少子化への対応を考える有識者会議

働き方分科会報告書

平成10年10月30日
少子化への対応を考える有識者会議
働き方分科会



働き方分科会報告書概要

1 少子化はなぜ問題か

●少子化は、労働力減少や高齢者比率の上昇を通じて、経済・社会に深刻な影響を及ぼす。

●少子化は、必ずしも人々が喜んで希望した結果ではなく、子育てと両親の就労継続との両立の困難さなど、結婚や子どもを持つことに伴う様々な制約によるものである。

●したがって、政府や社会全体の取組としては、これらの制約要因を除去し、子どもを産み育てる喜びや楽しさを多くの人が味わいやすい環境を整備することが必要。

2 少子化の要因と日本の働き方の関係

●近年の出生率低下の主な要因は未婚率の上昇であるが、これは女性の社会的地位が低いままで経済的地位が向上し、人生設計の選択肢が大幅に広がったことと関連している。

●日本的雇用慣行は、男女の固定的な性別役割分業を前提としており、
@就業を継続する女性にとっては、職場優先の企業風土の中での男性並みの働き方を求められる一方で、育児負担は女性に重く、育児と仕事の両立には困難が伴う。
A結婚・出産を機に女性が退職した場合には、再就業に困難が伴う。
 このように、女性にとっては結婚で失うものが大きく、就業した女性が結婚をためらう度合いが強くなっている。このことが、未婚率の上昇の大きな要因となっている。

●既婚者についても、日本的雇用慣行の下では、多くの場合、女性の就労継続と育児を両立させていくことに様々な困難があり、出生率の上昇を期待できない。

●農村地域の未婚率上昇は、農村において女性が置かれている状況が影響している。

●多様な働き方が可能な社会は、子育てと就業の両立が容易で、子育てのある人生に夢を持ちやすい社会である。そして、そのような社会の実現が、社会に新たな活力をもたらすことも期待できる。

3 少子化への対応としての働き方の見直し

(1)男女の性別役割分業を前提とした職場優先の企業風土の見直し

(2)職場における仕事と育児の両立支援への取組

(3)出産・育児を機に退職しても過度に不利になることなく再就業できるような労働市場の実現

(4)職場における取組を支える社会の仕組みづくり

(5)その他


働き方分科会報告書

平成10年10月30日
少子化への対応を考える有識者会議
働き方分科会

はじめに

 過去20年以上続いている少子化の進行には、日本で広く行われてきた雇用慣行が深く関わっている。結論から言えば、日本では男女の働き方を見直していかなければ出生率の上昇を期待することは極めて困難であるといっても過言ではない。
 働き方分科会においては、少子化への対応を考える有識者会議から示された検討事項を踏まえ、少子化はなぜ問題なのか、働き方と少子化はどのような関係にあるのか、といった基本的な論点について意見交換を行った上で、今後、働き方についてどのような見直しを行うべきか、各参加者の直接間接の経験と考察に基づき、可能な限り具体的な提案を行うことを目指して討議を重ねてきた。
 討議時間の制約から、掘り下げた検討を加えるにいたっていない部分も少なくないし、事柄の性質上、提案内容の実際の効果を事前に実証的に示すことには困難な面もある。しかし、ここでは、個々の提案の効果について精緻な議論を行うよりも、ある程度合理的であると考えられる方策であれば積極的に実践していくことが求められるのではないかという考え方に立って、あえて議論を絞り込むことなく、幅広く報告書に盛り込むこととした。これは、第一に、少なくとも子育てと両親の就労の両立を現在ほど「しんどい」ものでなくしていき、共に働きながら子どもを育てる喜びと責任も担っていきたいと願う男女が、その希望を実現しやすい世の中にしていくことは、それ自体望ましいことであると考えるためである。また、第二に、このまま急激な人口減少が継続した場合には長期的に取り返しのつかない深刻な事態につながり、現在まだ間に合う限りにおいて少子化の進行を緩和する可能性のある環境整備に努めることは現在生きている私たちの将来の世代に対する責務であると考えるためである。
 この報告書を有識者会議として具体的な提言を行っていくためのさらなる検討に際し最大限活用いただくことを願うとともに、政府及び雇用主をはじめとする関係各方面においても、少子化対策の重要性に鑑み、可能なものから速やかに実行していくよう検討を開始することを望むものである。

1 少子化はなぜ問題か。

 個別の議論に入る前に、まず、少子化はなぜ問題か、という基本的な論点について大づかみに整理しておきたい。

●少子化が進み、人口減少社会になろうとしている。
 日本の出生率は、戦後の第一次ベビーブームの時期を過ぎた1950年頃から急速に低下し、1950年代半ばに合計特殊出生率は2.0をやや超えるくらいまで下がった後、20年間ほどは、概ねその水準で推移していた。しかし、その後再び低下を始め、現在にいたる過去20数年ほどの間は基本的に低下し続けており、1997年には1.39と、人口を維持するのに必要な水準である2.08を大幅に割り込んでいる。
 このような趨勢を踏まえて行われた国立社会保障・人口問題研究所の最新の人口推計(1997年1月)によれば、2007年頃をピークに日本の人口は減り始め、わずか50年程度で現在より2500万人程少ない約1億人となり、さらに100年後には現在の約半分の6千数百万人になる。また、その間、人口の年齢構成を見ると、高齢層の比率が急速に高まっていき、2050年には65歳以上の比率は32.3%に達すると見込まれている。総人口の急減と高齢化が並行して進行していく人口減少社会が現実のものになろうとしているのである。

●少子化は経済・社会に深刻な影響を及ぼす。
 人口規模が日本より小さい国は多数あることを考えれば少子化で人口が減っても特に困らないのではないか、むしろ国民一人当たりの空間は今よりも広くなるのでゆとりが生まれるのではないか、日本でも過去を振り返れば人口規模の小さな時代もあったではないか、といった言説も時に見受けられる。しかし、日本でこのまま少子化が続いた場合に確実に進む人口減少の全体としての基本的な問題は、日本が人口規模の小さな国になること自体ではなく、人口が減少する過程で様々な経済・社会的な問題が生じてくることである。現在の豊かな生活水準を維持したままで人口規模だけが小さくなり、大都市の混雑が避けられる、といった都合のよいことにはならないのである。
 経済面の問題は、まず、労働力人口が相当な規模で減少し、かつその年齢分布の比重が高齢側に変化することが、国民経済全体の成長にとって基本的にマイナスに働くことである。また、人口減少は市場規模の縮小要因でもある。一方、高齢者比率の増加は、現行の諸制度を前提にすれば、社会保障給付費の増加要因であり、現役世代の負担増につながる。これが低成長とあいまって、結果として現役世代の手取り所得が減少するとともに世代間の公平性が著しく損なわれることとなる可能性がある。また、低成長は勤労所得の相対的な減少と資産所得の増加など所得格差の拡大をもたらす要因となる。もとより所得の増大がすべてではないが、戦後の経済成長は、親の世代よりも子どもの世代の方がより豊かになれるという将来への希望を生むとともに、社会階層間の流動性を高めるなど、活力ある社会を生み出す原動力であった。現在の社会制度のままで、少子・高齢化が急速に進展すれば、企業の投資活動が停滞し、個人が働いても報われない、停滞した社会になっていく危険がある。
 社会面では、全国各地で過疎化・高齢化が進行し、市町村によっては住民に対する基礎的なサービスの提供が困難になる懸念や、子ども数の減少により子どもの社会性が育まれにくくなるのではないかとの懸念などがある。また、子ども一人当たりに期待と手間をかけすぎ、かえって育児ノイローゼや子どもの負担過重につながりやすいのではないかという指摘もある。人口減少により環境への負荷は減るのではないかとの見方もあるが、環境配慮にも経済力を要することを考えれば、どれだけ期待できるか疑問である。

●少子化は必ずしも人々が喜んで希望した結果ではない。
 出生率の低下は、国民一人一人の結婚や出産という極めて私的な事柄に関する自由な選択の積み重ねの結果であり、仮に少子化の進行が社会経済全体に前述のような深刻な悪影響をもたらすとしてもやむをえないし、あくまでも私的な事柄であるので政府や社会全体があれこれ介入すべきではない、との見方もある。
 しかし、私たちは、現在進行している少子化には、必ずしも人々が喜んで希望した結果ではなく、むしろ、現在の様々な社会的な歪みのために人々の本能的で根源的な希望の実現が損なわれているという側面があると考えている。後述するように現在の少子化の最大の要因は未婚率の上昇であるが、各種の意識調査結果などを見ても、生涯独身を望む若い人が顕著に増えてきた訳ではない。また、夫婦の子どもの数については、その点に関する意識調査が初めて行われた20数年前から最近まで一貫して、理想とする子ども数の平均は実際に産まれた子ども数の平均よりも多いというデータもある。それにもかかわらず現実には出生率が低下し続けているということは、それが人々が望んだ結果であるというよりも、結婚や子どもを持つことにともなう様々な制約の高まり、特に子育てと両親の就労継続との両立の困難さや、住宅の制約、教育に関する懸念及びとくに農村地域においては低い女性の社会的地位等の社会経済的な要因によって生じた面も大きいと考えられる。

●政府や社会が少子化への対応に関わる際の基本姿勢は、環境整備である。
 以上述べてきたように、現在の少子化の流れに歯止めがかからない場合、結果として社会経済全体には大きな悪影響があると考えられるが、だからといって人々の結婚年齢や出産数について社会全体として目標をたて、子どもを持つことを希望しながら様々な事情で持てないでいる人や、子どもを持たないことを信念としている人も含め、国民に対し圧力を加えるようなことは、わが国においては決して行われることがないようにすべきであると考える。
 しかし、これも前述のとおり、日本の少子化には、人々の本来の希望が社会経済的な要因により妨げられている結果の現象であるという面があると考えられる。そうであれば、政府や社会全体がそれらの制約要因を除去し、子どもを産み育てる喜びや楽しさを多くの人が味わいやすい環境を整備するよう努めることは、第一に人々の人間的な希望を実現しやすい世の中を築くという意味でそれ自体望ましいことであり、また第二にそれによって現状維持の場合よりは出生率の回復が期待できるようになることにより、結果として社会全体にとっても少子化の悪影響を緩和する可能性が生まれるという意味で望ましいことである。私たちは、このような考え方にたって、環境整備の方策を検討した。
 なお、少子化への対応を考える有識者会議からは、以上の意味での環境整備の方策とあわせて、「人口成長を前提として組み立てられてきたこれまでの社会の枠組みを人口減少社会に適合するものに転換していく方策について、男女共同参画の視点も含めた幅広い観点から検討する」ことも求められている。この点については、私たちは、以下に報告する子どもを産み育てやすい環境整備としての働き方の見直しの提案が、男女の就労と子育ての両立支援や多様な働き方ができるようにすることなどを中心としているものであることから、同時に女性や高齢者などがこれまで以上に働きやすい世の中を築いていくことにつながり、人口減少による労働力減少に対する緩和策としても機能するものでもあると考えている。

2 少子化の要因と日本の働き方の関係

 働き方分科会では、少子化への対応として働き方に関わる事項を中心に提案を行うが、その前提として、少子化の要因と日本の働き方の関係について考察を加えた。
●近年の出生率低下の要因としては、既婚者の出生率低下よりも、未婚率上昇の影響の方がはるかに大きい。
 出生率低下は、未婚率の上昇と既婚者の出生率の低下という二つの要因に大別することができるが、特に1980年以降は、未婚率の上昇による影響が大きく、特に20歳代から30歳代前半層の未婚率が上昇したことにより出生率が大きく低下してきている。

●未婚率上昇は、女性の経済的地位の向上と関連している。
 近年の未婚率上昇は、女性の経済的地位の向上と関連していると考えられる。女性の進学率が高まり、高い収入を得られる就業機会が増えると、結婚して夫の被扶養者になる道以外の人生設計の選択肢が大幅に広がり、それが未婚率の上昇をもたらしている。女性の経済的地位の向上自体は逆もどりさせるべき事柄ではないことはいうまでもないし、これが結果として晩婚化だけでなく生涯の未婚率の上昇につながることは、おそらく先進国に共通した現象であると考えられる。
 なお、日本の場合、女性就業の進展のひとつの指標として4年制大学への進学率をとると、その上昇率は最近になるほど加速しており、男女間の格差は急速に縮小している。また、女性の大学での専攻分野が、女性が伝統的に集中していた文学部や教育学部から、法律や経済、理工、医学部など、より収入の高い就業機会と結びつきやすい分野へのシフトが生じていることも大きな特徴である。
 また、女性の大学進学率には、教育費を負担する家族の所得水準が影響すると考えられるが、これに加えて家族当たりの子ども数も重要である。兄弟姉妹が多かった時代には、男の子は4年制大学に、女の子は短大に、というパターンが多く見られたが、子どもの数が1〜2人であれば、男女にかかわりなく4年制大学へということになり易いと考えられる。このように、仮に少子化が女性の高い進学率につながり、それが未婚率上昇・出生率低下につながれば、少子化と女性の進学率上昇との間に循環的な関係が見られるという見方もある。

●日本では、固定的な雇用慣行がもたらす職場優先の企業風土などが、未婚率上昇の助長要因となっている。
 日本の場合には、雇用を長期的に保障する固定的な雇用慣行が存在することによって、女性の経済的地位の向上が、欧米以上に、未婚率上昇につながっていると考えられる。
 日本的雇用慣行の大きな特徴は、職場や家庭での男女の固定的な役割分担と密接に結びついていることなどである。この点については後述するが、このような雇用慣行の下では、とりわけ女性は結婚により失うものが大きいこととなり、結婚をためらう度合いが強くなると考えられる。
 具体的には、日本では結婚は出産につながるものという認識が強い一方、性別役割分業の下で育児負担は女性に重くかかる。また、就労継続しようにも長時間労働や転勤の強制など、「内助の功」付きの男性並みの職場優先の働き方を求められ育児との両立は困難である。しかし、だからといっていったん退職するとそれ自体収入減となり、また、再就職は賃金の相当な低下を伴うパートタイム的形態しか期待しにくい。税制や社会保険などの諸制度も、配偶者の就労収入の一定以上の増加に対して抑制的に機能する場合がある。なお、これら諸制度の下で収入を一定以下に抑えたい主婦は、企業から見れば、一方ではパートタイマーとして、社会保険料雇用主負担なしでリストラ等に際しても活用できる安い労働力であり、他方では企業の基幹的労働力である夫を支える存在でもある好都合な存在とも言える。
 このような現実を見通した場合、就職しており自活の道がある女性が結婚をためらう度合いが強まるのは不自然ではない。少なくとも、すでにある程度の収入と生きがいを得られる仕事に就いている女性にとっては、よほど条件の良い相手でもなければ、結婚自体を躊躇させ、結果的に未婚率の上昇につながっていることは否定できないと考えられる。
 独身者の意識調査(注)でも、結婚相手の条件として、男女とも第一は「人柄」であるが、第二は女性では「経済力」であるのに対し、男性では「容姿」であり、男性が結婚相手の女性の経済力を重視する比率が低くなっている。これは、女性には男性よりも打算的な人が多いと解釈すべき統計ではなく、男性は結婚により自らの勤労収入を自分だけで自由に使うことは制約されるとしても、収入水準自体にマイナスの影響が出ることはほとんどないが、女性は先々退職せざるを得ない確率が高いという現状があるため、将来にわたる自らの勤労収入を失うことを埋め合わせるほどの高い経済力がある男性であるか否かを重視する傾向にあるのではないかと考えられる。
(注)第11回出生動向基本調査「結婚と出産に関する全国調査」独身者調査の結果概要(平成10年10月国立社会保障・人口問題研究所)。なお、この意識調査では、25〜34歳の男女の独身の理由(三つまでの複数回答)に占める「自由や気楽さを失いたくない」と「必要性を感じない」の割合(男性3割程度、女性3〜4割)が微増しており結婚観の変化などもうかがわれる。しかし、最も多い理由は、「適当な相手にめぐり会わない」(男性46%、女性52%)であり、この背景には、本文で述べているような働き方との関係があると考えられる。
●日本的雇用慣行は、性別役割分業を前提とし、職場優先の風土を助長しており、また中途退職後の再就職を困難にしている。
 日本では、企業が、新規学卒者を一括採用し、長期雇用を前提として、雇用者が若年の時は賃金を上回る貢献をしながら、企業内訓練により中高年期になって蓄積された教育・訓練への対価として、貢献度を上回る賃金を支払うことにより、企業固有の技術を持つ熟練労働者を長期に確保する仕組みが広く行われてきた。この日本的雇用慣行は、企業の投資意欲を促進する人口の増加と高度経済成長という経済環境の下で、企業と雇用者の双方に利点のあるものとして、戦後の日本の企業に広く普及し、定着した。
 日本的雇用慣行は、男性は仕事に専念し、女性は出産・育児期は退職して育児等に専念するという性別役割分業を暗黙の前提としてきた、男性中心の企業風土と言ってもよい。この慣行の下で、基本的には男性は基幹労働、女性は補助労働と位置付けられ、配置・配置転換、職場での教育訓練、賃金水準、昇進などにつき大きな差異があった。男女雇用機会均等法の施行により女性の職域拡大や管理職への登用は進みつつあるが、なお男女間格差が見られる状況にある。賃金体系における配偶者手当、税制における配偶者控除、年金制度における第3号被保険者、医療保険制度における被扶養配偶者の位置付けなど、様々な制度・慣行も、夫が働き妻はいわゆる専業主婦となる家庭が多数存在することを前提とし、これを支える機能を有しているものが少なくない。
 また、このような妻の内助の功に支えられた夫を主たる対象として、同一企業内で長期雇用を保障し、間接的にその家族の生活を安定させる雇用慣行は、職場での仕事を家庭生活に優先させる企業風土を強固なものにしている。欧米の企業と比べ、日本企業では、雇用者は、長期の雇用保障の見返りに、その仕事の内容や働き方に関する選択の自由度を相当程度失っており、頻繁な配置転換や家族ぐるみの転勤、あるいは家族が別居しなければならない単身赴任なども拒否しにくい。また、企業は、不況時における解雇等による雇用調整を極力避けるため、好況時の生産増等に対応するための手段として、雇用者の増加よりも残業時間の増加を選好する傾向にあり、これが比較的長時間の残業につながっているという面もある。年功賃金や配偶者手当・社宅等の周辺的な給付は、男性が妻子を扶養するための「生活給」の考え方に基づいている。
 この固定的な雇用慣行の下では、結婚後も就業を継続する女性にとっては、長時間労働や転勤の強制など、「内助の功」付きの男性並みの働き方を続けなければならない。また、正規社員の中途採用は限定されているため、仮に育児等のため、いったん退職した場合には、生涯パートタイム就業者となるなど従前の就業条件を維持することが著しく困難な場合が多く、生涯所得の逸失額はきわめて大きなものとなる(平成9年度「国民生活白書」によれば、正規社員として就労継続した場合と比べた出産退職・再就職者の所得格差は、一定の前提の下で6千万円に相当するという試算もある)。従って、企業で働く女性の選択肢は、結婚せずに就業を続けるか、それともいったん退職して専業主婦として子育てをするかという、極めて限られたものが中心となるという状況につながっている。
 こうした日本的雇用慣行の下で子育てと就業とを両立させることの困難さは、結婚前から周知の事実である。このため、前述したとおり、就業している女性が結婚をためらうことは不自然ではなく、結果的に未婚率を高めることの大きな要因となっているのである。

●既婚者の出生率も、日本的雇用慣行の下では上昇を期待できない。
 既婚者についても、日本的雇用慣行の下では、実家の祖父母の支援を得られる場合はまだしも、共働きの夫婦だけで両親の就労継続と育児を両立させていくことには様々な困難がある。このため、子どもを持つことをためらう、あるいは一人目までは何とか就労継続と両立しえた場合であっても、二人目以降の出産をためらうという動機には強いものがあると考えられる。また、既婚者の出生率は、結婚年齢の高まりとともに次第に低下する傾向がある。これは体力的な要因だけでなく、働いている女性の場合、勤続年数の長期化にともなう仕事責任の高まりから、育児休業後の就業と子育てとの両立がいっそう困難となることが考えられる。この意味で、企業のなかで、従来の「内助の功」付き男性を前提とした長時間労働から、個人の働き方についての裁量度を高め、時間当たりの生産性を高める方向への改革は、未婚者・既婚者を問わず、必要とされている。

●農村地域における未婚率上昇は、農村において女性が置かれている状況が影響している。
 農村の女性は、農業就業人口の6割を占め、農業・農村の重要な担い手として活躍しているが、農業労働に従事しながら、家事・育児・介護等に加え地域の諸行事にも参画するなど過重な負担があり、ゆとりが持てない状況にあるのが実態である。一方、農村の男性は結婚してもこれらの負担は女性と比べ圧倒的に少ないままである場合が多い。
 このような実態が女性が農村を敬遠する原因となっており、農業・農村が女性にとって魅力あるものとなるよう、農村地域に残る古い因習や固定的な性別役割分業意識の改革と、農家労働の改善などを進めることが必要とされている。また、こうした点を改善するためには、農家における共同経営者としての女性の地位を確立するため、農村女性の農業経営参画の促進と自立支援の一層の充実が求められている。

●多様な働き方が可能な社会の実現は、子育てと就業の両立を容易にするだけでなく、社会に新たな活力をもたらすことも期待できる。
 近年、情報化の進展に伴い、パソコン等の情報通信機器等を利用して在宅等で仕事を行うテレワークなど、時間や場所の制約を受けない働き方が注目を集めている。日本的雇用慣行が見直され、またこのような新しい働き方も普及した、多様な働き方が可能な社会は、育児も織り込んだ人生設計を立てやすい、子育てと就業の両立がこれまでよりも容易な社会にほかならない。
 また、子どもを育てることは、多くの大人たちにとって、働くための「はり」をもたらすことでもある。子どもたちにとっても、大人が、家庭や地域での生活に積極的に参画しながら、生き生きと働いている姿を見ることは、将来の自立した人生の希望にもつながるのではないか。
 このように考えれば、多様な働き方が可能な社会は、子育てのある人生に夢を持ちやすい社会であると言えるのではないか。
 さらに、日本的雇用慣行の下で個人の生活よりも仕事を優先してきた人々が、個人の生活に従前よりも目を向けるようになり、社会の意識や慣行により就労機会や報酬の面で不本意な状況しか選択できなかった人々も、個々人の状況に応じた仕事に就けるようになれば、そこに新しい社会経済活動分野が生まれる。そして、いわば職場と家庭・地域との垣根が低くなり、これまで特定の分野にしか活かされてこなかった様々なものの考え方や手法などが、より広範な分野で活用されるようにもなり、社会経済活動を活性化することも期待できるのではないか。
 なお、多様な働き方が、不当な低賃金や不安定雇用とならないよう、最低賃金、雇用保険、労災、社会保険等、社会的なセーフティ・ネットは同時に確立されなければならない。

3 少子化への対応としての働き方の見直し

 日本の大企業や官庁に典型的に見られる固定的な雇用慣行は、雇用の安定と労働者の熟練形成に大きな貢献を果たして来た。しかし、経済環境の変化や女性の経済的地位が高まる一方で、雇用慣行はとりわけ女性にとって結婚・出産により失うところが大きいものとなっていることが、日本における近年の出生率低下を助長している要因と考えられる。このような状況の中で、ときに、出生率回復のためには、女性が男性のように仕事第一の生活ではなく、家庭に戻ることを生きがいとすべきである、という考え方に立つ対応方策が提案されることがある。しかし、女性の就業を抑制する方向での政策は、男女共同参画の視点からも、また日本の労働力供給が数年後には減少に向かうことが明らかになっている中で、女性の就業率はいずれにしても高まらざるを得ないという現実から見ても、不適当であると言わざるをえない。働きたいと願う女性を、子どもがいるということで「コストがかかる」とみなし、不況時の解雇対象とするようなことは、長期的には企業や社会の発展にとって損失である。
 したがって、対応の方向は、女性の就業を前提とした上で、男女ともに仕事と家庭と地域の責任と喜びを両立することが容易になるよう支援することを基本としていく必要がある。このため、これらの両立を妨げる結果となっている制度慣行は見直していくとともに、両立支援のために必要な仕組みを強化していくことが求められる。
 また、その際に、企業経営者にとって「女性はやはりお荷物だ」ということとならないよう、両立支援は、「次世代を担う人達のために取り組むべき社会全体の問題」であるとともに「企業の経営戦略上も重要な問題」であり、また「男女従業員にとって大切な問題」であるという基本認識について社会的な合意形成を図っていく必要がある。
 このような考え方に立って、以下、(1)男女の性別役割分業を前提とした職場優先の企業風土の見直し、(2)職場における仕事と育児の両立支援の取組、(3)出産・育児を機に退職しても過度に不利になることなく再就業できるような労働市場の実現、(4)職場における取組を支える社会の仕組みづくり、(5)その他の5つの分野に大別して具体的な提案を行うこととする。

(1) 男女の性別役割分業を前提とした職場優先の企業風土の見直し

 @男女の性別役割分業の見直し
働き方を見直していくためには、まずは、日本的雇用慣行を支えている男女の性別役割分業を隅々まで見直していくことが必要。また、その際には、特に男性の意識と行動を変革していくことが重要ではないか。
 A企業風土の見直し

(2) 職場における仕事と育児の両立支援の取組

@就業者全体の職場への拘束時間の削減
子育て期だけを対象とした残業規制ではなく、社会全体として残業が前提となっている働き方を見直すことが必要。
●仕事の合理化(能率アップ)による就業時間の削減
●時間的に融通の効く就業形態
●効率的な人員配置
●時短促進を図る賃金制度
A特に育児期間にある者の職場への拘束時間の削減
●育児休業の取得促進
●育児時間を確保しつつ働ける職場の実現
●職住近接の実現
●育児休業の取得や育児時間の確保を支える賃金制度や業績評価の仕組み
B時間外での育児者への配慮
Cその他

(3) 出産・育児を機に退職しても過度に不利になることなく再就業できるような労働市場の実現

@採用方式の多様化など、雇用の流動性を高めるための政策
A個人の能力の向上

(4) 職場における取組を支える社会の仕組みづくり

@企業における取組を勧奨又は評価監視する仕組みづくり
A保育サービス等の育児支援措置
●保育所の充実や利便性向上
●地域活動など保育所以外による支援の充実

(5) その他

@育児に係る経済的負担軽減措置
Aその他

おわりに

 少子化は、主として家族行動の変化に起因しているが、その背後には、企業や政府が経済社会環境の大きな変容のなかで、これまで必要な改革を怠っていたことから生じている面も大きい。少子化の基本的な要因である未婚率の高まりは、女性の、経済的地位の向上に追いつけない、企業や家庭内での社会的地位の低さの反映である。また、男性中心・職場優先の企業風土は、父親不在の家庭や地域社会の問題にもつながっている。しかし、企業の行動は、経済活動の国際化と従業員の高年齢化の進展のなかで急速に変化しつつある。労働力の減少が基調となる今後の社会では、少子化対策は、企業の社会的な義務として行うだけでなく、むしろ有能な社員を確保するために必要な経営戦略でもある。家族的責任を担う男女にとって働き易い環境を整備することは、高齢者や若手社員にとっても同様な効果を持つ場合が多い。
 日本の出生率回復のための家族政策の基本は、子どもを持つことを単に個人や家族の私的な責任としてではなく、社会全体の責任ととらえる考え方に立って、子どもを社会的に扶養する制度を確立することである。このためには、生涯学習等を通じこの考え方を普及していくことも重要である。
 高齢者の生活保障も、かつては基本的に家族の責任であり、家族による扶養義務が強調された時代があった。しかし現在では、すでに公的年金や老人保健制度によって、高齢者を社会的に扶養する制度が確立している。これと同様に、子育てを社会的に支援していく政策が必要である。
 女性就業の高まりは先進国に共通した現象であるが、それは不可避的に出生率の低下と結びつくわけではない。むしろOECD諸国の平均的な関係から見れば逆に男女の就業機会の平等な「男女共同参画社会」の実現している国ほど、出生率も高いという関係にある。こうした諸外国の経験を見ても、結婚・出産に中立的に機能するような社会政策や、継続就業との両立を可能とするような方向への雇用環境の変化を促すことで、今後、出生率が回復し、子どもを産み育てる喜びや楽しさをより多くの人が享受することは十分に可能である。