○ 「わだかまり」については、この懇談会のそもそもの趣旨は、現にわだかまりがあるという認識に立って新しい施設をということであり、それを全部捨象してゼロから議論するのが我々の任務なのか。国家は何故追悼する必要があるかをゼロから議論するのは非常に興味深いが、それはこの懇談会の趣旨か。やはりわだかまりがあるという認識に立って、この新しい施設が必要だというのが一つの筋ではないか。
○ 頻繁に近隣諸国からいろいろ言われたり、明治神宮はだめでやぶさめだけ見るという現実を見ている国民に対して、正論だけでは国民に通じないと思う。
○ わだかまりがあるという人をつかまえて、わだかまりを持つ方が悪いからそれを引っ込めろと言ってもますます議論になるだけである。だから、論点を変えて、結果的にわだかまりが解ければいい。私はわだかまりを無視しろと言っているのではなく、むしろわだかまりを解消するためにいわば論理的な迂回路を通ろうと申し上げている。論拠としてわだかまりがあるからこれがないような施設を造るというと、今度はそれに反対してわだかまりを持つ人が必ずいるわけで、その議論になっていくと泥沼になる。
○ 戦後50年で区切るか、ずっとさかのぼってやるかという点はどうか。
○ 戦前のものに限るという議論もあるが、戦後のいろいろなものがあり、そして今後も予想される。それを一緒に弔うかどうかが論点。
○ たくさん論点が出てきたと思う。例えば、戦後新憲法下の政教分離についての論点もあったのではないか。それから、国権の発動に関わる部分は、私は社会的貢献という、国民の自発的な貢献という部分も含めて考えたい。国権の枠の中で命を失った方に対して追悼の意を捧げるのか、国民が自発的に仮にボランティアで行かれて亡くなられたという方の部分まで含めていくか。これは自発的な部分で大きな差があると思う。
私は戦前の問題も、両方当然含めていくべきだと思う。長いのをどこかで切るという意味ではない。平和という理念を考えるときには、人の命の尊さということを大事にするがために、国権で発動されて亡くなられた方も、または自発的な今後の方に関しても全部含まれるのではないかと思う。
○ その点で、国家が国費をもって国家の権力をもってこれを祀ると言っているわけであるから、ある種の限定が必要になるのではないか。そうしないと、社会に貢献しないで生きている人間は一人もいないから、全人類のすべての人間を葬るということになり、意味がなくなってしまう。
○ だが、今の議論は、国家の施設であったとしても、日本人がこれから平和に対する考え方、理念をどうとらえていくか、過去の戦争の時代の平和ということにとらわれるのではなくて、これからの平和をどう考えるかという点が理念の根底に流れると思う。だから、あくまでも平和の新しい理念の考え方をここで議論されないのは怖いなというのが私の考え方である。
○ 社会的貢献というのは、国際的なものに限ると考えてよいか。
○ 国内でもよい。誰が入るか入らないかを決めていくことに対してはすごくまた議論になると思う。
例えば消防士とか警察などもすべて含まれる。私は、国権だけに限られずに、大きく解釈して、例えば社会貢献、ボランティアで亡くなられた人も入ると考える。
○ 私の考えでは、国権の発動の枠内でNGOが活躍した場合には入る。というのは、我が国の憲法下では私戦を禁じており、勝手に戦争をしてはいけない。だから、例えば今の日本人が憤慨してパレスチナに行ってイスラエルと戦って死んだ場合、これは身勝手なので、いかにそれは本人の意図としては平和の維持に貢献するつもりであっても、国家として祀ることはしない。国権の発動というのは、そこで線を引きたいから申し上げている。ボランティアはそれぞれみんな自由なので、我々から見るととんでもない、例えばオサマ・ビンラディンと戦うという人も出てくる。
○ その辺が、常に国が国権の発動を、国が戦争を起こしたときにあくまでも国主導でやっていくという戦後の考え方をまだずっと引き継いでいるのではないか。
○ 我々としては、国が存在する、国が政治を行っていることを前提に議論をしているので、国が祀ることが必要かどうかを議論している。それと同時に、私は国民であると同時に世界人であったりアジア人であったりすることは結構だ。
○ 国が祀るのではなくて国民が祀るということではないか。
○ 国民と言ってしまうと、この趣旨に反する。既に国民はあちこちで祀っているわけで、何も国が出ることはない。あくまで国家が祀るかどうか。だから、私は具体的に国費をもって建立し、国費をもって維持し、三権の長はお参りに行く義務があると考えている。
○ 私が言っているのは、もう少し広くカテゴリーを考えられないかということ。例えば、ボランティアでたまたまNGOで海外に行かれて亡くなった場合。
○ NGOにもいろいろある。例えばアフガニスタンに現在、日本政府は貢献することを公の政策として行っており、これとの関連でNGOが出て行った場合には、それは確かに国権の発動が関連している。今度は逆に、ではオサマ・ビンラディンの方へ行くNGOがいたら、それは排除しておかないと、もう何が何だかわからなくなってしまう。
○ 今ので国権の発動をすごく広く解釈されているということがよくわかった。
○ それはこの議論の先の話で、そこまで踏み込むのはまだ早い。今はもっと根本的に国がだれを弔うのかということを議論しているわけで、社会貢献一般では余りに広すぎる。
○ 国権の発動の中にそういうものが含まれるのであれば、私が考えているカテゴリーの中には入っている。
○ 確認したいが、先ほどから国民と国とを分けて使っておられて、どうも私の言っている国民と理解が違うようだ。要するに国民というのは一般民衆という意味であろう。確かに戦没者があっても各家庭に位牌があったりして、各家庭で祀るということはあるが、これは私的なこと。私が国民と言っているのは単に私的生活の主体ではなくてものすごく公的な義務と権利を負っていると思う。選挙権を持つとか、個人の中のそういう部分を国民と呼んでいる。私が国民の意思だとか徳だとかと言っているのは、その私的な領域で自分の御先祖を祀っているというレベルではなくて、およそ国民であれば自分の肉親でなくても靖国神社に祀ってある霊に対しては追悼を尽くしたいということ。単なる民衆ではない。だから、私は国と国民を分けているのがよくわからない。
○ 私が今、国民と言っているのは2種類ある。ネイションのメンバーである国民とステイトのメンバーである国民とは違う。先程から微妙にずれが生じるのは、委員が常にネイションのメンバーをおっしゃっているのに対し、私はステイトのメンバーを申し上げている。
○ 私もステイトのメンバーのことを言っている。選挙権を持ったり徴兵義務に応じたりするというのはステイトにもかかっている。
○ ステイトのメンバーが行動するときには法と制度が必要だ。国民として行動するときには必ずしも法と制度を必要としないで、国民的な慣習でもいい。だから今、国民的慣習に従って靖国神社に多くの人がお参りに行っている。それは置いておいて、ステイトとしての国家のメンバーが改めて追悼する場合には法と制度が必要だろうということ。
○ もし造るとしたら今度できるものと靖国神社との関連というのを少し考えた方がいい。
○ 関連は私は考えていない。つまり、靖国神社は存在する。ネイションの神社としてそれは永久にあるかもしれないし滅びるかもしれない。そんなことには法と制度としての国家は関与せず、一方で、我々は法と制度の下の祈念施設を造ろうと言っている。
○ ネイションとステイトをそう分けられるかと思う。ネイションステイトというぐらいで、ステイトは国民の慣習とは無関係にやるのではなくて、当然民主主義国家であれば国民の側のさまざまな慣行とか意見とか価値観を、全部ではないが、ステイトとして公認して法と制度にするのである。
○ 議論を少し整理したいと思うが、1945年までのものと、1945年以降のものとでは、両方を含むという考えをとるにしてもとらないにしても、性格がかなり違う。1945年前までだと対象がはっきりしているが、45年以降はこれからのものを含むということになると、今のような議論になってきて理論構成も非常に難しい。そこで、戦後を含むか含まないかを一度脇に置いた上で、まず戦前までを考えてみる必要があるのではないかと思う。
○ もっと話を具体的にすると、ネイションのは靖国神社で行い、今回考えるのは首相が堂々とお参りに行けて対外的にここですよと言えるようなものを造ればよいということか。
○ お参りに行けるかどうかという議論は、先程他の委員が指摘されたように日本の政教分離はややリジッドに過ぎると、これは私は個人的には議論としては大賛成である。だからこそそこのところは純理論的に国が積極的に運営する、要するに、国が造るという立場の根拠は何だろうかと考えたときに、やはり国が法的に国民として支配して、それを結果的には共連れにするから、そこに国家として追悼する義務が生じる。
○ それは靖国神社ではいけないのか。
○ つまり国が制度として支持しない。もし、私の議論に反対するなら、改めてあれを官幣大社にして、そして国費をもってやるべきだということになろう。
○ それでは一応戦後のことは置いて、戦前の問題として、靖国神社は非常に国民的な意味として存在の意義もあるし、本分もあるが、現在は国としての機関ではなくなっているという認識は共通でよいか。
○ それは、政府が管理している施設ではないという趣旨か。
○ 靖国神社の言い分を聞く必要はないか。
○ それは改めて、私は靖国神社の総代の方から聞くことにする。それは私が聞いて、彼らが非常に希望すればすることにいたしたい。
○ 私は施設を造る方に賛成だが、いろいろな問題があるのであれば、一番の論点になっているので、どこかの部分できちんと聞いておいた方が充実するのではないかと思う。
○ 靖国の位置付けは靖国懇談会で議論を続けて大体できており、あれを1回目、2回目で御紹介いただいているので、我々はそれを一応理解した上で議論している。
○ 間接的には聞いたが、直接当事者に聞いていただく方が明確かなと思った。
○ ただ、これはこちらの意図と関係なく政治的なイシューにされる可能性がある。だから、懇談会に正式にお招きするとすれば、私は幾つかの立場の人、例えばキリスト教の代表者とかも含めて呼ぶことにしないと、一方的に意見を聞いたということになる可能性がある。
だから、座長が個人的にお聞きになるのは御自由だが、ここへ呼ぶときにはちょっと慎重にした方がいいということを申し上げた。
○ 靖国懇で議論されたことを蒸し返すことはやめたい。
仮に靖国は靖国として、別のものを造るとした場合、戦前までというところで仕切ったときに、カテゴリーとして、そこには戦災者で一般の人を含むのか、それから外国人を含むのか、あるいは明治維新までさかのぼるとすれば賊軍をどうするかなどについて皆さんの御意見を伺いたい。
○ 私は全部含めるべきだと考えているが、カテゴリーとして賊軍を入れるか入れないかというとややこしくなる。だから、戦争及びその類似の行動によって死亡した人はすべて、日本人を殺した外国の兵隊だって入るんだと。私としては近隣諸国の思惑を配慮するという問題ではなくて、日本人は元来そういう宗教観を持っていることを明らかにしたいという意味で、限定せず、つまり、戦争及びその類似の紛争によって生命を失ったすべての人とするにとどめたいと思う。
○ 第二次大戦の終わりで区切るということはかなり大きな議論になるので、議論をした方がいいと思う。なぜそこで区切るのかということの意味合いは、まさに戦後50年の政治的な議論だったわけである。つまり、あの戦争というものをどう見るのか。日本はもちろんサンフランシスコ条約で東京裁判の結論に反対しないことになっている。それで、私もその立場だが、つまりあれは悪い戦争で、あれ以前は全部侵略戦争で、だからそこまでで切って、あとは別の話にするんだという議論になるとまたかなり難しい話になってきて、では第二次大戦と第一次大戦あるいは日露戦争、日清戦争は同じようなものだったのかなどと、近代史をめぐる難しい議論となり、そこへ道徳的なものが入ってくると、いい戦争、悪い戦争と、もう混乱を極めることとなる。すると、どうしてそこで切るんだということになってきて、その後の例えば純粋な国防、これは自国防衛だが、そういう種類のいわゆる武力紛争の中で死んだ人、ここで切るんだというと……。
○ 祀るのを切るとははっきりおっしゃっていない。それで今の議論が錯綜したから、まず戦前までのものと戦後のものとを分けて議論した方がいいという御提案だったと思う。
○ 戦前と戦後とでは対象が違うので、特に戦後はこれからあるかもしれない架空のものになる。戦前の場合ははっきりしているので、だから戦前を基礎にして議論をした上で、更に戦後のことは次に議論すべきだということ。
○ そこでどうして切れるか。
○ 明治維新後の戦争・事件にはいろいろな政治的理由があり、ある種の合理性も全くないわけではなく、それぞれ単なる侵略ではなかったのは言うまでもない。ただ、今日の視点で見ると、1945年以前が正当防衛的な自衛戦争であったとは言えないだろう。正当防衛的なものは、非常に遠い背景としては経済封鎖とかいろいろあるが、政治学的に見てもそこまでは無理だろう。したがって、今後は自衛戦争的なもの以外はしないという日本の決意をどこかの段階ではっきりさせていいと思う。これは憲法がはっきりさせたけれども、今後ともそうだという考えをはっきりさせるという点では、やはり1945年で切れる。また、元寇の後に北条時宗が円覚寺を建てたが、あれはこちらから仕掛けたのではなく、向こうから一方的に攻めてきたにもかかわらず、元の将兵も日本の将兵も共に祀っていた。この考え方が日本の宗教観だったと思う。戦争の政治学的意義を超越していいと考えている。
○ 敵軍を祀ることについては別の議論であり、それには賛成している。私が伺っているのは、1945年までの戦争とそれ以後のさまざまな紛争とをどういう論拠で分けるかということである。先生の話では、それ以前のものは侵略であったから。
○ 「侵略」ではなく、「日本が原因を与えた戦争」である。
○ 「原因を与えた」ではさまざまな議論の対象になって大変ややこしい。それまでの戦争を明確に一言でくくれれば、そこで切るということがあり得るとは思うが、どういうキーワードでそれが全部くくれるかという話である。
○ 「国権の発動」が広い意味であると、結果としては同じになると思うので、その方が私の考え方の具合の悪い面が除去されるのならば、それでもいい。
○ こだわっているわけではなくて、そこで切る論理を立てないといけない。いわゆる左とか右とかの戦争観を議論しなければならないのはやり切れないので、過去の戦争の道義的評価はなるべくしない。そうすると、45年で切る論理はちょっと弱くなると思う。
○ それで「平和維持を企図する」ということで戦前、戦後両方含めると考えているのか。
○ 私はつないでしまおうと考えている。
○ 「平和維持を企図する」とは日清戦争から全部入るのか。
○ 詔勅を見たら、全部平和維持を企図している。
○ 確かに「東洋平和を維持する」とか、常にそういう宣言をされているが、「平和維持を企図した国権発動」であったという議論は非常に問題ではないか。
○ 日頃の警察行動や消防活動と一応分けるためにこれを入れた。「国家の安寧を意図する」とか別のいい言葉があればよい。
○ 戦争がどちらに責任があってどちらが良い悪いという議論は当然あると思う。侵略戦争という悪い戦争に参加した兵士だから追悼する度合が低くて、正義の戦争だったらすべきだということは議論としては幾らでも考えられる。しかし、一般に世界各国を見て、この戦争は我が国の方が悪かったから追悼には値しないが、こっちは値するということをやっているとは思えない。ベトナム戦争に関しても、アメリカでいろいろな議論があって、あの戦争は非常に悪かったという議論はあるが、その戦没者兵士は他の戦争の兵士と同じように追悼されているから、戦争の性格によって追悼の対象が変わるとは思わない。
○ 私も最初は「日本が関わった」ぐらいに考えていたが、これではちょっと広くなり過ぎると思って「原因を与えた」としたが、その言葉についての検討も必要だと思う。いずれにせよ、あまり戦争の意義その他が出てこない考え方、つまり元寇のように敵が攻めてきた場合も共に弔うのが日本の考え方だというところへ一度立ち返ろうということである。
○ 靖国神社と同じ時代までさかのぼって国のために死んだ人を別に祀るのか。
○ 靖国神社までさかのぼるということは、近代国家以後ということ。それは全部この追悼の対象である。
○ 昭和12年の日中戦争以後などとして、それまでのことは靖国神社に任せてしまうのはどうか。
○ 靖国神社もそんなに古くはなく、明治以後のことである。だから、近代国家が成立して以後というのが一番いい線で、それが私の理論構成に関わっている。近代国家ができたので、嫌でも私たちは法的に日本人で、法的に義務を果たして戦争にも行った。
○ それはそうだが、もう一つ造るとなると何かフレッシュな印象が欲しいと思う。第二次世界大戦で区切って、今年は講和条約発効50周年で新スタートみたいなことも考えられないか。あまり昔のことでますます遠い存在になってしまうから、支那事変ぐらいから始めたらどうか。
○ 8月15日に毎年やっている全国戦没者追悼式の対象者は、支那事変以降である。なぜ支那事変で区切ったのかはよくわからないが、そこで区切った。支那事変以降、大東亜戦争が終わるまでが一連ということで、昭和12年7月7日に切ったのだと思う。追悼式は8月15日にやって碑は壊してしまうが、それを恒久化するのも一つの考え方である。今、先生がおっしゃったのはそういうことだと思うが、どこで区切るかは一回議論をしていただければと思う。
○ 今の追悼式を恒久化するということでは非常に受け入れやすい。
○ あれは非常に便宜的で、たしか軍人恩給だったか何かの受給者ということでなっているらしい。
○ そうではない。靖国神社はむしろそうなのだろうが、追悼式は戦災で亡くなった方も含んでいる。だから310万人なのである。靖国神社は240 万人ぐらい。それで支那事変以降でも310 万人なのである。そこに外国人を入れれば一つの考え方は成り立つ。
○ しかし、そこで切る理由というのが依然としてわからない。
○ だから、今の追悼式を恒久化するということである。
○ 満州事変とかシベリア出兵とか間断なく続いているから、そこのどこかで線を引くのは非常に難しい。
○ カンボジアで亡くなった方はどうなっているのか。
○ 今、日本では何もなっていない。もちろん警察の内部ではお祀りをしていると思う。
○ ボランティアの人は。
○ ボランティアの人は、恐らく近所で葬式があっただけではないか。
○ 実際にその施設の前に行って後の世代が手を合わせるときに、どこの戦争以降の戦没者と区切って心の中で唱えるのではないと思う。やはり近代国家成立以降というふうに広く包括するのが妥当だという気がする。
○ 戊辰戦争からか。
○ 戊辰戦争が入るかどうかは難しい。そうすると西南の役や佐賀の乱はどうするのか。だから、近代国家成立以降ということにして何月何日とは言わないで、漠然とするのである。
○ 近代国家成立以降とは大政奉還以降ではないか。
○ 明治憲法の発布からを近代と言うのか、それ以前の準備段階を言うのか、歴史家でもいろいろ議論があるから、要するに近代国家としての日本が成立して以後と言っておけばいいのではないか。
○ それで、カテゴリーとしては非常に大くくりをして特定していないということか。
○ それは次の段階で、「国権の発動」にも2種類あって、経常的に常に動いているものもあり、犯人に撃たれて死んだ警察官はこちらに入れるのかどうか。全部入れるというので筋が通っていればもちろんそれでもいいが、論点にはなる。
もちろん一般戦災者や外国人は入る。
○ 平和祈念を入れることには異論はないか。この前、平和については意見が少しあったと思うが、追悼と平和祈念は一体だという意見の人が多いようである。追悼と平和祈念ということでよろしいか。
○ 平和というのは祈念してなるような生やさしいものではない。平和祈念は追悼と違ってはっきりイメージがわかず漠然としている。
○ それを言い出すととんでもない。私も心情的には平和は国が祈念するものではなく、国民の本来のものだと思っているが。
○ 平和であってほしいとは誰でも思っているが、そんななまじっかなものではない。やはり平和を保つためには、戦争を回避しなければいけない。自衛戦争が出てくるかもしれないが、とにかく戦争を回避しようという切実な意図、願い、誓いが入っているものでなければいけない。そうだとすると、やはり過去の戦争との関係で、その犠牲者への追悼が当然入るのだと考える。したがって、平和祈念は当たり前だから入れないという考え方にはくみしたくない。そういう意味では、追悼もその平和祈念の中に入っているとさえ考えている。
○ 国法の義務に献身したということを追悼するわけであろう。
○ そうは言っていない。だから、積極的、消極的というのは両方含む。
○ いかに平和をつくるかというのにはいろいろな道があって、国民全部が高い国防関心を持っているために、相手方も攻めてこられないで平和になったこともあるので、一方的に受動的に平和を祈念して、戦争の犠牲者は気の毒だということだけ思っていれば平和になるというものでもない。だから、平和と追悼と並ぶのはいいが、往々にして今の文脈だと、一方的に「戦争の犠牲者である気の毒な人たちだ、こういう犠牲者を出さないために平和を祈念しましょう」という話になる。そのように受け取られる可能性は高いので、あまりその点では賛成しない。
○ 全く賛成だが、ただ、どんな国も建前として戦争するときには平和のためにしている。だから、それは同義語である。
○ そういう無意味なことは省いたらどうか。
○ 追悼と平和祈念が入っていてもおかしくないのではないか。
○ 私は、平和を入れることに賛成する。
○ 平和維持のために死んだ人、あるいは平和維持の活動の結果死んだ人を祀るのだから、それは平和があってもいいだろうというのが私の理屈である。
○ 別に悪いとは言わないが、余分ではないかと思う。紛らわしいものが入っていると、また議論の対象になって、平和を祈っているのにこれは何だみたいなことになっても困る。
○ 靖国の話は既に靖国懇で話が出ているので改めて議論する必要はないだろうという意見で話が進んでいるが、靖国懇の報告書の中に新たな施設の設立についてどう考えるかとしっかりとあって、ここでは、現在の国民の感情や遺族の心情においては靖国神社の存在意義が新しい施設によって置き換われるものではないという判断がされている。こういう意見が既に出ているから、このときの状況認識と今の状況認識は違うのかをやはり議論しなければいけない。
○ それは靖国神社参拝のための検討会である。今度は、その範囲が靖国神社に祀られている方よりずっと広くなっているから、靖国に代わるものでは全然ないと理解している。
○ ただ、一緒に祀るときに1945年までのどこまで入るかという議論があったが、そうなったときに、こっちにもあり、こっちにもありということだから、この関係をどう考えるか。こっちを放っておいてこっちというわけにはいかないのではないか。
○ 靖国懇の論点は、いろいろな意味でこの会で継承しているつもりである。まず、公式参拝という言葉を3つのカテゴリーに分けている。それで、3番目はないということを受けて、その積極的公式を考えようと。それから、新しい施設もそれとの関連において考えるべきだという意見が入っているのも受けている。だから、決して無視してしまったわけではなくて、そこで積み残した問題を今議論しているという側面もある。