9月26日 駒崎弘樹委員『社長、官僚がどうしようもないって言う前に、御社をどうにかしましょう』
 

 最近とあるコンサルティング会社の社長と会食した時のこと。彼は言います。
 「いやぁ、公務員はどうしようもないね、昨今。年金は失くすし、意味無い残業を深夜までしてタクシー運転手からチンケな接待されているし。いっそのこと、省庁全部民営化すれば良いんだよ。」
 僕はこういう類の方を「なんちゃって評論家」と称しています。天下国家のことをあれこれ言うんだけども、総じて対案がしょぼい。政府は小さくはできても、なくすことはできない。特にこの社会保障の分野では、必ずしも市場原理をぱっと導入すれば片がつくものではないのです。
 僕は30歳も年上のビジネスの先輩にこう答えました。
 「まぁ、官僚も政治家も、僕達の鏡ですからね」と。
 戦後僕達が経済復興と発展のみに注力し、ガバナンスの問題は行政に丸投げし、そしてある程度回りました。けれども低成長時代に入り、多様な社会問題が噴出。国民自らが多様な社会問題に対する多様な解決策を出さねばならない時代に入ってきたのです。
 では我々国民は毎日毎日朝8時〜夜10時まで働いていて、社会の問題に気づき、それに対して何らかのアクションが取れるでしょうか。そりゃ無理です。毎日疲れて帰ってきて寝るだけ。土日でひたすら寝ることで充電。子どもの学校であったことをゆっくり話し合う時間も無ければ、最近治安の悪くなった近所を見回る自警団に入ることもできないし、年老いた両親の今後の介護の問題をじっくり考える時間もないわけです。
 そう、私達の労働環境が、私達が「自立的な市民」であることを奪っているのです。地域や社会の問題を自分の問題として受け止め、関わる、安全なところから言うだけは言う「なんちゃって評論家」ではない日本人は、現在の働き方からは生まれないのです。そうした日本人が生まれなければ、私達の鏡である官僚や政治家も、どうしようもないままなのです。
 「社長、官僚どうこう言う前に、あなたの会社は無駄な残業を社員にさせないで、社員が市民として、自立した日本人として家族の問題に関わったり、地域社会の問題に関わったりできる状態ですか?それができないのに世の中どうこう言うあなたは、純正『なんちゃって評論家』です。まずあなたの会社を変えましょう。あなたの会社が変われば、あなたの業界が少しずつ変わります。業界が変われば、関係業界が変わり、そして企業社会が変わります。企業社会が変わることで、我々の社会は変わります。社長、今こそあなたの出番なんですよ。」



8月8日 堀田聰子委員『よりよい介護ってなんだろう?』
 

 訪問介護サービスを利用している方々にとって、訪問介護員(ヘルパー)の訪問は、「自分ではできないことを補ってくれる」だけでなく、日々の生活のなかでの大きな楽しみ・生きる支えになっています。ヘルパーもまた、ケアを通じて、家族同様あるいは家族以上にその「生」とかかわることに、仕事の魅力とやりがいを見出すようです。だからこそ、利用者はヘルパーの訪問を心待ちにし、ヘルパーは多くの困難を抱えながらも、今日もケアを続けているのです。
 しかし、介護保険法改正に伴って、利用できるサービスの内容・運用が厳しくなり、利用者もヘルパーも「何を、どれだけ利用できるのか/サービスできるのか」戸惑い、介護の現場は窮屈さを増しています。もっとも、介護保険制度は数年ごとに見直しがあるということは、「変えていける」ということでもあります。
 私たちは誰でも、年をとれば、手助けが必要になります。そのとき家族が必ずしも傍らにいるとは限らず、社会全体として介護の支え手を育てていくことは、大きな課題です。あなたが必要とする手助け・したい手助けは、あなたがしたい生活・支えたい生活は、どのようなものですか?
 地域での豊かな暮らしを可能にする「自助(できる限り自分で)」、「互助(身近な人間関係のなかでの自発的な支えあい)」、「共助(地域でのネットワークによる支えあい)」の理想的な組み合わせは、どこにあるのでしょうか?
 よりよい介護の実現に向けて、日々介護に関わっておられるさまざまな方からの、さらなる発信を期待しています。ケアを通じた豊かな物語を、その魅力を、悩みや不安とあわせて、もっと語ってください。こうした「リアルな語り」が、広く私たちを巻き込んだ議論につながっていくと信じています。



7月8日 辻本好子委員『”ピンチをチャンスに” 患者・医療者双方の協働による医療の再構築を!』
 

 医療崩壊や医師不足の一因として挙げられるのが、「コンビニ受診」や「過剰な要求」といった患者の受診行動です。崩壊を食い止め、医療に「信頼」を取り戻すためにも、いまこそ患者の意識改革が求められます。冷静に現実を受け止め、権利の主張をするだけではなく、責務を引き受ける覚悟。そして、医療の限界と不確実性を受けとめて主体的に医療参加し、成熟した判断能力と自立する覚悟を身につける努力をする行動変容が必要です。
 患者にとって何より大切なニーズは、安全に医療を受け、安心と納得が得られることです。その実現のために、わかりやすい説明で患者との情報を共有する努力を今以上に医療現場に求めるのは、患者の当然の要求です。しかし、「医療機関に行けば何とかしてくれるはず」「国が打開策を考えるべき」と受け身のまま期待するだけでは何も解決しません。患者自らが受診行動を見直し、「理解と納得」のための努力をすることが患者の果たすべき役割です。
 過剰な医療批判のマスメディア報道が変化するとともに、漠然とした医療不信の相談は減少。それでも「納得できない結果になった」という苦情が絶えることはありません。患者・医療者双方がコミュニケーション能力を高め、互いの立場を認め合い、協働して医療の再構築を進めなければなりません。患者にとっても“ピンチがチャンス”の喫緊のテーマです。



6月17日 小杉礼子委員『今こそ、若者の社会保障も真剣に考えるべき時!』
 

 学校を卒業する頃が不況に重なると安定的な仕事に就けない若者が多くなります。例えば、1981年生まれ人たちの4割近くは卒業と同時に正社員就職するコースから外れてしまいました。新規学卒で就職していれば、ほとんどの場合(本人が意識的に動かなくとも)社会保険に加入していたでしょうし、また、安定的な収入が見込め将来へのさまざまな期待も広がったでしょう。暮らしの安心を支えることが社会保障の機能だとすれば、若い人たちは「就職」することでそれを得ていたともいえます。
 現在の日本では高齢者の社会保障問題が関心を集めていますが、若者にも暮らしの安心は重要です。さらに、若い時期は仕事の力をつける好機で、ここで能力開発をしっかりしないと本人の将来も開けないし、社会もその活力が失われ、社会保障の基盤が揺らぎます。 景気回復とともに採用が拡大され、新卒者を育成する企業が増えたことは大変好ましいことだと思います。しかし、一方で、たまたま卒業の時期が悪かったためアルバイトしかしてこなかった若者がいますし、また、家庭に経済的余裕がなくて進学できなかったり、さまざまなトラブルで学業を中断してしまったりした若者たちがいて、彼らの多くが安心も能力開発の機会も十分得られないでいます。若者の社会保障も真剣に考えるべき時ではないでしょうか。



5月30日 奥山千鶴子委員『子育て支援は何のため?』
 

 少子化問題や子ども・家庭支援を考えるとき、「過剰な子育て支援は親の力をそいでしまう」、「今どきの親は子どものしつけがなっておらん」という意見が必ずつきまとう。少子化だからといって納得できない子育て支援のサービスメニューを増やしたり、ましては高齢者の社会保障を支えるために子どもを産んでもらおうというのはどう考えてもおかしい。少子化問題と子育て支援は分けて考えなくてはいけないのが大前提である。
 子育て支援は、親としての潜在能力を引き出す、または親の気づきのプロセスを応援するものだ。もし、親が親としての力を発揮できない支援なら、それは子育て支援ではない。親が力をつけるには自分で考え判断する余裕と交流の場がなくてはならない。全国で展開される子育て支援拠点・ひろばのサポート・研修を行っているのはそのためである。この100年で日本が変わったのは、親の子育て力ではなく、地域社会の方だと思う。少し前の時代、親は忙しくて子どもに面と向かっていられなかったはずである。子どもは子ども同士、大人も含めた集団の中でルールを身につけていったはずである。親世代は、そのような異世代集団のなかで育ってこなかったし、移動が常の社会では地域との関係も結びにくい。親を責める前に、社会として子育て家庭を育む場づくりが急務である。子どもに手間と時間をかけられる社会は幸せだと思う。子どもに関わることで、ぎすぎすしがちな大人の方が変わっていく可能性がある。血縁でなくても学生も社会人もお年寄りも大いに子どもに関わってほしい。その結果として、子どもが尊重される社会になれば、自ずと少子化も改善されていくのではないか。子ども・家庭を支える社会的基盤(制度や支えあいの土壌)がなければ、いつまでも親批判が続き、少子化はとまらない。



5月9日 神野(かんの)正博委員(特別医療法人董仙会恵寿総合病院理事長 石川県七尾市) 『持続可能な医療提供体制に向けて〜三つ巴を考える』
 
 数年前、ベルギーからの留学生数人を地元能登の観光に案内した。とある旧家に右のような紋がある。「あれはどういう意味だ」だとしきりに尋ねる。「そんなの知らない」は許されない雰囲気だった。思わず口から出まかせに、次のフレーズが浮かんだ。"There are three forces in the world. Three make tension and stability. Two make competition and win-lose."である。彼らも感心したが、一番驚いたのは私自身だったのである。
 帰宅後、この紋は「三つ巴」だと知った。考えてみれば、椅子の脚と同じように世の中三つ巴ゆえに安定していることも多々あるように思えてくるのである。医師と患者の関係は、「お任せ」「つべこべ言うな(パターナリズム)」という関係にあった。そこに、マスコミやインターネットによる情報という巴が入ることで、緊張感ある三つ巴関係になったのである。そして、社会保障費の伸びを抑えながらWHOのいう世界最高水準の医療を提供してきたもうひとつの巴は、医師をはじめとする医療職の倫理観に基づく犠牲的労働だったのかもしれないのである。それが今、医療職の立ち去り、医師の疲弊、医療崩壊という形で顕わになってきたのではないだろうか。だからこそ、別の巴を探して持続可能な医療(介護)提供体制にすることが国民会議の使命だと思う。
 費用を抑えて、質の高い医療を提供していくためのもうひとつの巴として、「医療の効率化」が挙げられるかもしれない。ここでいう効率化は、IT導入、標準化に始まり、もう一歩踏み込んだ医療〜介護〜福祉〜保健の連携と一元化、医療提供体制の再構築などといった構造改革を断行すること、それによる費用対効果を最大限に導く施策ではないだろうか。そしてその上で、足らない財源をいかにするかという議論を展開していくべきであると考える。到底、低負担高福祉はありえないことも国民に知らしていくことも国家の責任と考える。

4月18日 水町勇一郎(東京大学准教授)委員 『マニュアルって便利...』
 

 こどものころプラモデルが好きで、設計図をみながらよく車を組み立てていた。いまは機械をいじるのが苦手で、電気製品を買うたびにマニュアルをみながら悪戦苦闘している。それでもいまのマニュアルはとてもわかりやすく工夫されていて、機械オンチのわたしでもなんとか機械を作動させることができる。
 社会保障国民会議では、現役世代の能力発揮を促すという観点から雇用をめぐる法制度のあり方についても検討が加えられている。そしていまの日本には、この分野にも便利なマニュアルがたくさんある。例えば雇用機会均等法が禁止する「間接差別」とは何なのか、雇用対策法は募集・採用に年齢制限をつけることを原則として禁止しているが年齢制限をつけたいときにはどうすればよいのか...こういう疑問に答えるために、厚生労働省が命令や通達などで丁寧なマニュアルを作ってくれている。新しい法律ができると、企業の人事や法務の担当者が行政にできるだけわかりやすいマニュアルを作ってくれとお願いしたり、うちのこういうやり方はマニュアルにひっかかりませんかと尋ねることも少なくない。
 しかし最近、マニュアルには――特にひとをめぐる問題を取り扱うときには――問題が多いことが認識されるようになってきた。ひとをめぐる問題はマニュアルで解決できるほど単純ではない。ひとびとの置かれている状況や意識が多様になると問題はさらに複雑になる。にもかかわらず他人が作ったマニュアルに頼る(頼らないと違法とされる)ことで、問題の背景や足元に目がいかなくなってしまう。その結果、問題の根は絶たれないまま事態は形を変え根の深いものとなっていく。
 ヨーロッパやアメリカでは、お上がマニュアルを作って従わせるという従来の雇用法制のあり方を変えなければいけないという認識が高まっている。そこでは当事者(労使)が自分たちで柔軟にルールを作りだすことを認める方向に、法がシフトしつつある。しかし日本では、ボールはまだお上の手の中にある。
 お上がボールをうまく手放すことができるか。投げられたボールを当事者がうまく受け止めることができるのか。日本の行政や労使のあり方そのものがいま問われている。



4月11日 樋口恵子委員 『社会保障立国、助け合い大国へ』
 

「世界青年意識調査」(内閣府)は五年ごとに国際比較を行っているが、「自国で誇れるもの」という項目がある。十七の選択肢の中から選ぶのだが、五か国中「社会福祉」はドイツが4位、スウェーデン6位と高く、日本12位、韓国14位、アメリカ15位であった。
日本はドイツと同じく第二次世界大戦で瓦礫の中から立ち上がり、この半世紀で医療・年金はじめ介護保険まで創設している。「社会福祉」を挙げる青年がもっといてもいいのにと最初は残念に思った。
しかし青年(18〜24歳)の視座から見ると、日本の社会保障や福祉が見えにくいのは無理もない。この年ごろは大学生盛り。親は教育費捻出に必死で働き、多くは子どもの国民基礎年金保険料まで払っている。
若い世代にとって身近なモデルは、ちょっと先輩の生き方だ。ここがなかなか大変で、女性は就職しても出産までに七割が辞めていく。都市では保育所に長い行列ができ、若い父親は子育ての時間が取れず、国際比較では世界最低レベルの「育児(いくじ)無(な)し」。母親は孤立感の中にいる。
人はいきなり年をとるのではない。少し年上の人を見て、未来に楽しみを持てるのが幸せな生き方だ。幸せだから子どもを作り育てる気にもなれる。持続可能社会の基本は社会保障である。だから日本なりの社会保障立国、助け合い大国をめざして、青年が日本の誇りとして「社会福祉」を答えてくれるようもう少し頑張ろうと思っている。

内閣官房内閣総務官室(社会保障国民会議担当) 〒100-8968 東京都千代田区永田町2-4-12 内閣府庁舎別館 TEL:03-6910-0262