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東電福島第一原発事故に関するUNSCEAR報告について

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  本年4月2日、UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)から福島での原発事故に関する報告書が公表されました。報告書の正式名称は「2011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響(Levels and effects of radiation exposure to the nuclear accident after the 2011 great east-Japan earthquake and tsunami)」です。

  原発事故後の2011年5月、UNSCEARは、ウィーン国際センターにて開催された第58回会合で、東日本大震災による原発事故についてデータを集積して評価し、報告書を取りまとめることを決定しました。報告書が目指したのは、事故がもたらした放射線被ばくのレベルと、人の健康及び動植物への影響を、科学的に評価することでした。その後の経過については、本コラムでも、第7回第11回第27回第28回、そして第33回と5度にわたってお伝えしましたが、約3年間にわたる検討を経て、報告書が公表されました。

  取りまとめにあたっては、世界18か国及び様々な国際機関から派遣された専門家が多数参画し、300ページを超える膨大な報告書になっています。内容も、放射性物質の拡散、公衆・作業員の被ばく線量評価及びその健康影響推定、また人以外の動植物への影響推定など、非常に多岐にわたっています。
  本コラムでその全てをご紹介することはとてもできませんので、ここではその概要をお伝えしたいと思います。詳しい内容については、UNSCEARのホームページに掲載されている報告書の原本 をご覧ください(日本語版 も掲載されています)。

各テーマのポイント

  後述の各テーマのパートでは、報告書の内容をできる限り正確にお伝えするためにやや専門的な記述も含まれております。そのためまずは冒頭に、簡単に各テーマのポイントのみを掲載いたします。

≪1.放射性物質の放出≫

福島第一原発から大気中へ放出されたヨウ素131とセシウム137の総量は、チェルノブイリ事故における推定放出量のそれぞれおよそ10%、20%と推定される。

≪2.公衆の被ばく線量評価≫

データが限られている実測値ではなく、推計値を用いた上で、年齢層・地域・被ばく期間を区分して、より幅広く、きめ細かい評価を行った。ただし、あくまで推計であることから、ある程度過大な評価が生じた可能性がある。また事故直後の避難措置により、避難者の被ばく線量は大幅に低減された。

≪3.公衆の健康影響≫

心理的・精神的な影響が最も重要だと考えられる。甲状腺がん、白血病ならびに乳がん発生率が、自然発生率と識別可能なレベルで今後増加することは予想されない。また、がん以外の健康影響(妊娠中の被ばくによる流産、周産期死亡率、先天的な影響、又は認知障害)についても、今後検出可能なレベルで増加することは予想されない。

≪4.作業者の被ばく線量評価≫

不確かさが残るため、今後もさらなる検討が必要である。

≪5.作業者の健康影響≫

心理的・精神的な影響が最も重要だと考えられる。放射線被ばくが原因となった可能性のある、急性放射線症などの急性の健康影響や死亡は、これまで確認されていない。また今後、がんの発生率が自然発生率と識別可能なレベルで増加することは予想されない。

各テーマの内容

≪1.放射性物質の放出≫

① 大気中への放出量

  福島第一原発から大気中へ放出されたヨウ素131の総量は、約100 ~500 ぺタベクレル(1ぺタベクレル=1015ベクレル=1千兆ベクレル)の範囲、セシウム137は総じて6~20ぺタベクレルの範囲にあったと推定されています。これは、チェルノブイリ事故における推定放出量のそれぞれおよそ10%と20%になります。

② 海洋環境への放出量

  海洋へ直接放出されたセシウム137の総量は、おそらく約3~6ぺタベクレルの間であり、ヨウ素131はその約3倍の10~20 ぺタベクレル程度であると考えられています。一方、大気中に放出され海洋上に拡散した放射性核種が、海洋表面へ沈着することによる放出量は、セシウム137で5~8ぺタベクレル、ヨウ素131で60~100ぺタベクレルと推定されています。

≪2.公衆の被ばく線量評価≫

① 実効線量の推定結果

  事故時から最初の1年間における行政区画または県別の平均実効線量推定値を、表に示しました。

表.事故後1年間の行政区画または県別の、平均実効線量・平均甲状腺吸収線量の推定値

<福島県>
居住地実効線量
(㍉シーベルト)
甲状腺吸収線量
(㍉グレイ)
成人1歳児成人1歳児
予防的避難区域の地区
(双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町、
および南相馬市、浪江町、田村市の一部、川内村、葛尾村の一部)
1.1-5.7 1.6-9.3 7.2-34 15-82
計画的避難区域の地区
(飯館村、および南相馬市、浪江町、
川俣町、葛尾村の一部)
4.8-9.3 7.1-13 16-35 47-83
避難区域外(避難をしていない地域) 1.0-4.3 2.0-7.5 7.8-17 33-52
<その他の県>
宮城県、群馬県、栃木県、茨城県、千葉県、岩手県 0.2-1.4 0.3-2.5 0.6-5.1 2.7-15
上記以外の 0.1-0.3 0.2-0.5 0.5-0.9 2.6-3.3

  福島県の避難区域地区及び避難区域外における成人の平均実効線量(上記表のオレンジ部分)は、約1~10ミリシーベルトの範囲と推定されています。一方、それぞれの区域において、放射線の影響を受けやすい1歳児の実効線量(同表の青部分)は、成人の値よりも約1.5~2倍程度高いと推定されました。
  また、避難区域における甲状腺吸収線量の平均は、成人で最大約35ミリグレイ程度、1歳児で最大約80 ミリグレイ程度と推定されています。(同表のグリーン部分)
  特に20km圏内の住民の迅速な避難によって、避難者が受けた線量は総じて大幅に低減しました。避難により回避できた分の線量は、成人の実効線量で最大50 ミリシーベルト、1歳児の甲状腺吸収線量で最大約750 ミリグレイ程度と推定されています。

②推計手法

  一般公衆の被ばくには実効線量が、またいくつかの臓器の被ばくについては吸収線量が推定されました。以下、推計手法の概要について簡単にご説明します。

  1. ●実効線量や吸収線量を推計する前提となる、外部被ばくによる線量と吸入による内部被ばくの線量は、実測値データが限られていることから、地上に沈着した放射性物質の測定値を情報源(ソースターム)として評価されています。
  2. ●外部被ばくの場合、屋内での被ばくは主に木造家屋内で被ばくしたものとして扱われています。また吸入摂取については、屋内に退避したことによる低減は考慮されていません。
  3. ●口からの摂取による内部被ばくの線量は、食品と飲料の放射性物質濃度に関する情報をもとに推定されています。推定にあたっては、汚染濃度の高い食品が着目され、食品をランダムにサンプリングできなかったことから、平均濃度が過大評価された可能性があります。また、検出限界より低い測定値はすべて「検出限界値」を採用した結果、推定値が高めに出た可能性があるようです。上記の通り、UNSCEARが採用した方法では、ある程度の過大評価が生じている可能性があると報告書では述べられています。
  4. ●年齢層・期間・地域について階層を設け、きめ細かい推定を行っています。年齢層については、(1)20歳の成人(成人全体の代表)、(2)10歳の小児(5歳以上の小児全体の代表)、(3)1歳の幼児(0~5歳の乳幼児全体の代表)の3つの階層に分け、それぞれの階層ごとに推計を行っています。
      期間については、これまでは、事故後1年間の積算被ばく線量の推定に重点が置かれていましたが、今後も含め事故から10年間の累積被ばく線量と、80歳になるまでの累積被ばく線量についても推定されています。
      地域については、①予防的避難区域の地区、②計画的避難区域の地区、③福島県の避難区域外、④福島県に隣接する県、⑤その他の県、に分けて行政区画または県別の平均被ばく線量が推定されました。
≪3.公衆の健康影響≫

①健康影響

  一般公衆でこれまでに観察された最も重要な健康影響は、心理的精神的影響だと考えられています。地震と津波によって家族、友人というかけがえのない存在、そして生活手段を失ったこと。避難を余儀なくされ、避難生活が長期化していること。それだけでなく、原発事故の影響で、放射線が健康にもたらすリスクについて不安を募らせていることが、健康に影響していると述べられています。

  福島県で事故の影響を最も受けた地域の、事故後最初の1年間の平均実効線量は、上記の通り、成人で約1~10 ミリシーベルト、1歳児ではその約1.5倍~2倍になると推定されています。リスクモデルを使用して推論すれば、このレベルの被ばくでもがんのリスクがわずかに上昇すると考えられますが、その割合は日本人の自然発生がん(原発事故による被ばくとは関係なく発生しているがん)のリスクに比べて小さすぎて、集団全体として検出することは出来ないだろうと考えられています。ただし、これまでの経験によると、特定の集団(特に胎児期、乳幼児期ならびに小児期に被ばくした集団)における特定のがんのリスクは、集団全体の平均よりも高くなることは考えられるとしています。

②甲状腺がんについて

  予防的避難を行った集団の区域平均甲状腺吸収線量は、1歳児の場合最大で約80ミリグレイになると推定されています。この推定値には不確かさを伴っており、報告された実測値からみると、平均甲状腺吸収線量が最大で5倍程度高く推定されている可能性のあることが示唆されています。

  推定線量のほとんどは、放射線被ばくによる甲状腺がんの過剰発生を確認できないであろう低いレベルにありました。しかし、その推定値の中の上限に近い値では、集団の人数が十分大きい場合には、統計学的に識別可能な発生率上昇をもたらす可能性は考えられるとしています。

  線量分布に関する情報が十分ではなかったために、幼少期及び小児期により高い甲状腺線量を被ばくした人々の間で甲状腺がん発生率が上昇するかどうかについて、UNSCEARははっきりした結論を導くことは出来ませんでした。ただし、全体として甲状腺吸収線量はチェルノブイリ事故後の線量より大幅に低いため、「福島県でチェルノブイリ原発事故の時のように、多数の放射線誘発甲状腺がんが発生すると考える必要はない」と結論づけています。

③白血病ならびに乳がんについて

  胎児及び幼少期・小児期に被ばくした人の白血病、ならびに若年時に被ばくした人の乳がんのリスクも検討されました。その結果、推定された被ばくレベルからは、統計学的な差として自然発生率と識別可能なレベルで発生率が上昇するとは予測されないと考えられました。

④その他の健康影響

  UNSCEARは、妊娠中の被ばくによる流産、周産期死亡率、先天的な影響、又は認知障害が起こることは予測していません。また、遺伝的な影響が観察されることも予測していません。

⑤健康管理調査

  福島県での継続的な超音波検査により、比較的多数の甲状腺異常が見つかっていますが、異常が検出される率は、原発事故の影響を受けていない他の地域で同様の検査を行った結果と一致しています。つまり、これまで検出されることのなかった甲状腺異常が、大規模な集中的検診を行ったことによって一気に比較的多数見つかっていることが推測されます。事故の影響を受けていない地域における甲状腺がん発生率の集団調査は、そのような影響を推定するうえで有用な情報を提供するであろうと述べられています。

≪4.作業者の被ばく線量評価≫

  福島第一原発内で作業に従事した作業者は、2012年10月末までに約2万5000人になります。東京電力と元請け業者が報告した作業者の線量評価について、UNSCEARが再評価を行いました。

①東京電力の線量評価

  東京電力の線量評価では、事故後19か月間の作業者の平均実効線量は約10 ミリシーベルトでした。この期間に10ミリシーベルトを超える実効線量を受けた作業者は約34%、100 ミリシーベルを超える実効線量を受けた作業者は、0.7%(173人)でした。250ミリシーベルトを超えた作業者も6人いました。作業者が受けた中で最も高かった実効線量は679 ミリシーベルトで、この作業者の内部被ばくによる預託実効線量(生涯にわたって積算した実効線量)も、590ミリシーベルトで最も高かったとのことです。
  内部被ばくによる預託実効線量が100 ミリシーベルトを超えていた13人の作業者中12人について、報告された線量の信頼性を確認する目的で、UNSCEARが内部被ばくによる線量を独自に評価しました。その結果、作業者たちは、ヨウ素131の吸入による2~12 グレイの範囲の甲状腺吸収線量を受けたことが確認され、東電の評価とよく一致していました。
  東電が行った作業者の線量評価は、全体としては健康影響を評価するのに適したものと考えられました。しかし、特に個人線量計が不足していた事故後早期(数日から数週間)の線量の推定には不確かさが残りました。さらに、内部被ばく測定の開始が総じて遅すぎたため、短半減期放射性核種(テルル132、ヨウ素133)の影響について信頼に足る推定を行うのが困難で、事故後非常に早い段階での被ばく線量を詳しく把握するには、さらなる作業が必要だと述べられています。

②元請け業者の線量評価

  元請け業者が報告した作業者の内部被ばく線量の推定値については、比較された19人のうち8人において、UNSCEARの推定値の約50%未満であったため、評価の信頼性が確認できませんでした。元請け業者作業者の内部被ばく線量については、2013年7月に日本側で再評価が行なわれ、その結果いくつかの矛盾点は解決されたと考えられていますが、UNSCEARによるさらなる検討・解析が必要と述べています。

≪5.作業者の健康影響≫

  作業者においても一般公衆の場合と同様に、これまでに観察された最も重要な健康影響は心理的精神的影響と考えられています。

  緊急時の作業に従事していた作業者について、放射線被ばくが原因となった可能性のある急性放射線症や他の確定的影響などの急性の健康影響や死亡は、これまで確認されていません。

  緊急時の作業や他の活動に従事した約2万5000人のほとんど(99.3%)において、報告された実効線量は100 ミリシーベルト未満で、その平均値は約10ミリシーベルトでした。線量の増加とともにリスクは上昇しますが、このレベルの線量での疾患リスクは低いと考えられ、放射線被ばくによる健康影響が、自然発生の健康影響と比べて統計学的に識別可能なほど多く出ることは予測されていません。

  一方、主に外部被ばくにより100 ミリシーベルトを超える実効線量(平均は約140 ミリシーベルト)を受けたと見られる173人(0.7%)の作業者については、がんのリスクが少し高まると予測されています。しかしながら、このような予測には大きな不確実性が伴っており、この程度の小人数のグループでは、がん発生率の上昇を統計学的に識別することはできないと考えられています。

  約2000人の作業者が、100 ミリグレイを超える甲状腺吸収線量を受けたと推定されています。しかし、成人期に100~1000ミリグレイの範囲で被ばくした場合に、その後甲状腺がんのリスクが上昇するかどうかについては、これまでの疫学研究でははっきりしていません。この作業者グループ内で、甲状腺がんの発生率上昇を自然発生の甲状腺がんと統計学的に識別できる可能性は、低いと考えられています。

  ヨウ素131の甲状腺吸収線量が、2~12 グレイの範囲だったと推定される13人の作業者については、甲状腺がん発生のリスクが上昇すると推論することができますが、被ばくした人数は非常に少なく、こちらも甲状腺がんの発生率上昇を統計学的に識別することはできないだろうと述べられています。


  以上、今般UNSCEARが公表した福島原発事故に関する報告書の概要をご紹介しました。冒頭でお伝えした通り、内容が膨大すぎて、ここではカバーしきれなかった事項が多々残されています。繰り返しになりますが、UNSCEARのホームページから報告書 をダウンロードすることができます。日本語訳 も掲載されていますので、詳しくはぜひそちらをご参照ください。


佐々木 康人
元原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)議長
前(独)放射線医学総合研究所 理事長
前国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会委員


参考資料

  1. UNSCEAR 2013年報告書「2011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響」(Levels and effects of radiation exposure to the nuclear accident after the 2011 great east-Japan earthquake and tsunami)
    UNSCEARホームページ http://www.unscear.org/unscear/en/publications/2013_1.html から報告書の英語版がダウンロードできます。また、http://www.unscear.org/docs/publications/2013/UNSCEAR_2013_Annex_A_JAPANESE.pdf から、本文和訳版(先行版)もダウンロードできます。
  2. UNSCEAR 2008年報告書「チェルノブイリ原発事故による放射線健康影響」(Health effects due to radiation from the Chernobyl accident (2008))(UNSCEARホームページ http://www.unscear.org/unscear/en/chernobyl.html からダウンロードできます)
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