日本人建築家が目指す、人と環境が調和する建築(2017年秋冬号)

森俊子

1976年にクーパー・ユニオン大学建築学科を卒業後、ニューヨークのエドワード・ララビー・バーンズ建築事務所に就職。1981年に独立し、Toshiko Mori Architect PLLCを設立する。1995年からハーバード大学のテニュア(終身教授職)を取得し、2002年から2008年には同大学の建築学部長を務める。現在は同大学大学院の教授として建築学を教える。Academy Award in Architecture(2005年)、American Architecture Awards(2012年)、Architectural Digest誌「AD100」(2014、2016年)、AIA National 2017 Institute Honor Awards(2017年)、African Architecture Awards 2017(2017年)など受賞歴は多数。

2016年に米メイン州ロックランドでオープンしたCenter for Maine Contemporary Artにて。
撮影:ポートランド・プレス・ヘラルド/ Getty Images

 近年、世界の建築分野で、日本人建築家の活躍が目覚ましい。世界中の芸術作品を閲覧できるオンラインサイト「Artsy」が「アートの見方を変える建築家」という記事で選出した15人の中に、日本人の建築家3者が含まれていた。その中で、安藤忠雄氏、建築事務所SANAAと共に名を連ねたのが、森俊子氏だ。米ニューヨークを拠点に、おもに米国内の住宅や公共施設、文化施設などを手がけている森氏は、米国芸術院アカデミー賞など数々の受賞歴があり、2002年から2008年にはハーバード大学建築学部長も務めた。

セネガルにある芸術家が集う住居兼文化センター「Thread」

セネガルの小さな村シンシアンに、2015年完成。茅葺き屋根のほか、粘土を固めた日干しレンガや竹など、地元の素材と労働力を活用。デザイン面での特徴となっている勾配の急な茅葺き屋根は、雨水を集めることができ、その水で村の生活用水の約30%が賄える。撮影: イワン・バーン

 森氏のデザインは、視覚的な美しさと実用性が結びつき、時代を超える普遍性を備えている。設計の際、森氏は、依頼主の要望を詳細に聞き出し、土地の細かな条件を深く理解するため、敷地とその周辺の情報を徹底的に調べ上げる。森氏は言う。「建築物は、人が使い続けて完成するものだから、使う人にとって親しみやすく、長く使い続けられるものでないといけない。また、敷地やその周辺について調査し、なるべくその土地で調達できる素材を使うことで、建築物が環境と調和し長持ちするように配慮している」森氏の建築思想は、日本建築の伝統的な考え方と重なり合うところがある。たとえば、室内のスペースを豊かに、想像力を働かせて活用し、住み心地のよい空間を生み出すこと。「西洋建築は縦の線が強く、意識が垂直方向に向かいがちなのに対して、日本の建築は床の生活に基づいているため、モノが横に並び、意識も水平方向に向かうのが特徴の一つ。この人間本位の空間の捉え方が、独特の居心地の良さを生み出している」と説明する。

 また、世界を舞台に活躍している現代の日本人建築家たちの強みは「さまざまな文化や考え方を吸収し、シンプルでわかりやすい斬新なアイデアに変えることができる能力」だと指摘。

シラキュース大学「Center of Excellence for Energy and Environment Systems」

米ニューヨーク州シラキュースに、2010年完成。この建物では、化学、工学、材料化学、心理学、熱力学などの各分野の専門家が集まって環境学の共同研究を行っている。建築プロジェクトは、エネルギー効率や、屋内空気環境の質、土壌改善技術などについて議論しながら完成させた。撮影: イワン・バーン

 これは長い伝統の中で培われた能力で、そのことが顕著に現れた例として日本のモダニズム建築を挙げる。「現代日本の建築家は西洋近代建築の巨匠たちのエッセンスを取り入れ、伝統と組み合わせて独自のモダニズム建築を作り上げた。近代建築と日本建築特有の伝統と様式との対話が生み出した日本のモダニズム建築は、世界でも稀有な存在となった」

 近年、日本を含む世界で女性建築家の躍進が目立っている。建築を志す若い女性にとって、これまで存在しなかった指導者となる女性建築家が現れているのは良い傾向だと森氏は考えている。その上でこうも指摘する。「建築の世界に女性がもっと進出するには、建設業界やエンジニアリング、不動産開発など、建築の現場で重要な役割を果たすあらゆる職種で女性が活躍することが必要。建築は、さまざまな分野のプレイヤーがチームになって作り上げるもの。本当の機会均等と女性進出は、すべての人が一歩前に出ることによって実現する」

 現在、ハーバード大学大学院で学生の指導に当たる森氏は、後進の育成にも積極的だ。「私の恩師であるジョン・ヘイダック氏は、教育は建築家が社会と交わした契約のようなもので、次の世代を育てることは社会に対する建築家の責任だ、と常々語っていた。学生と共に学ぶことは私にとっても楽しいチャレンジであり、絶えずそこからインスピレーションを受けている」

昭和初期のモダニズム建築である「聴竹居」は、日本の建築様式の一つである数寄屋造りと西洋の近代建築を融合させた家屋。日本の気候風土との調和を目指し、独創的なアイデアが取り入れられている。一時、取り壊しの危機にあったが、2017年6月に重要文化財に指定され、現在はボランティアによって管理・保存されている。
写真提供・竹中工務店、撮影:古川泰造

次世代の建築家に世界的視野で建築物の重要性を教えるため、森氏はハーバード大学大学院の学生たちと世界中を訪れている。写真は、アルヴァ・アールトの名作「セイナッツァロのタウンホール」(フィンランド)を訪れた時のもの。この建築物は政治的な地区配分によって現在取り壊しの危機にあり、森氏は学生たちと共に現代にこの建物を活かすアイデアを考え出すことで、作品の保存を図る活動にも取り組んでいる。

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