「21世紀日本の構想」懇談会

「21世紀日本の構想」懇談会
第1回懇談会(1999年3月30日)

小渕恵三内閣総理大臣 挨拶


 本日は大変お忙しいところ、まげてご出席をいただきまして、本当にありがとうございます。この「21世紀日本の構想」懇談会の第1回が開催されることになりまして、一言ご挨拶を申し上げたいと思います。

 私は、去る1月の国会における施政方針演説で、「21世紀のあるべき国の姿」につきまして、有識者からなる懇談会を早急に設置し、次の世代に引き継ぐべき指針をまとめたいとの考えを申し上げました。元来、昨年7月30日に内閣総理大臣に就任いたしました段階から、私はこうした問題意識を持っておりましたが、当時、金融二法をはじめとする当面の厳しい経済課題に精力を集中し、なかなかその機会が得られませんでした。しかし、いよいよ来年は、時まさに西暦2000年。新しいミレニアム、新世紀を迎えるにあたりまして、日本のあるべき国の姿をいま一度考えてまいりたいと意志を強くしております。

 私自身、かねがね、他人にやさしく、美しいものを美しいとごく自然に感ずることのできる社会、また、隣人がやさしく触れ合うことのできる社会、そして何よりも住みやすい地域社会を建設することが必要であるとの考えを持っておりました。こうした考えに立ちまして、21世紀における日本のあるべき姿として、経済的な富に加えて品格あるいは徳のある国、物と心のバランスのとれた国、すなわち「富国有徳」の国家として、世界のモデルとなるよう目指したい、と考えております。世界のモデルというのは、必ずしも我が国がこのことをひけらかしてやるという意味でなく、他の国から顧みて真に尊敬に価する国となることだと考えております。

 私は26歳の時から36年にわたり国会議員として職責にあたってまいりましたが、1945年以降の日本の政治が経済の復興を中心としてきたことは、当然のことだと思っております。大先輩の吉田茂総理におかれても、軽武装、経済発展ということを一つの考えとしておられたように伺っております。その故をもって、今日、日本は世界に冠たるすばらしい第二の経済大国にまで発展してまいりました。

 しかし、一方、ごく素直に、物と心ということを考えますと、半面がやや忘れられているのではないかとも思います。このことが教育の問題にもかかわってきています。

 そこで、いよいよ21世紀を迎えるにあたって、これからの時代を担う子供たちの問題を含めまして、日本の姿というものを真剣に考えたいと念願しております。

 もとより「国の品格」あるいは「国の徳」というものにつきましては、いろいろな考え方があろうかと思います。例えば、健全な資本主義が利潤追求だけでは維持できないことは、マックス・ウェーバーが、その著書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で述べています。また明治の日本の先達たる渋沢栄一氏も、論語(即ち「義」)と算盤(即ち「利」)の両立を目指すべきと強調しているところであります。さらに、望ましい人間像としても様々な考え方があると思います。

 私は、常々、「利己」と「利他」のバランスのとれたものの考え方というものがなければならないのではないかと思っております。

 この関連で、昨年のノーベル経済学賞の受賞者でありますアマルティア・セン教授が、「ラショナル・フールズ」(「合理的な愚か者」とでも翻訳するのでしょうか)と題する論文の中で、「利己主義的な人間像に欠けているのは、他者へのシンパシーとコミットメントである」と主張されていることは、私自身、強く同感するところであります。

 是非とも、ご専門の分野やご経験に基づきまして、自由闊達なご議論をいただき、21世紀を担っていく若い世代のために、指針をまとめていただくようお願い申し上げます。なお、懇談会の座長は河合隼雄先生に、また、幹事は山本正さんに、それぞれお引き受けいただくことでご快諾をいただきましたので、よろしくお願いいたします。

 ご多忙な各位のお時間を頂戴しますのは恐縮の至りでございますが、お力添えをいただき、よき結論をお導きいただくよう、重ねてお願い申し上げます。

 ありがとうございました。