意見も入るような形で検討していただくということでよろしいでしょうか。
c) 予備試験について
□ 次に予備試験の関係につきましても、既に意見の整理をしていますが、更に御検討をいただきたいということですので、その点についても、まず、事務局の方から現在の状況について説明をいただきたいと思います。
■ それでは、予備試験の関係について御説明申し上げます。
3月の意見の整理では、予備試験については、予備試験の具体的な内容、方法等については、今後の法科大学院における教育内容等を踏まえ、適切な時期に新委員会に諮って決定することとされた上で、例えばとして予備試験の在り方についての方策が例示されているところですが、今般の司法試験法改正に当たっては、法制的に必要最小限度で予備試験についても規定する必要があると考えられますので、更に御検討いただきたいと思います。
そこで、3月の意見の整理を前提として、次のような方向で検討をしております。
なお、先ほどと同様に法制面での検討を更に踏まえる必要がありますので、表現振り等については留保させていただきたいと思います。
予備試験は、法科大学院修了者と同等の学識、能力及び法律に関する実務に必要な基礎的素養を有するかどうかを判定することを目的とし、短答式試験、論文式試験、口述試験により行うこととする。試験科目については、短答式試験は、基本六法各科目、行政法及び一般教養科目とし、論文式試験は、基本六法各科目、行政法、一般教養科目及び法律実務基礎関連科目とし、口述式試験は、公法系科目、民事系科目、刑事系科目及び法律実務基礎関連科目とする。
なお、口述式試験については、司法試験の本試験で口述試験を実施しないということを踏まえまして、法科大学院修了者と同等の学識、能力及び法律に関する実務に必要な基礎的素養を有するかどうかを判定する最後の段階ということで、科目割りとしてもこのような方向で検討しているということでございます。
□ ただいまの説明につきまして、御意見がございましたらよろしくお願いいたします。
基本的には、前の意見の整理を前提として、どのように法律に書き込むかということの整理だと思います。
○ 1点は、実務に必要な基礎的素養の、法律実務基礎関連科目というのは、具体的にどういうものをイメージすればいいのか。
もう1点は、基本六法各科目に加えて行政法とあるのは、公法系科目の範囲を一致させる趣旨なのかどうか。その2点をお聞きしたいと思います。
■ それもお諮りするべきことかもしれませんが、イメージ的に申しますと、論文式試験の法律実務基礎関連科目といいますのは、予備試験の開始が平成23年ころからということが制度設計上想定されておりますので、そのころになりますと、法科大学院における実務基礎科目も4単位から9単位程度に内容が充実してくるということで、特にここで想定しておりますのは、具体的な法律の科目の知識から離れて、例えばリーガルライティングのような、実務の基礎として法科大学院でも教育されるもの、それが試験にもなじむというものであれば、ここに加えていいし、加えるべきであろうと考えた次第でございます。
口述試験の方もそれと同様でございまして、法科大学院で多方向的、双方向的な授業が行われて、口頭表現能力が養われることを踏まえて本試験では口述試験を行わないということになっておりますので、当然それに相当する能力、特に具体的な法律の知識を離れた上での法的推論能力と言いますか、口頭表現能力を試す必要があるのではないかということでございます。
行政法については、口述試験のところで公法系科目としている関係で、このような科目の設定としたものですが、この点についてはお諮りしたいと考えております。
□ 例えば、基本六法各科目というのは、別に順番に書いていっても構わないわけですね。
■ 法制的な順番等がありますので。
○ 予備試験の受験資格を制限すべきだという私の意見が容れられていないので、こういうことになるのはやむを得ないのですけれども、ただ、予備試験をそもそも設けた趣旨というのが、これだと法科大学院とは全く別ルートの試験を何の制限もなく設けるというふうにどうしても見えてしまうので、なくなってしまう。そうではないということが、例えば試験の目的の中に、法科大学院に行くことが困難な人という例の審議会の意見書の趣旨がどこかに盛り込まれるような、そういう人のための試験として、こういう試験をやりますというのを書くこともできないのでしょうか。
■ その点は、予備試験の性質、あるいは制度目的について書くことももちろん論理的には考えられるのですが、それを書いたらこの試験の内容、あるいは合否の判定に影響があるものだからこそ書くという考えがあり得るのに対し、書いても関係ないということであれば、法制的になぜ書くのかということになります。その辺は少し難しいところがあります。
□ これは、前回までの了解の中で、試験の内容で実際上その趣旨を実現するというところだけに限って、これを法制化するという形の整理だと思いますので、これによって試験の性質が変わるというのであれば、具合が悪いということはおっしゃるとおりですけれども、それを書き込む必要があるかどうかということでございます。
○ 制度のどこかで、法曹養成の中枢はあくまでも法科大学院におけるプロセスの教育だということが、予備試験の存在によって脅かされないような手当というのが要るはずで、このままだと要するに現行の司法試験が予備試験という形を変えて残るということになってしまうのではないかという気がどうしてもするのです。そこが本当に必要がないのかということです。
○ 今の委員の御意見に関連してですが、法科大学院に行けない社会的経験を積んだ人というようなイメージからすれば、社会的経験に基づいて、それを基礎として何かレポートというか、作文というか、そういうふうなものをどこかの段階で入れるということで、社会的経験も別になくて、特段の知見なり、知識もないという人を排除するというようなことを入れるということはできないのでしょうか。
□ これは試験科目の中にそういうものを取り込んでいくということでございますね。広い意味で一般教養科目に入るかどうか。
○ 知識ではなくて、思いというか、人柄というか、そういうものを見るのだと。
○ 要するに自由題か、あるいは一定の短い題を出して、それについて作文をしてもらうということですね。あるいは口頭で述べてもらう。論文か口述だと思います。大学の入試などでは、そうしているわけですが、それが果たしてこういう国家試験の場合に客観的な評価ができるかどうか。恐らくそこにかかってくるんだろうと思うのです。
大学などですと、客観的にやっているのですが、それと同時に一芸とか、あるいは特色のある人を採ろうということがあるものですから、比較的そういうものを出しやすいのですが、こういう場合にそれがなじむかどうかなのです。
■ 今かなり主観的あるいは個性があるところまで試験をするという提案であり、もちろんそれはいろいろな問題があるのかもしれませんが、そういう能力という意味では、法律実務基礎関連科目で、法律知識を離れた実務の基礎的な能力、あるいは素養というのを問うものとして制度設計できるのではないかと考えております。ただ、それもこれもすべて最初の目的等のところにありますように、法科大学修了者と同等の、というところが、一つの制度設計の目的でありまして、それ以上というものはもちろん求めないということでありまして、法科大学院で実務の基礎として、修了にこれだけのものを要求しているという程度であろうということは抽象的ですが制度設計として考えているところです。
○ 先ほどの委員がおっしゃったように、例えば目的のところに社会的経験等を通じて、法科大学院修了者と同等のうんぬんと書いておけば、後のいろいろなところの知識だけでなくて、ほかのことを科目の中で聞けるというような運用に道を開くということはできないのでしょうか。
もう一つ気になるのは、社会的経験はなくて、学部を卒業してすっといく人をシュリンクさせる必要があるのではないかということ。
○ 御趣旨はよくわかりまして、「社会経験等を通じて」と入れるというのは、そういう制度の立法趣旨のようなものを示すという意味では意味があると思いますが、しかし先ほど事務局から言われたように、それが何らかの試験の内容とか基準とかに反映しなければ、果たして書くことに意味があるのかということがあるように思うのです。
仮に意味を持たせようとすると、「あなたは社会的経験があるのか」と問わないといけないということになってしまって、そういうことが果たして客観的にできるのかという問題にはね返ってくるのではないかという感じがします。
○ 法律実務基礎関連科目のところでしっかり判定していただくというぐらいしかないのではないでしょうか。
□ 法律実務基礎関連科目の中に組み込んでやるということは考えられると思います。出題の工夫とか、質問の仕方の工夫の中で考えていくことは可能だと思います。
○ 思いつきですが、実務基礎関連科目で、ロースクールなどでも展開されるように、例えば人と交渉するとか、話をしながら何か物事を解決に導いていくとか、そういうところは当然力点が置かれると思うのですが、それと同じようなことがもし問えるとすれば、社会経験を積んでいるのと、積んでいないのでははっきり差が出ますので、そういう試験はあり得るかなと思いますけれども。
○ それはロイヤリングとか言われる科目で、面接交渉の技術というのがありますから、それをどこかで試すということだったら、確かに言われるような趣旨は一部実現するかもしれません。
リーガルライティングだけだと、要するに受験勉強すればできる話なので、このままの形で制度をつくると、予備試験が予備試験ではなくて、現行の司法試験の残像になって、法科大学院は言わば試験を免除されるためのプロセスというようなイメージになって、それこそ受験秀才的な人は、予備試験の方が早いからそっちということになりかねないのではないかと思うのです。
そうすると、制度全体が、そもそも予備試験を設けた趣旨から懸け離れたものがつくられるということになってしまうと思うのです。
○ そこは工夫だと思うのですが、リーガルライティングも、恐らく質のいいリーガルライティングというのは、何か特定の書式に合わせて文章が書けるということではなくて、頭の中が整理されて、それが論理的に表現されて説得力がある文章が書けるということだと思うのです。
そういうものだとすれば、それに相当するようなことをやらないといけない。これはテーマをどういうふうに設定するかということで、工夫はできるだろうと思うのです。
○ 先ほどの人柄の表現で、ふと思いついたのですが、法律実務基礎関連科目には、専門職責任は入るのでしょうか。法科大学院卒業のための必修科目になっていますので、やはり法科大学院修了者相当の試験であれば、少なくともこの段階には専門職責任が入るべきなのではないでしょうか。
□ ここで専門職責任とか、はっきり分類するのではなくて、やはり法科大学院において教えられる実務基礎科目的なものについて、社会的経験に基づいて、それに相当するような能力とか識見を持っているかどうかということを問うことになると思います。
ただ、先ほどの事務局の説明では、結構重い試験で、ロースクールに行くよりも、こちらの方がやりやすいというイメージは出てこないのではないかという感じがします。
○ 先ほどの繰り返しになりますけれども、やはりそういう社会的経験的なことについて、作文のようなものを短答式試験の機会にして、それで作文がよほどうまくないと駄目ということはないはずなので、制度の趣旨に合わないというか、妙な受験生は振るい落とすという程度の意味で結構だと思います。
だから、それほど公平性ということを余り意識しなくてもいい程度で、何かそういうものが一つあった方がいいのではないかなという気はします。
大学院卒業者でも作文を書かせて、その作文というのは、幾ら準備して書いていても、やはり人間が出てくるもので、受験対策的なことはできないのかなと思います。御検討いただければありがたいです。
○ ただいまの委員の意見にも先ほどの委員の意見にも両方とも大賛成なのですが、要するに何かがないと、そもそも予備試験を設定した趣旨が実現されないということは明らかだと思うのです。そこは何とかしていただきたい。
もう一つは、予備試験はもう実務科目を9単位実施するようになってからの試験の話ですので、専門職責任も試験範囲だということは、当然入ってしかるべきではないかと。専門職責任の範囲で何を試験するかというのは、ある意味ではまだ全然成熟していないではないかという非難はあるかもしれませんが、それはまだ大分先の話ですから、そのときまでに、恐らく標準的な教科書も教材も確立されているという時期にはなるので、それを聞くことによって、恐らくただいまの委員が言われた趣旨も、例えばそれを口述で聞けば、相当実現できるようになるのではないかというふうにも思います。
○ そこは、混同があるように思います。専門職責任あるいは法曹倫理の試験というのは本試験に出すかどうかという話だろうと思うのです。それをこの予備試験でやった場合にどういう現象が起こるかというと、まさにそれこそ予備校化だと思うのです。何か解説のようなものがあって、それを覚え込むということに非常になりやすいので、それは得策ではない。社会経験とか、そういうこととは必ずしも結び付かないように思うのです。
もし、先ほどの委員が言われたようなことで、ロースクールの卒業に見合うようなことというと、ほかにも課さないといけない科目が多数出てきますし、非常に形式的になると思うのです。
そうではなくて、同等の学識・能力を問うということであって、科目を形式的に完全に一致させるということではないと思うのです。むしろ問題とするのならば、やはり本試験に法曹倫理を入れるかどうか、そちらの問題ではないかと思います。
○ もちろん、私にとって、本試験に法曹倫理が入るのは一番重要だと思っていますけれども、この前の話では、とにかく必修科目になっているから本試験に入れなくても人はちゃんと習得するはずであるという話がありましたけれども、もしもそういう理由で本試験に入らないようであれば、当然予備試験で試すべきであるという意見です。
○ 予備校化するのではないかという指摘については、お答えになっていないのではないですか。
○ でも、予備校化するということを言い出したら、あらゆる科目もそうなので、なぜ専門職責任だけを目の敵にして、そういうことを言われるのかというのが、私はそもそも理解できないのです。
○ アメリカの法曹倫理の試験などでも、前提となる倫理規程というものがあって、それをひたすら覚え込んで答えるということになりがちだというふうに指摘されているわけです。それを前倒しにして予備試験に持っていくと、体系的に勉強する機会を持たない人が、試験に臨むだけのために、どうしても安直に覚えこもうとすることにならざるを得ないのではないかという懸念があるからです。
□ ですから、法曹倫理とか、特定の科目というよりも、要するに社会的経験などを持っている人が、こういう法律に関する基礎的な素養とかセンスを持っているかということをトータルに問うことができる問題を考えるということで、必ず法曹倫理について試験しないといけないとか、必ずリーガルライティングのようなものがなければならぬというようなものではないと思います。むしろ、先ほどの委員がおっしゃったような社会的経験を踏まえた問い方ができるかどうかという工夫をすることの方が試験の趣旨に合っているという感じがします。
ただ、いずれにしろ具体的にどうするかというよりも、まず法律のレベルで枠をどう決めるかという問題ですので、書けることはこれぐらいではないかという感じはします。
○ そのとおりかもしれませんが、ただ、先ほどの事務局の説明では、まさに先ほどの委員が言われるように、法科大学院と予備試験と2本あってという誤解を招きやすいので、そういうメッセージ性のためにも社会的経験ということで、別に時間をかけてやった人なんですというのがどこかで入っており、かつそれを試験の科目か、出題の仕方か何かでそういうことを問うために書いてあるのだという整理ができないでしょうか。
○ おっしゃることは、本当にそのとおりだと思うのですが、社会的経験がある人のほかにも、経済的理由によって法科大学院に行けない人にも、というのがあったと思うのですが、それも盛り込むことになるのですか。それは少しおかしいことになるわけで、何か社会的経験ばかり強調すると、そもそも法科大学院修了者というのは、そんなに立派な人たちなのかなという気がしてきて、そこを強調するのもどうかと思います。
先ほど座長もおっしゃったように、法律実務基礎関連科目で、その辺も含めて聞いて、リーガルライティングもさせるということでよろしいのではないかと思います。
□ 何か先ほどの委員のおっしゃったような趣旨を活かすような規定振りは考えられますか。
■ もちろん検討はさせていただきますが、先ほど申し上げたとおり、それが試験の中にどう影響してくるのかという問題があります。それは試験問題の工夫でやることであって、目的からストレートにくるものでなければ、目的の中にそういう抽象的な規定を置くのは法制的にいかがかという結論になるかもしれませんので、そこは少し検討させていただいて、場合によっては試験で工夫するならば、試験科目なり試験の中に何か書くということが一番ストレートだと思うのですが、それもできるかどうか分かりません。
また、仮にこういう法律実務基礎関連科目となるとしても、もちろん工夫は継続的にしていただかないといけないわけで、そこはまた改めて次回以降に御報告させていただきたいと思います。
○ 試験科目の中の一般教養科目というのは、今の問題とも絡むのですね。例えば、新聞のいろいろなものを聞く問題が出ると、まさに社会経験を聞くような問題になるので、その辺りとの調整をどうするかという問題もまた出ますね。
この一般教養というのを、文部科学省の方がいますけれども、大学設置基準の大綱化の前の一般教養科目のような、社会科学系から人文科学系から自然科学系から社会学とか日本の歴史だとか、ああいうもので聞くのではないとすると、今の問題もかなりこの中に入ってしまうと思います。この一般教養科目というのは、どういうイメージでいるのですか。
大綱化以降、大学はかなり変わりましたね。科目名だって、いわゆる環境と何とかとか、生命科学が何とかとか、自然科学系で生物とか、地理学とか、そういう形ではないんです。あれは本当に範囲がばらばらではないですか。
□ 範囲がばらばらだから一般教養というわけですけれども、範囲が特定されてくると一般教養と言えないかもしれません。
○ 範囲を告知する場合には、どういうふうにするのですか。
■ 今の司法試験の一次試験でも一般教養科目の試験を実施しています。ただ、今回の場合、もしかしたら、「法科大学院修了者と同等」ということでレベルが更に上がる可能性もあるのではないかと思います。
○ こちらの利用によっても、先ほどの委員がおっしゃっていたようなことがあると対応できるんですね。
■ 今、お話を伺いして思ったのですが、文章を書かせるということは、むしろ一般教養に入る可能性もある。ただ、目的によってどちらに振り分けるかということではないでしょうか。
○ そこを明確にすればいいことではありませんか。
□ 短答式試験の試験科目となっていますから。
■ 論文式にも入れてありますね。
□ 論文の方ですね。
○ 短答の一般教養科目は、それこそいろいろなものが入るということですね。
○ 少しうろ覚えなのですが、今は一般教養という形で書いているんですか。それとももう少し何か特定して書いているのですか。
■ 一般教養科目なのですが、規則でその範囲が定まっています。
○ それは昔の大綱化する前の教養学科の科目とか、そういうものなのですか。
■ ちょっと歴史をひもとかないと分からないので、また次回にでも御説明します。
□ その点、先ほどの委員の指摘されていらしゃっることを何か法制的に取り込めるかどうかということを検討するという前提で、基本的にはこういう方向で検討を進めるということでよろしゅうございますでしょうか。
(2) 新司法修習の在り方について
□ 予定の時間よりも少し遅れているのですが、結構難しい問題がいろいろありまして、まず1つは新しい司法修習の在り方について検討したいと思うのですが、この点につきましては、前回最高裁判所から現在の司法修習制度について御説明いただいた上で、委員からの質問にも答えていただいたのですけれども、本日は、前回に引き続きまして、特に司法修習の期間の問題と、司法修習生に対する給費制の問題について検討を加えていただきたいと思います。
a) 司法修習の期間について
□ まず、司法修習の期間の問題ですけれども、今後は、学部を終えて、法科大学院における2年ないし3年の教育を受けて、それから司法試験に合格した者が司法修習を受けることになる関係で、法曹資格取得までの期間が全体として長くなるため、司法修習の期間は短縮すべきではないかという意見があります。もう一つは、これまでの司法修習の一部に相当するものを法科大学院で行うということになっているわけです。
そういったことに照らしますと、現在の1年6か月の司法修習の期間は短縮することが可能ではないかと思われますので、この点について御意見をいただきたいと思います。
全体的には、期間を短縮するという方向で、これまでも議論がなされていたと思うのですが、具体的に少し御検討いただきたいと思います。
前回は、最高裁判所だけの意見を聞いたのですが、今日は法務省と、日弁連の御意見も伺った上で、更に最高裁の方から御意見がございましたらお伺いするということにしたいと思います。まず法務省からお願いします。
(法務省) ただいま座長から御指摘がありました諸事情も考慮させていただいた上で、現行の1年6か月という修習期間を維持することにこだわるものではございません。
ただし、司法修習生に対して、実務法曹としての最低限の能力を身に付けさせるための修習を行うという観点から、司法修習期間として最低でも1年間は確保していただければありがたいと考えております。
(日本弁護士連合会) 日弁連でもいろいろ検討しておりますが、まず1つは前期修習の部分は、法科大学院の完成期においては、法科大学院のカリキュラムの方に吸収されると考えてよいだろう。
ただし、その場合に、問題点は、平成23年に法曹実務関連科目の9単位、この実施時期をもっと早くすることが考えられないだろうか。それが早くできるということが、結局は法科大学院に対する信頼度を高めることになりますので、そういう問題点が1つあるかと思います。
後期集合修習については、何を目的に行うのかということの議論が今後必要になるだろうと思います。法科大学院を経てきた修習生にとって、後期集合修習で最後に行うべきものは何なのか。現状は3か月ですから、二回試験の有無との関連も出てくるかと思いますが、仮に二回試験はやらないという前提だとすれば、2か月、あるいはもう少し短くすることも可能なのではないか。
実務修習については、4分野の実務修習が必要であるということが前回の会議で一致した意見だろうと思います。委員の先生方の中には、実務修習を経験された方もお見えですし、また経験されない方もおありだと思いますが、やはり生の事件を通じて、そして生の法曹に接して、その中で法曹としての生きざまをきちんと教え込むということが極めて重大で意義のあることだと思います。
そういうことを考えますと、プロセスとして教育をしていくということが大事なのであって、やはり一定の期間というのがどうしても必要であろう。現状では4か月が3か月になりました。3か月と言いますと、休日を除くと、実質60日間です。あるいは、もう少し時期によっては少なくなるかもしれない。これだけの期間は、弁護修習を考える限りにおいては必ず必要であろうという議論をしております。
そういうことで、いろいろな組み合わせ方がございますが、技術的には3,000 人体制の集合修習をどうやってやるか。あるいは3,000 人体制の実務修習をどうやってやるのかという技術的な問題が今後の課題になるかと思いますが、諸点を工夫すれば、1年あるいは1年2か月ぐらいの幅のところまでならば短縮することが可能なのではないかというのが現段階での結論であります。
ただ、日弁連としての最終的な意見の取りまとめは、今後の理事会を経て表明したいと思います。
(最高裁判所) 前回申し上げたところですし、先ほど座長がおっしゃいましたような要素を考慮して、基本的には検討会で詰めていただきたいと思います。
ただ、各方面から修習期間の短縮ということが指摘されているところでございますので、私どももそういう議論を視野に入れて、効果的な修習をどうしたらいいかというところから検討しているわけでございます。
そういう意味で、いろいろな議論がありますが、そういうものを視野に入れつつ、短縮化も可能であろうというふうに私どもとしては考えております。
以上でございます。
□ 今、法曹三者から御意見をいただいたわけですけれども、委員の方々いかがでしょうか。
○ 最高裁は、修習の期間についてはどのように考えておられるのですか。
(最高裁判所) 教育のありようというのは、これが絶対というものはないわけでございますが、法曹養成全体の形を考えますと、直感的なところでありますが、1年というような議論がございます。仮の直感的な議論でございますが、そういうものを視野に入れて、それなら可能かというところから考えたときに、そういった期間でも新しい修習を効果的に実施し得るというふうに考えております。
□ 今までに、大体1年か1年2か月ぐらいという議論が出ていたのですが、何かこの点について特に御意見ございますでしょうか。
■ できればもう少し議論していただければと思います。と申しますのは、年内にも近々司法試験法改正法案、あるいはその他の法律も提出させていただく予定なのですが、やはり司法修習の期間をどうするのか、具体的に裁判所法で定まっております「1年6ヶ月以上」というのは改正しないのかということが問題となります。
もし、コンセンサスを得られるのであれば、それと同時に、仮にですけれども、「1年6か月以上」となっているのを「1年以上」という改正法案を提出することもあり得ますので、もちろん、修習の具体的な内容等を詰めるべきところもありますが、この検討会の方向性として、もう少し御意見をいただければ、と思います。
○ 私は結論としては、やはりこれは1年だろうと考えております。法曹養成の全期間の長さを考えると、1年より長いというのは長過ぎる。それ以下で済むかと言えば、確定的根拠はないですけれども、常識的に1年ということではないかと思っております。
今度は、1年をどう割り振るかということについてですが、私は司法修習のコアは、最高裁もおっしゃっておりますように、やはり実務修習にあると思っています。
特に法曹三者のどれかになったときに、自分が弁護士になったら、裁判所、検察庁という中に身を置いて内側から見るという機会は一生ないわけでして、そこに身を置いて空気を吸ってみるということの意味は非常に強いのではないかと思っております。
そうしますと、その期間として民裁、刑裁、検察、弁護と、それを2か月ずつとしても8か月。そうすると、集合教育、集合研修というものは何なのかというと、多分ロースクールで実務との橋渡しというか、その辺は済んでいるし、白表紙研修だとか、あるいは要件事実、そういったものを改めて集合教育をするということにはならないでしょうし、起案能力という点では、ある程度できれば、多分、判・検事は任官後も教育するでしょうし、弁護士の方も弁護士会が最初に導入教育をする。
そういうことから言いますと、研修所を出たときに、法曹としてのスタート台に立てるという意味からしますと、集合研修での知識教育的なものは余り要らないのではないか。オリエンテーションと言いますか、それも研修のオリエンテーションではなくて、法曹になるためのオリエンテーションということから言えば、それが最初にあっても、真ん中にあっても、最後にあってもいいのではないかと思います。
やはり、大事なのは継続教育、再任時教育であり、それが弁護士も10年ごとぐらいに再試験するというようなことにつながってくる。思想としてはそういうことで、必ずしも研修所を出たときにでき上がっているという必要はないのではないか。
その関係で二回試験が問題になると思うのですが、二回試験をなくしてもいいかというと、緊張感がなくなるという問題があろうかと思います。では、全員を対象にものすごい試験をする必要があるか。また、反対に、ほとんど落ちない試験をやってもしようがない。
それから言うと、研修期間中によほど法曹資格を疑わせるような研修態度、能力の人を選んで試験をするということで足りるのではないかと思っております。
その辺からしますと、1年ということでちょうどいいのではないかと思っております。
○ 前回最高裁がプレゼンテーションをした後に、いろいろなところから意見を聞いたのですが、法科大学院は、まだだれも見たことも聞いたこともないものであり、新司法試験もどうなっていくか全然分からない。修習だけはちゃんとやってくれると思っていたら、何を考えているのかという心配の声が圧倒的に多いように思います。
確かに新しい制度をつくるときの制度設計のスタンスとして、安全をみて、新しいものはどこも信用しない。せめて修習だけはがっちり従前どおりやるということで、従前の枠組みを維持していくという選択肢はあり得ると思うのです。
しかし、全体の養成期間の問題もさることながら、法科大学院でいい人を養成しようということですから、昨日の修習生は今日の修習生と全然違うということを頭に置いた制度設計というものも十分考えられるだろうと思うわけです。
教育効果との関係で考えますと、期間は重要ですけれども、それだけで効果が決まるものではなくて、何をどんな順序で、どんな量を、どういう方法で、どういう教材を使って教えていくかと、教える方のスキル、ノウハウがどの程度蓄積されていてうまく教えるか。学ぶ方が、どれだけ意欲を持っていて、どれだけの時間を使って積極的に取り組むかということ等で決まってくるわけです。法科大学院に入る段階から法曹になろうということでずっと意欲を高めて勉強してきている層が、新司法試験をクリアして修習に入ってくるわけですから、意欲や基礎力はそんなに心配はないのではないか。今までの司法修習の培ったスキルを傾注すれば、1年ぐらいでほぼ従前の法曹のスタートに当たる人の質と比べても遜色ない人が養成できるのではないかと思います。
もう一つは、先ほどの委員の言われた、実務修習が基本だというところは、そのとおりなのですが、集合修習の意義というのも、実務についての理論的な教育を一通り施し、そして均質化について責任を持って教育するということからも、こういう制度にした上ではこれまで以上に必要ではないかと思うのです。我々の経験では、実務修習は比較的に楽で、集合修習は、かなり重くて大変だったという感じがするのですが、それはそれなりのインフォメーションを与えられるし、訓練がされ、力が付いてくるというステップだったわけです。そのような意味で、集合修習は洗練させながら残すことが必要だろうと思います。
結論としては、いろいろ考えて頭を抱えるけれども、修習期間は1年でいいのではないでしょうか。
○ さっき修習の始期がいつになるか少し微妙でしたけれども、1年と2か月ぐらいにして、それで3月末に修習が終わるということにできるならば、1年以上とおっしゃっておいて、あと2か月を足すというぐらいだったら1年2か月でもいいのではないかと、それを厳密に1年にしないでもいいじゃないかと思います。
10月ごろに始まるのならば、1年で9月卒業でもいいでしょうけれども、12月とか1月ぐらいから始まって、3月末に修習が終わるという1年3か月とか、1年2か月だったらそういうのがあってもいいかなと思います。
だから、1年以上ということを考えて、始期との関係で期間の長さを決めるというのがあってもいいのではないかと思います。
もう一つは、前期修習がなくなる案は、非常にいろいろと考えるところがあるのですが、ロースクールの教育の実効性がどこまで上がるかということが試されるのだろうと思いますし、それが新司法試験でチェックされるのだろうと思います。もしそこで自分のところの卒業生が何となく司法試験に受かっても心配だなというロースクールは、修習に行く前にアフターケアをやるかもしれないし、前期修習的なところを集中的にするかもわかりませんし、いろいろな形の取組の中で対応していくしかないのではないかと思っております。
多分、本当にロースクール教育のノウハウがきちんとしてきて、前期修習もうまく取り組めるようになったら、そういう心配はなくなるのでしょうが、その間の過渡期においてはいろいろ各ロースクールの工夫が必要になってくるのではないかと思います。
○ 私としての結論ですけれども、私にとって一番重要なのは、意味のある実務修習を確保することであって、アメリカと比較して実務修習はすばらしい制度だと以前からずっと思っていました。法曹になる人たちがみんな平等に同等の刑事裁判、民事裁判、検察、弁護をきちんと経験するというのは非常に意味のあるプログラムだと思いますが、単なるお客様扱いになるような、あるいは見物みたいな気持ちでやるような期間ではなく、そうならないようにミニマムの期間でというのが重要なポイントだと思います。
先ほどの日弁連の説明で、3か月ぐらいがミニマムなのではないかというふうにおっしゃいましたけれども、本当にそういうことであれば、意味のある実務修習を確保するためのミニマムは3か月ずつであるならば、それだけで1年間になりますし、2か月でもいいということであれば、それは全体として1年間という結論になりますけれども、むしろ意味のある実務修習を確保して期間を決めるべきなのではないかというのが私の意見です。
○ もう一つ違う視点としては、完成型について考えるのとは別に、ある程度軟着陸といいますか、経過期間を置くということも検討の余地があるのではないでしょうか。これは前回も申し上げたとおりですが、ロースクールにおける実務的な、あるいは実務導入的な教育がどれだけ実効的なものとして整備できるのかということとの見合いで考えていくべきものだろうと思うのです。
私は完成型においても、今の前期修習的なものをそっくりそのままロースクールに移してできるとは思っていませんし、それが適切だとも思っていません。やはりロースクールでは多様性のある教育ということを考えなければいけない。その場合に、質的には今前期修習で行われていることと同等程度の能力を身に付けるということは目指すべきだし、それはできるだろうと思うのです。
しかし、平準化されたような内容をどこでも同じにやる、白表紙を毎年変えてやるというようなことはできないと思うのです。ですから、工夫をして、質的には同じところを目指すけれども、全く同じものにはなり得ないということを前提に考えなければいけない。その上、そこまでいくまでにも、やはりある程度の期間をかけて力を付けていく必要があるだろうというふうに思うのです。
そういう意味で、ある程度経過期間を置くということも考えないといけないのではないかなというのが、私が申し上げたいところです。
具体的に何年というのは言いにくいのですが、私は1年というのを目指してやっていくということで結構ですが、その際、ある程度段階を踏んでもいいように思う。これは法文に書くのは少し難しいのかもしれないのですが、そういうことも御検討いただければと思います。
○ 特に付け加えることがあるわけではないのですが、今度の新しい制度全体の、法科大学院から司法研修という流れを見たときに、審議会の意見書そのものもそうですけれども、大事なのはやはり実務修習の方であると思います。
実務修習が一定期間より短くなると見学になってしまうというのは、先ほどの委員が心配されるとおりで、その場合は見学でいいと割り切るか、それぞれの分野について、見学にならない期間がどれくらいなのか、それが4分野でみんな均等なのかどうかを厳密に詰めてみるか、あるいは、大部分の法曹の進む進路を考えれば、やや見学的でも仕方がない分野があってもいいのかどうかというようなことを、相当詰めて検討していかないといけないのではないかという気がします。
弁護士会の方で、いろいろ議論していると、やはり4か月から3か月になった結果、中身が非常にぎりぎりのところまできてしまっているという感想が多いというのは事実でして、それから削るということは、何か一つの大きなギャップを超えることになりはしないかという心配はあります。
ただ、2か月と2か月の2回でもいいという議論と、それではだめだという議論と両方あって、弁護士会の意見も一致しているわけではありませんけれども、意味のある実務修習をしようとするとある程度の期間、少なくとも弁護士修習の場合は3か月ぐらいは必要ではないかという、今の日弁連側の意見というのは、全部の実務修習担当者の経験を踏まえた上での発言であるということを注意していただきたいと思います。
○ 今の点で、検察修習ということを考えますと、検察修習のメインは取調べ修習ということになりますので、やはり私としては期間は3か月を切らないでいただきたいという感想を持っております。
全体の期間としては、1年ないし1年2〜3か月ということになろうかと思いますけれども、法科大学院が実務との架橋を目指した教育をされるということは結構なのですが、やはり導入教育というものを全くなくすわけにはいかないのではないでしょうか。教官をしていた立場から申しますと、司法試験に受かったばかりの人をそのまま実務修習に送り込むというのは非常に心配なのです。
非常に心配だということの1つの理由は、司法試験を受かってくると、大なり小なりエリート意識を持っている人が多いわけで、そういう人たちに今まで白表紙の起案と添削をやってきたわけですけれども、ああいうことをやることによって、自分はまだまだ非常に未熟なんだということを思わせる一つのいいきっかけにもなるのです。
だから、エリート意識を持ったままで現場に行って、例えば検察修習などで、一般の被害者の方とか、被疑者と直に相対するということになると、いろいろトラブルの原因にもなるわけで、まだまだ未熟なんですと自覚をさせるためにも、何らかの意味での導入教育というのは是非必要なのではないかと思います。
あと、教官をしておりました私の個人的な願いと言いますか、教官の立場からしますと、前期修習でどういう修習生が自分のクラスに来るのかということを、本人といろいろなコミュニケーションをとったりする中で、この人はこういう人だ、この人にはこういう教育をしていけばいいのかな、この人にはこういう進路があるのではないかなとか、いろいろ考えるわけです。そこで、人間的なつながりができる。それで実務修習に送り出して後期修習で帰ってくると、非常に成長した姿を見てうれしいと同時に、修習生の方でもいろいろなことを教官に相談してくるわけです。そういう人間的な関係というのは、前期修習がなくなると全くなくなってしまうのかなと、これは寂しいなと、これは私のセンチメンタルな感情かもしれませんけれども、そういう人間的なつながりというものもこれから全く要らなくなるわけではなくて、かえって必要な面も出てくるわけで、そういう面でも、トレーニングももちろん大事ですけれども、そういう人間的なつながりができる場というものもある程度残してほしいなというのが、個人的な希望でございます。
□ いろいろな御意見を伺ったわけですけれども、期間の長期化とか、法科大学院の教育が変わっていくだろうという問題、あるいは司法修習の中身も工夫されるだろうし、それから司法修習が終わった後の継続教育といったものを全部考えると、司法修習の期間は、移行期間の問題もありますけれども、基本的には1年程度に短縮する方向で、関係機関で検討を進めていただくということでよろしゅうございますでしょうか。
b) 給費制の在り方について
□ もう一点は、司法修習生に対する給費制をどうすべきかという問題がございまして、この点につきましては、今後平成22年ごろを目途にして、司法試験合格者を3,000 人に増加するとなっているわけですけれども、その関係でも司法修習生の給費制の在り方について検討する必要性が出てきているわけでございます。この点について御意見をいただければと思っております。
○ 給費制はあればいいことに違いはないわけですが、予算面での制約だとか、あるいは国民感情からして、エリートに手厚いというか、あるいは他の高等専門職育成プロセスとのバランスということを考えますと、給費制維持一本やりでは頑張り切れないのではないかという気がいたします。
しかし、その間の生活を考えますと、やはり貸与制、特に修習生というのは、将来支払能力があるはずですから、貸与制が考えられるのではないか。
しかし、問題は、修習生だけではなくて、法科大学院のときも同じ問題があります。親が金持ちでなくても法科大学院に行けるというためには、奨学金、奨学ローンといったものが是非必要だと思います。それとの連続性で考えていくべきではないか。
そもそも司法改革ということで、大きな司法を目指すということであれば、抜本的に国家的大プロジェクトでやる以上、人の面でも金の面でも従来の延長線でない大胆な資源投入をするという国家的決意でスタートしているのだと思います。そういう点で、従来の予算から何%というような発想ではなくいきたいなと思うわけです。
具体的には、ロースクールの学生に対する奨学ローンの充実、あるいはロースクールへの補助金等々をセットにして議論すべきではないかと思います。
○ 私もただいまの委員の御意見とほぼ同じ意見なんですけれども、それに少し加えさせていただくと、プロセスとしての養成ということになったわけですから、その期間が制度化されたわけでして、そういう結果として学生にとっては、これまで不規則なプロセスだったわけですけれども、ロースクール及び修習も強制的に確定するわけですね。非常にある意味では期間が長期に固定するわけですから、経済的な負担を軽減するというのは改革とセットだと思うのです。
そういう意味から、ロースクールも修習も、プロセスを経済的に下支えする制度というのは、国家的プロジェクトかどうかわからないけれども、下支えする制度をきちんとつくるというのは、やはりかなりの合意が得られることだと思います。そういう意味で下支えをすると。
更にそのときにはただいまの委員がおっしゃったように、支払能力の観点からいったら、少なくとも法曹としての将来の可能性を持っている人たちで、法曹となって収入が得られる時点で返済をするということが可能な人たちなわけですから、貸与というような方向できちんと経済的な下支えをし、更にそういう意味で社会的にも合意が得られるような制度をつくるというのが筋なのではないかと思います。
○ 私も全部の期間を一貫してながめる必要があるという2人の意見と全く同じなのですけれども、問題なのは、間に全く奨学金の対象にも、学資ローンの方にも対象にならない空白の期間が、私は6か月が限度だと言いましたけれども、8か月でもいいではないかという意見もありましたが、それがはさまっているのです。
法科大学院で奨学金が出されてはいるのですが、これが教育ローンで賄われているとすると、授業料と生活費を合わせて学生は恐らく卒業時に1,000 万ぐらいの借金を背負っていることになるかもしれないわけです。
その後に半年以上全く収入のない期間を何とかしてしのいで、更にその後の1年ないし1年数か月の修習の間、また借金しなければならないということになると、言わば借金漬けになってしまうわけで、幾ら法曹として将来収入の機会があるといっても、それだと法曹としての進路を狭めることにもなりますし、また、今でも司法試験は「資本試験」だと言われていて、恐らく法曹になれる社会的な階層にそういう意味の弊害が既に出ているのではないかと思われますけれども、それを更にそちらの方向に助長して、非常に歪んだ法曹養成制度にしかねないという問題があるわけです。
ですから、単純に今の修習生に対して払われている給料が社会的にどうこうというのは、非常にもっともな議論なのですが、やはり全体のものすごく長い期間の負担をどう合理的にして、法曹になる人の社会階層が限定されないようにするかという点をよくよく考えて制度設計をしていただきたいと思います。
□ この点について、法曹三者の意見をまだお伺いしていないのですが、もしよろしければ、法務省、日弁連、最高裁の順に御意見をお伺いできますでしょうか。
(法務省) 給費制の在り方については、改革審の意見においても、その在り方を検討すべきであるとされているところですので、今、まさに先生方の御議論がありましたように、この場で御検討をいただきたいと思っております。
その際には、既に要素として出ておりますけれども、法科大学院の学費がどうなるのかとか、法科大学院生の奨学金制度がどうなるのだろうかとか、司法修習の期間や内容がどういうふうに決まってくるのだろうかとか、法曹養成制度全体の在り方の中で給費制についても御検討いただければと考えております。
(日本弁護士連合会) 日弁連の立場としましては、給費制をできる限り維持していただきたい。
先ほどの委員が指摘されたように、いい人材がこの世界にあらゆる階層から参入できる道を開いていただきたい。
先ほど給費制で国民感情からうんぬんという議論がございましたけれども、今、実際に弁護士がいろいろな公益活動をやっております。例えば、国選弁護をやっている、当番弁護士をやっている、あるいは地方の公設事務所で法律相談活動をやっている。
それは、いずれも弁護士の仕事として極めて採算性の悪い、ボランティアという表現は妥当ではないかもしれませんが、本当に公益活動として担ってきているわけです。
今、私たちはその問題を会員に説明するときに、常に司法修習制度の中で給費制があることが一つの大きなよりどころではないかといって説明しております。
弁護士という仕事が、確かに司法の一翼を担って、そして公共の仕事をしているという側面をやはり理解していただきたい。そのために給費制が必要なのだということを御理解いただきたい。
裁判官、検事についても、恐らく給費制があるかどうかということは、いい人材に、他の職種と比べて司法という仕事が本当に魅力ある仕事であり、あるいは一生の仕事としてすばらしい仕事であるということを若い諸君に理解してもらうために、そういう給費制度という下での養成が不可欠なのではないか。
ただ、給費額が現状のままでいいのかどうかという意味での検討の必要はあるだろうと思いますが、できる限りそれを温存していただける方向へお願いしたいと思っております。
(最高裁判所) 前回申し上げたとおりですが、この検討会で多角的に検討していただきたいと考えております。
裁判所としましては、法律家という専門家養成に関して、国家的な財政支援の在り方という問題なのだろうと思いますが、先ほどのお話に出てきましたような経済的負担、あるいは司法修習の内容・期間等の要因を考えて検討していただければと考えております。
○ ちょっと質問してよろしいですか。非常に身もふたもない話で恐縮なのですが、今、修習生に給費等を支払っている総額はどのぐらいなのですか。
□ これは、最高裁の方で分かりますでしょうか。
(最高裁判所) 修習生の給与、諸手当等もろもろ含めて、年間約65億ということです。
○ それは、1,000 人でということですか。
(最高裁判所) そうです。
○ 今、1年半ですから、それを1年に直してということですか。
(最高裁判所) いや、結局1年の間に1年生と2年生の部分がありまして、両方トータルで出しますから、逆に言えば修習生の1年半分にかかるものが65億だというふうに理解していただいていいと思います。
○ 例えば、3,000 人体制になった場合に、修習期間が同じだと3倍で、修習期間が短くなれば、その分が割り引けるということですか。
(最高裁判所) はい。
○ 確かに多様な、貧富の差にかかわらずいい人材に法曹界に集まってほしいというのは先ほど言われたとおりだと思うのですが、給費制を今のように基本的に維持できるかどうかというのは、ほかの専門職種との関係で果たして説得力があるかどうかということにかかっているように思うのです。
ほかの職種でも多かれ少なかれそういった多様な人材を求めているといえるわけですし、法曹について大きく人数を増やすときに、果たしてそれをそのままの形で維持することが社会的に説得力を持つのかどうかということは、やはり考えないといけないと思います。
他方で、先ほどの委員なども強調された、勉強しなければならない期間が今よりは長期になるので、その間の生活をどうするかということと、両方にらんでどういう制度設計が可能かということだと思うのです。
確かに日弁連の方がおっしゃったように、公的活動をやっている弁護士、身銭を切ってやっておられる方も少なくないと思うのですが、そのようなことを全くやっていない人もいるわけで、その辺のアンバランスがある。したがって、例えば、給費を支給し放しにするのではなくて、貸与制にして、一定の条件に合う人は返済を免除するとか、そういう趣旨に合うようないろいろな制度設計は可能だと思うのです。そういうことを含めて、これからまた更に検討していくのがいいのではないかと思います。
□ この点については、また次回も引き続き検討したいと思うのですが、今までの話を伺っていますと、法科大学院から始まるトータルな法曹養成プロセス全体として、考えるということですね。
給費制をできるだけ維持すべきという御意見もございますけれども、やはり貸与制などの代替的な措置の可能性も視野に入れて見直しを検討することは避けがたいのではないかと思いますので、そういう方向を踏まえて引き続き検討するということでよろしゅうございますでしょうか。
それではそうさせていただきます。
(3) 法科大学院の第三者評価(適格認定)の在り方について
□ もう一点、法科大学院の第三者評価の問題について、その後の状況も踏まえて現時点での問題点について事務局から説明を伺った上で、御検討いただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
■ 法科大学院の第三者評価については、現在検討中でありますが、どうしても大きな方向性として、お諮りしたい事項がございますので、時間の関係もありますが、一点に限定してお諮りしたいと思います。
3月の意見の整理では、ミニマムスタンダードを満たしているかどうかを判定する機関は、全国で1つに限るのが望ましいとされているところでありますが、今後の法制的な立案作業に当たって、法令上も1つに限るという方向で規定するべきかどうかという点について御検討をいただきたいと思っております。
仮に法令上は評価機関が複数存在し得るということとする場合には、司法試験の受験資格の認定についてどのようにして統一した判断を確保するのかということが問題となりますので、併せて御意見をいただければと思います。
□ この問題については、前に意見を整理するときに、今後の法制的な検討の問題もあるので、最初の段階で詰め切ることをせずに整理したわけでございますけれども、複数の評価機関が存在し得るとした場合に、司法試験の受験資格認定の面について何らかの国の関与が必要になるのではないかという問題もございます。その点いかがでしょうか。
○ ミニマムスタンダードを満たしているかどうかを判定する機関が1つないといけないということと、2つ以上あった場合に、その判定が違った場合など、その関係をどうするのかということが難しくて1つが望ましいということになったのだと思います。
法文上から言えば、もし、2つ以上の機関があって切磋琢磨するということができれば望ましいと思うので、法文上1つに限らずに済むのであればそうしていただければと思います。
ただ、そうしますと、2つ以上あるものの関係をどうするのかというふうなことは法文には書けないと思います。やはり、主務大臣が評価結果を受けて、評価機関の判定を認証するというか、行政訴訟の場合には主務大臣が受けて立つというような二段構えとする。実際上は評価機関の認定を尊重してもらえばいいと思うのですが、形式的にはやはり主務大臣が一つかむということでやられたらいいのではないかと思います。
○ 法制上1つに限るという方向にすることには、前から私は強く反対しているとおりです。
やはり一定の要件、それは第三者評価機関としての認可を受けるというような形になると思いますけれども、それを備えたものについては第三者評価機関として成立することを認めて、つまり法制上複数あり得るということにする。そうした上で、これは受験資格をどう定めるかということとも関連してくると思うのですが、専門職学位の制度ができますので、司法試験については、例えば、JD相当の専門職学位と言われているものを持っている人に受験資格を与えるとすれば、そういう学位を出せる学校かどうかという審査ということになり、第三者評価機関の第三者評価、適格認定を踏まえて、その法科大学院にそのまま専門職学位を出せる権限を与え続けさせていいかどうかを判定する。設置認可の取消しから、いろいろ段階はあると思いますけれども、何らかの行政処分によって、第三者評価機関の評価を反映させた行政処分を主務大臣、この場合は専門職学位についての主務大臣ですので文部科学省になるのではないかと思いますけれども、そこが行うと。
その際、司法試験の受験資格の関連ですから、法務省の意見も聴くというような制度にすればいいのではないかというふうに思っております。
○ 前の意見のまとめは、評価機関が複数出てくると、評価基準にばらつきが出る、あるいは甘いところばかりにみんなが評価を頼む、そして甘いところが、市場原理からいうと生き残るだろうという懸念があって、国家試験の受験資格に関係するところだからやはり1つが望ましいということになったわけです。それを法制上複数あり得るとした場合の詰めといいますか、実効性について我々が心配していたところをどうするかという仕組みをきちんとしておかないといけないと思うわけですけれども、事務局では何かこんな知恵があるというお考えがありますか。
■ まだまだ法制的に全く詰めていないのですが、例えばの話として、まずどこがどう評価してという前に、受験資格を認めるための基準は法令で決める必要がある。
法令で決めた基準を満たしているかどうかについて、第三者評価機関の評価に組み込むのにはいろいろな工夫があるでしょう。
しかしながら、評価機関が複数存在し得る、あるいは評価機関の評価に問題があるというような場合に、最後はまた主務大臣が何らかの形で関与するというような制度を大まかに考えております。
具体的にどう盛り込むかは、いろいろ主務大臣と評価機関の関係も出てくると、現状では考えています。
○ 先ほどの委員が御心配になるような、非常に質の低い評価機関ができて、みんなそちらの方に流れるだろうというようなことは、第三者評価機関の認可をする際に、相当厳重な審査をするとか、あるいは第三者評価機関の評価とは別に法科大学院についていろいろなところがいろいろな評価をして、言わば非常に質の高い第三者評価機関の適格認定を取らないと一流校とはみなされないというようなトレンドができていくとか、いろいろな形で担保できると思うのです。必ずどこでも適格認定するような第三者評価機関ができて、そこに法科大学院がみんな殺到するということを想定する必要はないのではないかと思いますし、もしそうなってしまえば、それは第三者評価機関、あるいはその結果を踏まえて法科大学院に対してさまざまな設置認可の取消しまで至るような行政処分を行うところが調整していけばいいというふうに思います。
○ 一流の評価機関を通らなければ一流校でないというのは、市場との関係ではそういうことが言えると思うのですが、国家試験との関係で、ここは二流で、ここは一流という区別はできないと思うのです。それは主務大臣が評価機関の資格を取り消すか、そのまま認めるかと、それしかないと思うのです。その場合の幅がある場合はどうするかということがあると思うのです。
その幅を認めながらあくまで主務大臣の最終的な責任でやるということになると、第三者評価からかなり独立した判断をするということもあり得るということになります。それがどういう意味を持つかということなのですが、教育をする側から言いますと、要するに二重に審査されて、二重に答えないといけない。場合によっては、最終的な権力行使をする主務大臣に対していろいろ説明しないといけない。
これは、今までの大学の在り方と随分違ってくると思うのです。その辺もお考えいただかないとうまく機能しないと思うのです。
先ほどの委員がおっしゃったようなスキームも一つのスキームだと思いますが、もう一つは司法試験の側から見て、主務大臣というのは、司法試験を管理している方だという考え方もできるだろうと思うのです。
恐らく、現実的には、先ほどの委員もそれは否定されていなくて、協力とか意見を聴くということを言われていたのですが、両方一緒にやっていただくというようなスキームができないのかなと。そうすれば非常にうまく、大学のことは文部科学大臣が分かっておられるでしょうし、司法試験の方は法務大臣が分かっているだろうと。そういうスキームというのは、別の可能性として考えられないのかと思います。
○ 確かに主務大臣の権限が非常に自由裁量的になると、これは大学にとってすごい脅威になるというのは目に見えているわけで、私は前からそういうことにならないように、第三者評価機関の複数あるうちの1つからでも適格認定を取れれば実はいいのではないかということを申し上げていたのですが、質の悪い第三者評価機関でみんなパスするのではないかという心配を抑えるには、1つはまず最初に第三者評価機関と認めるときの審査の問題だし、その後の第三者評価機関のパフォーマンスについても主務官庁が継続的に見ていくということでも担保できるでしょうし、最終段階にどうしようもないときには、やはり主務大臣の権限の発動があると思いますけれども、そこについてはどういうときに、どういうことができるかということをあらかじめ定めておいて、非常に覊束性を高めておくことによって、ただいまの委員が言われたような心配というのは、ある程度解消できるのではないかと思います。
あとは、私は大学の側の頑張りではないかと、そういう意味で主務大臣の介入を許さないような法科大学院をそれぞれの大学がつくっていくということだと思います。それを例えば法科大学院協会が支えていくというような体制をつくることを前提にして物事を考えないと、非常に極端と極端の話ばかり心配して、それででき上がった制度は非常におかしなものになるというような議論になるのではないかと思うのですが。
○ 私が申し上げているのは、もちろんチェックを受けても応えられるような体制を整備していくべきだと思うのですが、大臣からの直接のチェックを受けるようなスキームというのが、大学とか教育機関になじむのですかということなのです。
それはやはり我々から見れば、第三者評価機関というのが我々をチェックしてくれて、それに応えると、そこを媒介にしてつながっていくというのが一番望ましいのではないかと思うのです。
そのためには、第三者評価機関の評価というのが、しっかりしたものであるということでないと困るのですが、そこに不安があるとすると、それを念頭に置きながらどういうスキームが可能なのですかという発想なのです。
□ 前回は、これまで評価機関は1つが望ましいという前提で議論していたのですが、複数の評価機関が存在し得るという前提で議論した場合、今、問題になっていますように、主務大臣の関与の仕方は大学にとって非常に重要な問題であり、しかも、第三者評価のスキーム自体がまだはっきりしていないという問題もあります。その辺りを今日の議論を踏まえて事務局の方で関係機関と調整しながら、問題点は何なのかということと、こういうふうにすればこうなるということを少し整理していただいて、再度御検討いただくということでよろしゅうございますでしょうか。
○ 一言だけ、これは評価基準の話になるのかもしれませんが、評価機関をそれだけ信頼するとすれば、各法科大学院の何を評価するのかという問題があります。まず、設立のときに教員がそろっているとか何とかではなくて、そこからのアウトプットの学生の質を評価する。
例えばある一定の数の修了者が司法試験に合格するぐらいのレベルを維持するということになっていたのに、そうなっていない法科大学院があれば、その中身をチェックして、この学位の与え方はおかしいですねと、だからあなたはやめたらどうですかというところまで立ち入った評価を評価機関がするという理解でよろしいのでしょうか。
□ 評価機関のそういう権限と、設置認可の話とが、まだ完全に整理されていないところがありまして、流れとしては設置認可よりも、第三者評価をベースにやっていこうということになっているのですが、第三者評価を具体的にどういう形でやるかということについてのイメージがまだはっきりしていないため、主務大臣がどういう形で関与していくかということを詰めることを難しくしているという状況があります。
今、御指摘の点も含めて、法科大学院の場合は第三者評価機関の権限を非常に強くするということは制度設計として十分あり得ると思うので、その辺りを踏まえた上でないと、主務大臣がどういう形で関与するかということを議論していただくことができないところがあります。
○ いつまで経ってもほとんど司法試験に合格する人数が少ないような法科大学院が、いつまでも存在するということをどうやって防ぐかというのが眼目だろうと思いますので、評価基準の問題かもしれませんが、その辺を、どこかで評価のやり方についての議論ができればと思うのです。
□ スキームが大体決まれば、もう少し具体的にどうやるかということに入っていくことができると思うのですが、今のところ入口のところで議論が先に進まないというのが現状です。
では、そういうことについては、また次回以降詰めていただくこととして、本日の検討は、ここまでにしたいと思います。