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放射線の健康影響を巡る「科学者の社会的責任」

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平成23年8月23日

 3月11日から5か月。放射線の健康影響について社会の関心が更に高まる中、私見ですが、改めて《科学》と《社会》の関わりについて考えます。

 この分野に関しては、いろいろな内容の研究成果が膨大に存在しています。そのため、ある特定の個人的あるいは社会的立場から主張を行う人が、それにちょうど良く合致する研究成果を選び出せば、いろいろな立場を「科学的に正しい」と主張できてしまいます。そのようにして、各々の科学者による「科学的に正しい」主張が林立するばかりでは、社会は混乱してしまいます。

 放射線の健康影響という《科学》は、原子力の利用にとどまらず、産業や医学における放射線の利用、放射線の防護、被ばくの補償といった問題まで、《社会》と密接にかかわっています。特に、今回のような現実の原子力災害に際しては、科学的な提言は、否応なく社会に大きな影響を及ぼすことになります。

 もちろん、学問上の議論は、科学の進歩のためにも大いに推奨されるべきです。しかしこのように《社会》に影響が直接に伝わる状況下では、《科学》的な結論が出るまでの議論は、まず責任を持って科学者の間で行うべきです。その上で、社会に対して発せられる科学者からの提言は、一致したものでなければならない。特に、原発事故が収束していない現状においては、そう強く思います。

 科学者にまず求められるのは、国際的に合意が得られている過去の知見を、分かりやすく社会に示すことです。科学的事実とされるもののうち、①「国際的に合意に達している事項はどこまで」と明確に表明し、②合意に達していない部分は「科学的に不確実、あるいは不明である」と一致して社会に示す必要があります。現状では、①と②が混然一体となって社会に出回り、一般の方々に「何を信じればよいのか」という不安感をもたらしています。②について「不確実だから語らない」という姿勢が、「不都合だから語らない(隠している)」という誤解を招いたりもしています。科学者は、こうした情報の混乱が起きぬようにする社会的責任を負っていることを、十分に自覚すべきです。私は、一人の科学者として常にこのことを念頭に置いて行動しています。
 また、原発事故以来、多数の専門家が、大気・土壌・水・食物などの放射線量、人の被ばく線量についてデータを収集するために協力しています。こうしたデータを国民に対して的確に開示していくことは当然のことですが、諸外国に対しても、国際機関などを通じて情報を提供していくことが、国として果たすべき重要な役割です。これまでにも、福島県立医科大学、広島・長崎などの大学関係者、(独)放射線医学総合研究所、(財)放射線影響研究所などの科学者、ボランティアで参加する専門家らが、福島県をはじめとする関東圏での住民の方々への説明を行ってきました。海外に対しても、もっともっと科学者が国際会議などの場を通じて、「今、わが国で起こっていること」を正確に伝えていくことが重要です。

 合意が得られている《科学》的な事実に基づいて予見する、「放射線による具体的な被害」。一方、住民の方々の転居や行動制限など《社会》的な措置によって現実に生じる「防護に伴う具体的な被害」。この両者を考慮し、「トータルの被害を最小にすること」を最大の目的として、関係者が一体となって住民の方々と対話を繰り返し、総合的な対策を講じていくことが大切です。

 原爆被ばくによる様々な経験・知識を有する唯一の国として、諸外国の模範になるような対策を発信してゆけることを願っています。わが国のためにも、世界のためにも。


(長瀧 重信  長崎大学名誉教授
 元(財)放射線影響研究所理事長、国際被ばく医療協会名誉会長)

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