首相官邸 首相官邸 トップページ
首相官邸 追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会
 トップ会議一覧追悼・平和懇談会開催状況第二回議事次第 > 資料3−1

資料3−1

一般戦災死没者に対する追悼ついて

平成14年2月1日
総   務   省

1.一般戦災について

 今次の大戦による本邦における空襲、艦砲射撃、機銃掃射等により死亡した一般戦災死没者の数は50万人以上、焼失家屋は200万戸以上といわれている。


2.国の施策について

 総務省(旧総理府)において、一般戦災死没者の追悼のため、昭和52年度以降、以下の施策を実施してきている。

(1)全国戦没者追悼式への遺族代表の参列(13年度:160人)

(2)全国戦災史実調査の実施、展示会の開催、広報啓発資料の作成等

(経 緯)
昭和41年全国戦災死没者遺族連合会結成
昭和51年自民党内閣部会「一般戦没者等の慰霊に関する小委員会」が決議
(→慰霊行事等の実施に必要な経費の予算化)
昭和52年(社)日本戦災遺族会設立(上記連合会が母胎)


3.追悼施設等について

(1)太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔

 空襲等の被害を受けた都市の団体である「全国戦災都市連盟」の提唱により、「太平洋戦全国戦災都市空爆犠牲者慰霊協会」が結成され、同協会により同連盟の発祥の地である姫路市に慰霊塔が建立された。

 以来、毎年慰霊祭(太平洋戦全国空爆犠牲者追悼平和祈念式)が行われている。(政府から内閣総理大臣の代理が出席)

(慰霊塔)
建 立:昭和31年10月26日(姫路市手柄山中央公園内)
建立者:(財)太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会(会長:姫路市長)
(全国113(→合併で109)の戦災都市が加盟)

(経 緯)
昭和22年全国戦災都市連盟結成 (昭和34年に解散)
昭和27年太平洋戦全国戦災都市空爆犠牲者慰霊協会設立
昭和31年慰霊塔建立
昭和57年同協会が「財団」となる

(2)各戦災都市における追悼施設等

 100以上の戦災都市において、独自に、慰霊塔、慰霊碑等が建立(単独建立又は戦没者との合祀建立)され、又は、慰霊祭等が実施されている。





「太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔」の概要


1.建設経緯

昭和27年 4月 全国戦災都市連盟(昭和22年結成)の役員会で「太平洋戦全国非戦闘員空爆犠牲者総供養塔」の建設を提案。
5月 太平洋戦全国戦災都市空爆犠牲者慰霊協会(加盟113市)設立。同総会において、慰霊塔を同連盟の発祥の地である姫路市に建立することを決定。
(注)同協会は、昭和57年8月に(財)太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会に改組された。
7月 慰霊塔の建立場所を姫路市手柄山に決定。
昭和28年 2月 慰霊塔の設計を、懸賞により全国に公募した結果、東京都の高谷隆太郎氏の作品に決定。
5月 建設に着工
昭和31年10月 竣工式及び第1回慰霊祭(この後は、毎年竣工記念日の10月26日に「慰霊祭(追悼平和祈念式)」を実施。)

2.施設の概要

名 称 太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔
場 所 姫路市西延末440 手柄山中央公園内
慰霊塔 塔身=高さは26.75m。塔は刀を地中に埋めた形で、「もう戦争はしない」ということを表現している。  造りは鉄筋コンクリートで、外部は花崗石貼り。  塔身の下に「御霊室」がある。
前室=約196m
側柱=側柱1本毎に全国113都市(1都99市13町)の被爆日時、死没者数、罹災人口及び歴代復興担当市長名が夫々刻んである。
    死没者数等の表示=側柱に記名された上記の総数は、死没者数509,734人、罹災人口9,551,006人。
建設費 80,000千円(昭和31年10月竣工/全国からの「浄財」による。)
施設の区域の広さ 約2,550u
所 有 施設=(財)太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会
土地=姫路市
使 用 (財)太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会が主催する、
 太平洋戦空爆犠牲者追悼式(8月15日)
 太平洋戦全国空爆犠牲者追悼平和祈念式(10月26日)
で使用している。
(注)公園区域であるので、市民は自由に参拝できる。