○ それでは、この場で御感想を含め皆様から一言ずつ御発言をいただきたい。
○ 追悼・平和祈念という言葉の意味そのものから考えることから始めた。この報告書を一つの考え方として広くオープンにこの問題を話し合うことが重要であり、そう望んでいる。
○ 非常に難しい問題でありながら大変いい形でまとまったのではないかというのが率直な感想である。委員を引き受けるときには、靖国神社のこともよく知らないし、それと並ぶのか、それに代わるのか、よくわからないような追悼・平和祈念のための施設ということで非常に戸惑っていた。
しかし、皆さんの御熱心な御討議の過程でだんだんとあるべき姿が見えてきたような感じがした。いずれにせよ、いろいろと紆余曲折があったと思うが、このような形で報告書がまとまったことを非常にうれしく思っている。
委員を引き受けた後に大勢の方から手紙をいただき、靖国に代わるものはないという熱い思いが切々とつづられていた。それで靖国神社の問題というのが重く私の心にのしかかったような一時期があった。
しかし、そのうち、新たな施設は靖国神社の存在意義を失わせたり軽くさせるようなものではないので、多少は誤解を受けたり、あるいは十分な理解が今はないかもしれないが、時間がたてば国民に御理解いただけるのではないかと思っている。
○ これからの日本をつくっていく世代がたくさんいるが、その声をどこまで出しているかという点は反省すべきところもあるかもしれないが、こうして皆さんとともに議論ができたということは、日本の国としても21世紀を迎えて、ようやく何か戦後の新しい日本の平和観というものを国内外に発信できるいい機会ではないかと思う。また、これがようやくスタートであり、これから政治の中でも、また国民的な議論をどう喚起していくかという一つの題材になるのではないかと思う。特に日本発の平和、不戦の誓いをした日本から出していく世界へのメッセージとしての一つのきっかけづくりになっていくのではないかと思う。
ありとあらゆることがしていけるのではないか。例えば小学校の教科書にこういうものを取り上げて教育にも広めていき、また、これから政治としてもやっていけることはたくさんあるのではないかと思う。平和に対する日本発のメッセージを発信することで、国家としてようやくスタートができる機会ではないかと思う。この懇談会が終わった後も、日本の平和な国としての在り方を引き続き検討していきたいと思っており、こういう機会を与えていただいたことに感謝申し上げたい。
○ 私は、不本意である。最初から私は今日的な意味でこの問題をとらえていたので、懇談会では100年先を見通して高い見地から議論したと思うが、私は非常に今日的な意味で考えていた。そうなると、当然A級戦犯がどうなるか、靖国神社はどうするのかというようなことがいつも頭の中にあり、もう少し具体的な問題としてパンチの効いたものが出るのではないかと思っていたので、ずれが最後まで感じられた。
それと、私の頭の中にはそもそも小泉総理の参拝に関わるところから議論が起きているのではないかということがいつもあったので、小泉総理にはお忙しくてももう少し肝煎りだという表情をしていただきたかったと思う。そういうことも含めて不本意な部分があるが、無宗教で国立のものができるという基本的なところでは賛成していたので、最後までお付き合いさせていただいた。一人くらいひねくれた者が入っていた方が民主的な懇談会と思うので、今後ともひねくれた立場から発言させていただきたい。
○ この懇談会はなかなか難しい懇談会であって、それに参加させていただいたのは大変名誉であると思うが、その過程でいろいろ考えることも多かったという感想を持っている。ただ、でき上がった報告書は、全体として中長期の観点から見ると、日本にとって必要だし、ここに書かれてあるような方針で施設を実際につくるという方向で是非進めていただきたいと思っている。私は、この懇談会の報告書が国際政治にどういう影響を与えるかという点には、それ自体関心がある。この報告書によってすべての様々な問題が解決するというようなことでもないと思うが、ただ、中長期的に言うと、こういう無宗教で国立の施設を今の段階でつくるということは、建て前だけではなくて、ここに書いてあることが本当だと思っているので、是非促進していただきたい。
それから、中長期的に言って、このような施設をつくっておくことが日本と諸外国との関係を円滑にしていく基礎であるし、日本が国際的な活動をする上でも非常に重要な基礎になっていくと考えている。
○ 北東アジアにはまだ政治、経済、文化、警察、軍事、そういった面の協議機関が、例えば東南アジアに比べると何一つない。しかし、もうそろそろそういう時期が来つつあるのではないかということを感じていた。そのきっかけになったのが、昨年における中国のWTO加盟、APECの開催、2008年の北京オリンピックの開催決定というようなものが非常に大きな契機になって、中国が本気になって国際社会の中に出てきた非常に画期的な時期が去年だったと考えている。それで、そういうものを意識しておられる方が多いと思うが、いろいろな流れがある。例えば、もう5、6年前にはアジアの共同体などということを言う人はいなかったけれども、それが現実の議論になってきた。非常に動いているということを痛感している。現在は北朝鮮の問題が日本では大変な問題であることは事実であるし、それがまたアジアや世界に影響を与えるが、大きな大きな流れから見ると北朝鮮の問題というのは一局部の問題というように見ないと、歴史の予測を誤るのではないだろうかと考えている。
そのような大きな流れからすると、とりわけ日本はアジアに所属しているので、もちろん日米関係等、あるいはアジア太平洋という枠組みを重視しながら、しかしアジアに足をもっと深く置いていかなければならないということを痛感しており、そういう時期にこの施設ができるということは、恐らく戦後の日本からすると憲法の制定以来のできごとではないだろうかと考える。
施設ができても総理が靖国神社に参拝すれば意味がないのではないかという意見はあるが、そうは考えない。その反発はなおあるかと思うが、こういう施設があった上での総理の参拝かどうかの違いはやはり大きいと考えている。そういう意味では、今の歴史の流れに非常に合った、タイミングも非常に合った効果のある結論が出たのではないかと考えている。これまでは、靖国神社を擁護し、靖国神社の価値を強調する方の意見が多く聞こえてきたが、報告書が出るともう一つの極として十分議論の対象になるであろう。そういう意味は確実にあると思うので、その実現に御努力いただきたいと考えている。
○ 最初に、懇談会に参加させていただき1年間本当に勉強になったということに御礼を申し上げたい。私はいろいろなことについて大抵のことはよく分かっていたつもりだが、ここでいろいろな問題を追求していく中で案外不確かなことが多いということを改めて感じさせられたというのが第1である。
第2は、それにもかかわらず詰めていくと、詰められる部分というのは結構あるものだという感じがした。それと同時に、最終段階でいろいろ議論をしたところで感じたのは、やはり戦後50年、日本は平和であったということは本当に大変なことだったということを改めて思った。それが追悼・平和祈念というときに、両者が不可分一体であると思うが、そう思うように至った大きなところは、ここでの議論から摂取したものであったという気がする。
やはり、なぜこの時期に今、国立のというのは非常に難しい問題ではあるが、おそらく後世から見たときに、この時期につくったということにある種の意味合いが添えられるだろうと思うし、形にするということが大事だと思うので、是非これが形になってきちんと施設として存在するようになることを強く希望して感想に代えさせていただきたい。
○ 今、でき上がった文章を見ると、改めて追悼・平和祈念のための施設ということを我々は1年かけて検討をし、かつ、厳密に定義してきたという気がする。官房長官から最初にこのテーマの言葉の諮問をいただいたときには、ほかの言葉でもいいような気がしていたが、こうやって集まって12か月議論してみると、結局我々は追悼という言葉を他の言葉と区別して深く再定義するということに努力した結果になったし、また平和祈念という言葉を非常に強調することにもなった。そこまで官房長官がお見通しの上でこのテーマをお与えになったのだろうと思うが、その洞察力に敬意を表したい。
それから、この懇談会はほかの政府関係の様々な懇談会と違い、どうしても抽象的かつ観念的な議論をしなければならない中で、座長が非常に辛抱強くまとめいただいたことにも感謝する。
最後に、特に起草委員の方々が非常に見事な文章をまとめてくださったことにも御礼を申し上げたいと思う。
○ 1年間、皆さん大変お忙しい中、この議論に御参加・御協力いただき、このようなものがまとまったということに対して、心から感謝申し上げたいと思う。坂本委員が途中でお亡くなりになり誠に残念だったが、坂本委員のお気持ちはこの参考意見の中で十分取り入れさせていただいたと思っている。
この報告書については、本当に皆様に御努力いただいたものであり、これは様々な批判に十分耐え得る、非常にそういう性格を持った報告書になったと思っている。今後、様々な政治的な難しい問題もあろうかと思うが、今日委員から様々な御意見があったように、この実現につき、是非官房長官には御努力をお願いしたいと思う。