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首相官邸 追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会
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追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会(第4回)
議事要旨(速報版)





1 日 時 平成14年4月11日(木) 10:00〜11:30

2 場 所 総理大臣官邸大客間

3 出席者

(政府側)
福田 康夫 内閣官房長官
安倍 晋三 内閣官房副長官(政務・衆)
古川 貞二郎 内閣官房副長官(事務)

(委 員)
今井 敬 社団法人経済団体連合会会長,新日本製鐵株式会社代表取締役会長
山崎 正和 劇作家,東亜大学長
東江 康治 前名桜大学長,元琉球大学長
上島 一泰 株式会ウエシマコーヒーフーズ代表取締役社長、元社団法人日本青年会議所会頭
上坂 冬子 ノンフィクション作家,評論家
草柳 文惠 キャスター
坂本 多加雄 学習院大学法学部教授
西原 春夫 学校法人国士舘理事長,元早稲田大学総長

4 議事概要

 (1) 委員説明

○ 靖国の問題は非常に重たい問題で避けて通れないし、あるいはこの懇談会の中にも靖国があるからそれで十分だというような見解の方もきっといると思うが、それはあえて避けておきたい。
 新たな施設は、国の公的な施設として国がその運営に当たり、戦争や事変等で尊い命を失った方々の霊、そして恒久平和を祈念する決意を新たにする施設ということである。
 慰霊の対象は明治維新以来、我が国が関わってきた戦争や事変によって命を失った軍人軍属及び一般市民とし、日本国民だけでなく外国の犠牲者も等しく含めるべきである。慰霊の対象に「戦犯」を含めるかどうかは問わず、対象はカテゴリーで示すことにとどめ、その中に「戦犯」というカテゴリーは設けないものとする。

○ この懇談会の原点に戻り、趣旨が「何人もわだかまりなく戦没者等に追悼の誠を捧げ平和を祈念することのできる記念碑等国の施設の在り方を考える」ということなので、それに基づいた理念の一番の原点は、日本が近代国家になり、国家として平和の理念をどう国民と共有しながら大事にしていくのか、また作っていくのかということ、つまり平和という言葉そのものの理念がまず要るのではないかと考えた。
 日本の国家の平和の理念は人の命を最も尊いものとして受け継がれてきており、また、これからも引き続きこの理念を大事にしていくべきだ。いろいろな靖国神社の問題はあるが、結局平和に対する考えをどう打ち出していくのかということが問題である。日本の長い歴史の中で培ってきた日本人の神道に対する考え方やいろいろな宗教を信仰する考え方を否定するものではなく、また、そういうものに代わるものを何か打ち出すような施設を造るというのではなくて、あくまでも根底には、平和というものに対してどう近代国家として考えていくかを議論しながら造っていくことが最も大事だろう。
 したがって、これから議論をして、平和に対する日本人としての今後の考え方や大事にしていくものを理念として入れていくべきだろう。そこで私は人の命を最も尊いものとするということを平和の理念と考えた。
 また、追悼の対象については、日本又は国への社会的な貢献に対して命を失った何人に対してもということで、日本人、外国人をカテゴリーの中に入れた。
 前回説明のあった中では、「国権の発動」に対してというように定義付けをされていたが、私は、これから地域の時代、人、それぞれ国民の時代という中で、国権の発動に対してということだけではなく、もう少し自発的な意味での社会貢献に対しても多く広めていくということで、「社会的貢献」に対してということにしたい。

○ 新しい施設は要るというお考えか。

○ そうである。また、この懇談会の中で靖国神社の関係者から一回ぐらいは直接お話を聞いておく方がいいのではないかということを提案する。

○ 理念を考えるとき頭の中にあったのは、戦犯が問題になるということと、靖国神社の神道がどうなるかということであった。憲法との絡みでどうなるかというのが頭の底にあったため、その辺のところを意識し、今年から検討を始めるという意味で、今年が平和条約の批准から50周年になることを記して、いいかげんな裁判などというものは認めないというようなこともしっかり書いて、ここからは線を引いて占領期はこれで終わりというようなことをうたい上げていきたい。
 また、日本に国教がなく国民がいろいろ宗教を持っているので、必ずしも神道というもので締めくくってほしくない。
 ただ、これだけ聞くと靖国神社を否定するかということになるが、私はまず靖国神社が靖国神社のままでいくか、それともこれと別に新しいのを造るかというところはまだ白紙の状態である。伊勢神宮に内閣ができたときにみんなお参りに行くが、あれも政治と宗教の関わりはあるわけだから、慣習として伊勢神宮にお参りすることが認められるならば、靖国神社もそういうことができるのではないか。靖国と伊勢神宮は別枠にして、何か特定の宗教ではないとはっきり言えるのならば今までのとおりでよいのではないか。それが言えないであくまでも神道だとなると話は別で、靖国問題についてはこの検討いかんによっては考える余地があるので、今のところはまだ白紙である。

○ 前回の案をたたき台にして、例えば「国は、国権の発動に際して、その行為に積極的、消極的に関与し生命を失った国民に対して、公式に追悼の意を現し、恒常的、恒久的に祈念する道義的責任を有する」の「積極的、消極的」を「能動的、受動的」というように変えた方がいいのではないかとかいろいろ考えたが、結局やはり「積極的、消極的」の方がふさわしく、あとの表現に関しても修正すべき点はない。

○ カテゴリー等の点について、何か御意見はあるか。

○ 戦没者に関しては、カテゴリーを設けずに、戦争によって犠牲になったすべての人々というふうにして、細かく分けない方がいいのではないかと思う。

○ 戦争その他、国の危機に殉じた人を追悼し、顕彰することは、世界各国の国民に共通する普遍的な徳であり意志であり、地球上の国家がすべてやっていることであるので、理由を問うまでもないという気がする。一般に政府がそういうことをやっているという以前に、およそ政治共同体である国家の国民自身が戦没者を追悼し、顕彰したいという願望を持っていて、そこで各国の政府は、そうした国民的な徳と意志を代表して、その願望にこたえて追悼の儀礼を行っているのだと思う。その際に、各国でそれぞれ追悼の在り方があるが、大体これはその国の伝統的、歴史的な形式に即して、しかるべき追悼の施設において追悼の行事を主催している。例えばアメリカのアーリントン墓地の無名戦士の墓とか、イギリスのホワイトホールの戦没者祈念等の場合の儀礼を見ても、ほとんどキリスト教的な儀礼である。しかし、キリスト教的な信仰宗教行事をやっているという理解に必ずしも立っていないのであり、それは要するに伝統的な形式の中にそうしたその国の大方の人々が信仰している宗教的要素が入っているということだと思う。だから殊更にキリスト教的儀礼をやっているという見方を必ずしもする必要はないだろうという気がする。
 日本においてのしかるべき追悼の施設とは、私個人の意見ではなく、国民の大方は靖国神社であったと思っていると思うし、現にそうである。これまでのいろいろな議論の中で、靖国神社が宗教法人法上一民間宗教団体だという意見があり、したがって日本には公的追悼の施設はなかったという御意見があったが、靖国神社が宗教法人法上の民間宗教団体になったのは、戦後の靖国神社を撤廃しろ、廃止しろという占領軍の強力な意向があって、それを回避するために当時の宗教法人令に従って、とりあえず民間宗教団体になったという経緯がある。
 国民の大多数が、靖国神社が一民間宗教団体で、靖国神社に参ることがあたかも天理教や浄土宗など特定の宗教に入信してそういう行事を行っていると認識しているかというと、そうではないのであり、あくまでもこれは公的な追悼施設だということで参っている。人によって方式はいろいろだろうが、その場合に、殊更に仏教とも何とも違った独特の神道という宗教儀礼をやっているという理解をしているかどうか非常に疑問。神道の中でも通常のお正月とか三が日に出掛けたりするのを殊更に宗教儀礼であると国民が受け止めているかというと疑問であり、それと同じように、靖国神社の参拝も恐らく国民としての公的な義務というか、そういうことを尽くしているという認識だと思う。
 したがって、政府の首相その他が靖国神社に参る場合に、これが特定の宗教行事にコミットしているというのは非常に狭い考え方である。言い換えると、日本においては政教分離の考え方が極端に厳格である。世界に類例がなく、いささかなりとも宗教的な要素が少しでもあるものに対して政府が関わるとそれは政教分離に反するという言い方は、かつてそもそも宗教を否定した共産圏とかは別として、各国ではやっていないと思う。アメリカ合衆国の大統領の就任儀礼もそうである。もしもいささかなりとも宗教的な要素があるものに日本の政府の関係者が関わってはいけないということになれば、アメリカ大統領の就任式にも日本の大使は出席してはいけないということになる。
 しかも、マスコミなどで報道されるため、あたかもこれが国民の世論だと思われるが、靖国神社に首相が参拝すると政教分離に反するという理由で反対している国民というのは、実際は1割もいなく、9%ぐらいである。
 政府は靖国神社への首相参拝その他で公的な追悼の義務を果たすべきであり、新しい施設建設の必要性・必然性はないと考える。

○ この間、明治神宮にも行けなかった。

○ それは、実際に国民の多くはそんなことを思っていないが、一部の世論その他に政教分離に反すると言われているから、つい何となくああいうことになったのだと思う。そういうことで、現に靖国神社の施設があるというのが私の認識である。
 そもそもこの新しい施設をなぜ造らなければいけないかというときに、小泉首相の談話にもあるが、「内外の人々がわだかまりなく」という言葉の「わだかまり」の意味について検討しなければならない。1回目の懇談会で官房長官に、この施設は対外的なのか国内向けなのかという質問があり、国内向けであるということであった。それで国内に視点を移すと、国民の多くが靖国神社に参ることで追悼の誠を尽くすことはできないと現に思っているかというと、私はそういうことはないと思う。内の「わだかまり」があるとすれば、首相が行く度に近隣諸国がいろいろ批判するので、少し気掛かりであるということはあると思う。しかし、これは追悼の誠を尽くす上での「わだかまり」なのかどうか。むしろ、そういう諸外国の意見は外交レベルで解決すべきであって、外国が批判して、何となく気掛かりなので施設も別にこしらえようというのは本末転倒した議論である。
 そういうことを考えると、どういう方を追悼するかに関して新たに考えるということは必要だと思う。その場合に、では従来の靖国神社との関係をどうするかということになると、どういうやり方がいいのかわからないが、それは新しい施設を造ることに必ずしもつながらないと考えている。
 そして、新しい考え方で戦没者の慰霊をする、例えば、敵国の犠牲者に関しても追悼の礼を行うことが仮にあるとすると、別に恒久的な施設を造らなくても、8月15日の儀礼の中でさまざまな工夫を凝らせばいいことであって、殊更に8月15日の追悼儀礼の施設を恒久化する形で新設する積極的な理由はいまひとつわからない。

○ 私の結論は、過去に日本が原因を与えた戦争・事変の対外紛争によって生命を失ったすべての国のすべての人を追悼し、それを基礎にして、併せて戦争のない平和な世界の到来を祈念する施設が必要であるということである。
 私は長い日本の歴史の中で明治維新から太平洋戦争に至るいわば日本の近代国家の第1期というのは、かなり特殊な時期だったと考えている。特殊だったということの中心的なものは、ちょうど徳川三百年の鎖国の眠りから覚めてみると、周りにあった国家、とりわけ西欧の先進国はナショナリズムを当たり前としていた。つまり、自分の国の存立あるいは拡大のために他国に戦争を仕掛けてもは当然だ、あるいは、他国を植民地化するのも当然だというようなナショナリズムが日本の周辺にあった。日本もまたそういう考え方に立った。それは日本が植民地化を免れたり独立を保つために確かに必要であったが、そういうところにやはり明治国家の特色があり、それが太平洋戦争まで続いたと考えている。
 しかし、実は日本人の物の考え方はもう少し前から伝統的なものとして存立しているわけで、例えば靖国神社はやはりそういった明治国家的なナショナリズムに根拠を置いていたのではない。したがって、何としても日本の国のために命を捧げた日本の将兵を祀るという考え方であって、その戦争のために死んだ外国人を祀る、日本人の兵隊を殺した外国人を祀るというような考え方は当然あり得なかったと思う。
 しかし、そういった19世紀的なナショナリズムは人類の歴史の中で1945年を境として変わってきており、今、少なくとも先進国がそのようなナショナリズムの考え方をもって他国に戦争を仕掛けたり、あるいは植民地化するというようなことは国際社会の中で許されない時代になった。また、EUに見るように、国境がだんだん低くなってきた国際社会の中での国という考え方が広まってきて、これがますます進んでいく。そういう意味で考えてみると、日本が原因を与えた戦争ないしはそれに類似する紛争のために死んだのは日本の将兵に限られない。日本の一般国民もそうであるし、また外国人も全く同じではないだろうか。そうであるならば、こういった時代、つまり世界の中の日本、アジアの中の日本という立場に立ってみると、日本の政府としては日本が原因を与えた戦争等によって死亡したすべての国のすべての人に対して追悼の誠をささげ、併せて平和を祈念するということでしかるべきではないか。
 靖国神社はやはり考え方として日本の将兵のみに限られていないが、それを中心とした方々に対する崇敬の念であって、私はそれはそれとして日本の社会の中でこれまで存立した意味はあるし、これからも存立すべきだと考えているが、私が申したような趣旨は靖国神社では尽くせないのではないか。そういう意味で、靖国神社とは別にこういった施設が必要であると考えており、総理の言われた「わだかまりなく」という趣旨に合うのではないかと考えている。
 ただ、過去に原因を与えた戦争というとどこまでさかのぼるかという問題があり、私はこれは無限定でいいのではないかと考えているが、皆様の御意見として近代日本になってからというように限定するならば、それはそれでもいいかもしれないと考えている。
 それから、私としては今のような考え方を世界に明らかにするという点からすると、過去の戦争に限った方がいいのではないかと思っている。ただ、今後も国のために命を捧げたような方がいる場合、それが入らないとなると今度は別個の施設を造らなければならないという問題が起こってくるので、それを合わせるかどうかという問題は残るが、私個人としては、いったん過去の戦争までに限って、そしていわば日本的な不戦の誓いと共にその種の施設を造ることが好ましいのではないかと思っているが、この点は御議論に任せたいと思う。

○ 国は、明治維新以来、国家の公権力の発動による行為に、積極、消極の如何を問わず、関与し生命を失ったすべての国民に対して、あらためて公式に追悼の意を現わし、恒常的、恒久的に祈念する道義的責任を有する。国が、公的に、悼む国民には、日本の公権力の発動によって死亡した外国人をも含める。

○ 私は、前回のたたき台を修正して、「国は、平和維持を企図する国権の発動に際して、その行為に積極的、消極的に関与し生命を失った国民に対して、恒常的、恒久的に公式の追悼の意を現し、平和を祈念する道義的責任を有する」に変更したい。今までの議論を伺っていて、論点が大きく3つあると思う。
 国家が国の立場で、国民の総意でというような文化的レベルではなくて、はっきり政府が追悼の施設を運営し、かつ尊敬すべきであるかどうか、これが1つ。2つ目はそのカテゴリーに未来を含むかどうか。もう少し言うと、戦後50年及び未来であり、つまり、新憲法下の国家貢献者を認めるかどうか、それを連続的に一つの施設で追悼できるかどうか。3つ目は、国に貢献する、あるいは国の被害を受けたといってもどういう局面であるか。
 それらを考え若干補足をして、「平和維持を企図する国権の発動」とした。「国権の発動」にもいろいろあり、例えば国が間違った経済政策をとったお陰で国が疲弊のどん底に落ちて自殺者が続発したという場合は問題にしないという意味で、文字どおり戦争、紛争あるいは現在の憲法が禁止していない純粋な防衛並びにPKO的な活動、そういうものを含むという意味で「平和維持を企図する」という言葉を入れた。「企図する」という言い方をしたのは、その企図の善悪を問わないという意味である。例えば太平洋戦争を起こしたときに、あれはその企図が正しかったかという議論になるとややこしいので、正しいか正しくないかは別として、それを企図していればそういう「国権の発動」と認める。
 また、当然そこからの論理的な帰結として、「平和を祈念する」という言葉を入れた。これは前回は入れなかったが、官房長官の御諮問の中には「平和を祈念する」という言葉があり、それと「平和維持を企図した国権の発動」は整合性があると考える。
 総理は談話で、わだかまりなく追悼できる施設をとおっしゃっているが、我々が議論する場合にこの「わだかまり」、国民心情の支持あるいは反対という要素を考慮すると、統計を取らなければいけないという話になるので、私としてはなるべくそういう情緒的な要素は排除して純粋に論理的に議論をしたい。
 私が当初申し上げたように、なぜ国が公式に追悼するのかと言えば、国民というものが近代になってメンバーシップとして固定されて容易に逃れられない宿命になったことにより、国家が起こす振舞いは個々の国民に対して強制力を持つわけで、強制力を持つが故に国は公式に追悼しなければならないという論理構成である。

 (2) 自由討議

○ 「わだかまり」については、この懇談会のそもそもの趣旨は、現にわだかまりがあるという認識に立って新しい施設をということであり、それを全部捨象してゼロから議論するのが我々の任務なのか。国家は何故追悼する必要があるかをゼロから議論するのは非常に興味深いが、それはこの懇談会の趣旨か。やはりわだかまりがあるという認識に立って、この新しい施設が必要だというのが一つの筋ではないか。

○ 頻繁に近隣諸国からいろいろ言われたり、明治神宮はだめでやぶさめだけ見るという現実を見ている国民に対して、正論だけでは国民に通じないと思う。

○ わだかまりがあるという人をつかまえて、わだかまりを持つ方が悪いからそれを引っ込めろと言ってもますます議論になるだけである。だから、論点を変えて、結果的にわだかまりが解ければいい。私はわだかまりを無視しろと言っているのではなく、むしろわだかまりを解消するためにいわば論理的な迂回路を通ろうと申し上げている。論拠としてわだかまりがあるからこれがないような施設を造るというと、今度はそれに反対してわだかまりを持つ人が必ずいるわけで、その議論になっていくと泥沼になる。

○ 戦後50年で区切るか、ずっとさかのぼってやるかという点はどうか。

○ 戦前のものに限るという議論もあるが、戦後のいろいろなものがあり、そして今後も予想される。それを一緒に弔うかどうかが論点。

○ たくさん論点が出てきたと思う。例えば、戦後新憲法下の政教分離についての論点もあったのではないか。それから、国権の発動に関わる部分は、私は社会的貢献という、国民の自発的な貢献という部分も含めて考えたい。国権の枠の中で命を失った方に対して追悼の意を捧げるのか、国民が自発的に仮にボランティアで行かれて亡くなられたという方の部分まで含めていくか。これは自発的な部分で大きな差があると思う。
 私は戦前の問題も、両方当然含めていくべきだと思う。長いのをどこかで切るという意味ではない。平和という理念を考えるときには、人の命の尊さということを大事にするがために、国権で発動されて亡くなられた方も、または自発的な今後の方に関しても全部含まれるのではないかと思う。

○ その点で、国家が国費をもって国家の権力をもってこれを祀ると言っているわけであるから、ある種の限定が必要になるのではないか。そうしないと、社会に貢献しないで生きている人間は一人もいないから、全人類のすべての人間を葬るということになり、意味がなくなってしまう。

○ だが、今の議論は、国家の施設であったとしても、日本人がこれから平和に対する考え方、理念をどうとらえていくか、過去の戦争の時代の平和ということにとらわれるのではなくて、これからの平和をどう考えるかという点が理念の根底に流れると思う。だから、あくまでも平和の新しい理念の考え方をここで議論されないのは怖いなというのが私の考え方である。

○ 社会的貢献というのは、国際的なものに限ると考えてよいか。

○ 国内でもよい。誰が入るか入らないかを決めていくことに対してはすごくまた議論になると思う。
 例えば消防士とか警察などもすべて含まれる。私は、国権だけに限られずに、大きく解釈して、例えば社会貢献、ボランティアで亡くなられた人も入ると考える。

○ 私の考えでは、国権の発動の枠内でNGOが活躍した場合には入る。というのは、我が国の憲法下では私戦を禁じており、勝手に戦争をしてはいけない。だから、例えば今の日本人が憤慨してパレスチナに行ってイスラエルと戦って死んだ場合、これは身勝手なので、いかにそれは本人の意図としては平和の維持に貢献するつもりであっても、国家として祀ることはしない。国権の発動というのは、そこで線を引きたいから申し上げている。ボランティアはそれぞれみんな自由なので、我々から見るととんでもない、例えばオサマ・ビンラディンと戦うという人も出てくる。

○ その辺が、常に国が国権の発動を、国が戦争を起こしたときにあくまでも国主導でやっていくという戦後の考え方をまだずっと引き継いでいるのではないか。

○ 我々としては、国が存在する、国が政治を行っていることを前提に議論をしているので、国が祀ることが必要かどうかを議論している。それと同時に、私は国民であると同時に世界人であったりアジア人であったりすることは結構だ。

○ 国が祀るのではなくて国民が祀るということではないか。

○ 国民と言ってしまうと、この趣旨に反する。既に国民はあちこちで祀っているわけで、何も国が出ることはない。あくまで国家が祀るかどうか。だから、私は具体的に国費をもって建立し、国費をもって維持し、三権の長はお参りに行く義務があると考えている。

○ 私が言っているのは、もう少し広くカテゴリーを考えられないかということ。例えば、ボランティアでたまたまNGOで海外に行かれて亡くなった場合。

○ NGOにもいろいろある。例えばアフガニスタンに現在、日本政府は貢献することを公の政策として行っており、これとの関連でNGOが出て行った場合には、それは確かに国権の発動が関連している。今度は逆に、ではオサマ・ビンラディンの方へ行くNGOがいたら、それは排除しておかないと、もう何が何だかわからなくなってしまう。

○ 今ので国権の発動をすごく広く解釈されているということがよくわかった。

○ それはこの議論の先の話で、そこまで踏み込むのはまだ早い。今はもっと根本的に国がだれを弔うのかということを議論しているわけで、社会貢献一般では余りに広すぎる。

○ 国権の発動の中にそういうものが含まれるのであれば、私が考えているカテゴリーの中には入っている。

○ 確認したいが、先ほどから国民と国とを分けて使っておられて、どうも私の言っている国民と理解が違うようだ。要するに国民というのは一般民衆という意味であろう。確かに戦没者があっても各家庭に位牌があったりして、各家庭で祀るということはあるが、これは私的なこと。私が国民と言っているのは単に私的生活の主体ではなくてものすごく公的な義務と権利を負っていると思う。選挙権を持つとか、個人の中のそういう部分を国民と呼んでいる。私が国民の意思だとか徳だとかと言っているのは、その私的な領域で自分の御先祖を祀っているというレベルではなくて、およそ国民であれば自分の肉親でなくても靖国神社に祀ってある霊に対しては追悼を尽くしたいということ。単なる民衆ではない。だから、私は国と国民を分けているのがよくわからない。

○ 私が今、国民と言っているのは2種類ある。ネイションのメンバーである国民とステイトのメンバーである国民とは違う。先程から微妙にずれが生じるのは、委員が常にネイションのメンバーをおっしゃっているのに対し、私はステイトのメンバーを申し上げている。

○ 私もステイトのメンバーのことを言っている。選挙権を持ったり徴兵義務に応じたりするというのはステイトにもかかっている。

○ ステイトのメンバーが行動するときには法と制度が必要だ。国民として行動するときには必ずしも法と制度を必要としないで、国民的な慣習でもいい。だから今、国民的慣習に従って靖国神社に多くの人がお参りに行っている。それは置いておいて、ステイトとしての国家のメンバーが改めて追悼する場合には法と制度が必要だろうということ。

○ もし造るとしたら今度できるものと靖国神社との関連というのを少し考えた方がいい。

○ 関連は私は考えていない。つまり、靖国神社は存在する。ネイションの神社としてそれは永久にあるかもしれないし滅びるかもしれない。そんなことには法と制度としての国家は関与せず、一方で、我々は法と制度の下の祈念施設を造ろうと言っている。

○ ネイションとステイトをそう分けられるかと思う。ネイションステイトというぐらいで、ステイトは国民の慣習とは無関係にやるのではなくて、当然民主主義国家であれば国民の側のさまざまな慣行とか意見とか価値観を、全部ではないが、ステイトとして公認して法と制度にするのである。

○ 議論を少し整理したいと思うが、1945年までのものと、1945年以降のものとでは、両方を含むという考えをとるにしてもとらないにしても、性格がかなり違う。1945年前までだと対象がはっきりしているが、45年以降はこれからのものを含むということになると、今のような議論になってきて理論構成も非常に難しい。そこで、戦後を含むか含まないかを一度脇に置いた上で、まず戦前までを考えてみる必要があるのではないかと思う。

○ もっと話を具体的にすると、ネイションのは靖国神社で行い、今回考えるのは首相が堂々とお参りに行けて対外的にここですよと言えるようなものを造ればよいということか。

○ お参りに行けるかどうかという議論は、先程他の委員が指摘されたように日本の政教分離はややリジッドに過ぎると、これは私は個人的には議論としては大賛成である。だからこそそこのところは純理論的に国が積極的に運営する、要するに、国が造るという立場の根拠は何だろうかと考えたときに、やはり国が法的に国民として支配して、それを結果的には共連れにするから、そこに国家として追悼する義務が生じる。

○ それは靖国神社ではいけないのか。

○ つまり国が制度として支持しない。もし、私の議論に反対するなら、改めてあれを官幣大社にして、そして国費をもってやるべきだということになろう。

○ それでは一応戦後のことは置いて、戦前の問題として、靖国神社は非常に国民的な意味として存在の意義もあるし、本分もあるが、現在は国としての機関ではなくなっているという認識は共通でよいか。

○ それは、政府が管理している施設ではないという趣旨か。

○ 靖国神社の言い分を聞く必要はないか。

○ それは改めて、私は靖国神社の総代の方から聞くことにする。それは私が聞いて、彼らが非常に希望すればすることにいたしたい。

○ 私は施設を造る方に賛成だが、いろいろな問題があるのであれば、一番の論点になっているので、どこかの部分できちんと聞いておいた方が充実するのではないかと思う。

○ 靖国の位置付けは靖国懇談会で議論を続けて大体できており、あれを1回目、2回目で御紹介いただいているので、我々はそれを一応理解した上で議論している。

○ 間接的には聞いたが、直接当事者に聞いていただく方が明確かなと思った。

○ ただ、これはこちらの意図と関係なく政治的なイシューにされる可能性がある。だから、懇談会に正式にお招きするとすれば、私は幾つかの立場の人、例えばキリスト教の代表者とかも含めて呼ぶことにしないと、一方的に意見を聞いたということになる可能性がある。
 だから、座長が個人的にお聞きになるのは御自由だが、ここへ呼ぶときにはちょっと慎重にした方がいいということを申し上げた。

○ 靖国懇で議論されたことを蒸し返すことはやめたい。
 仮に靖国は靖国として、別のものを造るとした場合、戦前までというところで仕切ったときに、カテゴリーとして、そこには戦災者で一般の人を含むのか、それから外国人を含むのか、あるいは明治維新までさかのぼるとすれば賊軍をどうするかなどについて皆さんの御意見を伺いたい。

○ 私は全部含めるべきだと考えているが、カテゴリーとして賊軍を入れるか入れないかというとややこしくなる。だから、戦争及びその類似の行動によって死亡した人はすべて、日本人を殺した外国の兵隊だって入るんだと。私としては近隣諸国の思惑を配慮するという問題ではなくて、日本人は元来そういう宗教観を持っていることを明らかにしたいという意味で、限定せず、つまり、戦争及びその類似の紛争によって生命を失ったすべての人とするにとどめたいと思う。

○ 第二次大戦の終わりで区切るということはかなり大きな議論になるので、議論をした方がいいと思う。なぜそこで区切るのかということの意味合いは、まさに戦後50年の政治的な議論だったわけである。つまり、あの戦争というものをどう見るのか。日本はもちろんサンフランシスコ条約で東京裁判の結論に反対しないことになっている。それで、私もその立場だが、つまりあれは悪い戦争で、あれ以前は全部侵略戦争で、だからそこまでで切って、あとは別の話にするんだという議論になるとまたかなり難しい話になってきて、では第二次大戦と第一次大戦あるいは日露戦争、日清戦争は同じようなものだったのかなどと、近代史をめぐる難しい議論となり、そこへ道徳的なものが入ってくると、いい戦争、悪い戦争と、もう混乱を極めることとなる。すると、どうしてそこで切るんだということになってきて、その後の例えば純粋な国防、これは自国防衛だが、そういう種類のいわゆる武力紛争の中で死んだ人、ここで切るんだというと……。

○ 祀るのを切るとははっきりおっしゃっていない。それで今の議論が錯綜したから、まず戦前までのものと戦後のものとを分けて議論した方がいいという御提案だったと思う。

○ 戦前と戦後とでは対象が違うので、特に戦後はこれからあるかもしれない架空のものになる。戦前の場合ははっきりしているので、だから戦前を基礎にして議論をした上で、更に戦後のことは次に議論すべきだということ。

○ そこでどうして切れるか。

○ 明治維新後の戦争・事件にはいろいろな政治的理由があり、ある種の合理性も全くないわけではなく、それぞれ単なる侵略ではなかったのは言うまでもない。ただ、今日の視点で見ると、1945年以前が正当防衛的な自衛戦争であったとは言えないだろう。正当防衛的なものは、非常に遠い背景としては経済封鎖とかいろいろあるが、政治学的に見てもそこまでは無理だろう。したがって、今後は自衛戦争的なもの以外はしないという日本の決意をどこかの段階ではっきりさせていいと思う。これは憲法がはっきりさせたけれども、今後ともそうだという考えをはっきりさせるという点では、やはり1945年で切れる。また、元寇の後に北条時宗が円覚寺を建てたが、あれはこちらから仕掛けたのではなく、向こうから一方的に攻めてきたにもかかわらず、元の将兵も日本の将兵も共に祀っていた。この考え方が日本の宗教観だったと思う。戦争の政治学的意義を超越していいと考えている。

○ 敵軍を祀ることについては別の議論であり、それには賛成している。私が伺っているのは、1945年までの戦争とそれ以後のさまざまな紛争とをどういう論拠で分けるかということである。先生の話では、それ以前のものは侵略であったから。

○ 「侵略」ではなく、「日本が原因を与えた戦争」である。

○ 「原因を与えた」ではさまざまな議論の対象になって大変ややこしい。それまでの戦争を明確に一言でくくれれば、そこで切るということがあり得るとは思うが、どういうキーワードでそれが全部くくれるかという話である。

○ 「国権の発動」が広い意味であると、結果としては同じになると思うので、その方が私の考え方の具合の悪い面が除去されるのならば、それでもいい。

○ こだわっているわけではなくて、そこで切る論理を立てないといけない。いわゆる左とか右とかの戦争観を議論しなければならないのはやり切れないので、過去の戦争の道義的評価はなるべくしない。そうすると、45年で切る論理はちょっと弱くなると思う。

○ それで「平和維持を企図する」ということで戦前、戦後両方含めると考えているのか。

○ 私はつないでしまおうと考えている。

○ 「平和維持を企図する」とは日清戦争から全部入るのか。

○ 詔勅を見たら、全部平和維持を企図している。

○ 確かに「東洋平和を維持する」とか、常にそういう宣言をされているが、「平和維持を企図した国権発動」であったという議論は非常に問題ではないか。

○ 日頃の警察行動や消防活動と一応分けるためにこれを入れた。「国家の安寧を意図する」とか別のいい言葉があればよい。

○ 戦争がどちらに責任があってどちらが良い悪いという議論は当然あると思う。侵略戦争という悪い戦争に参加した兵士だから追悼する度合が低くて、正義の戦争だったらすべきだということは議論としては幾らでも考えられる。しかし、一般に世界各国を見て、この戦争は我が国の方が悪かったから追悼には値しないが、こっちは値するということをやっているとは思えない。ベトナム戦争に関しても、アメリカでいろいろな議論があって、あの戦争は非常に悪かったという議論はあるが、その戦没者兵士は他の戦争の兵士と同じように追悼されているから、戦争の性格によって追悼の対象が変わるとは思わない。

○ 私も最初は「日本が関わった」ぐらいに考えていたが、これではちょっと広くなり過ぎると思って「原因を与えた」としたが、その言葉についての検討も必要だと思う。いずれにせよ、あまり戦争の意義その他が出てこない考え方、つまり元寇のように敵が攻めてきた場合も共に弔うのが日本の考え方だというところへ一度立ち返ろうということである。

○ 靖国神社と同じ時代までさかのぼって国のために死んだ人を別に祀るのか。

○ 靖国神社までさかのぼるということは、近代国家以後ということ。それは全部この追悼の対象である。

○ 昭和12年の日中戦争以後などとして、それまでのことは靖国神社に任せてしまうのはどうか。

○ 靖国神社もそんなに古くはなく、明治以後のことである。だから、近代国家が成立して以後というのが一番いい線で、それが私の理論構成に関わっている。近代国家ができたので、嫌でも私たちは法的に日本人で、法的に義務を果たして戦争にも行った。

○ それはそうだが、もう一つ造るとなると何かフレッシュな印象が欲しいと思う。第二次世界大戦で区切って、今年は講和条約発効50周年で新スタートみたいなことも考えられないか。あまり昔のことでますます遠い存在になってしまうから、支那事変ぐらいから始めたらどうか。

○ 8月15日に毎年やっている全国戦没者追悼式の対象者は、支那事変以降である。なぜ支那事変で区切ったのかはよくわからないが、そこで区切った。支那事変以降、大東亜戦争が終わるまでが一連ということで、昭和12年7月7日に切ったのだと思う。追悼式は8月15日にやって碑は壊してしまうが、それを恒久化するのも一つの考え方である。今、先生がおっしゃったのはそういうことだと思うが、どこで区切るかは一回議論をしていただければと思う。

○ 今の追悼式を恒久化するということでは非常に受け入れやすい。

○ あれは非常に便宜的で、たしか軍人恩給だったか何かの受給者ということでなっているらしい。

○ そうではない。靖国神社はむしろそうなのだろうが、追悼式は戦災で亡くなった方も含んでいる。だから310万人なのである。靖国神社は240 万人ぐらい。それで支那事変以降でも310 万人なのである。そこに外国人を入れれば一つの考え方は成り立つ。

○ しかし、そこで切る理由というのが依然としてわからない。

○ だから、今の追悼式を恒久化するということである。

○ 満州事変とかシベリア出兵とか間断なく続いているから、そこのどこかで線を引くのは非常に難しい。

○ カンボジアで亡くなった方はどうなっているのか。

○ 今、日本では何もなっていない。もちろん警察の内部ではお祀りをしていると思う。

○ ボランティアの人は。

○ ボランティアの人は、恐らく近所で葬式があっただけではないか。

○ 実際にその施設の前に行って後の世代が手を合わせるときに、どこの戦争以降の戦没者と区切って心の中で唱えるのではないと思う。やはり近代国家成立以降というふうに広く包括するのが妥当だという気がする。

○ 戊辰戦争からか。

○ 戊辰戦争が入るかどうかは難しい。そうすると西南の役や佐賀の乱はどうするのか。だから、近代国家成立以降ということにして何月何日とは言わないで、漠然とするのである。

○ 近代国家成立以降とは大政奉還以降ではないか。

○ 明治憲法の発布からを近代と言うのか、それ以前の準備段階を言うのか、歴史家でもいろいろ議論があるから、要するに近代国家としての日本が成立して以後と言っておけばいいのではないか。

○ それで、カテゴリーとしては非常に大くくりをして特定していないということか。

○ それは次の段階で、「国権の発動」にも2種類あって、経常的に常に動いているものもあり、犯人に撃たれて死んだ警察官はこちらに入れるのかどうか。全部入れるというので筋が通っていればもちろんそれでもいいが、論点にはなる。
 もちろん一般戦災者や外国人は入る。

○ 平和祈念を入れることには異論はないか。この前、平和については意見が少しあったと思うが、追悼と平和祈念は一体だという意見の人が多いようである。追悼と平和祈念ということでよろしいか。

○ 平和というのは祈念してなるような生やさしいものではない。平和祈念は追悼と違ってはっきりイメージがわかず漠然としている。

○ それを言い出すととんでもない。私も心情的には平和は国が祈念するものではなく、国民の本来のものだと思っているが。

○ 平和であってほしいとは誰でも思っているが、そんななまじっかなものではない。やはり平和を保つためには、戦争を回避しなければいけない。自衛戦争が出てくるかもしれないが、とにかく戦争を回避しようという切実な意図、願い、誓いが入っているものでなければいけない。そうだとすると、やはり過去の戦争との関係で、その犠牲者への追悼が当然入るのだと考える。したがって、平和祈念は当たり前だから入れないという考え方にはくみしたくない。そういう意味では、追悼もその平和祈念の中に入っているとさえ考えている。

○ 国法の義務に献身したということを追悼するわけであろう。

○ そうは言っていない。だから、積極的、消極的というのは両方含む。

○ いかに平和をつくるかというのにはいろいろな道があって、国民全部が高い国防関心を持っているために、相手方も攻めてこられないで平和になったこともあるので、一方的に受動的に平和を祈念して、戦争の犠牲者は気の毒だということだけ思っていれば平和になるというものでもない。だから、平和と追悼と並ぶのはいいが、往々にして今の文脈だと、一方的に「戦争の犠牲者である気の毒な人たちだ、こういう犠牲者を出さないために平和を祈念しましょう」という話になる。そのように受け取られる可能性は高いので、あまりその点では賛成しない。

○ 全く賛成だが、ただ、どんな国も建前として戦争するときには平和のためにしている。だから、それは同義語である。

○ そういう無意味なことは省いたらどうか。

○ 追悼と平和祈念が入っていてもおかしくないのではないか。

○ 私は、平和を入れることに賛成する。

○ 平和維持のために死んだ人、あるいは平和維持の活動の結果死んだ人を祀るのだから、それは平和があってもいいだろうというのが私の理屈である。

○ 別に悪いとは言わないが、余分ではないかと思う。紛らわしいものが入っていると、また議論の対象になって、平和を祈っているのにこれは何だみたいなことになっても困る。

○ 靖国の話は既に靖国懇で話が出ているので改めて議論する必要はないだろうという意見で話が進んでいるが、靖国懇の報告書の中に新たな施設の設立についてどう考えるかとしっかりとあって、ここでは、現在の国民の感情や遺族の心情においては靖国神社の存在意義が新しい施設によって置き換われるものではないという判断がされている。こういう意見が既に出ているから、このときの状況認識と今の状況認識は違うのかをやはり議論しなければいけない。

○ それは靖国神社参拝のための検討会である。今度は、その範囲が靖国神社に祀られている方よりずっと広くなっているから、靖国に代わるものでは全然ないと理解している。

○ ただ、一緒に祀るときに1945年までのどこまで入るかという議論があったが、そうなったときに、こっちにもあり、こっちにもありということだから、この関係をどう考えるか。こっちを放っておいてこっちというわけにはいかないのではないか。

○ 靖国懇の論点は、いろいろな意味でこの会で継承しているつもりである。まず、公式参拝という言葉を3つのカテゴリーに分けている。それで、3番目はないということを受けて、その積極的公式を考えようと。それから、新しい施設もそれとの関連において考えるべきだという意見が入っているのも受けている。だから、決して無視してしまったわけではなくて、そこで積み残した問題を今議論しているという側面もある。

 (3) 閉 会

○ 次回は、皆様の御説明、御討議も踏まえて、論点を整理し、それに基づいてもう一回各論点について議論することとしたい。論点を整理した上で、理念の方も整理したい。