本文へ移動

首相官邸 Prime Minister of Japan and His Cabinet
言語選択
English
中文
表示選択
PC
モバイル
文字サイズの変更
中
大

平成26年7月8日豪州国会両院総会 安倍内閣総理大臣演説

平成26年7月8日
豪州キャンベラ国会議事堂

動画が再生できない方はこちら(政府インターネットTV)

 トニー・アボット・オーストラリア首相、ブロンウィン・ビショップ下院議長、スティーブン・パリー上院議長、ビル・ショーテン野党党首、下院ならびに上院議員の皆様、私は、この催しが執り行われておりますまさしくその土地の、古来の持ち主である皆様、ならびにその過去と、今日の長老たちに、敬意を表したく存じます。

 皆様、戦後を、それ以前の時代に対する痛切な反省とともに始めた日本人は、平和をひたぶるに、ただひたぶるに願って、今日まで歩んできました。20世紀の惨禍を、二度と繰り返させまい。日本が立てた戦後の誓いはいまに生き、今後も変わるところがなく、かつその点に、一切疑問の余地はありません。
 このことを、私は豪州の立法府において威儀を正し、高らかに宣言するものです。
 私たちの父や、祖父の時代に、ココダがあり、サンダカンがありました。
 何人の、将来あるオーストラリアの若者が命を落としたか。生き残った人々が、戦後長く、苦痛の記憶を抱え、どれほど苦しんだか。
 歴史の暴戻を前に、私は語るべき言葉をもちません。亡くなった、多くの御霊に対し、私はここに、日本国と、日本国民を代表し、心中からなる、哀悼の誠を捧げます。
 あれは、1968年のことでした。一人の日本女性を皆さんが招いてくれたことに、私はいまも、心打たれるものを感じます。
 83歳になる松尾まつ枝さんは、招きを受けてお国を訪れ、亡き息子を偲んで、シドニー湾に日本の酒を注ぎました。
 第二次大戦中お国の攻撃を図り、湾に沈んだ小さな潜水艦に乗り組んだのが、松尾さんの子息でした。
 その勇猛を長く記憶に留めた皆様は、勇士の母を日本から呼び寄せてくれたのです。なんたる、寛容でしょうか。
 Hostility to Japan must go. It is better to hope than always to remember.(日本に対する敵意は、去るべきだ。常に記憶を呼び覚ますより、未来を期待するほうがよい)。
 戦後、日本との関係を始める際、R.G.メンジーズ首相が語った言葉です。
 再び日本国と日本国民を代表し、申し上げます。皆さんが日本に対して差し伸べた寛容の精神と、友情に、心からなる、感謝の意を表します。
 私たちは、皆さんの寛容と、過去の歴史を、決して忘れることはありません。

 メンジーズ首相は、戦後初めて、日本の首相をお国に迎えます。57年前のことでした。
 通商協定が成立し、日本と豪州の、いまに続く繁栄の道が始まりました。結んだのは岸信介、私の祖父であります。
 これがきっかけとなって、豪州の石炭が、鉄鉱石や、天然ガスが、日本に入ってきました。戦後日本産業の復興は、豪州という隣人を得て、初めて可能になりました。
 祖父がお国の、メンジーズ首相と成し遂げたように、私はトニー・アボット首相と、真新しい礎を、新たに定めようとしています。
 本日午後、私は、アボット首相と日豪EPA の調印に臨みます。
 7年前、交渉が始まった時、本当にできると信じた方は、この議場にもそう多くないのではありませんか?
 ここまでに漕ぎ着けた互いの努力を、しばし、讃え合おうではありませんか。
 次はTPPです。RCEPです。そしてFTAAPです。豪州と、日本、どこまでも、一緒に歩んで参りましょう。
 私たちには、できます。日本の大平正芳首相と、お国のマルコム・フレーザー首相が「環太平洋連帯構想は重要な長期的目標」だと述べたとき、APECの礎石は置かれたのでした。実に、34年以上前のことです。ビジョンはいつも、東経135度から生まれるのです!。
 広く、開放的で、自由な市場をつくることは、もちろん私たち自身のためでもあります。
 私の成長戦略を支える大きな柱とは、経済と、社会を、もっとオープンにしていくことです。
 皆様、いま私は、何十年変わらずにきた制度や、慣習の改革に取り組んでいます。
 財政に規律を保ちつつ、生産性の上昇によって成長を目指すため、深く根を張った既得権や、しきたりを、私自身をドリルの刃として打ち破ろうとしています。
 農業で、エネルギー政策で、それから医療の分野で、数十年ぶりの改革が始まります。労働法制の面でも、古い慣行を打ち破る改革に着手しました。
 女性が輝く社会にしたいと、一貫して強調しています。やる気と、能力に富む外国の若者たちにとって、日本とその社会は、希望の灯台でなくてはならないとも、言い続けてきました。

 豪州とのEPAは、日本経済をオープンにしていくうえで、またとない触媒になります。TPPを進めるうえでも、大きな弾みになりました。
 こうして経済の連携を深めた日本と豪州は、地域と、世界の秩序をつくり、平和を守っていくためにも、スクラムをラグビーのように組もうとしています。
 本日は、いまや日豪が、歴史の試練に耐えたその信頼関係を、いよいよ安全保障における協力に活かしていくのだということを、豪州国民を代表する皆様を前に、厳かに、宣したいと思います。
 豪州と日本は、新たな「特別な関係」へ、歴史的脱皮を遂げました。アボット首相と私は、つとに4 月7日、東京でそのことを確かめ合いました。
 本日私は、アボット首相と、防衛装備品及び技術の移転に関する協定に調印します。これは、私たちの歴史に「特別な関係」を刻む、まさに最初の一歩となるでしょう。
 そればかりではありません。
 こと安全保障に関し、日本は長らく内向きでした。しかし日本には、いまや一つの意思があります。世界の恒久平和を願う国、また世界有数の経済力をもつ国としてふさわしい貢献を、地域と、世界の平和を増すため行おうとする意思です。
 皆さん、まさしくその意思を実行に移す具体的行為として、日本は、豪州との関係強化を選択したのでした。
 そうです。本日はあたかも、平和を愛し、自由と、民主主義を重んじて、人権と、法の支配を大切に思う両国が、新しい特別な関係に命を吹き込む日。いわばその誕生日です。皆様お一人、お一人にわたるだけの、超特大のケーキをもってくるべきでした。

 日本とオーストラリアには、それぞれの同盟相手である米国とも力を合わせ、一緒にやれることがたくさんあります。
 なるべくたくさんのことを諸外国と共同してできるように、日本は、安全保障の法的基盤を一新しようとしています。法の支配を守る秩序や、地域と世界の平和を、進んで作る一助となる国にしたい。そう思えばこそ、「積極的平和主義」のバナーを掲げています。
 何をするにせよ、日本はこれからも、まずは東経135 度上の隣人とやろうとするでしょう。「特別な関係」をこしらえたゆえんです。
 太平洋からインド洋に及ぶ広大な海と、その空を、徹底的にオープンで、自由な場として育てるため、いっそう力を合わせましょう。
 なにか主張をする際は法を遵守し、力や、威嚇を用いない。紛争の解決は、すべからく平和な手段をもってする。
 奉じる価値観において重なり合う日豪両国が手を取り合ってこそ、この当たり前のルールが、太平洋から、インド洋へと広がる、繁栄の海を覆う常識になるのだと信じて疑いません。

 特別な関係の、生まれた日。スピーチを締めくくるには、大切な友人への感謝と、若者への訴えをもってするのがふさわしいでしょう。
 敬愛する、議員の皆様、御覧ください、ニューサウスウェールズ消防庁の、ロバート・マクニールさんが、いまギャラリーにおいでです。お礼を申し上げます。どうも有難うございました。
 南三陸は、2011年3月11日、日本の東北地方を襲った津波によって、最もひどい痛手を受けた街のひとつでした。
 その南三陸に、マクニールさんは76人と2頭の犬からなるチームを率い、すぐ入ってくれました。そして日本人の消防士と協力されました。
 「日本人の消防士たちが悲しんでいるとき、その悲しさを共有することができた。言葉の壁は、そこにはなかった」というマクニールさんが残した感想は、私たちの胸を、いつまでも温かい感情で包みます。
 南三陸の惨状を前に、じっと立ち尽くして、唇を固く結んでくれたのが、当時の首相、ジュリア・ギラードさんでした。ギラード首相が発揮されたリーダーシップに、改めて、感謝申し上げます。
 しかもこのことくらい、豪州と日本との関係とは、党派の垣根を越えたものだということを教えてくれる事実もないわけであります。
 アンドリュー・サウスコットさん、マイケル・ダンビーさん、ギャリー・グレイさん、そしてもちろん、アンドリュー・ロブさん。
 ほかにも大勢いる皆さんの名前を、全部はお呼びできないことをお許しください。皆さんが進めてこられた議員交流は、これからますます重要になると信じます。これまでの御尽力にお礼を申しますとともに、なお一層の御助力をお願いします。
 日本とオーストラリアには、JETが築いた絆があります。新コロンボ計画は、将来世代の指導者を、必ずや生み出してくれることでしょう。
 東京は、そんな豪州の若い世代が、それぞれの物語を紡ぐ場所になります。日本という国自体が、豪州から訪れる若者を、大切な成員として、伸びていく国になります。
 若者同士の交流が、互いを豊かに、強くし、伸ばしていく。日本と豪州は、そういう時代に入りました。議場の皆様。どうかお一人、お一人の選挙区で、安倍がこう言っていたとお伝えください。若者よ、日本を目指せと、そう言っていたと。
 私も、同様にいたします。日本の若者に、豪州を目指せと言いましょう。
 
 2020年、東京はもう一度、オリンピックとパラリンピックを開きます。
 私は1964年の東京五輪を見て、ドーン・フレーザー選手の強さに目を奪われた一人でした。ギャラリーにいるフレーザーさん、あなたです、私にとって、オーストラリアとはまさしくあなたでした。おいでくださって有難うございます。
 6年先、お国はどんな強い選手を送ってくれるでしょう。いまから楽しみです。
 そしてドーンさん、あなたもぜひお元気で、2020年の東京に、もう一度お越しください。日本に新しい夜明け(ドーン)を、豪州と日本の未来にも、新しい夜明けを、どうぞもたらしてほしいと思います。
 
 御清聴ありがとうございました。

関連リンク

ページの先頭へ戻る

内閣官房内閣広報室
〒100-8968 東京都千代田区永田町1-6-1

Copyright © Cabinet Public Relations Office, Cabinet Secretariat. All Rights Reserved.