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平成26年7月14日産業遺産国民会議レセプション

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挨拶する安倍総理1 挨拶する安倍総理2

 平成26年7月14日、安倍総理は、都内で開催された産業遺産国民会議のレセプションに出席しました。

 総理は挨拶の中で、次のように述べました。

 「今年は、富岡製糸場が世界遺産に登録されました。来年はいよいよ、明治日本の産業革命遺産が審議されます。この遺産構想は、稼働中の産業設備を含んだ、今までになく、広域かつ大型の構想であります。しかし、単なる産業遺産の寄せ集めではありません。長年の鎖国から国を開き、植民地になる危機に直面して、世界にも類を見ない劇的な産業化によって、国を守った明治の人々の決死の覚悟そのものと言ってもいいと思います。ですから、安倍内閣において推薦を決め、登録に向けて、政府一丸となって取り組んでいるところであります。
 我が国は、徳川幕府の下、200年余りにわたって国を閉ざし、外洋を航海する大型船の建造を固く禁じていました。1853年、ペリー提督率いるアメリカ合衆国東インド艦隊が江戸湾に来航すると、日本は騒然といたしました。この危機に直面し、幕府は海防の危機感から長年の方針を転換して蒸気船と鉄製大砲の建造に挑戦をしますが、蒸気船の建造も実用的な鉄製大砲も、困難を極めたわけであります。開国の夜明け前、とにかく外国勢力を排除せよという攘夷の嵐が吹き荒れる中、私の故郷、山口県の長州の5人の勇気ある若者が、国禁を犯して英国に渡りました。後に、長州ファイブと呼ばれる彼らは、日本を植民地化から守るため、大きな決意を胸に帰国をいたしました。長州ファイブの1人で、英国のグラスゴーの造船所で学んだ、後の工部卿、山尾庸三は、「仮令当時為スノ工業無クモ人ヲ作レバ其人工業ヲ見出スベシ」と語りました。
 近隣諸国が次々と植民地と化していく中で語られたこの言葉には、国の安泰と発展を願い、産業国家建設への強い意思がしのばれます。それから50年、日本は近代的な産業国家を建設しました。西欧諸国以外では初めて、植民地にならずして産業革命の波を自ら取り込んで近代国家に変貌を遂げた日本に、世界中が驚きました。産業国家建設による国の発展を願った討幕の志士たちの熱い思いが原動力となり、伝統的な匠の技とあいまって試行錯誤を繰り返し、今日の世界に冠たるものづくり立国の屋台骨を作ったのであります。彼らは、明治日本の建国にあたり、産業システムやインフラを、困難の中から構築しました。困難に立ち向かう精神が形となったのが、この明治日本の産業革命遺産の産業群であります。
 この産業遺産群は、大戦や不況、災害、時代の波にもまれながら、世紀を越えて継承されてきました。この国の歴史をもう一度振り返り、その足跡を証言する歴史的な産業遺産群を皆さんと共に保存・継承するよう私も全力で支援をしたいと、このように考えています。
 対象になっている全ての皆さんと共に、産業遺産となるように全力を尽くしていくことをお誓いをいたしまして、御挨拶とさせていただきたいと思います。」

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