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小泉内閣メールマガジン

〔 特 別 寄 稿 〕


[2005/03/31]第182号

● 社会保障改革の担い手は?(一橋大学名誉教授 石弘光)

 年金を中心に、社会保障改革に対する国民の関心は非常に高まっている。
事実、一昨年秋の衆議院選挙、そして昨夏の参議院選挙において共に、年金
改革が大きな争点となった。

 民主党の躍進は、将来の年金制度に新しいヴィジョン(まだその具体的内
容は明瞭でないが)を、打ち出したところにあると一般に考えられている。
年金法案は国会で可決成立されたが、それに対する不満はまだくすぶってい
る。

 介護保険の改革も創設後5年見直しの約束に従い、新年度の大きな問題と
なってきている。更に、医療制度の見直しも2年後の2006年度に行われ
る予定である。

 このように見ると、公的年金・医療・介護を中心に社会保障改革は、今後
まさに目白押しに控えているといえよう。改革は待ったなしで来ているが、
これも人口の高齢化を反映して将来年金・医療・介護などの社会保障給付費
の急騰が見込まれているからである。

 現制度をそのままにしておくと、2004年度に86兆円である社会保障
給付費は、2025年度には152兆円と1.7倍に達するとされている。
当然この背後には、ほぼ等しい額の負担(税と社会保険料)が必要となる。

 これまでわれわれ国民は、ともすれば改革を他人任せにする嫌いがあった。
国がやる、政府に任せておけば、といった発想が長く続いてきたように思う。
だから、極力高い給付水準の維持を要求する一方で、負担は出来るだけ軽く
といった主張に繋がることになる。

 政治家はこれを受け、痛みを伴う改革つまり給付引き下げ反対、負担引き
上げ反対を自分達の行動基準としてきた。その結果、すべての社会保障財政
は破綻の危機に瀕し、このままでは持続不可能な状況に追い込まれている。

 社会保障改革の担い手は、われわれ国民にあるのだ。この自覚を持てば、
給付と負担のバランスを考え、無理な要求はできないはずである。つまり高
い給付を求めるなら負担水準引き上げを受け入れねばならぬし、逆に高い負
担が嫌なら給付水準の引き下げを容認せねばなるまい。

 すべてがわれわれ国民の選択にあり、その結果に責任が生ずるのだ。