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小泉内閣メールマガジン

[シリーズ郵政民営化]


[2005/01/27]第173号

● 「稲むらの火」の濱口梧陵は初代の郵政大臣
  (内閣総理大臣補佐官、郵政民営化準備室長 渡辺好明)

 先週号で、灘高等学校理事長の嘉納さんが「稲むらの火」とそのモデルの
濱口梧陵についてすばらしい寄稿をされているが、そこに、「濱口梧陵は、
後に初代駅逓頭(えきていのかみ/郵政大臣)に就任し、郵政民営化を唱え
て前島密(後任者)と衝突した事は余り知られていない」という興味深い記
述がある。

 何故二人は衝突したのか、おそらくは、同じ「公益」を目指しながらもそ
の達成時期、手法に関する考え方の違いがあると思う。

 江戸時代におけるわが国の郵便制度は、問屋制のもとで民間が行う飛脚便
であった。明治4年3月に新しい郵便制度が発足したが、当初は、東京と京
都・大阪の間に設けられた官営の新式郵便と、大阪以西、以南で新たに認定
を受けた民間の飛脚屋とを接続して行われた。

 その後、官営部分は拡張され、明治5年には、ほぼ全国的な官営郵便網が
完成している。また、明治4年12月には、全国の郵便取扱所に、準官吏と
しての「郵便取扱人」が地方の有力者から採用された。前島、濱口の両者が
意見を戦わせたのは、まさにわが国の郵便制度の創成期であるこの時期の話
である。

 前島密には、当時の日本がおかれていた切迫した状況への認識がある。中
央集権の実現と海外圧力に対抗する国家システムの構築は緊急を要する。加
えて、当時の郵便通信事情、「高い、届かない、遅れる、なくなる」があっ
た。手元不如意の新政府が、毎月1500両(6〜7000万円?)もの大
金を飛脚屋に払うならもっと効率的な仕組みに変えられるとの確信である。
「急ぐことを第一」として「官営」の名の下での再編成、民間をも巻き込ん
だ、公益達成の追求である。

 一方、濱口梧陵(儀兵衛、成則)は、代々の大事業家として、紀州和歌山
藩の藩政改革の責任者として、また、莫大な私財を投じて津波防災堤防を建
設した者として、公益の達成は、国や藩自らが行わなくとも(長い目で見れ
ば)「私」の活動を通じて社会に貢献し、実現することができると考えてい
たのではなかろうか。

 前島から所信をただされた濱口は、「郵便のごときは、これまで飛脚屋が
営んできた仕事であるから、”将来は”民間の経営にゆだねるがよいという。
前島は慨嘆し(濱口に取って代わり)−−−駅逓頭に任じられた」とされ、
濱口はわずか2ヶ月で和歌山県知事に転じたのである。これが衝突のいきさ
つであろう。(郵政百年史から)

 その後、わが国の郵便通信事業は飛躍的発展を遂げ、戦費調達、経済復興、
発展のための資金調達もその目的を達成した。ネットワークも完備し、民間
の経営力も「官」より高い、安心できるものとなった。前島密の狙いは成し
遂げられ、更なる進歩のためには再び「民」が前面に出て、創意工夫、効率、
サービスを市場で実現するときがやってきた。

 「今の状況は悪くない」という方々がいる。確かにそうかもしれない。し
かし、回りは大きく変わってきている。よい状況を維持し発展させようとす
れば、「Change  to  remain  same(変えないためにこそ、変わらなければ
ならない)」ではないのかと私は考える。

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