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(山折哲雄国際日本文化研究センター名誉教授入室)

○吉川座長 それでは、御紹介します。次は、国際日本文化研究センター名誉教授の山折哲雄先生です。御専門は宗教学・思想史です。山折先生、よろしくお願いいたします。

○山折名誉教授 山折でございます。私は、皇室典範の問題、そして皇位継承及びその順位等々の問題につきまして、その背景になります象徴天皇制の性格というものを、あらかじめこういう問題を考える場合には検討しておくことが必要ではないかという立場から、今日はお話をさせていただきたいと思ってまいりました。
 世界には、さまざまな統治の装置がございますけれども、その中で象徴天皇制という統治の組織は、抜群の安定性を示してきていると思います。そういうことを前提にして、なぜその抜群の安定性を象徴天皇制は歴史的に実現することができたのかという辺りから、この問題に入ってみたいと思います。
 日本の歴史を振り返るとわかるんでありますけれども、非常に長期にわたる平和の時代が2度も日本の歴史にはございます。1度目は、平安時代の350 年です。2度目は、江戸時代の250 年であります。細部を捨象して申しますと、この350 年と250 年の2度にわたる平和な時期を実現した実例は、世界史の中で日本だけだと私は思っております。ヨーロッパの歴史にはございませんでしたし、中国、インドの歴史にももちろんそういう時期はございませんでした。
 なぜ、それだけ安定した平和の時代を築くことができたのか。これにつきましては、もちろんいろいろな御見解があるだろうと思いますし、政治・経済的な問題、軍事的な問題、地政学的な問題、挙げていけば切りもございませんけれども、私はそのようなさまざまな原因の中で、もっとも重要な役割を果たしたのが、実は象徴天皇制であると思っております。象徴天皇制は、この後申しますけれども、第二次世界大戦後に初めてつくり上げられたものではなくて、その原形は既に平安時代、10世紀の段階にでき上がったと私は考えております。無論、この象徴天皇制の存在をもって2度の長期にわたる平和の時代全体を解釈することは、できないんでありますけれども、しかし、今日は時間の関係上象徴天皇制だけに焦点を当てて、なぜそうであったのか、そしてそれに基づく象徴天皇制の性格というものについてまず最初に申し上げてみたいと思います。
 1つは、宗教的な権威と政治的な権力の二分的、二元的なシステムというものが、実に柔軟な形でつくり上げられてきたというのが、この象徴天皇制の第1の特徴だと思います。具体的に申しますと、10世紀の摂関政治の段階でこれができ上がったと考えておりまして、宗教的な権威、すなわち象徴としての天皇の役割と政治的な権力の相互補完関係と申しますか、相互牽制の関係と申しますか、互いに互いの独走を封ずる柔軟なシステムを、歴史的につくり上げたと考えております。
 これが、社会と国家の安定に非常に大きな役割を果たした。言葉を換えて申しますと、国家と宗教システムとの間の調和が取れていたと言ってもいいかと思います。
 それから、第2番目の問題が、皇位継承の場合に2つの原理が有効に働いていたということであります。継承原理の2種類と言ってもいいかと思います。もちろん、2つとも原理そのものは一種の政治的なフィクションでございますけれども、そのフィクションが現実の政治、現実の宗教制度というものを、実に有効に働かせていたという意味で継承原理の2種類ということを申し上げたいんでありますけれども、1つがもちろん血統原理であります。これは、天皇が亡くなったときに、次代の天皇が誕生するときに、践祚と即位の儀式が行われるわけであります。そのうち、践祚というのは、前の天皇がおなくなりになったとき、その瞬間即時的に三種の神器の承継ということが行われて、皇位が即時に継承されるということです。これは、英語で申しますと、ヨーロッパの王権論ではアクセッションと申します。
 それに対して、多少の時日を置いて、次に皇位が即時的に継承されたということを内外に宣布する。言わば、皇位継承を社会化する儀礼として即位の礼が行われるわけでありまして、これをサクセッションというふうに申しております。
 我が国におきましても、この継承原理の中の第1、血統の原理に基づくアクセッション、すなわち践祚、即位の儀礼が行われるわけでありますが、西洋世界における王位継承の場合はこのアクセッション、サクセッションの儀礼だけで、一応完結しているわけであります。ところが、我が国の象徴天皇制の継承の場合におきましては、そのほかにもう一つのカリスマ原理に基づく継承という観念が同時に存在しておりまして、これが大嘗祭儀礼という形で行われてきているわけです。 大嘗祭がいつから行われたかということは、いろいろ説の分かれるところでありますけれども、大体天武、持統の段階で、既に天皇霊という、その霊威を継承するという観念が一般化と言いますか、強く意識されていたということが考えられます。
 大嘗祭は、カリスマ原理というものを内包した王位継承のもう一つの重要な儀礼だったわけです。
 私は、歴史的に欧米諸国の王位継承に比べて、日本列島における象徴天皇制の皇位継承というものが、非常に安定性を保つことができた背景に、そうした血統原理とカリスマ原理という二つの観念が強く作用していたということを重視したいと思っております。その結果として、平安時代350 年、江戸時代250 年という時代を実現することができた、少なくともその一つの重要な原因になったと考えているわけであります。血統原理と天皇霊の継承を意味するカリスマ原理という、二つのフィクションではありますけれども、ともかくそれに基づいて皇位継承が行われてきたということであります。
 ところで、実はこの大嘗祭の問題が、御承知のように旧皇室典範におきましては、第11条で、「即位の礼及び大嘗祭は京都においてこれを行う」と規定されておりました。この規定によって、大正4年の大正天皇の即位、昭和3年における昭和天皇の即位が行われたわけであります。即位の礼と大嘗祭を一括して御大典と称してきたわけです。それは、旧皇室典範第11条の規定に基づくものであります。
 ところが、これが敗戦後、昭和22年に新しい憲法が発布されますときに、皇室典範が新しく制定されます。この新しい皇室典範の中で、この大嘗祭規定が削除されるわけです。それでどういうふうになったかと言いますと、新皇室典範の第24条でありますけれども、「皇位の継承があったときは即位の礼を行う」となって、そこから、大嘗祭規定が削除されています。以後、大嘗祭というのは、皇室の私事、私事の儀礼というふうに位置づけられるようになりますが、しかし、今度の御大典においてはそれがいわば皇室の私事として行われてきていることは御承知のとおりでございます。
 実は、これからの皇位継承と順位の問題等々を考えていく場合、こういう象徴天皇制の歴史的な背景とともに、とりわけ戦後になって大嘗祭規定というものが、そういう形で廃止されているという事情を前提にしながら、お考えいただくことが肝要ではないかと私は考えております。
 実は、参考のために1つ申し上げますと、今のイギリスのエリザベス女王が即位をするときに生じた1つの事件でありますけれども、たしか前イギリス王のジョージ6世がお亡くなりになったのが、1952年でありました。そのとき、継承候補者のエリザベスは、王室外交の一環としてケニアに行っていたんです。イギリスの議会は直ちに王位継承会議を開かなければならなくなったわけですが、この会議がアクセッション・カウンシルといわれています。つまり我が国で言うと践祚の問題を議する会議のことでありますが、その開催の許可を得るための電報をケニアのエリザベスに打電しているわけであります。ところがこのときにエリザベスは近臣と相談をして、エリザベスとして返電してその会議の開催に許可を与えるか、あるいはエリザベス女王として返電をするか、ということで議論が分かれたようでありますが、結局エリザベスは女王として返電をするんです。
 それに対して、イギリスの議会はこれを無視した。外務省も無視しております。それで、まず議会におきましてアクセッション・カウンシルを開いて、そこで議会の名において後継者をエリザベスにするという決定をしております。その間、王位が空白になっているわけです。空位期間がそこにあるわけです。議会による王位継承のチェック機能を、そういう形でイギリスは18世紀からずっと保持してきているわけでありまして、それがアクセッションというものに対する、イギリス流の考え方であります。議会の承認を受けて、一般に即位の礼として世界に公布するという形を取っているわけでございます。
 半分笑い話でありますけれども、その王位継承会議において王制を廃止する権利がイギリスの議会にはあるわけです。いつイギリス王制が共和制に変わるかという危機意識の中で、現在エリザベス女王は生活されているという、これはしばしば言われるわけでありますけれども、こういうジョークがあります。今、イギリス王制が共和制に移行することになった場合に、フィリップ殿下は1日で荷物のとりまとめができるけれども、女王はやはり1週間ぐらいかかるでしょうねと。半分冗談まがいにそういうことが言われているというのであります。しかし、そういう可能性はあるわけです。
 ところが、我が国の場合は、先帝がお亡くなりになった直後に践祚が即時に行われますから、そういう空位期間というものが発生し得ない仕組みにはなっております。しかし、場合によってはそこのところをはっきり規定しておかないと、イギリス王制のような議会によるチェックというものが入る可能性があるわけです。それがいいか、悪いかという問題は別にいたしまして、象徴天皇制の安定性というのはそのことも関係していると思います。
 繰り返して申しますと、我が国の場合は、先に述べた践祚から即位の礼に至る儀礼のほかに、更にカリスマの継承を前提にする大嘗祭儀礼をやるわけであり、そうして初めて皇位の継承が完結するということになっております。そして、こういう伝統的な観念をこれからも保持していくのか、いかないのか、そういう問題もこれからは議論する必要があるのではないでしょうか。国民のレベルでも議論されなければならない問題であろうと思いますけれども、一応今度のような皇位継承の問題を考えるときにはとりわけ考えておく必要があるのではないか、そういう意味で申し上げた次第であります。
 次に、これらの問題をこれからどう考えていくかということになります。これは私の個人的な見解でありますが、その中の一つとして、象徴天皇制の「象徴」とは一体何かという問題があるのではないか。これも、いろんな議論があるわけであります。
 先に、象徴天皇制の歴史的な経緯というものを考えましたが、その場合、血統原理とカリスマ原理という2つの問題がその「象徴」を支える柱になっていると私は考えます。もしもカリスマ原理の象徴性というものが欠けると、恐らく象徴天皇制が歴史的に果たしてきた役割というものを維持することはできなくなるのではないかという気さえいたします。ここをどう考えるか。象徴に関する定義問題というのは、非常に難しい問題を含んでいると思いますけれども、そういう問題が1つあります。
 また、もう一つの問題として、最近の女性天皇論が出てくる背景に、皇室における近代家族の在り方という問題が強く意識されているように思います。皇室、すなわちロイヤルファミリーにおける「人権」の問題と言ってもいいかと思いますけれども、その皇室における「近代」家族の在り方というものと、もう一つ「象徴」家族としての在り方ということを同時に考えなければいけないだろうと思っております。近代家族と象徴家族という両面を持っている今日の皇室の家族の在り方というものを、どう調和させるのか、統合させるのか、あるいはそれを当然のこととして認めるのか、あるいはこのところを今後変えていくのかどうかという問題があろうかと思います。そのうち、近代家族の在り方に重点を置いて改正問題を考えていきますと、将来的には先ほど申しましたイギリス王制の場合と重なるような問題も出てくるのではないか。王政がいつ共和制に移行するかわからないという状況も出てくる、そういう危機意識の中で、この問題を考えることになっていくと思います。
 それからまた、これと関連するような形になりますけれども、大きく言えばやはり戦後の象徴天皇制というものと、戦後の民主主義というものをどう考えるかということです。私の観測では、戦後しばらくの間は、象徴天皇制と民主主義というのは対立するという考え方の方が、戦後、しばらくの間は優勢を占めた考え方ではなかったかと思うんでありますけれども、しかし、今日、象徴天皇制を支持する国民が50%を超えたという調査報道もあるところからしますと、象徴天皇制と民主主義というのは両立するんだという方向に一般の考えが変わりつつあるようにも思います。
 そういう点で、皇室における近代家族の在り方、象徴家族の在り方というものを統合するために、どうしたらいいかという問題意識とともに、象徴天皇制と民主主義というものをどう統合、調和するか、させるかという問題意識がいわば表裏の関係を成す課題になってくるだろうと思います。
 そうした場合、皇位継承の問題がどういうふうに議論されていくだろうかという、もう一つの問題が出てくると思います。
 私は、以上申し上げたような、象徴天皇制にとって重要だと思われる歴史的な背景、その性格等々が十分に担保されるならば、例えば、皇位継承の考え方が、男系であろうと、女系であろうと構わないだろうと、女性天皇が誕生しても構わないだろうと思っております。それを担保するような考え方が一般的な承認を得るかどうかがむしろ問題であります。
 もう一つ、このような問題を考えるに当たって、やはりどうしても必要だなと思いますのは、統治の装置としての象徴天皇制というものを、例えば、大統領制などと客観的に比較したり分析したりするという仕事ですね。アメリカの大統領制、フランスの大統領制と象徴天皇制というものを客観的に比較した場合に、どういうメリットとデメリットがそれぞれにあるのかという問題であります。こういう研究は必ずしも十分になされているとは思わないのであります。同じように、イギリスの王制と日本の象徴天皇制を比較してみることも必要だろうと思いますし、更に言えば共和制と天皇制の問題を比較してみるという観点も出てくるでしょう。
 私が不勉強だから、そういうことを知らないだけであるのかもしれませんけれども、必ずしもそういう研究は積極的に行われてこなかったような気がいたします。
 大分以前でありますけれども、イギリスに参りまして人類学者たちと話をしましたときに、イギリスの人類学者たちは王権の問題については、アフリカなどの地域の部族社会の王権の問題については、ものすごい研究をしておりますけれども、あなた方本国のイギリス王制自体についての客観的な分析というものはありますかと聞いたら、ほとんどありませんというお答えでありました。これは、一種のタブー視されている学問領域なのかもしれないと思ったものです。
 その後で、タイに参りました。御承知のようにタイに参りますと、至るところに国王の写真が掲げられておりますけれども、タイ王制についての客観的な分析研究というのはありますかと聞きましたら、そんなことをしたらたちまち職を失いますと。それが社会科学者たちのお答えでした。
 それに比べますと、我が国における天皇制研究というのは、非常に自由に行われてきていると思います。世界で一番自由な雰囲気の中で、王制の研究、天皇制の研究が行われてきている、唯一の国ではないかという感じすらするわけでありますけれども、にもかかわらず、この歴史の上に登場してきたさまざまな統治の形態について、象徴天皇制を中心にしてさまざまな角度から比較するという研究が必ずしもなかったということです。 本来なら、そういう研究の積み重ねの中で、皇位の継承のあるべき姿、男系か女系かといった等々の問題を議論するのがよろしいのかと思うんであります。
 以上で私の報告を終わらせていただきたいと思います。

○吉川座長 ありがとうございました。
 それでは、御質問ございましたら、どうぞ。

○園部委員 園部でございます。どうもありがとうございました。全く質問だけということでございますので、議論はいたしませんが、天皇霊の授受、継承ということは、大嘗祭のいろいろ諸説ありますけれども、真床追衾とかいろいろな儀式、ちょっと国民の目から見えない儀式なんですが、そういうものによってこれがカリスマ的に継承されると、これはよくわかりました。
 もう一つ、血統としての血統原理、これは実は私どもの検討しておりますのは、どちらかと言うとこの血統原理の方に傾くものですから、これについて男系でも女性天皇でも一向に構わないという、何か根拠がおありなのか、その点だけ伺いたいと思います。

○山折名誉教授 そこを厳密に考えているわけではございませんけれども、血統原理の中には、いわゆる生物学的な側面と、血統というフィクションに基づく、万系一世なんていう言い方は血統ではありますけれども、かなりのフィクション性を含んでおります。その2つの側面があると思います。
 生物学的な血統原理の働き、これは非常に大きいと思います。私は本願寺教団の親鸞の血統を引き継いだ今日の門主制の持っているカリスマ性というのは非常に大きいと思います。それは、実際的に見ますと生物学的な原理からすると、親鸞の血の何百分の一、何千分の一しか継承していないかもしれない。しかし、その何百分の一、何千分の一が重要な役割を果たすという意味で、生物学的な側面というのは大事だとひとつ思います。
 その上に立ったフィクションとしての血統観念というものと重なっておりますから、その両面を私は漠然と考えて申し上げております。

○園部委員 わかりました。どうもありがとうございました。

○吉川座長 ほかにございませんか。よろしいですか。
 それでは、山折先生、どうもありがとうございました。大変難しい問題を提起いただいたようでありがとうございます。

(山折哲雄国際日本文化研究センター名誉教授退室)