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放射線の健康リスクに関する科学教育の強化
―日本学術会議提言―

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 日本学術会議は9月4日、「医学教育における必修化をはじめとする放射線の健康リスク科学教育の充実 」と題する提言を公表しました()。私を含め、このコメントを執筆している原子力災害専門家グループの筆者4名は、同会議の「臨床医学委員会 放射線防護・リスクマネジメント分科会」のメンバー(委員長佐々木、副委員長山下)として「提言」作成に当りました。今回はその概要をお伝えしたいと思います。

4つの方策

 提言では、放射線や人体の仕組みに関する知識やリスクの考え方を社会に浸透させる目的で、医学教育を核として4つの方策を提案しています。それは、①医学教育における放射線健康リスク科学教育の必修化(医学生対象)、②放射線リスク科学教育プログラム(修士課程)の設置、③医学部が保有する放射線健康リスク科学の教育基盤の活用、④必修科目化された放射線健康リスク教育の実現、です。ここでは、①の「医学生教育の強化」を提言の核として提言するに至った経緯と目的を説明します。

原発事故からの教訓

 東京電力福島第一原子力発電所事故(以下原発事故)以後、放射線の健康影響とリスクに対する人々の関心が著しく高まったにもかかわらず、専門家と国民との間で適切な知識・情報の共有がなされなかった結果、福島県内はもちろん県外も含めて多くの人々がいまだに不安を感じている状況が続いています。原発事故直後のクライシスコミュニケーションとその後のリスクコミュニケーションが成功したとは言えず、そのことをしっかりと反省し、また検証しなくてはいけません。

 その原因は複数あり、たとえば危機管理における情報発信側の不統一、情報を仲立ちする報道関係者の放射線に関する教養不足の問題、受け手側の基礎知識不足などが考えられます。特に、医師をはじめとする医療従事者が、求められ、期待されながら、適切で統一的な対応を欠いた場面が多々あったと言われています。「医師が真っ先に逃げた」「被ばく地域から来た患者の診療を拒否した」などの風聞も見られました。もし事実であったとしたら、悲しむべきことです。一方、医療従事者の貢献事例も多々あります。避難指示の出た村の中には、地域の医師が避難するまでは、村民は動かなかったところもあったと聞きます。先導者としての医師への信頼感が強かったのです。また、文部科学省からの要請を受けて、日頃放射線に関する基礎医学教育や管理に従事する医学部やその他の学部教員等が全国の大学から放射線計測等の業務支援に携わり、住民の方達の不安解消にも一役かったことにも触れておきたいと思います。さらに、公益社団法人日本診療放射線技師会も事故直後から避難民の汚染検査を含む救援活動で多大の貢献をしています。

 日常診療の中で、画像診断やがんの放射線治療が果たす役割は近年著しく増え、放射線診療の質の担保と向上が病院の診療レベルの要となっています。しかし、放射線診療に従事する医療従事者も放射線診療を依頼する診療各科医師も、放射線の健康影響やその防護管理に精通している人ばかりではありません。むしろ、被ばく線量には無頓着な人が多いと言えます。多くの大学では、放射線に関する基礎医学教育が不十分なことから、放射線の人体影響や防護に関する理解が不足する医師や、技師・看護師・保健師などの医療従事者を医療現場に多く送り出しています。これが、現行の医学関連教育の憂慮すべき問題点と言えます。その改善のために、医学部の教育において、放射線の健康リスク科学教育を必修科目とする必要があります。しかし、各大学医学部で、教育の担当者を確保すること自体が困難である状況にあるため、本分野における教育・研究人材を保有する大学を中心に、大学間の連携を通じて、地域ごとに教育資源を有効活用することも提言しています。全国に主要拠点を選んで「放射線健康影響と管理・防護」(仮称)コースを設置し、全国の医学部学生に受講を義務付けることも一案だと考えます。このコースでは、講義に加えて放射線や放射能の計測やその防護に関する実習を通じて、放射線・放射性物質の性質を知り、その防護・管理技術を身に付けると共に、放射線防護の国際的枠組みと国の障害防止管理規制および緊急時における被ばく医療体制を学習します。

 医学教育での放射線健康科学リスク教育の必修化が実現すれば、将来医師として、放射線診療を処方し、また、自ら放射線診療の実施者となった時に、放射線利用に伴う放射線被ばくのリスクと便益のバランスを的確に判断して、患者や自身の被ばくを軽減する努力ができるようになります。被ばく線量や放射線の健康リスクに関心の深い医師は、患者や家族の放射線健康影響に係わる疑問にも適切に答え、不必要な心配や過度な不安を軽減することができます。万一、放射線事故が起こった場合には、環境モニタリングや個人モニタリングを自ら実施・指導し、その結果に基づいて、適切な対応行動をとることができ、周囲にも適時的確な助言ができるでしょう。

 このコースを医学生以外にも開放することにより、医師以外の医療従事者の放射線健康科学・リスクの常識を深め、初等・中等教育での理科放射線教育の担い手を養成することもできます。医学部が保有する放射線健康リスク科学の教育基盤を広く活用することにより、放射線の健康リスクとその適切な管理・防護について、社会全体の知識水準を高めることも目指しています。

 質の高い教育者の育成も極めて重要です。そのために「放射線健康リスク科学教育プログラム(修士課程)」を教員、看護師・保健師、自治体職員等を対象とする社会人大学院として設立することも提言しています。このプログラム修了者が、放射線健康リスク科学の専門家として、大学、自治体、企業で、あるいはプロの解説者として活躍することが期待されます。

 なお、放射線教育の重要性については第46回コメントもご参照ください()。


佐々木康人
前(独)放射線医学総合研究所 理事長
前東京大学医学部教授(放射線医学)
前国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会委員
元原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)議長

遠藤啓吾
京都医療科学大学 学長
群馬大学名誉教授
元(公社)日本医学放射線学会理事長
元(一社)日本核医学会理事長

神谷研二
福島県立医科大学副学長
広島大学副学長(復興支援・被ばく医療担当)
日本学術会議会員

山下俊一
福島県立医科大学副学長
長崎大学理事・副学長(福島復興支援担当)
日本学術会議会員

































参考文献

  1. (1) http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t197-3.pdf
  2. (2) https://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g46.html
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