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リスクコミュニケーションの役割

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平成23年12月2日

 今回のような大規模複合災害においては、行政の危機管理能力には一定の限界があり、コミュニティや住民自身の《自助》が不可欠となります。地域の安全において不可欠な役割を担う行政、専門家、企業、住民、それぞれの役割を明らかにすること。そのために共通の意識を持ち、協力関係をつくること。…その方策として、互いに危機について意見や情報を交換し、共有し合う「リスクコミュニケーション」が重要になります。

 あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、この「リスクコミュニケーション」について、今回の事故後の経緯を振り返りつつ、今後を考えてみたいと思います。その目的や役目は、「平常時」「緊急事態下」「回復期」によって、異なります。

発災から今まで―――緊急事態下のリスクコミュニケーション

 東電福島原発事故直後、「避難区域」や「屋内退避区域」などの対策範囲は、原発から10km,20km,30km以内などと、原発からの距離によって同心円状に定められました [第2回参照] 。当時は、放射性物質の分布を予想するために必要な情報がまだ限られていたにもかかわらず、迅速に判断を下す必要に迫られていたことから、政府が専門家の意見を参考にして決断したのです。また、その線引きの参考とする放射線量レベルは、年間20ミリシーベルトに設定されました。これは、国際的なコンセンサスであるICRP(国際放射線防護委員会)勧告 [第5回参照] を根拠としたものでした。

 こうした「緊急事態」下の判断に際しては、関係する全ての方の意見を伺い、時間をかけて調整することはできません。そのため、意思決定プロセスを透明にし、タイムリーに説明することで、判断の正当性を担保しなければなりません。これが緊急事態におけるリスクコミュニケーションの役目です。

そしてこれから―――回復期のリスクコミュニケーション

 現在も原発内では、原子炉の冷温停止に向けた努力が急ピッチで行われています。原子炉の冷温停止が達成できると、いよいよ回復に向かうことができるようになるでしょう。

 この回復期においては、「食品の安全」「大規模除染」「福島県民の健康影響」などの課題について、住民、行政、専門家などが話し合いながら解決策を模索していくことが必要と考えます。

 放射線に対する受け止め方は、人によって、社会環境によって、まったく異なります。放射線に対する知識、年齢、家族構成、どのような職業に従事しているか、どこに住んでいるか、何十年その地に住んでいるか、など様々な因子がからんできます。また放射線の規制基準は、放射線による健康影響等の《科学的な知見》を判断の根拠にしつつも《社会経済学的・社会心理学的な配慮》も合わせて総合的に判断する必要 [第16回参照] がありますが、こうした価値観もまた、個人によって大きく異なります。

 このように、リスクの受け止め方や価値観がそれぞれに違う住民の方々と行政や専門家が、どうすれば社会的な合意を形成することができるのか。その助けとなるのが、きちんと「意見や情報を交換し共有し合うこと」です。これが、回復期のリスクコミュニケーションの役割です。

例えば―――食品中の放射性物質をめぐって

 リスクコミュニケーションが必要な、重要な課題の1つに、食品中の放射性物質の濃度管理に関することあります。

 わが国の食品に含まれる放射性物質の濃度は、厳しく監視されています。基準値を超えた食品は、一時的に市場に出てしまうことはあっても、早期に発見され取り除かれるので、長期間にわたって流通し続けることはありません。

 それでも「一時的にせよ市場に出てしまったら、その時に買って食べてしまうかもしれないではないか」と、不安に思われるかも知れません。しかし、食品中の放射性物質の基準値は、「仮にその食品を1回食べてしまったら」ではなく「1年間ずっと食べ続けてしまったら」という仮定に立って、健康に影響が出るラインが設定されています。したがって、現在のような早期発見体制がある限り、市販されている食品を食べることによって、放射線による健康影響が出ることは、まず考えられないのです。

 我が国の食品の暫定基準値は、諸外国の基準に比べて十分に低く設定されています。日本人は、原発事故とは関係ない天然の放射性カリウムを毎日食品から摂取していますが、それが体内に含まれている量と比べても、はるかに少ない値です。

 しかし、低線量の放射線による健康への影響の出方が、科学的にまだ十分には解明されていないことから、消費者の立場では、「例えわずかでも余分な放射線を浴びたくない」という食品に対する不安感・不信感は尽きません。また、生産者の立場では、「育てた作物が売れるのかどうか」が大きな不安です。食品中の放射性物質の濃度は、今後さらに安全サイドに立った基準値(平常時の基準)に再設定される方向で、作業が進んでいるようです。

 この際にも、国民の安全を前提に、消費者・生産者双方が納得できるよう、十分なリスクコミュニケーションを図る必要があります。《今あるリスクを理解》し、《無用な不安を低減》するのも、回復期のリスクコミュニケーションの重要な役割の一つです。

今、この危機を乗り切るために

 放射線に関する知識不足自体は、必ずしもリスクコミュニケーションの障害にはなりませんが、それでも、一度お読み頂くことをお勧めしたい物があります。最近インターネット上で公開されている、小・中・高校生が使う放射線の授業用副読本です。放射線の利用、健康への影響などを分かりやすく解説しており、特に教師用解説版がお勧めです。

 「リスクコミュニケーション」という言葉には、適当な日本語訳がありませんし、日本人にとっては不得意な分野かもしれません。しかし、今のこの危機を乗り切るには、一般の住民の皆さんの議論への参加は、どうしても必要です。

 住民、行政、専門家、企業などが、互いの意見や価値観を尊重し合い、相互不信ではなく相互信頼し合える関係を構築できるかどうか―――リスクコミュニケーションの成否は、それによって大きく左右されるのです。

(遠藤 啓吾 京都医療科学大学 学長)


(リンク)


(参考文献)

  • 週刊医学学術誌「医学のあゆみ」(2011年12月3日号)
     原発事故の健康リスクとリスクコミュニケーション
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