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首相官邸 Prime Minister of Japan and His Cabinet
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日本の皆さんへのメッセージ(仮訳:山下俊一)

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  トーマス教授からメッセージが寄せられましたので、以下、ご紹介いたします。なお、原文は、当グループ英語版に掲載(Message to the Japanese people (August 9, 2013) してあります。
  トーマス教授は、英国の分子病理学専攻の研究者です。有名な甲状腺病理学者ウィリアムス名誉教授(ケンブリッジ大学)のお弟子さんであり、長年チェルノブイリ原発事故後の国際学術共同研究に従事されています。特に、1998年からはChernobyl Tissue Bank (http://www.chernobyltissuebank.com)の事務局長として、チェルノブイリ周辺で増加した小児甲状腺がんの手術組織やデータの登録管理、更にいろいろな国際共同研究推進の調整役を努められています。福島原発事故後は、英国における放射線リスクコミュニュケーションにも従事し、チェルノブイリの教訓を元に放射線と甲状腺がんについての啓発活動を行っています。

ジェリー・トーマス(Geraldine Anne Thomas)
インペリアル・カレッジ・ロンドン分子病理学教授
チェルノブイリ組織バンク事務局長


  2011年3月に起きた東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故は、日本のみなさんに大きな不安を与えています。これは、世界のメディアによる不適切な対応や、放射線が人の健康に与える実際のリスクへの理解が全体的に不足していることに、ある程度起因しています。このメッセージの中で、私はこのリスク理解へのバランスを取り戻すことへのお手伝いができれば思います。また、フィクションではない科学的な事実を提供し、事故由来の放射線による健康影響が長く続くのではないかという不安を解消できればと思います。

  放射線を含む毒性物質の影響(反応)は生体組織が受けた量(暴露量)によって決まります。科学者は、この暴露量(訳者注:暴露量は化学物質などの場合は用量、放射線については線量とされます)と反応の関係を暴露量-反応曲線と呼びます。これが直線になる場合もありますし、それ以下では反応が見られない暴露量を持つ場合もあります(しきい値)。私たちはたまたま、他の多くの毒性物質を検出するよりもはるかに感度の良い放射線検出法を開発してきたわけですが、私たちがそれを検出できること自体が直ぐに、検出可能なレベルにおいて有害だということを意味しているわけではありません。最も重要な事実の一つが、私たち人類はその繁栄の前から、ずっと低線量の放射線を被ばくしていることが挙げられます(バックグラウンドと呼ばれます)。このことは、私たちの体の組織が低線量放射線の存在下に適応していて、被ばくによる損傷から修復できることを示唆しています。

  バックグラウンド放射線の相当の部分(約50%)は、私たちの足元の岩石から放出されるラドンガスに由来します。私たちが口にする食べ物にも放射性物質は含まれています。ここでの、放射性物質は土の上に育つ植物に取り込まれた元素に由来し、もちろん土は地殻をなす岩盤に由来します。約15%は医療被ばく、すなわちX線や、体内の様子を調べるために用いられる放射性物質による診断法に由来します。この事実に対して、人々はごくわずかな量の、核実験、原子力発電所の事故や放出される放射性物質(全バックグラウンド放射線の1%ほど)を、最も心配しています。多くの人は、石炭火力発電所からは通常運転している原子力発電所より多く(約3倍)の放射性物質が放出されていることに驚きます。

  私たちは、放射線被ばくを受けた多くの人々と、それと同数の被ばくを受けていない人々の比較調査から、放射線の健康影響についての知見を得てきました。それらはコホート疫学研究(固定した集団の追跡調査研究)と呼ばれています。私たちの健康に影響を及ぼすものはたくさんあります。私たちが両親から受け継いだ遺伝的素因、食事、生活スタイル(日常的に運動をしているか、喫煙しているかなど)。ですから、たとえば放射線といった特定の因子が純粋に健康影響を引き起こすかどうかを調べるためには、これら他の条件をそろえた比較対象を必要とします。私たちは、がん治療のために使われた高線量放射線(たとえば50Sv)に関する研究に基づく多くの情報を保有していて、これまでに、がん発生率上昇など放射線被ばくによる健康影響が表れる下限値が100mSvであることを見出しています。科学者は100mSv以下では何の効果も無いとは言えませんので(「ない」ということを科学的に明らかにするのはとても難しいのです)、放射線の問題に関しては、とても注意深くなるのです。しかし、世界には自然のバックグラウンド放射線レベルがずっと高く、それでもそこに住む住民には悪影響が見られないような地域があります。私たちのようにバックグラウンド放射線レベルが比較的低い地域に住んでいる人でさえ、50年ほど生きている間に75-100mSv程度の被ばくを受けるのです。

  それでは、1986年ウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故に関する大規模な疫学調査から、福島原発事故で被ばくした住民の健康リスクについていったい何を知る事ができるのでしょうか?第一に、二つの原発事故は大きく異なりますが、福島で放出された放射線量は、チェルノブイリと比較すると大幅に低いと言えます。チェルノブイリで唯一住民の健康影響として認められていることは、事故当時の子ども達に甲状腺癌が増加したという事です。これは事故直後からの大気中の放射性ヨウ素を吸入したり、汚染された食物を摂取したりした事が原因だと考えられています(訳者注;主として放射性ヨウ素で汚染された牛乳による甲状腺被ばく線量が大きい)。事故当時のチェルノブイリの経済状況は、主として農業が中心であり、多くの住民は自らの農園で栽培した食物を地産地消して生活していました。さて、ヨウ素という元素は甲状腺組織に特異的に取込まれて結合し、私たちの代謝をコントロールする甲状腺ホルモンの材料として不可欠なものです。このため、ヨウ素は甲状腺に高い濃度で濃縮されることになりますので、もし放射性ヨウ素が甲状腺に取込まれると体の他の組織の細胞と比べて、甲状腺細胞が多くの放射線被ばくをすることになります。幸いに、若年発症の甲状腺がんは非常に治療効果が良く、50年間のがん死のリスクは非常に低い(約1%)ということが言われています。大気中に放出された他の放射性物質、特に、放射性セシウムによるその他の健康影響についての明らかな事実は証明されていません。何故ならば、体の特別な臓器に特異的に濃縮されることが無いからだと言えます。チェルノブイリでの多くの住民の被ばく線量は大変高いのではないかと思われています。実際には、大部分の住民(600万人)はCT一回分の放射線被ばくをしていますが、この被ばく線量は私たちの多くが生涯に最低一度は病院の検査の一部として受けるものに相当するものです。

  福島原発事故後、日本政府関係者は非常に迅速に対応し、迅速な避難と放射能汚染されたかもしれない土地からの生産物の市場への供給を直後から阻止制限しています。日本では、食物の安全許容基準はヨーロッパよりも低く抑えられていましたが、事故後は更に政府関係機関によりリスクを減らし、国民を安心させる為に更に基準を低くして厳しくしています。これらの対応策は、被ばく線量をさらに低くする為に取られた措置であり、健康リスクを一層低く最小限化しています。最近の2つの報告書(WHOとUNSCEAR)では、福島原発事故後の放射線被ばくによるいかなる健康影響も極めて考えにくいとされています。このことは、チェルノブイリ後の被ばく線量と比較して、(福島での)被ばく線量が極めて低いという事に起因しています。

  UNSCEARによるチェルノブイリ報告書の最新版では、多くの人が信じているかもしれないこととは対照的に、実際の放射線による影響より、放射線が何か影響するかもしれないという恐怖の方が、事故による健康影響を悪化させると述べてあります。何か起こるかもしれないという心配が、生活の質に対して非常に悪い影響を与え、その結果ストレスと関係する病気をもたらす可能性があります。すべての科学的証拠が示唆するところによれば、誰一人として、福島そのものからの放射線による(健康)ダメージを被るとは考えられませんが、何かが起こるかもしれないという不安が、精神的な問題を引き起こす可能性があるかもしれません。ですから、福島における放射線の健康へのリスクは無視できるということと、さらに何か起こるかもしれないという過度の不安が、放射線そのものよりも健康に悪いのだということを理解する事が重要となります。

山下俊一
福島県立医科大学副学長、長崎大学理事・副学長(福島復興支援担当)

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