高度情報通信社会推進本部

資料2参考資料3

「個人情報保護基本法」が、地域がん登録事業に及ぼす影響とそれへの対応(案)

藤本伊三郎(地域がん登録全国協議会)

 平成11年11月、高度情報通信社会推進本部 個人情報保護検討部会は「中間報告」を公表し、これを受けて内閣は、平成12年2月に「基本法」を作成する作業に入った。この「中間報告」の「U.個人情報保護システムの基本的考え方、3.個人情報保護のために確立すべき原則」には、OECD 8 原則に対応した「個人情報保有者の責務、(1)〜(5)項」と、「国民、国、地方公共団体の責務、(6)〜(8)項」とをあげている。ところで、これら(1)〜(5)項の原則が、そのままの形で「基本法」に組入れられると、従来、円滑に行なわれてきた多くの公衆衛生活動のうち、実施根拠となる個別法が制定されていない事業については、極めて深刻な影響を受けるおそれがある。ここにとりあげた地域がん登録事業についても、同様である。
 そこで、本報告の第T部において、@地域がん登録事業の特異点、A個人情報保護の現状、B保護と公益とのバランス、C本事業についての世界の大勢を紹介し、第II部において、「基本法」が、「中間報告」の通り成立し、何らの対応策も実現しなかった場合、「中間報告」の上記(1)〜(5)項によって、地域がん登録事業が直面するであろう問題点と、これを防ぐための「基本法」制定に当たっての要望を述べた。また、「中間報告」の第6-8項「国民、国、地方公共団体の責務」についても、要望を記述した。最後に、第V部において、以上を総括した。

第I部 地域がん登録事業の紹介

―その特異点、個人情報保護の現状、保護と公益とのバランス、本事業の世界の動向―

1.地域がん登録事業の特異点

地域がん登録事業は、@一定地域内に発生したすべてのがん患者を把握し、Aこれらのがん患者の医療の全過程、ならびに予後を把握したうえで、Bこれら情報を解析し、がん征圧施策の基礎とするものである。従って、すべての患者の情報を収集すること、また、同一患者についての情報を逐年的に累積してゆくこと、さらに、多重がんの発生状況の把握、或いは各種コホート研究のために、C長期にわたってデータを収集、蓄積すること、が必須である。
 (1)本事業の目的―がん統計の作成と疫学的処理
 (2)本事業ではがん患者の情報を取扱うが、それは、あくまで公益を目指して、疫学的処理を行い、統計数値を作成するためのものであって、個々の患者のデータについて、論議するものではない。このことを特に強調しておきたい。
 すべての患者の情報を収集することの意義
 本事業は、国および府県のがん対策の資料とするものであるから、収集情報に偏りがあってはならない。標本抽出法は、本事業には適用できない。つまり全数調査しか方法がない。また、他の調査方法では代用できない。本事業によってのみ、正しい罹患率、生存率などのがん統計を得ることができる。

(3)医療の全経過ならびに予後の把握の意義
 がんに対する医療は、再発をも含め、長期にわたることが多く、かつ、異なる医療機関が、何種類もの治療法を行うこともある。従って、診断、治療の全経過を把握するには、発病後、死亡に至るまで長期にわたって医療情報を収集しなければならない。
 また、がんの診断、治療の評価には、5年及び10年生存率を計測することが最も確実で、かつ必須の方法である。ところが、現在の医療機関では、取り扱ったすべてのがん患者を5年、10年にわたってフォローすることは、日常の診療に追われて、極めて困難である。また、特定の医療機関で可能であったとしても、対象患者の性格は、地域全体の患者を代表しないから、そこでえた生存率を、その地域の生存率にすることは出来ない。従って、各地域がん登録室が、この予後把握作業を行うことが必要になる。換言すれば、この作業は、「各医療施設におけるがん診療を完結させ」、がん医療の向上をはかるとの意義をも持っている。

2. 地域がん登録事業における個人情報保護の現状

 本事業は、現在34道府県市で、厚生省老人保健課長から府県にあてた本事業実施についての通達、府県の制定した要綱、要領などにより運営されている。この場合、刑法、医師法、地方公務員法などに規定されている職業上の守秘義務、ならびに関係者間の相互信頼を基本とし、要綱、要領に即し、さらに厚生省がん研究助成金による「地域がん登録研究班」の作成した個人情報保護のためのガイドラインにより、厳重に患者の情報は保護されてきた。すでに30年以上の歴史をもつ登録室も多いが、何ら混乱もなく、経過してきた。
 しかし、現在、地域がん登録事業そのものについての法律が制定されていないため、本事業に、「中間報告」をそのまま適用すると、第II部に示した諸点において不都合を生じ、長年にわたって続いた地域がん登録事業も、深刻な影響を受けるおそれが大きい。

3.地域がん登録事業における公益と保護とのバランス

 「中間報告」の「I. はじめに―4. 個人情報を保護するに当たって考慮すべき視点」として、第一に、「(1)保護の必要性と利用面等の有用性のバランス」が挙げられている。地域がん登録事業によって得られる成果については、別に報告されるから、ここでは省略し、別の観点から、バランスについて述べる。
 地域がん登録事業の現行の活動を続行し、さらには充実させるべきであるとする論拠の一半は、次の如くである。
(1)本事業は、公衆衛生活動(公益)に必要な統計を得ることを目的として、情報を収集し、疫学的処理を行うものであって、個人を特定して論議しようとするものではない。
(2)がんの罹患、受療、生存に関し、地域代表性のある統計数値は、本事業によってのみ得られ、他に代替手段がない。
(3)前項で得た統計と、がんのデータとは、行政、医療、研究などの分野で大きな成果をあげ、必須の資料となっており、公益に資する所が大きい。
(4)基本的な医療行為が終了した後に、がん患者の診療情報を利用するものであり、本事業を行うことによって患者に新たな負担(調査、検査、受療など)を負荷するものではない。換言すれば、眠っている情報を賦活して、公益に資するものである。
(5)前述のガイドラインに沿った情報保護策がとられており、個人情報が第三者にもれることは、考えられない。
(6)本事業の実施により、次に発生する患者に対し、メリットを与えうるほか、二次がんの発生予防、ならびにその早期発見対策の確立により、登録された患者本人にとっても、近い将来、メリットが生じうると考える。
 これに対し、国民の側からみると、本事業のデメリットとして、『がん患者本人の同意を得ることなく、患者の医療情報を使用する』ことが問題となろう。
 しかし、これに関しては、既述のごとく、充分な個人情報保護策がとられており、現実に被害が発生したこともない。従って、本事業の成果と総合して戴くと、公衆衛生の向上、公益の確保に関しての有用性を優先させてもよいと判断する。
 欧米諸国では、こうした判断の下に、次項に述べるように、法的整備を行うと共に、本事業を充実、発展、拡大している。
 こうした点を総合すると、「中間報告」でもふれているように、わが国においても、本事業の裏付けとなる法律面の整備を早急に行って戴くよう、国、府県に要望する。

4.世界における地域がん登録事業の方向

 がん対策の基本としての地域がん登録事業は、その公益性の高いことが優先されて、WHO及びIARC(国際がん研究所)の指導の下、世界各国で国の事業として普及しつつある。既にEU加盟国は、個人情報保護に関するEU指令95/46号の中に、原則の適用除外例として「歴史、統計、科学の3分野の調査研究において、各国が適切なデータ保護策(safeguard)を設けている場合」を明記し、加盟各国はこれに従って、国内法を用意し、地域がん登録事業の法的整備を進めている。
 発展途上国(アジア、中南米、アフリカなど)においても、地域がん登録事業は急速に普及しつつあり、アジアでも、日本よりも高い水準にある登録室が散見される。また、国の制度としても、日本より進んでいる国もみられるようになった。
 こうした状況の下で、「基本法」制定により、地域がん登録事業が抑制されるような結果になると、日本の公衆衛生のあり方、ひいては公益に対する考え方を、諸外国から問われるおそれも生じる。

第U部 地域がん登録事業が直面する問題点と対応策(要望)

 「中間報告」の「U-3.個人情報保護のために確立すべき原則」の第(1)〜(5)項は、OECD 8原則に対応して作成された。かつてハンブルグでは、長年にわたり地域がん登録事業を実施していたが、1985年、患者情報の届出に対し「本人同意の原則」を適用することが法で定められ、以後、届出が激減し、登録成績も公刊されなくなった。ところが、1986年にチェルノブイリ原発事故が発生し、環境問題が重視されるようになって、がんの発生状況を長期にわたり調べる必要が生じた。ドイツ連邦政府は1995年に、連邦全州に対し、1999年末までに地域がん登録事業を開始するよう定めたのである。しかし、この間のデータ欠損が統計的価値を激減させることは明らかである。
 こうした経緯もあってか、EU加盟諸国は、既述のごとく、適用除外例を付したEU指令95/46号を制定し、EU加盟国の多くは、がん登録事業法をも制定している。
 以下、「中間報告」に記述されている「II. 個人情報保護システムの基本的考え方」の中の「3. 個人情報保護のために確立すべき原則」に示された(1)〜(8)の項目ごとに、地域がん登録事業が直面するであろう問題点と、それぞれについての対応策、ならびに要望を述べる。

「中間報告」:個人情報保有者の責務
 第1項:個人情報の収集
 ア 収集目的の明確化
 イ 収集目的の本人確認
 ウ 適法かつ公正な手段による収集
 エ 本人以外からの収集制限(本人の利益保護)

 (例外の例)
 「ア. 法令の規定に基づく収集
 「イ. 本人の同意がある場合など

「ア.収集目的の明確化」について
 地域がん登録事業の『現在』の目的を明確に限定することは、可能であるが、医学研究の進歩、および研究方式の開発などによって、目的の拡大、追加が生じる。従来でも、記録照合方式の開発により、疫学特性、医学特性の明らかな集団でのがん発生リスクを、がん登録ファイルとの照合により、計測することが可能となった。今後、たとえば環境汚染による発がんリスクの変化度の計測を目的とするコホート調査が必要となった時は、地域がん登録資料を使わざるをえないが、その目的は、従来の研究目的の延長線上にあるとして承認するシステムを設けるよう、「基本法」に規定して戴くか、或いは目的の追加、拡大を審査、承認するシステムを設けるよう、規定して戴くことを要望する。

「イ.収集目的の本人確認」および「エ.本人以外からの収集制限」について
(1)医療機関からの届出、および、中央登録室からの出張採録について
 これらの原則を適用すると、以下の理由により、医療機関、病理検査機関などからの医療情報の届出が、期待できなくなる。また、これら機関への府県がん登録室からの出張採録も、不可能になる。
 理由@ 対象となるがん患者の数が多く、受療経過も一様でないため、受持医師が本人の承諾をえる努力をすることになり、医療機関の負担が、現在よりも著しく増加し、これに耐ええなくなるであろう。
 理由A 病名を告知していない、或いは告知できない患者がある。
 理由B 患者の経過によっては、本事業について説明する機会をもちえない場合がある。
 理由C 本事業は、がん患者全員についての情報収集を前提とするので、たとえ少数でも、協力を拒否する患者が生じると、えられた成績に『ひずみ』が生じ、折角の成果も信頼できなくなる。
(2)死亡小票からの情報の収集について
 従来から、地域がん登録事業では、厚生省統計情報部の承認をえて、がんの記載のある死亡小票の個人情報(同定情報、死因病名、死亡診断書発行者名を含む)を、届出もれの患者を補完登録するための資料として、また、登録患者の死亡確認資料として使用している。しかし、「基本法」制定とともに、死亡診断書、人口動態調査死亡票、同死亡小票の情報の所有権が患者に帰属することになれば、患者の生前に、死亡小票の使用についての同意をえなければならず、そのような非人道的な行為は不可能である。
(3)人口動態調査死亡テープ情報の使用について
 登録患者の「がん以外の死因による死亡」を確認するため、厚生省統計情報部の承認を得て、人口動態死亡テープ(受付番号入り)を使用し、登録患者(生存分)ファイルと照合の上、(死亡テープには患者名がないため)患者の死亡を疑わせる死亡票の受付番号により、保健所に、登録患者と同一か否かを照会し、死亡を確認する。この作業も、死亡小票による氏名、住所の確認を伴うので、上記(2)と同じく、小票情報の所有権の帰属如何によっては、患者の生前の同意が必要となり、しかも、この場合、死因ががんでないので、全国民から生前に同意を得ておくこととなり、この作業は実施できなくなる。
(4)住民登録との照合による生存の確認について
 従来から、大学および国公立病院の一部では、法務省の許可を得て、自院で診療したがん患者の戸籍抄本を入手し、治療後5年および10年経過時点での生存、死亡、生死不明を確認し、がん患者の生存率を計算してきた。この生存確認作業は、がん治療の評価の際に、世界的に要求されている必須条件である。
 地域がん登録事業では、患者の本籍地情報を収集していないこと、調査すべき患者数が多くなること、などから、本籍地照会方式はとりえず、市町村への住民登録照会方式によって、正確な生存率を算出してきた。すなわち、登録患者ファイルの中の生存とみなされた患者(死亡情報が付与されていない患者)を出力し、このリストを持って保健所職員が、患者の居住市町村役場を訪問し、住民登録ファイルと照合して、生存、死亡、生死不明に分類する。同一府県内への転居分は、転居先市町村に再度照会する。これらの結果を府県がん登録室に集め、5年および10年生存率を計算する。
 この場合、「基本法」の制定により、市町村の住民登録情報も、本人に帰属し、かつ、第三者の閲覧が、公用であっても不可能になると、地域がん登録事業において従来、問題なく行われてきた上記の作業方式も、使用できなくなる。
(5)〔対策〕
(6)以上、(1)〜(4)に述べた諸問題により、「中間報告」の第1項イ.およびエ.に示された
 『同意原則』を地域がん登録事業に持ち込むことは、極めて困難と考えるので、地域がん登録事業をわが国に残すためには、「地域がん登録法」を制定して戴くことが最善の対策と考える。ただし、この「地域がん登録法」の内容は「中間報告」の第1項と矛盾する点が多いので、「基本法」と「地域がん登録法」との整合をはかるため、「基本法」の『同意原則』に適用除外規定を設け、そこに、地域がん登録事業が含まれることが明らかであるようにして戴くことを、要望する。

「中間報告」:個人情報保有者の責務(つづき、その2)
 第2項:個人情報の収集利用等
 ア 明確化された目的外の利用・提供の制限
 イ 目的外利用・提供の場合の本人の同意及び本人の利益保護

 「ア.目的外の利用・提供の制限」と「イ.目的外利用の本人の同意」について
 「中間報告」の第1項の場合と同様の問題が生じる。そのような場合、新たに患者に負荷をかける(たとえば、新たに検査、採血、調査を行う、など)ことがなく、かつ、当初の目的の延長線上にあると認められる場合、目的外使用を可能とするような審査、承認のシステムを設けるよう、規定して戴くか、あるいは、追加申請をうけて審査するシステムを設けるよう規定して戴くことを要望する。それは、学問の進歩、ひいては将来の患者の救命に効果をもたらすからである。

「中間報告」:個人情報保有者の責務(つづき、その3)
 第3項:個人情報の管理等
 ア 個人情報の内容の適正化、最新化(取り扱い目的に必要な範囲内)
 イ 漏洩防止等の適正管理

 「ア.個人情報の内容の適正化、最新化」について
(7)地域がん登録で収集する情報項目は、患者の同定、診断および治療の内容、予後、に分類され、それぞれ利用目的が設定されている。しかし、これらは、現在、実施され、慣用されている項目、目的に限られており、たとえば、新たに診断、治療の方法が開発され、有効と判定された場合、その普及度および地域医療での効果などを調べる必要が生じる。最近の例として、超音波、CT、ヘリカルCT、MRなどによる診断技法の開発、内視鏡による切除手術の導入、などがある。従って、既述したように、将来、追加、変更、削除が必要となった情報項目、利用目的については、従来の目的の延長線上にあるかどうかを判断し、承認するシステムを「基本法」に規定して戴くか、又は、その都度、変更申請を審査するためのシステムを「基本法」に規定して戴くよう、要望する。
(8)「中間報告」にいう『個人情報の最新化』が、「最新のデータのみを残し、従前のデータを消去する」との規定であるとすると、地域がん登録事業においては、甚だ困惑する。たとえば、がん罹患の後に転居した患者について、転居後の住所のみを残すとなると、罹患率(罹患時の住所で分類、集計する)を計算できない。また、A病院で手術し、その後転医してB病院で放射線治療を受けた時、A病院での医療情報を消去することになる。これでは、地域がん登録事業の目的を達成できない。最新データが入力されても、従前のデータを長期間、蓄積、保存することができるよう、「基本法」に、適用除外規定を設けて戴くことを要望する。
 「イ.漏洩防止等の適正管理」について
 地域がん登録事業では、既に情報の安全保護に関するガイドラインを作成している。また、各登録において設けられた倫理規定もある。従って、法律の規定の他、これらの倫理規定、ガイドラインなどをも公的に認知し、実施することで、第3項麻Cに対応できる。

「中間報告」:個人情報保有者の責務(つづき、その4)
 第4項:本人情報の開示等
 ア 個人情報の保有状況の公開
 イ 本人からの開示の求め
 ウ 本人からの訂正の求め
 エ 本人からの自己情報の利用・提供拒否の求め
 (イ、ウ、エ共通)
 ・原則として応じなければならない。
 ・期間、費用、方法
 ・拒否できる場合
 ・拒否の際のその旨及び理由の提示

 「第4項のア.〜エ.の各項」について
 第4項については、次の諸問題がある。
 「ア. がん登録の目的には、個々の患者のデータを特定して、その内容を評価することは含まれていないので、保有する情報の内容の本人への通告、患者からの自己データの存否の問合せ、ならびに自己データの異議申し立て、消去、修正等の請求に関する規定は、地域がん登録事業には、そぐわないものである。特に、がん診療の場合、治療上の必要などから、それぞれの医療機関で、医療情報のすべてが患者本人に正確に伝えられているとは限らない。また、伝えられたとしても、患者が正確に理解し、記憶しているとは限らない。従って、医療機関を介することなく、患者本人から直接照会された場合に、府県がん登録室が本人に情報を提供することは、却って患者本人にとっても、届出医療機関にとっても、診療上の不利益をもたらす危険があり得るので、このような請求は拒否せざるをえない。
 「イ. しかし、患者本人の依頼を受けて、府県がん登録室に届出をした医療機関が請求してきた場合は、その医療機関の担当医に対して、その医療機関から届出された情報のみを提示するとの考え方もありうるが、届出された情報と、その医療機関以外から得た情報とを区別できない場合もあるので、さらに検討する必要がある。
 「ウ. 地域がん登録事業においては、届出医療機関に対し、各機関でのがん医療の水準を高めてもらうための資料として、がん登録情報の提供サービスを実施している。その内容は、がん登録事業全般についての報告と解説、その施設からの届出患者の予後情報と患者の一覧、その施設でのがん医療の集計成績などである。これらは、医療機関の協力度を高めるとともに、各施設でのがん医療の向上に役立つものであり、ひいては将来のがん患者の救命にも役立つものであるから、これに関する活動を継続できるよう、配慮して戴くことを要望する。
 〔対策〕
 上述したように、「中間報告」の第4項については、合理的な反対理由がある場合も存在する。従って、「基本法」に適用除外規定を設けて戴くとともに、地域がん登録事業が除外例に含まれることが明らかであるようにして戴くよう、要望する。

「中間報告」:個人情報保有者の責務(つづき、その5)
 第5項:管理責任及び苦情処理
 ア 管理責任及び責任者の明確化
 イ 苦情処理・相談窓口の設置及びその適正な処理

 「ア.管理責任及び責任者の明確化」について
 既に、国際的に調和の取れた厳しい自己規制及びガイドラインを有する地域がん登録事業においては、本項に対応することが当然可能であり、特に問題はない。
 「イ.苦情処理・相談窓口の設置及びその適正な処理」について
 がん患者本人からの苦情、及び相談窓口は、国および府県の事業担当部局が当たることになろうが、これを公式に明示して戴くことが必要になる。

「中間報告」:国民の責務
 第6項:国民の果たすべき役割と責務

5.「中間報告」では、この項の説明部分において、次の2点がふれられている。
 A. 他人の個人情報の保護に努める責務
 B. 自己情報の適切な管理についての責務
 しかし、「中間報告」の「I. はじめに―4. 個人情報を保護するに当たって考慮すべき視点」において、次の3点が取りあげられている。
(1)保護の必要性と利用面等の有用性のバランス
(2)個人情報利用の分野の拡大
(3)国際的な論議との整合性

6.地域がん登録事業について上記3点(1)、(2)、(3)との関連を考察する。
(1)事業実施にあたって、既に本事業での情報保護面で、国際的な水準をみたす努力が払われており、その成果もあがりつつあると同時に、本事業の有用性、殊に公衆衛生面、疫学研究面での有用性も、高く評価されている。つまり、個々のがん患者についての損失はなく、しかも、その情報の一部を集積、整理、解析することにより、大きく公益に寄与することが出来、さらに、現在および将来のがん患者、換言すればすべての国民に、成果を還元しうるのである。
(2)情報科学の進歩によって、集積しえた膨大な情報は、がん患者に新たな負担を強いることなく、集積した資料の利用分野を拡大しうることは確実である。
 国際的にみても、地域がん登録事業を国の事業として行うことがグローバル・スタンダードであって、アジアにおける先進国としてのわが国の責務でもある。

〔要望〕
 以上の事情を配慮して、「基本法」において、国民の責務としてA、B 2項に加え、第3の責務として、
 「C. 公的に情報保護策が確立している場合、公益事業、特に保健、統計事業への協力、すなわち自己情報の積極的提供」
 を追加として戴くことを要望する。

「中間報告」:国の責務
 第7項:国の果たすべき役割と責務
 ア 必要な施策を講ずる責務
 ・法律上の措置
 ・自主規制等の促進(実効性担保措置を含む。)
 イ 所管業界について、各行政庁における苦情処理・相談窓口の設置

 「ア. 必要な施策を講ずる責務」ついて
 地域がん登録事業が、従来通り運営してゆけるために、また、その水準を向上させるために、国として、以下の諸施策を早急に実施して戴くよう、要望する。

7.「中間報告」では、第7項に関連して、「III. 個人情報保護システムの在り方―4. 個別法等―(1)個別法の整備」において、個別法の整備の必要なことが述べられ、その例として、信用情報、電気通信の両分野とともに、医療情報分野があげられている。
 さらに、「V-4-(2)個別法の在り方」において、『@当該分野の実態、特性を配慮すること、A保護の必要性と利用面等の有用性のバランスにも配慮すること、B個人情報利用の分野の拡大、C国際的な議論との整合性、などを考慮する必要がある』ことを、改めて強調されている。
 従って、地域がん登録事業を推進するためには、「地域がん登録法」を個別法として制定して戴くことが、「中間報告」の趣旨に沿った最善の策であると考える。なお、この個別法の内容は、別途検討する必要がある。

8.ただし、地域がん登録事業は、第II部で述べたごとく、「中間報告」の一般的な原則と、一見、矛盾するかのごとくみえる部分もあるので、「地域がん登録法」と「基本法」との整合性を保つため、「基本法」において適用除外規定を設けて戴き、その中に、地域がん登録事業が含まれていることが明らかになるよう、配慮して戴くことを要望する。

9.「地域がん登録法」を制定して戴くにあたって、医療情報全般についての保護と利用との関係も、考慮しておく必要があろう。殊に、疫学、病院運営、病院医療の評価、臨床研究、などの分野で、診療録の情報の利用は必須であるが、『同意原則』を適用しにくい場合も多い。また、人口動態調査死亡票の疫学、臨床、行政の各分野での利用も、重要な問題である。これらを統括した「医療情報の保護と利用に関する基本法」を制定する必要があると考える。この面の検討をも進めて戴くよう、要望する。

10.さらに、法を運用するのは人であり、組織である。現在、厚生省では、がん対策を取扱う部局は単一ではなく、地域がん登録事業についても、5部局(健康政策局、保健医療局、老人保健福祉局、統計調査部、国立病院部)が、各種の業務を分担、遂行しておられる。これらを、なるべく早く、統一して戴くよう、要望する。

11.府県がん登録事業の一部が、充分な成果をあげるに至っていないことの原因の一つとして、従来、国の指導方針が明確でなかったこともあるのではないかと考える。上記の「地域がん登録法」が制定(もしくはこれに準ずる方策が決定)される中において、府県に対する指導、支援を強化するように規定して戴くことを要望する。

「中間報告」:地方公共団体の責務
 第8項:地方公共団体の果たすべき役割と責務
 国の施策・制度の趣旨にのっとった施策、地域の特性に応じた施策
 ・条例上の措置
 ・自主規制等の促進(実効性担保措置を含む。)
 ・苦情処理・相談窓口の設置

 国の責務として「地域がん登録法」(又はこれに準ずるもの)が制定され、府県が主体となって地域がん登録事業を行うことが規定されると、「中間報告」第8項で述べられているように、府県は、地域の特性に応じたシステムを構築することになる。また、「中間報告」での指示に従うと、次の2点についても検討する必要があると考える。これらについての施策を早急に進めて戴くよう、要望する。
 (1)従来の要綱、要領に代わって、地域がん登録事業に関する条例を制定して戴くこと。
 (2)関係諸機関を含め、本事業における自主規制策の制定を急ぐとともに、事業の成果の利用方式、公開方式を早急に定めて戴くこと。
 本事業は、公益を優先させ、個人の医療情報の一部を利用するものであるから、利用者側としては、情報の保護と公益目的の利用の有用性とを最大限にまで高めるよう、努力することを、府県の条例、関係機関の自主規制規定などに明記して戴くよう、また、その実行を確認するためのシステムを規定して戴くよう、要望する。

第V部 総括

平成11年11月、内閣官房に設置された個人情報保護部会から、「中間報告」が提出、公表された。これを受けて内閣官房において、「基本法」を制定する作業が始められた。
 この「中間報告」のまま、「基本法」が制定されると、現在まで公衆衛生の向上、公益の増大を目指して行われてきた諸活動、特に保健・衛生・医療の各分野での統計の作成、ならびに疫学研究活動の面で、極めて困難な問題に直面する可能性が高い。
 地域がん登録事業もその一つである。
 そこで、本稿では、第I部において、地域がん登録事業の特異点と、「基本法」制定後も本事業を継続すべき理由を列挙した。また、第II部において、「中間報告」をそのまま「基本法」の原則とした場合に、地域がん登録事業において予測される困難な問題点を、「中間報告」の「V-3.個人情報保護のために確立すべき原則」の第1〜5項のそれぞれに沿って記述し、それらへの対応策、要望を述べた。また、「中間報告、V-3」の第6〜8項(国民、国、地方公共団体の各責務)についても、「基本法」に追加して戴きたい点、ならびに今後の進め方、などについての要望を記述した。

謝辞

本報告を記述するにあたり、厚生省統計情報部保健統計室 瀬上清貴室長に、OECD 8原則、EU指令95/46号などについて御教示戴いた。深甚の謝意を表する。
 なお、個人情報部会が提出された「中間報告」は、内閣官房のホームページより入手した。

参考1.「中間報告」の「V-3. 個人情報保護のために確立すべき原則(第1〜8項)」と「OECD 8 原則」との対応

中間報告OECD勧告
第1項:個人情報の収集第3原則:目的明確化 第1原則:収集制限
第2項:個人情報の利用第4原則:利用制限
第3項:個人情報の管理第2原則:データ内容 第5原則:安全保護
第4項:本人情報の開示等第6原則:公開 第7原則:個人の参加
第5項:管理責任及び苦情処理第8原則:責任
第6項:国民の責務対応についての記述なし
第7項:国の責務
第8項:地方公共団体の責務

 注:「中間報告」の「V-3」の第1〜5項のそれぞれに、OECD 8 原則との対応が記述されている。それを表にした。

参考2. OECD 8 原則(抄録)

第1原則:収集制限の原則
第三者から患者(情報保有者と考える)の情報を収集するときは、@法律に基づいて行うか、A本人の承諾をえること、が必要である。
第2原則:データ内容の利用目的限定の原則
個人データは、利用目的に必要な範囲に限り、正確かつ最新のものであること。
第3原則:目的明確化の原則
個人データの収集目的は、事前に明確化する。データの利用目的も同じ。目的を変更する場合、その目的に限定すること。
第4原則:本人の同意なくしての目的外利用の制限の原則
本人の同意がない場合、目的外利用をしてはならない。
第5原則:安全保護の原則
個人データの保護について、合理的な安全保護措置をとらねばならない。
第6原則:個人データの保有にかかる公開の原則
個人データにかかる開発、運用及び政策については、一般的な公開の原則が取られなければならない。また、個人データの管理者名、管理所の住所、データの内容、利用目的なども公開すること。
第7原則:データ管理者に対する本人の権利に関する原則
本人は、次の権利をもつ。
 (a) データ管理所に、自己のデータがあるか否かを確認する。
 (b) 自己のデータを、@合理的な時期に、A適当な経費で、B分かりやすい形で、知ることが出来る。
 (c) 上記の(a) (b)の要求が拒否された時、その理由を知ることが出来る。
 また、拒否に対して異議を申し立てることが出来る。
 (d) 自己のデータを消去、完全化、補正させることが出来る。
第8原則:データ管理者の責任に関する原則
データ管理者は、上記の諸原則を実施するための措置を行う責任をもつ。