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首相官邸 Prime Minister of Japan and His Cabinet
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福島の50年後を見据えて
-日本の科学者としての責任-

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はじめに

 東電福島第一原発事故から、3年目を迎えようとしています。さかのぼれば、原爆の投下から67年、チェルノブイリ原発事故から26年、そして東海村JCO臨界事故から13年が経過しています。その間、我々科学者は、時代とともに、こうした過去の原子力災害から多くのことを学んできました。その教訓を活かしながら、福島の50年後を見据えて、科学者の一人としての自分の責任を今改めて考えてみたいと思います。

原発事故への基本的な対応 ~チェルノブイリの教訓~

 私が、チェルノブイリ原発事故を調査しながら、現地の方々、あるいは支援に来ている国際機関の担当者との会議を重ね、「勧告」としてまとめた基本的な対応は、以下の3段階の過程です。

  1. (1)国の責任者が、事故に関するすべての情報を遅滞なく国民に開示する
  2. (2)科学者は、開示された情報にもとづいて、放射線の健康影響(被害)を科学的に推定する
  3. (3)被災者と国や地方の担当者は、推定された健康影響にもとづいて、話し合いを続けながら対策を決定する

 この過程は、福島においても重要です。そして、我々科学者の一義的な責任は、過去の教訓をもとに、開示された情報から放射線による健康影響を科学的に推定することであり、さらには、新たに生じる放射線による健康影響を発見できるよう、科学的な調査計画を立てるところにあるのではないかと思います。

被ばく線量の推定

 推定の方法は、大きく以下の二つに分けられます。

<緊急時の被ばく線量の推定>
 事故直後には、モニタリングポストや航空機モニタリングにより得られる空間線量率が、その地域に居住する住民の被ばく線量を推定するための主な情報になります。緊急時の被ばく線量推定の目的は、住民を放射線の健康被害から防護すること、すなわち、避難・移住などの目安を作るためで、常に安全を見越して推定されます。
 福島では、3月12日から、半径20km地域の避難と、積算線量が20mSvに達する恐れのある地域から計画的に避難が行われ、食品の規制も早期に行なわれました。この時期の推定線量は、「Preliminary dose estimation」として昨年の5月に発表されたWHOの報告書でも使用されています()。また、その後の避難区域の見直しも、同様に航空機モニタリングの結果が基本になっています()。

<よりきめ細やかな個々人の被ばく線量の推定>
 モニタリングポストなどから得られる空間線量率に加えて、個人の正確な行動記録を活用することによって、個々人の被ばく線量を推定することが可能で、実際に福島県で行われています()。
 また、個人線量計の配布も一部の地域で始まり、食品の検査態勢も整い、ホールボディーカウンターで内部被ばく線量を測定するなど、一人一人の被ばく線量をきめ細やかに推定することができるようになりつつあります(()、()、()など)。ホールボディーカウンターで測定した内部被ばく線量に関しては、99%以上の方が1mSv以下で()、甲状腺被ばく線量についても、「介入線量レベル(放射線防護のための対応が必要とされる線量レベル)以下」などと報告されています()。

 ここで、前述のWHOが報告した緊急時の推定被ばく線量と、きめ細やかに推定した個々人の被ばく線量を比較してみます。まず、2012年5月に発表されたWHOの報告書では、たとえば浪江町、飯舘村の住民の被ばく線量は、事故後4ヶ月で10~50mSv(そのうち外部被ばくが90%)と推定されています(1)。一方、福島県が行っている行動記録にもとづく個々人の推定被ばく線量は、浪江町、飯舘村、川俣町の住民のうち、57%の住民が1mSv以下、94.0%が5mSv以下、99%以上が10mSv以下であると報告されています()。
 この通り、空間線量率にもとづいた緊急時の被ばく線量の推定と、行動記録にもとづいた個々人の推定被ばく線量とは、大きく違うことに注目しなければなりません。言うまでもなく、個々人の行動記録や放射線計測にもとづいた被ばく線量の推定値の方が、放射線の健康影響を調べる上で重要な情報となります。

健康影響の推定

 事故直後などの緊急時においては、放射線からの防護や安全確保を目的として、十二分に安全面に配慮した被ばく線量推定が行われますが、その後、緊急事態が収束してくると、よりきめ細やかに個々人の被ばく線量が推定され、健康影響を科学的に推定することが可能となります。
 緊急時において、空間線量率からその地域の住民集団の被ばく線量を推定し、十二分に安全面に配慮した対策を行ったのは、福島の場合もチェルノブイリの場合も同じです。しかしチェルノブイリ原発事故では、その後も土壌汚染が健康影響の推定の指標とされ、住民個人の被ばく線量は、公式な対策(いわゆるチェルノブイリ法案)には活用されませんでした。
 一方で、原爆や東海村JCO臨界事故では、被災住民個人の被ばく線量が正確に推定されています。福島においても、個々人の被ばく線量から健康影響を推定することは可能であり、この健康影響の推定こそが、すでに述べた通り、我々科学者の一義的な責任であると考えます。

「放射線による健康影響」と「放射線以外の要因による健康影響」

 住民一人一人の「放射線の健康影響」と「放射線以外の要因(例えば避難、移住、仕事、環境の変化、経済状況など)による健康影響」についての推定もまた、我々科学者の責任といえます。
 チェルノブイリ原発事故では、「放射線による健康影響のみが、原子力災害の健康被害であると考えてはいけない」という教訓が得られました。数百万人の被災者が「精神病とは言えない精神的影響」のため、自立できない生活を送っており,それが公衆衛生上の最大の問題になっていると国際機関から報告されています()()。しかも、「精神的影響」は放射線の影響ではないとも結論付けられています(10)。

健康影響への対策

 対策を決めるうえで最も重要な「放射線による健康影響」と、「放射線以外の要因による健康影響」を区別して提示することは、我々科学者の責任ですが、提示された健康影響(被害)にもとづいて実際の対策を決めるのは、すべての関係者です。すなわち、被災者、行政(国、県、市町村)、さらに科学者も加わり、提示された「放射線の健康被害」と「放射線以外の要因による健康影響」を念頭に、避難や移転、食品管理、除染、健康管理などに関して十分に対話を続け、最後は被災者自身が主体的に対策を決定することが重要です。 対策の最終的な目的は、被災者の健康影響をあらゆる意味で最小にすること、そして、原発事故、地震、津波などすべての災害からできるだけ早く復興することであると信じます。

日本の立場、日本の科学者の責任

 これまで日本は、世界で唯一の被爆国として、原爆被爆者の健康調査を通じて、放射線の健康影響の基準(ゴールドスタンダード)を世界に発信してきました。
 福島での原発事故に際して、日本の科学者は、原子力災害の経験を持つ国々、事故の調査に積極的に参加した国々、さらには関係する国際機関と密接な連携を重ねながら、事故に関するできるだけ詳細な情報を世界に発信していかなくてはいけません。そして被ばく線量に基づいた放射線による健康影響を推定し、適切な対策を世界に発信する上で、中心的な役割を果たす責任があります。 そしてなにより、皆が被災者に心を寄せつつ,人間愛を以て困難を克服していくことを忘れてはなりません。


長瀧重信
長崎大学名誉教授
(元(財)放射線影響研究所理事長、国際被ばく医療協会名誉会長)





  1. 1)Preliminary dose estimation from the nuclear accident after the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami. World Health Organization 2012
    http://whqlibdoc.who.int/publications/2012/9789241503662_eng.pdf
  2. 2)「避難住民説明会等でよく出る放射線リスクに関する質問・回答集」・復興庁
    http://www.reconstruction.go.jp/topics/20121225_risukomisiryour1.pdf
  3. 3)第7回福島県「県民健康管理調査」・福島県
    http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21045b/kenkocyosa-kentoiinkai-7.html
  4. 4)個人線量計(ガラスバッジ)測定結果について・福島市
    http://www.city.fukushima.fukushima.jp/hkenkou-kanri/bosai/bosaikiki/shinsai/hoshano/hosha/hkenkou-kanri14.html
  5. 5)農林水産物のモニタリングに関する情報・福島県
    http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/mon-kekka.html
  6. 6)ホールボディーカウンタによる内部被ばく検査について・福島県
    http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/ps-wbc-kensa-kekka.html
  7. 7)Screening Survey on Thyroid Exposure for Children after the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station Accident.Proceedings of The 1st NIRS Symposium on Reconstruction of Early Internal Dose in the TEPCO Fukushima Daiichi Nuclear Power Station Accident, 59-66, 2012
  8. 8)Health effect of the Chernobyl accident : an overview Fact sheet303 April 2006, World Health Organization,
    http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs303/en/index.html
  9. 9)Chernobyl’s Legacy: Health, Environmental and Socio-Economic Impacts and Recommendations to the Governments of Belarus, the Russian Federation and Ukraine, The Chernobyl Forum,
    https://www.iaea.org/sites/default/files/chernobyl.pdf
  10. 10)Health effects due to radiation from the Chernobyl accident (2008), UNSCEAR
    http://www.unscear.org/docs/reports/2008/11-80076_Report_2008_Annex_D.pdf
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