岸田総理によるランセット誌への寄稿文

更新日:令和5年1月21日 総理の指示・談話など

人間の安全保障とユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:G7広島サミットに向けた日本のビジョン

 新型コロナウイルス感染症パンデミックは、国際社会に未曾有(みぞう)の影響を与え、現在のグローバルヘルス・アーキテクチャーの脆弱(ぜいじゃく)性を露呈した。世界的な健康危機に対する予防・備え・対応(PPR)を強化し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)につながるより強靱(きょうじん)で持続可能な保健システムを構築するために、より良いガバナンスと財政措置が緊急に求められている。

 現在、日本を含む国際社会は、全ての人々のより良い健康と生活水準を確保するグローバルヘルス・アーキテクチャーの今後の道筋について、危機感を持って議論している。私は、グローバルヘルスは人間の安全保障の考え方にのっとった、人間中心のアプローチに基づくべきだと確信している。人新世における人間の安全保障の概念は、グローバルな連帯の重要性に焦点を当て、この地球的な課題への取組を進めていく助けとなる。

 公衆衛生危機を予防し、備え、対応する世界的な能力を強化し、UHC達成に貢献するためには、人間の安全保障が引き続き不可欠である。UHCの実現と維持は、人々の健康を改善し、包括的な成長と、平和で安定した社会の構築に資するセーフティネットを提供するために、極めて重要である。このUHCへのコミットメントが、世界の中でも最も健康的な社会を実現した日本のやり方である。こうした考え方を取り入れ、日本政府は2022年5月に「グローバルヘルス戦略」を発表した。同戦略は、日本外交の基本理念である「人間の安全保障」の概念を反映し、グローバルヘルスに対する日本政府のコミットメントを改めて表明している。

 2023年5月に日本は、広島でG7サミットを、また長崎でG7保健大臣会合を、これら平和都市にて開催する。これらの会合において私は、これまでのG7会合の議論と成果を踏まえ、サミットに際しての日本政府の中心的なビジョンとして、人間の安全保障とUHCに取り組むことの戦略的重要性を強調するつもりである。そのために、私は、このビションを支える3つの重要な分野を重視する。

 第一に、公衆衛生危機に備えるため、グローバルヘルス・アーキテクチャーを強化する必要がある。新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって露呈したギャップと脆弱性から得られた教訓に基づき、健康危機に対するPPRに焦点を当てた国際保健の枠組みを強化するために、国際社会は政策、ガバナンス及び資金調達について更に取り組む必要がある。

 より具体的には、グローバルヘルス・アーキテクチャーの中でPPRを再建するため、国際的なガバナンスを改善し、持続可能な資金を確保するために、統合的かつ全体的なアプローチが必要である。このアプローチには、協調的な行動と効果的な資金動員が必要である。財務及び保健政策の立案者間の連携強化はこうした取組にとって極めて重要であり、2019年に日本の議長下で第1回G20財務大臣・保健大臣合同会合を開催した根本的な理由である。国際社会がポストコロナ時代に目を向ける中で、我々は、財務と保健の連携を強化・制度化し、その設立以来日本も支援してきたパンデミック基金を運用するために、このような政治的モメンタムを強化する必要がある。また、これらのアクションは、各国首脳の協調した関与に基づく政府全体及びマルチセクターのアプローチを促進するものでなければならない。

 また、パンデミック対策として、国際的な規範や規制を強化することも重要である。この観点から、日本政府は、国際保健規則(IHR)の改正とあわせて、WHO(世界保健機関)のパンデミックへの対応に関する法的文書(WHOCA+)の作成を重視している。G7メンバーの議論が、これらの国際的な規範や規則に関する重要な要素について方向性を見いだす一助となると信じている。

 第二の重要課題は、ポストコロナ時代に向けたUHCの推進である。日本は、長年にわたりUHCのグローバルな推進に尽力してきた。持続可能な開発目標を達成するために、保健システムは、各種の保健課題について効果的に対応し、また克服しなければならない。これらの課題には、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)/AIDS(後天性免疫不全症候群)、結核、マラリア、顧みられない熱帯病(NTDs)といった感染症が含まれる。また、メンタルヘルスを含む非感染性疾患(NCDs)、リプロダクティブ・母子・新生児・思春期保健、健康で活動的な高齢化といった、ライフコース・アプローチも重要な課題である。日本は、世界でも有数の超高齢社会として、人口動態の課題に焦点を当てる特別な責任を有している。

 また世界的な健康危機に対するPPR強化のためにG7の貢献は、各国がUHC達成に向かうためのプライマリーヘルスケアの強化と組み合わせられるべきである。UHCの新たなモメンタムと概念は、2023年に開催されるUHC、PPR及び結核に関する国連総会ハイレベル会合の基礎として機能すべきである。この文脈で、日本は、この分野における世界の取組を導いていくべく、新たな時代におけるUHC推進のためのグローバルなハブとなる拠点について取組を更に進めていく。

 第三の重要分野は、デジタル領域を含むヘルス・イノベーションの推進である。100日ミッションにおいて提案されたように、感染症危機対応医薬品等(MCM)の迅速な研究開発を可能にするためのより有効なグローバル・エコシステムを促進するためには、イノベーションが必要である。新型コロナウイルス感染症への世界的な対応によって、グローバルな公衆衛生危機に対処するために、研究開発における目覚ましい進歩が達成可能であることが示された。しかしながら、国際社会は、その多大な努力にもかかわらず、新型コロナウイルス感染症対応のためのツールへのアクセスに著しい不公平が続いているという事実を直視する必要がある。100日ミッション、さらにはそれを超えた取組を踏まえて、日本は、PPRのための研究開発の加速という目標の達成を支持し、UHCの全体的な目標の下でワクチン、診断及び治療への公平なアクセスを確保することの重要性を改めて表明する。公平なアクセスを確保するための効果的なグローバルシステムを構築することで、低中所得国における製造能力を拡大することができる。新型コロナウイルス感染症のパンデミックにおける世界的な経験の評価に基づき、G7は将来の危機に対する新たな技術への公平なアクセスを確保する方法を模索するべきである。この点で、人間の安全保障に焦点を当てることは、誰一人取り残さないという目的の下で全ての人々が新たな技術への公平なアクセスを確保するために、現場のニーズによりよく対応しようとするG7の取組を進めていく助けとなり得る。

 全てのステークホルダーは、将来の健康危機が発生する前に、研究開発に必要なインフラと能力を支援し、構築する必要がある。また、国際社会は、薬剤耐性(AMR)や顧みられない熱帯病(NTDs)など、現在進行中の保健課題に対処するための研究開発を強化する必要がある。さらに、世界的なサーベイランスのネットワークを、健康危機に対する効果的な早期警報システムに変えていく必要がある。このシステムを構築するためには、健康危機に際して従事する労働力の強化が必要であり、また、次世代の健康危機管理のためのデジタル・トランスフォーメーションが推進されるべきである。国の能力はPPRの基礎であり、そして、国としての努力と共同での行動を支援するために、地域機関及び国際機関を一貫して強化することは、効果的なPPRのための鍵となる優先事項である。この観点から、日本は、ASEAN(東南アジア諸国連合)感染症対策センター(ACPHEED)への全面的な支援を継続する。

 私は、G7メンバーや世界中の同僚たちが、ポストコロナの時代に向かうに当たって、グローバルヘルスを推進し重大な地球規模課題に取り組むための中核的な原則として、人間の安全保障とUHCを尊重すると確信している。私はこの原則が、私たち全員がより健康で、より公平で、より平和で、より豊かなグローバル社会を構築するために役立つものであると信じている。

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