オートファジー研究が開く医学の新境地(2017年秋号)

大隅良典

1945年、福岡県生まれ。1967年に東京大学教養学部を卒業後、同大学大学院に進み、1974年に理学博士号を取得。米ロックフェラー大学博士研究員、東京大学理学部助手、同講師を経て、1988年から同大学教養学部助教授。1996年から岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所教授。2009年から東京工業大学特任教授、2014年からは同大学栄誉教授。2016年、ノーベル生理学・医学賞を受賞。

 オートファジーの仕組みを解明した功績により、東京工業大学の大隅良典博士が2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。オートファジー(ギリシャ語で「オート」は「自分自身」、「ファジー(ファゲイン)」は「食べること」という意味)とは、生物が生命維持に必要なアミノ酸の生成などのために細胞内のタンパク質を分解して再利用する重要な機能で、「細胞内リサイクルシステム」とも呼ばれる。

 大隅博士が世界で初めてオートファジーの過程を光学顕微鏡で観察したのは、1988年のことだった。細胞の研究ではよく使われる酵母を研究対象にしていた大隅博士は、細胞内小器官の一つ、液胞に注目していた。当時、まだその仕組みがわかっていなかった酵母の分解機能を解明しようと研究していた博士は、液胞に注目して観察した結果、タンパク質などの細胞質成分が液胞内に取り込まれている様子を確認した。「それは非常に感動的な光景で、何時間でも見続けていられた。この時点ではまだこれが何を意味するのかはわかっていなかったが、非常に重要な発見だという確信はあった。この時の感動が、私にとってはなかなか研究対象の正体が見えず心が折れそうになった時に立ち返るべき“原点”となっている」と大隅博士は語る。

2016年12月10日、ストックホルムで行われたノーベル賞授賞式での大隅博士。スウェーデンのカール16世グスタフ国王から生理学・医学賞のメダルを受け取った。
大隅博士と東京工業大学大隅研究室のメンバー。研究室の雰囲気は和気あいあいとしており、大隅博士は研究への情熱と気さくな人柄でメンバーから慕われている。

 観察した現象の仕組みを知りたいという思いに突き動かされた大隅博士は、電子顕微鏡などを使って、細胞内のタンパク質が液胞内に取り込まれて分解されアミノ酸となって細胞質に戻るまでの過程を詳細に観察し、1992年にオートファジーの実証につながる論文を発表。また、その翌年からはオートファジーに関わる遺伝子を特定する作業にも取りかかり、14個の主要な関連遺伝子を発見し公表した。

 1996年からは研究室のメンバーと協力し、オートファジーが酵母だけでなく、動植物すべての生物に共通する仕組みであることも突き止めた。「私の研究対象は一貫して酵母だが、当時の研究室には動物や植物の細胞を研究する優秀なメンバーも加わってくれ、理想的なチームとなっていた。彼らと時に酒を酌み交わしながら議論を深められたことが、研究の飛躍的な進展につながったと思う」

 現在、オートファジー研究は世界中で盛んに行われており、パーキンソン病などの疾病は、脳の神経細胞でオートファジーが適切に機能せず、異常なタンパク質が蓄積されて発症することがわかった。オートファジーの根本メカニズムを明らかにすれば、疾病の原因解明や治療法の開発につながる可能性があるほか、老化や代謝などの仕組みの解明にも貢献すると期待されている。

 大隅博士は、自身の研究者としての姿勢について次のように語る「私は『他人がやらないことをやろう』という思いを胸に、ずっと自分の『知りたいこと』を研究してきた。私の使命は細胞の機能を根本的に解明すること。生命活動の謎を解き明かす研究をさらに前進させたい」

酵母のオートファジーでは、まず細胞内に膜が形成される。それが成長し、分解対象となるタンパク質や細胞質成分を包み込むと、二重膜構造の「オートファゴソーム」が形成される。その後、オートファゴソームの外膜は液胞膜と融合し、その結果として内膜と内容物は「オートファジックボディ」と呼ばれる構造体となって液胞内に放出される。そして最後に、液胞内の分解酵素がオートファジックボディの膜を破壊し、内容物が分解される。この分解で得られた成分は、細胞質に戻されて再利用される。

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