日越大学における菅総理政策スピーチ

更新日:令和2年10月19日 総理の演説・記者会見など

 本日は、日本とASEAN(東南アジア諸国連合)の人造りの象徴である日越大学の学生の皆さんとお会いできることを楽しみにしてまいりました。
 日越大学は日越首脳間の合意に基づいて設立されました。日・ASEAN協力、特に次世代のグローバルな人材育成の象徴です。ここで勉強されるベトナム、ASEAN、そして世界の未来を担う皆さんの前で、総理大臣就任後初の外遊としてベトナムを訪れ、今日、講演を行うことができることを、大変光栄に思います。
 私は、ちょうど1か月前、健康が理由で退任された安倍前総理を引継ぎ、総理大臣に就任しました。安倍前総理は、日越大学の設立を含め、日・ASEAN関係の進展に尽力されました。私も、ASEANの皆さんとの友情と協力を深めていきたいと思っています。
 この機会に、私のことを少しだけお話しさせてください。私自身が貴国とASEANに大変な親近感を持っているように、もしかしたら、皆さんにも私への親近感を少しでももっていただけるかもしれないと思い、お話させていただきます。
 このベトナムでも雪が降ると聞いたことがありますが、日本の北部にある私の故郷、秋田県の雪を見たら、皆さんは驚かれることでしょう。建物の二階部分の高さまで雪が積もることもある、それぐらい雪が降る地方です。そんな雪深い秋田で、私は農家の長男としてとして高校まで育ちました。
 私は高校を卒業後、東京に上京し、まずは町工場で働き始めましたが、すぐに厳しい現実に直面し、大学に行かないと自分の人生は変わらないと考え、2年遅れで大学に進学しました。
 この日越大学で学び、更なる人生の飛躍の準備をされている皆さんと、同じような心境だったと思います。
 アルバイトで学費を稼ぎながら大学を卒業した後、いったんは民間企業に就職しましたが、世の中が見え始めた頃、「世の中を動かしているのは政治かもしれない」との思いに至り、地縁も血縁もない政治の道に進んだのが26歳の頃でした。正にゼロからのスタート、45年前のことです。
 国会議員の秘書を11年務めた後、38歳で地方議員に当選し、地方の発展のためには国を変えなければならない、との思いで国政を目指し、47歳で国会議員になりました。
 その後、閣僚となり、安倍前総理の下で官房長官を8年近く務め、先般、総理大臣に就任しました。
 政治の世界に飛び込んで以来、どうしたら国民の生活を少しでも良くできるかということを常に考え、多くの方々の協力を得ながら、懸命に努力してきました。その結果、総理大臣という重責を担い、「国民のために働く内閣」を自ら主導するところまで来ました。
 振り返れば、私が政治家として切り開いてきた道のりは、正にゼロからスタートでした。しかし、愚直に努力を積み重ねながら成長してきた日本の歩みと似ているかもしれません。同時に、今や世界の成長センターとなるまでに目覚ましい発展を遂げてきたベトナム、そしてASEANの皆さんとも、どこか似ているものを感じるのです。私が皆さんに親近感をもつのも、そういう理由からだと思います。そういう思いから、冒頭この話をさせていただきました。
 ASEANと日本は対等なパートナーであり、友人です。成長を目指して一緒に努力し、切磋琢磨(せっさたくま)し、協力しながら支え合っていく。正に「ハート・トゥ・ハート」、心と心の触れ合う関係です。
 最近の新型コロナウイルス感染症への対応がその好例です。この感染症が発生してから、世界中でサプライチェーンが寸断され、多くの国では医療物資不足が発生しました。日本でも医療物資が不足し、私も官房長官として、物資の確保と現場への配布のために奔走いたしました。
 そのような中、ベトナムから120万枚のマスクが日本に届けられたことに強く感銘を受けました。戦略的パートナーシップを有するからこその協力です。
 また、次に訪れるインドネシアからは、両国が新型コロナウイルスと戦う厳しい状況にもかかわらず、輸出禁止措置の適用除外という形で医療用術衣の輸出が再開されました。これも困った時こそ互いに助け合う戦略的パートナーシップの強靱(きょうじん)さの一例だと思います。
 日本からはASEANにおける保健医療体制の強化、公衆衛生の改善に貢献すべく、医療物資・機材の無償供与や人材育成を行っています。また、ASEANを含むインド太平洋諸国を中心に、経済活動を支えるため、2年間で最大5,000億円の緊急支援円借款をかつてないスピードで実施しています。これらの協力は、日本がASEANと一緒に進めてきたユニバーサル・ヘルス・カバレッジにも資するものです。
 そして、今、日本とASEANは、感染症に対するASEANの対応能力を強化するため、ASEAN感染症対策センターの設立に向けて力を合わせています。
 9年半前、東日本大震災に見舞われた日本を、ASEAN各国が友人として助けてくれたことを我々は忘れることはできません。危機の際に助け合い、新たな課題に迅速に対処することも、対等なパートナーである日本とASEANの協力関係の特徴ではないでしょうか。
 ASEANは、多様性を認め合い、お互いを尊重し、コンセンサスを重視する、そうした精神の下で地域統合を進め、発展してきました。日本は、そのASEANをしっかり支えていくことが、日本自身を含む地域の平和と安定、繁栄につながると考え、数十年にわたり、様々な協力を通じてASEANの中心性と一体性を後押ししてきました。
 今では国際ビジネスを語る上で欠かせないサプライチェーン、その先駆けは日本企業のASEANへの投資だと考えています。日本の自動車メーカーは、1960年代にタイに工場を設立し、それを皮切りに多くの日本企業がASEANに投資しました。
 その過程において、日本企業は各国の従業員に対して研修を行って専門性を深め、地場企業の育成に貢献してきました。
 この日本企業からの投資と日本政府によるODA(政府開発援助)が、いわば「車の両輪」として、ASEANの持続可能な発展に寄与してきたと考えています。
 そのODA協力の代表例は、ハードの連結性、インフラ整備です。港湾、道路、鉄道、空港、工業団地といった経済成長のための社会基盤を開放的に形成し、それを国境を越えてつなぎ、経済回廊を形成していく。例えばベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマーを横断していく東西経済回廊と南部経済回廊。質の高いインフラ整備を通じてASEANの国々がお互いのつながりを強め、地域全体として共に発展していくことを、日本は支えていきます。日本企業にとっても極めて重要なASEAN経済の土台作りが、日本とASEANの協力の下で、正に現在進行形で進んでいることを大変うれしく思います。
 このハードの連結性を基に、日本とASEANは国際経済体制の強化に向けたルール作りにも共に取り組み、ソフトの連結性の向上にも挑戦しています。
 2000年代以降、グローバル化が急速に進む中で、WTO(世界貿易機関)ラウンドが停滞し、貿易や投資に関するルール作りはなかなか進みませんでした。そこで、ASEANと日本は、シンガポールとの経済連携協定を皮切りに、2国間の経済連携協定や日・ASEAN包括的経済連携協定を通じて、貿易上の障壁を下げるとともに、地域の経済活動に関するルール作りを共に進めてきました。
 日本とASEANの連結性を更に向上させていくためのキーワードは、デジタルとサプライチェーンの強靱性です。
 まずはデジタル。デジタル技術やデータは国境を越え、経済をつなぎ、今やあらゆる社会活動に影響を与える存在です。新型コロナウイルス感染症への対応を通じて一層重視されている経済、社会の更なるデジタル化、そして地域のデジタル連結性強化をASEAN各国と共に進めながら、DFFT、すなわち「信頼性のある自由なデータ流通」に基づくルール作りを推進します。
 また、地域のサイバー空間を一緒に守り、企業が安心してビジネスできる経済を作る、それに貢献するのが、日本の協力により2年前にバンコクに設立した日・ASEAN・サイバーセキュリティ能力構築センターです。
 次にサプライチェーンの強靱性。新型コロナウイルスは、国際的なサプライチェーン維持のためには、分断リスクを低減し、持続可能な供給体制を構築し、強靱性を強化する必要性を改めて明らかにしました。そのため、ASEANにサプライチェーンを多元化していくことを目指す日本企業が多いことは御案内のとおりです。日本はサプライチェーンの強靱化を進め、危機に強い経済をアジアに構築するために、ASEANと更に協力を深めていきます。
 ASEANと日本で作る連結性、これを支えるのはASEANの人材です。人があってのインフラであり、人があっての制度です。
 多様性や国際性が豊かな環境の中で育まれたASEANは、世界が羨む人材の宝庫です。その育成に少しでも貢献すべく、日本は、JICA(国際協力機構)専門家や海外協力隊、日本での研修、国費留学生など、人と人のふれあいを通じた人造りをASEANと共に進めてきました。今年から修士に加え学部が開設したこの日越大学も、そのような人造りの良い例です。同時に、ASEAN各国から日本に来ている、技能実習生などの若さとエネルギーあふれる人材は、いまや、日本人の生活や経済にとって必要不可欠な存在となっています。
 このような状況も踏まえ、私は、2年前、官房長官として国内制度改正を主導し、14の業種について、より高度なスキルの人材を長期間、日本に受け入れることも可能にしました。この特定技能制度は既に昨年4月から実施されています。日本が外国人材に選ばれることができる国となるよう、職場、自治体、教育の総合的な対応策を講じ、皆さんに「日本で働いてみたい」と思っていただけるような受け入れ環境を作っています。
 こうした関係は、ASEANと日本のパートナーシップを強固にしてきたと確信しています。人材育成を通じた人的交流は、ASEANのことが好きな日本人を数知れず生み出してきたことも事実だと思います。同様に日本のことがさらに好きになったASEANの方々が多数いらっしゃることを願ってやみません。
 私は人的交流の重要性を誰よりも理解しています。官房長官として、インバウンド政策を成長戦略の柱に据え、縦割り行政でなかなか進まなかったビザ取得条件の緩和を力強く推進しました。当初、私たちが政権交代をした2012年は836万人だった年間日本訪問者数が、昨年には約4倍の約3,200万人になりました。
 また、我が国は、芸術や日本語を通じた日・ASEANの文化交流を促進すべく「文化のWA」というプロジェクトを実施してきました。これを通じて日本のファンになり、日本を訪問先として目指した方も数多いでしょう。2023年の日ASEAN50周年の機会に、「文化のWA」プロジェクトの後継となる魅力ある文化交流事業を打ち出していきたいと思います。
 現在は観光目的での訪問は難しい状況ですが、新型コロナウイルス感染症が収束した暁には、各国の多様な文化や豊かな自然を体験し、また、地域のおいしい料理を味わいに、日本にもASEANにも多くの人が訪問することを祈念しています。
 その機会には、日本の地方への旅行なども大いに楽しんでください。
 引き続き新型コロナウイルスによる影響は楽観を許しませんが、世界経済のためにも、感染拡大防止と両立する形で、国際的な人的往来を止めてはなりません。10月1日から、ベトナムを始めとする世界各国から、一定の条件の下で、短期商用目的のビジネス関係者や、留学生、企業関係者などの中長期滞在者の受入れを再開しました。今後も、ベトナムを始めとして、感染症対策において成果を出されている国から、より多くの方により簡単な手続で安心して訪日していただけるような仕組みを整えていきます。
 日越大学の皆さんも、今後、就職、研究、ビジネス出張などのために是非日本にいらしてください。
 これまで、ASEANと日本の多様な協力を御紹介してきましたが、そもそも、これらが実現できた背景には何があるのでしょう。
 私は、法の支配、開放性、自由、透明性、包摂性といった基本的な原則をASEANと日本がしっかり共有していることが鍵になっていると思っています。これらが双方の社会に深く根付いているからこそ、ASEANと日本は障害を乗り越えて協力を進めてくることができたのです。
 広大なインド太平洋のハブに位置するASEANは、自らが歩むべき道として「インド太平洋に関するASEAN・アウトルック」を2019年に発出しました。ここには、法の支配、開放性、自由、透明性、包摂性がASEANの行動原理として力強く謳(うた)われています。これは、日本が推進する「自由で開かれたインド太平洋」と多くの本質的な共通点を有しており、非常に心強く感じています。
 私は、このASEANの「アウトルック」を強く支持いたします。このような基本方針を掲げるASEANと、平和で繁栄した未来を共に作ることができると強く信じます。
 残念ながらこの地域では、この「ASEAN・アウトルック」に謳われている法の支配や開放性とは逆行する動きが南シナ海で起きています。日本は、南シナ海の緊張を高めるいかなる行為にも強く反対しています。日本はこれまで一貫して、海における法の支配の貫徹を支持してきました。南シナ海をめぐる問題の全ての当事国が、力や威圧によらず、国際法に基づく紛争の平和的な解決に向け努力することが重要です。改めてこのことを強調したいと思います。
 海洋における「法の支配」の確立のため、日本はASEANと手を携えていきます。例えば、ベトナム、フィリピンなどに対し、巡視船や海上保安関連機材の供与を実施しており、また、インドネシア、マレーシアなども含めたシーレーン沿岸国への研修・専門家派遣等を通じた人材育成も進めています。今後ともこのような協力を惜しまず進めていきたいと思います。
 最後に学生の皆様に対し、私の今日のメッセージを繰り返します。強い意志を持って、一生懸命努力し、日本とASEANのように、切磋琢磨し合うことのできる友人に恵まれれば、共に成長し、道を切り拓いていくことができる、そしてお互いの目標の実現に向けた歩みを進めることができる、ということです。
 私もこれからも努力しますし、ASEANというかけがえのない友人を大切にしていきます。そしてお互い良き友人として、自由で開かれたインド太平洋の更なる繁栄のために、共に汗をかき、共に力を合わせて、前に進んでいきたいと思います。
 御清聴ありがとうございました。

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