アフリカの農業を支える日本人エキスパート(2018年春号)

児玉広志

大学卒業後、農林水産省に入省。日本国内の農村開発や農業普及、食品分野の技術開発支援、花のバリューチェーンの分析および改善といったさまざまな取り組みを行ってきた。またFAO(国際連合食糧農業機関)で東南アジアと南アジアの国々を支援するプロジェクトを担当。JICA(独立行政法人国際協力機構)の専門家として、フィリピンとナイジェリアで農業支援に従事。2018年5月から、JICA専門家としてセネガルとギニアの両国で活躍中。

 多くのアフリカ諸国にとって、農業の発展は国の発展に直結する。しかし現地では、農業に関して高度な知識を持つ機関や人材に乏しいという課題を抱えているのが現状だ。そのため農業生産性が伸びず、食糧供給を輸入に頼るといった問題が生じている。

 一方、日本には農業に関するノウハウが蓄積されており、これまでもアフリカ諸国に人材を送り込み、農業支援を実施してきた。こうした中、2016年8月の第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)で、アフリカ各国の首脳から農業分野へのさらなる協力要請が多く寄せられた。これを受け日本は、現地と日本をつなぐ新たなプラットフォームを立ち上げた。優れた農業技術の移転と人材育成を進めると同時に、農業分野の優れたODA案件を促進し、対アフリカ農業協力を強化するためだ。

 このプラットフォームに基づき2018年5月から派遣されている専門家の一人が、農業分野で幅広い知見を持つ児玉広志氏だ。首脳会談における要請や具体的なニーズなどを踏まえ、セネガルとギニアの両国に派遣された。児玉氏はこう語る。「あらゆる支援に言えることですが、農業支援も技術を押しつけてはうまくいきません。特に、現地の人々のニーズとシーズ(解決策の種となる技術)がマッチしていることが大切です。『適正技術』という言葉がありますが、その技術がその国の中で、どのような人々のニーズに応え、技術的・経済的にマッチしているかを探ることが大切なのです」

ナイジェリアで中底を使ったパーボイル加工を説明する児玉氏。ナイジェリア全域にこの加工技術を普及させるため、世界銀行やIFAD(国際農業開発基金)、GIZ(ドイツ国際協力公社)などをパートナーとして普及を進めている。2018年1月現在、23,607人が研修を受け、14,216人がこの技術を採用している。

パーボイル加工

従来は、下ではコメが煮えてしまい、上には熱が十分に回らずに品質にばらつきがあった。しかし、無数の穴が開いた中底を入れることによって、コメと水が分離され、熱せられた水が蒸気となってコメが蒸される。また、ふたをすることによって蒸気が逃げず、鍋の中を循環するようになるので、コメが均等に加熱されて品質が向上する。

児玉氏は、「中底技術に限らず、セネガルやギニアでも、ニーズとシーズのマッチングを積極的に行いたい。まずは自分の目と耳で両国の現場を見て、関係者の話を聞き、何が必要なのかを考えたい」と抱負を語る。

 児玉氏の農業に対する思いは強い。「私は都会育ちなのですが、農家の人たちが大変な思いをして食べ物を作ってくれている一方、自分は都会の生活を享受している。そのことに、ずっと負い目のようなものを感じていました。高校生の頃には、将来は農家の役に立つ仕事がしたいと思っていました」

 その思いから、大学では農学部に進み農芸化学を学び、大学院では土壌肥料について専門的に研究した。そして在学中に途上国の農家の窮状を知り、「彼らの生活向上に貢献できれば」と思うようになった。卒業後は農林水産省に入省し、日本の農業振興に携わってきた。その児玉氏に、日本国内にとどまらず、アジアやアフリカでも専門知識を活かす扉が開かれ、2014年6月より、ナイジェリアでコメの加工技術を伝えるプロジェクトに携わった。

 世界の多くの地域では、モミから無駄なく精米するため、コメをお湯で加熱するパーボイル加工を行っている。この加工を行うと、お湯と蒸気でモミの栄養分がコメに移るため、コメの栄養価を高めることもできる。しかし、ナイジェリアを含む西アフリカでは、パーボイル加工が適切に行われていないことが多く、コメの品質にばらつきが出ていた。そこで、児玉氏は中底を使ったパーボイル加工(図参照)の技術をナイジェリアで広めた。この方法を使うとコメの品質が高まり、通常より10~20%ほど高く取り引きされるようになる。「農村部では農家の奥さんがパーボイル加工を行っていることが多いのですが、中底を使うようになって収入が増え、『子供の学校の費用が出せるようになった』『豆や卵をたくさん買えるようになった』という声を聞きました。うれしいですね」と笑顔で語る。

 そうした農家の声に励まされ、児玉氏は人々の暮らしを豊かにする適正技術の発見、開発、普及に勤しむ。都会育ちだが、感謝の思いから農家のよき理解者となった児玉氏。セネガルとギニアでも、農家を笑顔にする彼の挑戦は続く。

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