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福島第一原子力発電所の事故による健康リスク
:現況と将来への挑戦
(仮訳:佐々木康人)

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このたび、ストレッファー先生から、メッセージが寄せられましたので、以下、ご紹介いたします。なお、原文は、当グループ英語版に掲載(Health Risks from the Accident of Fukushima Daiichi Nuclear Power Station: Present Situation and Challenges for the Future (June 9, 2015)) してあります。

クリスチャン・ストレッファー
ドイツ連邦共和国エッセン大学医学放射線生物学教授
国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会名誉委員


 このメッセージを、50年以上にわたり実験放射線生物学の分野でヒトを含む哺乳類の細胞及び生体について研究に従事してきた一人の科学者として書いています。私は特に、実験的がん治療、胎児期の放射線被ばく後のリスクを主な専門としてきました。哲学者、法律家、放射線学者、工学者、医学者、社会学者、心理学者との専門分野横断的研究の長も務めてきました。ドイツ放射線防護委員会(SSK)、国際放射線防護委員会(ICRP)、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)のような科学的助言組織の委員や一部委員長を務めました。
 福島第一原子力発電所事故による放射線線量推定と健康影響評価に関して公表されたデータを通読した結果、下記の結論を得ています。これは2013年12月のUNSCEAR報告にほとんどの点で一致します。

  1. ○ 電離放射線に曝されると起こる可能性のある急性の健康影響は事故後の1年間に観察されていません。世界中の放射線事故や放射線治療の臨床経験とヒト及びヒト以外の哺乳類の組織や細胞での実験データから判断して、福島で推定されている放射線量では急性健康影響が起こることは予想されません。推定線量は急性放射線影響のしきい線量を下回っています。
  2. ○ ヒトの生涯で最も放射線に鋭敏に反応する影響は、確かに胎児期に母体の子宮内で起こります。福島県の7地区(注)で、2010年8月1日から2011年7月31日の期間、妊婦に対する注意深い調査をした結果では、生まれた赤ちゃんに発達異常が増加していません。この事実は福島事故で推定されている線量範囲での過去の経験と一致しています。
  3. ○ 低線量域の放射線に曝された後に懸念される遅発性健康影響は発がんです。これは「直線しきい値なし(LNT)」仮説に基づいて低線量であっても起こり得るとされています。放射線に曝された後、数年、数十年してがんが起こることがあります。
  4. ○ 世界中のヒトの社会ではどこでも、がんの罹患率、がんによる死亡率は相当に高いことが知られています。発がんの原因には酸化代謝のような体内で起こる要因、ならびに生活習慣や種々の発がん性毒物のような体外からくる要因もあります。電離放射線によるがんと他の原因によるがんとを区別することは不可能です。福島原発事故後の極く若い子供(幼児)を含む一般住民でも、事故処理に関わる作業者でも、平均推定線量は低い値です。現在得られている知見からは、疫学統計学的方法で将来がんの増加を認めることは考えられません。
  5. ○ チェルノブイリ事故でよく調べられているのは甲状腺がんです。子供は甲状腺がんのリスクが高いことが知られています。このリスクは年齢依存性が高く、極く若い子供(幼児)でリスクが最も高くなります。原子力発電所の事故では原子炉から放出される放射性ヨウ素(I)、特にI-131 による甲状腺の放射線量が非常に高くなります。この放射性同位元素は8日で半分に減ります。壊れた原子炉からは他の放射性ヨウ素も放出されますが、もっと半減期の短いものです。放出された放射性ヨウ素は、呼吸による吸入や口からの摂取により体内に入り、甲状腺に選択的に取り込まれ、甲状腺に特異の放射線内部被ばくを生じます。
  6. ○ 福島原発事故後の放射性ヨウ素の放出は高めの被ばくをもたらし、一部の人たちにはかなり高い放射線線量をもたらしました。この放射線量は、直接測定することは困難ですが、I-131摂取量を測定して生体動態モデルを用いて計算します。測定が行われたのは事故発生後数週間を経た時期でした。事故後の経過時間中に放射能の減衰が進行したので、推定値線量は高めの誤差を含んでいます。幼児の甲状腺被ばくについては特別に注意が必要です。平均線量は低いものの、中には80mGyに達する方が2、3人いました。東電の作業者の中には、放射性ヨウ素摂取によって甲状腺線量が2ないし12Gyと推定された高線量被ばく者が13人いました。この程度の高線量被ばくは何年も経ってから、作業者に甲状腺がんのみならず他の甲状腺疾患を起こすかもしれません。
  7. ○ 日本の研究者や国際機関による注意深い調査の結果、放射線起因性の健康影響は今日まで認められていないことが明らかになりました。しかし、遅発性影響のリスクを負う程度の放射線量を受けた人たちは何人かいます。これらの人々の医学的経過観察が必要です。
  8. ○ 他方、地震、津波、原発事故後にみられる最も深刻な健康影響は心理的、社会的問題です。家族、友人、家を失い、そのほか様々な克服困難な障害に起因する福祉・健康上の深刻な問題なのです。自分自身の経験から私はこのような精神的原因で起こる痛みを大変よく理解できます。私は11歳の少年の時に父とすべての資産を失い、自分の家を離れる運命を経験しました。これは戦争のためでした。

 福島原発事故後の状況を考えに入れて将来どうしたらよいでしょうか?

  1. ○ 放射線科学の見地から言えば、放射線量の推定がより正確にできるかどうかを確めることが必要です。放出された放射性核種と人体への摂取量の測定が特に重要です。同時に生物動態モデルの改良も極めて重要です。若しその研究が成功すれば、現在線量推定値があり、平均よりかなり高値である人々の線量を再評価できるかもしれません。
  2. ○ 高め(20mGy 以上)の甲状腺線量を受けた、被ばく時1歳までと10歳までの子供達は甲状腺異常の可能性について定期的健診が必要です。もちろん、検査に放射線を使う核医学やCTなどはできるだけ避ける方がよいでしょう。この種の診断検査を繰り返すと、事故によるのと同程度の放射線量になる可能性があります。福島原発事故の影響を受けた地域に住むすべての子供達の集団検診を勧めるつもりは私はありません。いわき市でのI-131摂取後の1歳児の推定甲状腺線量について幼児の85%が5mGy未満、55%が0mGyであることを知りますと、ご両親から具体的な要望がない限り、一般的検診は合理的ではないと思います。
  3. ○ 高線量を受けた作業者の健康診断は様相が少し異なります。甲状腺と内分泌系の規則的な健診が必要ですが、破壊された原発の復旧作業に従事する作業者が受ける放射線量と比べて、核医学診断やCT検査で受ける線量は少ないので、これらを避ける理由はありません。高い線量を受けた作業者の健診は可能性のあるがんのみでなく、甲状腺と関連する内分泌系を対象とする必要があります。
  4. ○ 作業者とその家族を含めて、全地域で影響を受けた人々が、正常の生活に戻り将来の方向付けを探るに当たっては、心理学、社会学の専門家によるケアとカウンセリングが必要であり、場合によっては宗教的な助言も有効かもしれません。カウンセリングについては日本政府が計画していると思います。個別のケアに臨床、基礎放射線学の専門家が参加することが有効でしょう。放射線リスクについての専門的説明が役に立ち、何が起こったのか、現在まだあるリスクはどの程度なのかを理解するのに必要であると思います。
  5. ○ 専門分野横断的グループの座長としての経験に基づいて次のことも言えます:この問題についての情報伝達と共有(コミュニケーション)は難しく、信頼の基盤を築くためには専門分野横断的話し合いとカウンセリングが必要です。このような配慮は、避難した人々が元の土地に戻るための前提条件です。日本政府がいくつかの地域の避難勧告を段階的に解除していることを大きな関心をもって注視しています。関係者や住民との話し合いがこの施策をサポートすることになるでしょう。
  6. ○ 疑いもなく、高度に汚染した地域の除染と廃棄物の処置は大きな問題です。私自身はこの分野の専門家でないので、問題として取り上げさせていただけるだけで、意見を言う立場にはありません。
  7. ○ 社会生活をともなう街の再生は、人々があり得る放射線リスクを許容できると確信した場合に可能になります。この条件に加えて、良質のインフラ(道路、公共輸送機関、インターネット、医療、学校)の整備が、住民が帰還するために必要です。さらに、若い世代がこの地域で職業的発展を開始する魅力をもたせることも大切です。
  8. ○ 私はドイツの石炭と鉄が1960年代末まで数十年にわたり主要産業であったルール地方のエッセンという地域に40年前から住んできました。1960年代以降はこれらの産業、特に石炭産業が利益を生む基幹産業でなくなり、必要に迫られて、街は新しい高度技術と高等教育機関(大学と臨床センター、研究・技術専門学校が新たな方向付けの原動力となりました)とで地域の魅力を取り戻し、多くの専門職に職場を提供しました。

 言うまでもなく、時間と経費をかけてこのような再開発が可能になりました。日本政府も、このように確たる段階を計画していると思われます。その計画を強く支持したいと思います。

仮訳者脚注:県北、県中、県南、相双、いわき、会津、南会津の7地区での、平成23年度「妊産婦に関する調査」結果報告書(福島県立医大ホームページ ふくしま国際医療科学センター 放射線医学県民健康管理センター)


佐々木康人 前(独)放射線医学総合研究所理事長
前東京大学医学部教授(放射線医学)
前国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会委員
元原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)議長

(関連リンク)
クリスチャン・ストレッファー教授の第15回国際放射線研究会議(京都)出席及び世耕弘成内閣官房副長官表敬

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