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放射線防護に用いる量と単位
~第1回 ベクレル~

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 東電福島第一原発事故以降、放射能や放射線に関してさまざまな説明が行われてきました。放射性物質の人体への影響を説明するためには、放射線の量や強さ、すなわち線量に関する説明が欠かせませんが、内容が専門的なため、つい難しくなりがちです。

 そこで、以下の通り今回と次回の2回に分け、歴史的な背景や単位の名称となった人物の話なども織り交ぜながら、なるべくわかりやすい形でご説明します。

第1回 ベクレル

  • 放射能の発見
  • 自然が行う“錬金術”「放射性壊変」の発見
  • 放射能の測定

第2回 グレイとシーベルト

  • 放射線防護の基本となる吸収線量「グレイ」
  • 実効線量と「シーベルト」
  • 実用量:測定器に表示される線量
  • 線量の単位になったシーベルト博士

まず第1回の今回は、放射能の量(強さ)を表すベクレル(Bq)に関してご説明します。

放射能の発見

 フランスのパリで親子3代にわたり蛍光物質の研究をしていたアンリ・ベクレル教授は、レントゲンがX線を発見したというニュースを聞き、蛍光物質もX線を放射するに違いないと考えました。背景に、高名な数学者であるポアンカレの示唆があったといわれています。そしてその仮説を証明するために、黒い厚紙で覆って光を遮断した写真乾板の上に蛍光物資を置き、日光にあてる実験をしました。日光の刺激で発生する蛍光は黒い厚紙を通さないけれども、透過力の強いX線が出れば蛍光物質が写真に写るはずです。蛍光を出すウラン塩を使った実験では、写真乾板には期待通りウラン鉱石が写りました。

 ある時、次の実験の準備をしていると、ちょうど日が陰ってしまったので実験を中止し、実験セットを机の引き出しの中にしまいました。数日後、再度実験をしようとセットを取り出し、日光に当てないまま写真乾板を現像しました。すると、なんと予想に反して、日光に当てた時以上にウラン鉱石がはっきりと写っていました。1896年3月2日のことでした。

 この現象から、日光による刺激がなくても、ウラン塩は透過力の強い「未知の放射線」を持続的に放出していると解釈できました。その後、硫化亜鉛や硫化カドミウムのような、蛍光を発する他の物質にはないウランに特有の性質であることも確認されました。さらに、ウラン塩と写真乾板の間にX線を通しにくい銅の十字架をおくと、その陰影が写ったのです。

 こうして、間違った仮説に偶然が重なり、ウラン塩が透過力の強い放射線を出す性質を持つことが発見されたのです。のちにこの性質に「放射能」と名前を付けたのはキュリー夫人でした。放射能の研究に没頭したキュリー夫妻は、トリウムがウランと同様に放射能をもつことを示しました。さらに1898年には、ポロニウムとラジウムという放射性元素を発見しました。この放射能の発見によって、1903年、アンリ・ベクレルとキュリー夫妻はノーベル物理学賞を受賞しました。

図 ベクレルの行った実験の概要

自然が行う“錬金術”「放射性壊変」の発見

 ウランと同じく放射能をもつトリウムの放射能の強さが、実験室内の空気の流れに敏感に影響され、不安定に変化する。そのことに気が付いたのは、カナダのモントリオールのマギル大学にいたアーネスト・ラザフォード教授でした。ラザフォードは、トリウムから放射能を持つ気体が発生すると考え、この気体を「エマネーション」と名付けました。

 ラザフォードは、共同研究者のフレデリック・ソディとともに「トリウム・エマネーション」の研究に取り組み、トリウムから化学的性質が異なる新しい物質を分離することに成功し、トリウムXと名付けました。トリウムXは強い放射能を持ち、同時にエマネーションを発生していました。

 一方、トリウムXを分離した後のトリウムは、放射能とエマネーション発生能力を一時的に失いますが、時間が経つとその能力を回復することが分かりました。偶然、クリスマス休暇で実験を数日休んだためにこの現象が見つかったと言われています。この「放射平衡」という現象の性質については、また別の機会に取り上げます。

 こうして、トリウムがトリウムX(後にラジウムの同位体Ra-224であることが分かりました)へ、さらにエマネーション(ラドンの同位体Rn-220)へ、エマネーションもポロニウム(Po-216)へと変化する一連の元素壊変(放射性元素が放射線を出して他の元素に変わること)の過程が確認されました。これはまさに、自然が行う“錬金術”と言えます。

 2人の科学者は、この放射能を伴う現象では、通常の化学反応とは比べものにならない莫大なエネルギーが放出されることに気がつきました。古代、中世を通じて錬金術師たちの試みが徒労に終わったのは、実験で扱うエネルギーが、元素変換に伴う放射能の場合と比較してあまりにも低すぎたからでした。この元素壊変および放射性物質の化学に関する研究によって、ラザフォードは1908年にノーベル化学賞を、ソディも1921年にノーベル化学賞を受賞しました。

図 トリウムの放射性壊変(トリウム系列の一部)。壊変するときに放射線が放出される。

そしてこの元素壊変こそが、放射能の正体です。現在では、放射性元素が1秒間に1個壊変する放射能を、発見者の名にちなんで「1ベクレル(Bq)」、または、1秒間に1回の壊変(disintegration)ですので、「1dps(disintegration per second)」という国際単位で表します。ちなみに国際単位が導入される1980年以前は、キュリー(Ci)という単位が用いられていました。1キュリーは370億ベクレルに相当し、1gのラジウムが持つ放射能に由来していました。

放射能の測定

 放射能の量あるいは強さであるベクレル(Bq)の測定には、シンチレーション検出器やガイガー・ミュラー(GM)検出器と呼ばれるものがよく用いられます。これらの検出器の計測結果は、通常、1分間あたりの放射線の数を意味する「cpm(counts per minute)」と表します。すべての放射能を検出することはできないので、Bq(dps)を求める際には「測定効率」を知る必要があります。例えば、計測値が60,000cpmで測定効率が10%であれば、この物質の放射能は60,000cpm÷60秒÷0.1=10,000Bq(dps)となります。
 測定効率は、Bq(dps)のわかっている標準線源(校正線源とも言います)を測定することで知ることができ、装置の種類や性能、計測の条件(線源に対する測定器の位置や距離など)により異なります。このように放射能の計測は、寒暖計で温度を計ったり、ものさしで長さを測ったりするのと比べると相当複雑で、専門的知識を必要とします。

図 放射線の検出。放射性物質から発せられる放射線のうち、一部が測定器に入り、さらにそのうちの一定の割合を検出器が検出する。測定効率はこれらを考え合わせて求められる。

「放射線防護・管理」のための測定

 放射線防護・管理という観点では、いわずもがなですが、「健康への影響のリスク」を知ることが重要な目的です。
 その観点から、空間線量(環境モニタリング)や個人の被ばく線量(個人モニタリング)を測る測定器の目盛は、「cpm (counts per minute)」ではなく、放射線の健康影響を反映する量である「シーベルト」を用い、「1時間当たりのマイクロシーベルト(μSv/h)」という単位で表示してあります。例えば空間線量が1μSv/hであるとは、その場所に1時間いたときの被ばく量が1μSvになるという意味です。1マイクロシーベルトは、100万分の1シーベルトです。この「シーベルト」の由来と意味、使い方については、また次回に詳しく解説いたします。

放射能研究で功績を残した人々

 最後に、先に登場したラザフォードとその時代の研究者たちの功績について、もう少し詳しくお話いたします。
 ニュージーランドからの移民二世であったアーネスト・ラザフォードは、「1851年万国博覧会記念奨学金」を受けて、1895年秋、英国ケンブリッジのキャベンディッシュ研究所の研究生に着任しました。その2-3ヶ月後、ドイツのビュルツブルグ大学でレントゲンがX線を発見したというニュースが世界中を駆け巡りました。
 キャベンディッシュ研究所の29歳の所長ジョゼフ・ジョン・トムソンとラザフォードは、X線を当てた気体が電気を流れやすくする現象に注目して研究に取り組みました。ラザファードは同時に、「ウランの放射線とそれによって生じる電気伝導」のテーマでも研究をしていました。そしてウランから出る放射線には、物質の中を通り抜ける力(透過能)を持つ、異なる2種類の線があることを発見します。
 透過能が小さく物質にエネルギーを吸収されやすい線をアルファ(α)線、透過能の大きい線をベータ(β)線と名付けました。1898年のことです。その後1900年に、フランスのヴィラールが、ベータ線以上に透過力の大きい第三の放射線を発見し、ガンマ(γ)線と命名しました。
 その後の研究で、アルファ線はヘリウム(He)原子核の流れ、ベータ線は電子の流れ、ガンマ線はX線と同じ電磁波であることが分かっています。さらに元素の構造が明らかになり、今日ではガンマ線は原子核の中から出てくる電磁波、X線は原子核の外を回っている電子の作用によって出る電磁波であることがわかっています。
 アルファ線、ベータ線、ガンマ線を放出しながら、エネルギー状態がより安定した他の元素に変化する放射性元素は、放射線を出す能力(放射能)を備えています。正確には、「放射性元素を含む物質」が「放射性物質」ですが、「放射性元素」と「放射性物質」は、しばしば同義語としても用いられます。

佐々木康人
 前(独)放射線医学総合研究所 理事長
 前国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会委員
 元原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)議長







参考資料(より深く学ばれたい方へ)

  1. 佐々木康人、安田仲宏 放射線防護基準の変遷(福島第一原子力発電所事故と放射線に関する情報3) 日本アイソトープ協会(http://www.jrias.or.jp/disaster/info.html
  2. 佐々木康人 放射線防護の最適化-現存被ばく状況での運用- 原子力災害専門家グループコメント第36回(https://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g36.html
  3. 多田順一郎 線量 第1回-第4回、Isotope News No.702-705, 2012年10月号-2013年1月号
  4. 日本原子力学会線量概念検討ワーキンググループ 放射線防護に用いられる線量概念 日本原子力学会誌 55:83-96, 2013
  5. 山崎岐男著 放射線生物学のパイオニア グレイの生涯 考古堂、新潟市 2000年
  6. 山崎岐男著 放射線防護の父 シーベルトの生涯 考古堂、新潟市、1994年
  7. 清水栄著 放射能研究の初期の歴史 丸善、京都 2004年
  8. 小山慶太著 ケンブリッジの天才科学者たち 新潮選書 東京、1995年
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